第二十二話 関東
※二千十六年五月一日、誤記を修正。
※二千十六年五月二日、少し文を加筆。
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秀吉が、小田原攻めを終え、大坂城に帰城の途中に、大和郡山城に立ち寄った。
秀長の病状も、幾分回復したのか、体を起こして、秀吉を迎え入れていた。傍らには、既に戻っていた高虎が控えていた。
「小竹、元気になったようだな」
「ええ、少し元気になりました」
「関東に行く前は、今生の別れと思ったが、良かった良かった」
「もう少しだけ、生きれそうですが、長くはないようです」
「そのようなことを申すな……」
泣きそうになる秀吉の顔を見ながら、秀長は明るく笑いかけた。
「岩覚様から文が来て、其処に書いてあることを実践して、此処まで回復しました」
「岩覚が?」
「ええ、鶴松が話した滋養強壮の為の料理が書かれていて、材料と共に送られてきました」
「ほぉ」
「鳥獣の肉や、漢方に使われているものを入れることや、中々、美味しいものが多かったです」
「それは、わしも食べてみたいな」
「ははは、食べてみてください、初めて食べる味ですよ」
「楽しみだ」
二人は顔を見合わせ、互いに笑いあった。
秀長の顔色も幾分良くなっており、前回会った時のような顔色の悪さは亡くなっていた。
控えている高虎も、安堵した表情をしていた。
前回、大和豊臣家家臣団を鶴松に付けるにしても、秀長の差配がなければ、家中も分かれ、離れる者もいるかもしれない為、秀長が回復した内に進めてもらいたいと感じていた。
「前に話したお主の家臣団は、やはり、鶴松に付けるのか」
「はい、家臣の考えを聞いて、辰千代に付けるものと分けます。左近については、そのまま、鶴松の側に仕えさせてください」
「わかった」
「高虎、すまぬが、小田原に使った輜重などの整理をしてきてくれぬか。あと、率いたものたちの功績を纏めて来てくれ」
「はっ」
高虎は、一礼をして、部屋から出ていった後、しばらく後に、話し始めた。
「それで、兄者、後北条の後をどうするつもりですか」
「……ふむ、佐吉とも話したが、家康を移動させようと思うのだが、どう考える」
「虎に翼を与えることになると」
「お主も佐吉と同じような事を言うのう」
「……実は、鶴松からも、その事で、文が来ておりまして」
「鶴松から」
不思議そうな顔で、秀長を見つめる。
「そうです。兄者が家康を後北条の後にいれることを危惧する内容でした」
後北条の後に、誰を入れるか、領地配分はどうするかなど、三成や孝高としか話しておらず、まさか二人が鶴松に話したとは思えず、首を傾げる。
秀長には、寧々が起こした事件について、岩覚から書状を出すように伝えており、その際に、鶴松が大人と同じように話せるようになった事は伝えられていた。
秀吉も実際は、本当に大人のように話せるか、半信半疑であった。実際は、岩覚が考えたことを鶴松が話しているとも考えていたが、どうも違うように感じた。
「それは、岩覚からではなくてか」
「違います。岩覚様はそのような事をする方ではない事、兄者も知っていると思うのですが……鶴松が話すことを信じていなかったですか」
「半信半疑と言ったところだな。話せるようになっても、大人なのような知恵が出るとは思えなかったのだが……」
「今、左近が鶴松の身近にいるので、そちらからの情報もあり、間違いありますまい」
「そうか……」
秀吉が視線を外し、思案している姿を見て秀長が話す。
「物の怪に憑かれたわけでも、誰かに操られているわけではないと、左近からも岩覚様からも文が来ている」
「そうか」
眼を閉じて、一度頷き、秀吉は納得した表情となる。三成が変化したことについて、鶴松がきっかけとなったことも併せると、何かあるのだろうと、そして、自身が、側室を増やす気が無くなり、鶴松を大切にしようと思った心の変化にも、鶴松の変化の影響だろうと考えた。
