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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第十九話 婚約

※二千十六年九月三十日、文言を修正。

※二千十七年六月三日、誤字修正。

後北条家を下した後、撤収の準備をしている時、秀吉と三成は、今後の事で話し合っていた。


「佐吉よ、氏政の話、どう思う」

「最上の娘の事ですか」

「そうだ」

「しかし、年齢が離れすぎてませんか」

「確かにな……」


氏政が、最上義光の娘駒についての鶴松の側室にしてはどうかと話していた。

秀吉は、百姓の出自であり、公家や名門の武家達からは関白と言う立場上表立って卑下されないが、公家たちの立ち振る舞いや、言葉遣いから、見下している雰囲気を感じていた。

武家の中でも、一部の者たちからは、三成をはじめ子飼いの者たちを一段低く見下げる者もいた。

氏政は、豊臣家の出自を押し上げることを考え、出自の良い家から嫁を迎えることを勧めた。鶴松の母は、織田家と浅井家に連なるが、両家とも足利将軍家の衰えによる戦乱で力を得て、飛躍した家ではあるが、出自と言う点では、不明な事も多く、決して、名門とは言い難く、その血を引く、鶴松もそのような評価を受けていた。

戦乱の世になり、血筋が敬われる事が低くなったとはいえ、まだまだ、貴種に対する崇拝は残っていた。特に、畿内から離れれば離れるほど、その傾向は強かった。

氏政が話した最上家は、遠くは、足利家氏を祖とする斯波氏であり、足利家の一門として、南北朝時代を戦った斯波兼頼を最上初代とする名門である。本家ではなく、傍流である斯波氏の血筋ではあるが、家系を見れば、足利氏にも繋がる為に、姻戚関係を結ぶ利はある。下手に家系をねつ造をする必要なく、貴種の家系を取り込める。

既に、最上義光は小田原征伐の際に、謁見しており、交渉をするのは問題はないが、問題は二つ。ひとつは、鶴松との年齢差8歳は、年上すぎる。鶴松が12歳で元服したとしても、駒はその時20歳、適齢期を考えれば遅すぎる。鶴松の正室は、政略として重要なものであり、軽々には決めにくい。そして、もうひとつは、最上家の立場である。血筋的には、傍流になるとはいえ、斯波家の血を引いており、出羽を抑える奥州有数の大名とはいえ、全国的に考えれば、家格的に劣る。また、当主の義光は謀略策略に長ける武将。外戚にした場合、どのような事をするか油断がならない。

あと豊臣政権下の有力大名がどの様な反応を示すかも考える必要がある。利家は、問題ない。景勝も大丈夫だろうと考えた。問題は二人。輝元は、優柔不断であるが、大勢力になった毛利家で育った為か、自尊心が高い。元就の下で育てられた為、愚かではないし、両川の叔父元春、隆景が輔弼していた時は、上手くとりつくろえていた。しかし、毛利家の武を支えてきた元春が死去した後、その子、広家では輝元を抑えることが難しくなり、隆景も調整に苦労していた。豊臣家と婚姻を結ぼうとは思わないが、相談がないことを不服と思う可能性は考えられた。

そして、一番の問題は、家康だった。家康が表立って、反対しないだろうし、乗っ取る為に、自身の娘や孫を送り込むことを考えているかもしれないが、義光を調略する可能性がある。義光の才は奥州では抜きんでているが、信長や信玄、公家など、魑魅魍魎達を相手にしてきた家康には及ばないし、家臣団も落ちる。一番危険な家康の動向は、何かにつけ、秀吉や三成の頭を悩ませる。


「鶴松の室は、家康か摂関家あたりからと考えていたのだがな」

「……」


家康の名前が出た際、三成は眉間に皺を寄せた。その姿を見て、秀吉は、苦笑いをする。


「家康が嫌いか」

「……外戚にするには、危険です」

「来る室は、悪くないかもしれないが」

「かの者であれば、娘でも孫でも切り捨てて、豊臣家を滅ぼす恐れがあります」

「ふむ……」


今更、家康を滅ぼすことはできない。仮にも、朝日を娶った義弟でもある。朝日は既に亡くなっていが、だからと言って、排除する事は、配下の大名たちの疑心暗鬼にもつながる。家康も座して死を待つわけではなく、服従している大名たちの不満を煽り、大規模な反抗を行うことは目に見えている。

