第十七話 独白
※二千十六年四月十三日、文修正
※二千十七年六月三日、誤字修正。
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三成、吉継、正則、忠政が平伏して、秀吉が部屋に入ってくるのを迎えた。
孝高も秀吉と共に入ってきて、秀吉から見て、右側に座った。
「皆、面を上げろ」
秀吉の声で、四人は上体を上げた。
「三成、忍城攻め、ご苦労であった」
「はっ」
「吉継も三成の補佐ご苦労であった」
「はっ」
「正則、三成の命を聞いていたが、秀久の暴走は抑えられなかったか」
「申し訳ございません」
秀久の名前が出た時、忠政は、秀久についての処罰がどのようになるか、想像がつかず、緊張して身を固くした。
秀吉は、忠政に視線を向けた。
「まあ、わしでも秀久は抑えれなかったのだから、お主達では難しいか。しかし、わしの命を無視したことについては、罰を与えなければならない。本来であれば、死を持って、罪を償わすべきだが、勝手に夜襲を行ったことにより、忍城攻めに参加した諸将が、事前に夜襲について、相談を受けるに値しない存在と、軽んじられていると不信感を与えたかもしれない。また、勝手に行動をして、功績を得れば、功罪が帳消しになると思われるのも問題だ。堤についても、二重に作っていたから問題なかったが、当初の予定通りに一重であれば、被害も出たかもしれない」
秀久に対する秀吉の追及を聞いて、忠政は顔を伏せた。
若年の忠政には、秀久ほどの太々しさもなく、先に対する不安で押しつぶされそうだった。
その姿に、三成、吉継、正則は気に掛けるような視線を向けていた。
「殿下、処罰としては、秀久の首を討ち、曝すべきかもしれません」
その言葉に、忠政は顔を紅潮させ、孝高の方を睨んだが、逆に、冷めた視線を向けられ、表情を青くし俯きなおした。
「殿下、確かに秀久様の行動は許されるものではありません。処罰としては、妥当かもしれません。しかし、忍城が落城したきっかけになったことを考えれば、何卒、ご配慮をお願い致します」
正則は、そう言い、平伏した。
「殿下、秀久様の行動は許しがたいものではありますが、今までの功績も考え、私からも、温情をお願い致します」
三成も、正則と同様に、秀久を弁護し、平伏した。それと、同時に、吉継も平伏した。
その三人の言葉に、忠政は、涙を流す。
「殿下、何卒、何卒、よろしくお願い致します」
忠政も、押しつぶされたように平伏をして、秀吉に懇願した。
その四人を見ても、秀吉も孝高は表情を変えなかった。
「お主達の思いもわかるが、何事も、示しをつけねばならない」
その言葉に、忠政は、手を握りしめた。
「死者に鞭打つことは、わしも本意ではないが、諸将に対し、違反した際の処罰を示す。これは、理解せよ」
「「「「……はっ」」」」
忠政は、こぼれる涙と嗚咽で、声も小さかった。
「首を討つが、曝すことはしない。首を討った後は、忠政に戻すゆえ、懇ろに弔ってくれ」
「!? はっ」
一瞬、顔を上げ、再度、忠政は、平伏した。
他の三人は、体の力が抜けて、ほっとした状況になった。
「わしも、秀久の事は気にかけておったから、このようなことになるとは、本当に残念だ。小田原で活躍すれば、もう一度、取り立てる予定だったのだがな。忠政」
「はっ」
「お主が、秀久の後を継げ」
「……しかし、兄上が……」
「秀範が、辞退したのだ」
「!?」
顔を上げた忠政は、秀吉を見た。
視線を合わせた秀吉は、にやりとした。
「秀範には、別家を立てさせる。あやつも秀久の元を離れて長くなる。まして、所領を取り上げられ苦しい時期をともにしたお主の方が、家臣たちも慕っているだろうとな」
「殿下」
「何だ」
「この度の父の処罰、兄上の進言ですか」
「……」
忠政は、秀吉や孝高の表情から読めなかった。
「……そうですか、兄上は、まだ、父のことを許していなかったのですか」
悔しそうな表情をして、忠政は下を見つめていた。
「秀範は、諌言はするが、甘言はせぬ、それは、心しておけ。仙石家は、お主が後を継げ」
「……はっ」
忠政のみが、部屋を出て行った後、忍城についての報告が行われた。