現実主義である秀吉は、眼で見ない事には納得は出来ないが、それでも、情報から、鶴松の変化が真実であると判断した。
「では、家康に対しての恩賞はどうする。加増は危険だぞ」
「鶴松によれば、官位を上げるのと、恩賞を下賜すればよいのではないかと。後、家康殿の子や家臣にも官位を上げるのと任官をすればどうかと書いてありました」
「それで納得するかな」
「今の情勢では、納得するのではないでしょうか」
「そう思うか……」
「後は、大坂で、鶴松と話してみてください。家康殿が関東に入れば、こちらからの監視はしにくくなります。土地に縛り付けるのが身動きできなくさせる手だと思います」
「分かった」
秀吉は大きく息を吐き、気を緩めた。
「本当は、茶の一つでもと思うのですが、何分、この様な体なので、申し訳ありません」
「気を使うな。今日は、ここに泊まってから、明日、大坂に向かう」
「分かりました。夕餉の支度を命じておきます。湯も沸いていると思いますので、寛いでいってください」
「おお、鶴松の言っていた料理だな、楽しみにしている」
「はい」
秀吉は、大和郡山で一泊した後、大坂に向かい出立した。
大坂に戻ってきた秀吉を門の前で、鶴松は、岩覚、自斎、左近、正則を伴い、待っていた。
左近が周囲の警備を担当し、警戒していたが、くせ者の姿はなかった。
金瓢箪を掲げた軍勢が、大坂城に向かってくることが、見て取れた。
先ぶれが既に来ていたおかけで、大坂の民衆も道のわきにより、軍勢を見守っていた。
軍勢から秀吉が抜けだし、鶴松の前で馬から降り、鶴松を抱き上げた。
「鶴松、大きくなったな」
「父上も後北条を下したこと、おめでとうございます」
鶴松の言葉を噛みしめるように聞き、秀吉は頷いた。
「おお、流石わしの子よ、幼子にも関わらず、はっきりと話すことよ」
秀吉に言葉に、鶴松は笑顔を見せた。
鶴松を抱きかかえたまま、岩覚達の前に歩いて行った。
「岩覚、ご苦労であった」
「ありがとうございます」
「お主たちも、大儀であった」
自斎、左近にもねぎらいの声を書け、三名は頭を下げる。
「詳しいことは、この後話そう」
「分かりました」
「明日以降、諸将が大坂に戻って来るから、手配を頼むぞ」
「分かりました」
「正則、どうした、元気がないぞ」
「そんなことはありませぬ」
「そうかそうか、良い表情をするようになったな」
「はっ、ありがとうございます」
正則の雰囲気や、顔の表情から秀吉は何か心情の変化があったと感じていた。
その変化が、豊臣家にとって良い方向に行くと感じられた。
鶴松を抱えながら秀吉は城の中に入って行った。
秀吉は体をふき、着替えたのち、鶴松、岩覚が待つ部屋に入ってきた。
「鶴松」
「はい」
「本当に話せるようになったのだな……」
「やはり、信じられませんでしたか」
「まあ、普通考えれば、岩覚当たりの差し金だと思うな」
「殿下でも、流石に分かりませんか」
(秀吉さん、やっぱり疑うよね。数えで2歳、満で1歳じゃ、普通、大人のように話せる何て、気味悪がられるよ、前の時代なら天才児とか言って、使い捨ての持ち上げられ方しそうだけど。今の時代迷信がまかり通ってるから、農家で生まれたら物の怪として扱われて、道端に捨てられそうだよ。でも、信長さんも面白がりそうだけど、家康さんなら寺に閉じ込めるかもしれない……)
鶴松の年齢で、大人と対等に話し、南蛮からの植物の輸入、秀長の滋養対策、医術の対策、そして、寧々への対応など、行えるとは思えないのが普通だと鶴松も分かっていた。
秀吉の困惑する表情に、岩覚はにやにやしていた。いつもは、いたずらをして困らすばかりの秀吉の困惑する姿が楽しいのと、自分自身も困惑した姿と重なるからこその表情だった。
岩覚の表情を見て、秀吉も苦笑した。
「まあ、良いか。ところで、秀長から聞いたが、家康の件、お主は、後北条の後に入れる事に懸念があるとか。それは、どういうことだ」
「はい。家康さんが土地に縛られているからこそ、身動きがとりづらいと考えているからです」