三成の思いも分かるが、家康を取り込むことが、現状一番良いと秀吉は考えていた。


「お主の懸念は分かるがな、案外、家康は、天下を望んでないかもしれんぞ」

「まさか……」

「天下人なんぞ、息苦しいわ、勝手にしすぎることはできんわ、面倒だぞ」

「……」

「なんだ、その目は」

「いえ、何も……」


三成は、最近まで、数多くの女子に手を出してきたはずという思いから、しらっとした目つきになってしまった。

心当たりがあるため、秀吉は咳ばらいを一度した。


「話は戻すが、義光の娘は、どう思う」

「受け入れるとすれば、側室あたりになるかと……」

「ふむ……」

「それと、義光殿の娘は美人であるとの話、鶴松様との事を勧めるならば、早くせねば、秀次様が動く恐れがあります」

「あやつか……」

「……秀次様は、本当に、殿下のお子のような気がします」

「何か言ったか?」

「いいえ何も」


秀次は、秀吉の姉の子であり、血は繋がってはいるが、子どもではない。しかし、秀次の女好きは、秀吉と重なり、まるで実子のようではないかと、周囲は話すことがあった。秀吉の後継者としては物足りないが、いち大名としては、其処まで能力は低くはない人物だが、女癖の悪さでは、秀吉と伍するほどであった。


「まあよいわ、義光を呼んでくれ」

「はっ」




しばし後、義光が、秀吉の前に現れ平伏した。


「お呼びとのことで」

「うむ」


呼び出された義光は、どのような事を言われるか、考えながらやってきた。領地は安堵されており、取り潰される事はないことは分かっているが、個別で呼ばれることに、不安を感じていた。


「忙しいところ済まぬな、実は、お主に話があってな」

「……どのような」

「ふむ、お主の娘を鶴松の嫁に欲しいと思ってな」


秀吉の言葉に、義光は一瞬固まってしまい、言葉が出てこなかった。謀略を尽くし、周辺を平定した梟雄とも言われるが、娘を人一倍かわいがっており、手放したくないと思っていた。かつて、可愛がっていた義姫が伊達輝宗に輿入れをする際、泣かせば、伊達家を滅ぼすとも公言していたほど、溺愛したら、度を超すほどであった為、娘の輿入れを聞いて、目の前が真っ白になってしまった。


「鶴松様は、齢2歳とのこと、輿入れは、まだ早いのでは……」

「まあ、そうだがな、許嫁が居ても良いだろう。それに、輿入れするとしても、まだまだ先だ。その間、悪い虫も付くことはないぞ」「……確かに」


義光は、輿入れまでかなり先、10年以上はかかると考えなおし、それまで、手元に置ける。たとえ、大坂へ送り出したとしても、大坂へ来るのが楽しみになる。下手な家臣や大名に嫁ぐよりは良いし、最上家の発展にも寄与するだろう。それに、鶴松の年齢を考えれば、輿入れまでに鶴松が亡くなる可能性もある。


「……承りました」

「よし、佐吉、皆にこの話を通達しておけ」

「はっ」

「義光、準備が整えば、駒を大坂へ移すように、娘は可愛いだろうが、良いな」

「……はっ」

「輿入れまでは、何時でも会えるようにはするから、安心しろ」

「お心遣いいただきありがとうございます」


その日のうちに、義光の娘駒と、鶴松との婚約が発表された。秀吉の清正、正則などの子飼いは喜び、それ以外の家臣は、まだ早いと思いつつも喜び、諸大名も祝いの言葉を秀吉に述べた。

ただ、秀次のみは、悔しい表情を浮かべていた。




「隆景様」

「どうした、広家殿」


広家は、隆景が居る部屋に入って来た。


「鶴松様と義光殿の娘との婚姻の件、聞かれましたか」

「ああ、聞いたが、それがどうかしたのか」

「……輝元様は、どう思われるでしょうか」


隆景は、毛利家の柱として亡き元春の亡きあと支えており、発言は毛利家の方針を左右するほどであった。広家は、父元春や兄元長が相次いで亡くなった後、吉川家の家督を継ぎ隆景と共に毛利家を支える両川として、活動していたが、年齢的に輝元より年下であり、隆景ほど発言に重きを置かれていなかった。