「結果的に、権兵衛の暴走は、忍城の落城を後押ししたか」
「最初の計画とは違いましたが」
「官兵衛、どうだ」
「……堤を二重にしたのにも意味があるかと」
「それは、どういうことだ」
「堤を一つ壊したところで、もう一つが残っており、包囲側への被害が少ない。ましてや、刻が立てば、また水位は上がり、状況は好転しない。一時的な勝利で士気は上げれても、先を考えれば、低下していく事は否めないでしょう。城代の長親も、戦後の領民の負担を考えれば、降伏したかったはずですが、一部の強硬な者たちと、小田原に居る主君の氏長やその弟長忠も気がかりだったのでしょう。秀久との戦いで、成田の名を挙げ、北条の顔を立てたと判断して、長親も決断したのでしょう」
孝高の話を聞き、三成たちは、沈んだ表情をした。忍城を落城させたのは、確かに、武功を上げたと言える。特に、戦に関しては評価が低かった三成にしてみれば、どうしても欲しかった武功である。しかし、身近に居て、若年の頃に世話になっていた秀久の死が、武功に繋がった事に、三成自身は、秀久を抑えきれなかった不甲斐なさに自分を責めていた。その三成の姿を見て、吉継も補佐しきれなかったことに、後悔をし、正則も半分見捨てたような状況になった事に、気を落としていた。
三人の姿を見て、秀吉は苦笑いしながら、若々しさが羨ましく、微笑ましいものと感じていた。
「お主ら、権兵衛殿も覚悟の上だ、思いつめるな」
「孝高様……」
「それに、権兵衛殿から、忍城に向う前に相談を受けている。何があっても、お主たちの責任ではないと言っていた」
「「「……」」」
実際、秀久も自分の行動は、自己責任であることは、理解していたし、討死も覚悟していた。いずれ所領を回復したとしても、九州での汚名を返上するには、博打に打って出るしかなかった。小田原が落ちれば、奥州へと戦の場所は移っていくが、諸大名が居る場所で、強い印象を残すことは出来ない。小田原での活躍こそが、自分自身の、仙石家の名を残せる最後の舞台と考えていた。もちろん、討死覚悟と言っても、死ぬ気はさらさらなかったが、身近な人たちが無くなってきた経験上、死の覚悟はしていた。
秀範とは袂を分かっても、秀吉の身近に居る為、いずれは引き立てられると考え、忠政は自分の後を継がせれば良いと考えていた。もし、二人が亡くなっても、後嗣から外した久忠は、市井におり、仙石家の血は残ると考えた。その為、博打を売っても問題ないと思い忍城攻めに参加した。もし、自分が討死しても、秀範が、自分の死を活用してくれると信じていた。
もう一つ、秀久が忍城攻めに参加する事を決断したのは、正則が行くことになった事と、小田原で三成に会った際、昔であれば、醒めた態度で接していた話でも、しっかりと話を聞き、杓子定規で拒絶しなかった事が印象に残っていたからだった。もし、知っていた三成であれば、忍城に向かったとしても、秀吉の命とは言え、正則や自分を城の近くに配置せず、吉継などの後ろに配置し、勝手に動けないようにしたはずである。しかし、話した印象から、それはないと感じ、何かしらの動けそうな場所に配置されると睨んだのが、参加を表明する大きな要因となった。
「官兵衛から聞いたが、佐吉、お主何かあったのか」
「佐吉殿の変化に、権兵衛殿が驚いていたぞ」
「……」
三成は、眉間にしわを寄せ俯き、吉継は、何かを考えるように目線を上にあげた。
「殿下、幸長様、清正様、嘉明様、家政様が来られました」
「そうか、入れ」
しばらくして、四人が部屋に入って来る。
「殿下、お呼びとの事で」
「ああ、もう、小田原が落ちるだろうから、少し、話でもと思ってな。丁度、佐吉たちも戻ってきたからな」
清正は、正則の方を向いて、忍城が落城したのに、浮かない顔をしていることに、首を傾げた。
「どうした、市松、忍城を落としたのに、浮かぬ顔をして、そう言えば、権兵衛殿がおらぬな」
「確かに、道理で静かだと思ったわ」
「……虎之助、長満、聞いておらぬのか」
「ん、何をだ」
「権兵衛殿が討死された」
「な!?」
秀久の討死の話を聞き、四人は絶句した。やはり、数々の命の危険にさらされながら、武功を上げ、生き残ってきた秀久の死に驚きを隠せなかった。