「しかし、三河武士の強さは、民も含めての強さであり、今の土地か転封させれば、弱くなるのではないか」
「確かに、東海諸国や甲斐の兵は精強ですが、それは、あくまで、家康さんや徳川家臣団がいるからです。餓鬼に率いられた大人より、軍神に率いられた子どもの方が強いはずです。徳川家であれば、どこに本拠地を移しても精強な軍団が出来ます。それに、徳川家臣団は、先祖伝来の土地があり、昔ながらの縛りがあるからこそ、家康さんは、家臣団を完全に統制できていないのではないかと思っています。最強の軍団の一つと言われる軍勢を率いた武田信玄も家臣の統制には頭を悩ませていたと言われています。此処で、家康さんを、今の土地から離せば、信長さまが小牧山城の移転で、家臣たちへの統制を強化した事と同じことが起きる危険もあります」
小牧山城に移転は、美濃国斎藤氏攻めをする際、清州では美濃国から遠く、斉藤氏への侵攻と、斉藤氏からの反撃を防ぐには遠すぎる為と言われていた。しかし、それとは別に、信長は、家臣団を統制するために、家臣たちに城下に屋敷を持たせ、所領に在住する事を禁止させた。それは、家臣と領民との関係を切り離し、城下にて家臣を監視しやすく、謀反を起こさせない為の対策とも言われていた。
徳川家臣団は、忠義一途の三河武士と言われているが、頑固な面もあり、古武士ほど、家康にも反論してくる。領民との関係も密接であり、強大になった家康であっても、三河武士には、手を焼くものたちも未だいた。それを、関東に移封すれば、家臣たちが力のよりどころとしていた土地や領民から切り離すことができ、加増厳封を自由に行えるようになる。謀反を起こそうとしても、領民が従わない場合もある事を考えれば、家康にとっても良い事も考えられた。
「ふむ、確かに」
「それに、武蔵国は、今、川も多く、氾濫が度々起き、沼地も多くありますが、治水を行えば、肥沃な土地へと変わります。それに、丘や、小さな山を削り、海を埋め立てれば、土地も広がっていきます。直ぐにできる事ではありませんが、将来的に、飛躍する土地です」
「しかし、短期間で行うことが出来なければ、それだけ、家康の力を削ぐことができるのではないか」
「確かにそうですが、後北条の姿を見ればわかるように、箱根を越えれば、上方の支配が行き届きにくい状況です。その様な土地に、家康さんを置くのは、足利幕府での鎌倉公方を置いた間違いを起こすようなものです。徳川家は、後北条家とは違います」
「ふう、岩覚はどう思う」
「鶴松様のお考えは、納得できます」
「そうか……」
「それと、伊豆国には、金が眠っております」
「……なに」
金山と言う言葉に、秀吉は鋭い視線を鶴松に向けた。
秀吉は、全国の金銀山を支配下におさめ、その財力をもって、朝廷に影響力を強め、諸大名にもにらみを利かそうと考えていた。
「何処で、その話を聞いた」
「夢にて、蔵王権現様より信託を受けました」
「……」
「風魔党に、今調べさせています」
「そうか、岩覚、結果が分かれば、知らせてくれ」
「はっ」
「それと、父上、今の金の取り出し方には無駄があるようで、南蛮には、更に効率のより取り出し方があると」
「ほぉ~」
「それをまとめた書がこれになります」
秀吉は、鶴松から促された岩覚から書を受け取り、目を通した。
「なるほど、礼を言おう」
「はい」
「家康の移封については、再度、考えてみることにする」
「ありがとうございます」
「しかし、この分だと、家督を鶴松に譲ってもよさそうだな」
「それは……」
「戯言だ、戯言」
「それと、寧々様の事ですが……」
不安そうな表情で、鶴松は秀吉に寧々の事について聞いてみた。
「心配するな、その内、大坂に戻ってきてもらう」
その言葉に、鶴松は、ほっとした表情をした。その姿に、秀吉は微笑んだ。
「今日はこれまでだ。出迎えご苦労!」
「はい」
「はっ」
(とりあえず、家康さん対策をしてみたけど、秀吉さんが、どの様に結論をだすのかな)