毛利家に対する忠誠は高く、才能もあったが、輝元に対する配慮もあり、輝元から信頼が高かった。


「特に何も思われないだろう」

「そうでしょうか」

「そこまで気にする必要はない。輝元様は、婚姻関係に興味は持たれないだろう。それに、婚姻関係を結べば、天下争いに巻き込まれるかもしれないから、あれば私が止める」


隆景から話を聞き広家は表情を緩めた。考えていたことが隆景と同じであった為、安心した。もし、意見が対立した場合、調整しなければ将来、家中が割れることもある。発言力を考えれば、隆景には及ばないとはいえ、毛利家の事を考えれば要らぬ火種を持ちたくないと考えていた。


「祝いの品を選定しなければならない。輝元様に文を出し、指示を仰いでおこう」

「お願い致します」




「弥八郎、鶴松様の事聞いたか」

「はい、聞きました」

「どう思う?」

「源氏の血を、豊臣家に入れたいのではないでしょうか」

「畿内の名門の血は、煩わしいか」

「紐づきが多すぎますゆえ、扱いやすい方が良いのではないでしょうか」

「こちらからも人質として、差し出さなければいけない状況になるかもしれんな」

「そうですな、覚悟は必要かもしれません」

「まあ、その時に考えれば良いか」


家康は、鶴松の婚約の話を聞いて、正信と今後の事を話していた。

小田原征伐の後、後北条の領地に配置換えされる可能性を考えていた。家康としては、出生地の三河国や思い入れのある遠江国、駿河国、甲斐国などを手放したくないが、秀吉の命令に逆らうことは、今の立場では難しい。配置換えであっても、領地が増える為、恩賞であるために断ることも難しい。まして、家臣が納得しないだろうと思った。領地が増えれば、自分たちの領地が増えると家臣は考えているはずで、領地を与えなければ不満が溜まるため、家康も増やさざるおえない。

家臣の気持ちは分かるが、自分の気持ちを理解していないと家康は思っていた。


「天下とは、それほど良いものか」

「殿」

「信長殿も、殿下を見ても、さほど、良いものに見えぬわ」

「そのような事は……」

「分かっておる、だがな、窮屈なもので、馬鹿々々しいものだと思わぬか」

「……」


家康の前半生は、織田家、今川家の人質であり、今川家では、太原雪斎に見いだされ、教育を受けていたが、今川家臣団の中では、見下され陰湿ないじめを受けていた。その後は、信長と同盟を結び国内と対今川家に向けて目を向けれたが、浅井長政の離反で、信長の猜疑心が強くなり、付き合い方にも気をより使うようになった。信長の変化を見ていると、天下人の孤独さを家康は見た気がした。

周囲から人が消え、信頼した人も裏切る、心休まる時が無くなっていく、精神が蝕まれていく信長の姿に、戦慄を覚えた。信長が居れば、家康は天下を望まなくて済み、家臣も天下を望むこともなかっただろうし、信長の様な苦しみを負う必要はないと思っていた。

思っていたのに、信長が本能寺で光秀に討たれてしまった。天下への道が開け、望まない道が開けてしまった。その時、家康は後ろに引き返せない状況に追い込まれたことを感じた。己だけに見えていたと思った天下への道を、家臣が見てしまったからだ。それを抑えることができない。徳川家という存在は、家臣たちによって支えられ、その支えが無くなれば、徳川家がこの世から消えてしまう事を分かっているからだった。祖父清康、父広忠も家臣により殺害され、家中が乱れたが、家臣たちの支えで、徳川家が独立できたことがあるからだった。家臣の期待は裏切れない、たとえ、己が望まなかったとしてても。

隆景から聞いた志道広良の”君は船、臣は水”の言葉を家康は実感していた。しかし、家康の心中を知っているのは、側近の正信のみであった。


「後には引けぬ、引けば、わしは家臣に討たれるだろうな」

「……」

「分かっておる、何にせよ、秀吉の子の下には、誰かを送りこまねばなるまい」

「はい」


家康は首を振り、ため息を付いた。


「さて、領地の問題はどうかな。出来れば、領地替えは止めてほしいところだがな」

「東海から切り離すことにより、勢力を落とすことを考えるやもしれませんので、用意はしておきます」

「そうだな、よろしく頼む」

「はい」


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