五人の反応を見て、孝高は、忍城の状況を説明した。
その話を聞き、表情を改め、秀久の処遇について、眉をひそめながら、秀久の死を惜しんだ。
「それでな、権兵衛が、佐吉が変わったと言っておってな、お主たちは、何か感じたか」
「……殿下」
「どうした、孫六」
「私も、昔に比べ、佐吉は話しやすくなったと思います」
「ふむ」
「昔であれば、物資について、相談をした場合、事細かく聞かれて、話をするのも嫌だったのですが、小田原の時は、何点か質問するだけで、話が終わりました。昔であれば、考えられぬことです」
嘉明の言葉に、三成は眉間にしわを寄せる。
「私も兵糧の交渉をした際、雰囲気が柔らかく、交渉しやすかったと思います」
「私もそう思います」
幸長、家政の発言を聞き、さらに、三成の眉間のしわが深くなった。
その表情を見ながら、清正は考え込み、正則は苦い顔をする。
そんな表情を見ながら、秀吉はにやにやとしており、孝高はそれを見て、深いため息をついた。
「三成殿、皆がこう言っているが、何か思いつくことはあるか」
「……」
「佐吉よ、お主が変わったのは、鶴松の事を聞いたあたりかな」
「鶴松様の」
正則は、自分が、三成を見て、何か焦燥感に囚われた時期を改めて考えてみる。能力や忠誠心は認めていたが、何時も秀吉の傍に居る事や、常日頃から秀吉がほめている事を苦々しく思っていた。それが、嫉妬心である事は、自分でも理解していたが、抑えることが出来ず、何時もけんか腰になっていた記憶がある。
それが、ある時、三成と会った時、昔のような鼻持ちならない雰囲気ではなく、落ち着いきながらも、何かを考え込んでいる姿に、自分が置いて行かれ、焦りを感じたことを思い出す。
「そうだ、虎之助。それでな、お主たちに、鶴松の事を先に話しておこうと思ってな」
「何かありましたか」
「長満、大事はない。実は、岩覚から書状が来てな」
秀吉は、鶴松についての変化を話し始める。そして、その経緯の中で、寧々が鶴松を殺害しようとしたことについて、話が及んだ時、三成を除くものは、驚愕の表情で、一瞬固まってしまった。
彼らにしてみれば、幼少期から世話になったり、新参者であっても、親身になってくれ、辛い時の支えになってくれた母親のような存在であった。孝高にしても、賢妻として、秀吉を支える姿は、陰ながら尊敬していた。その彼女が、凶事に走るとは思いも至らなかった。彼女の存在こそが、豊臣家の大黒柱であり、何かあれば、秀吉が崩れ落ちる可能性もある事を考え、孝高は、驚愕の中にもこれからの事を、胸の奥で考えた。
その孝高の姿を見て、秀吉は、口の端を釣り上げた。
「官兵衛、良からぬ事を考えておらぬか」
その声に、孝高は、焦ることなく、秀吉に微笑み返した。
「何も……ただ、豊臣家に取って、今後、どのような影響が出るかを考えただけです」
「天下を目指すか」
孝高は、苦笑し、頭を左右に振った。自身の智謀に自負はある。しかし、天下を取るには、自分には欠けているものがあると考えていた。その掛けたものが補完されない限り、自分が天下を取れるとは考えてはいなかった。
「考えなくもありませんな」
その孝高の言葉に、秀吉以外の者たちが、眼を見開き、顔を向ける。孝高自身が保身のために、隠居したと皆考えていた為、秀吉の前で、天下の話をするとは思えなかった。
皆の姿を見て、秀吉は、大声で笑いだした。
「まあ、よいわ、官兵衛も身の程を知っておる。天下を目指すに必要なものを、官兵衛は持っておらぬ」
「……殿下」
「何だ、佐吉、その顔は」
大きなため息をして、三成は、秀吉がいらぬことを言わぬように、無言の釘をさす。その姿がおかしくて、秀吉と孝高は笑い出した。他の者たちは、困惑の表情を浮かべて、その姿を見た。
「それで、佐吉よ、先の話、お主は、どのように考えていた」
「……寧々様は、私にとっても母のような存在です」
その言葉を聞き、秀吉、孝高、吉継を除く者たちが、驚いた表情で三成を見る。その三成は、その反応を見て、苦笑を浮かべる。彼らにとってみれば、三成の家は、元々近江の地侍、浅井家に仕えていたことから、側室の淀に近く、寧々と距離を取っていると考えていた。淀が秀吉に寵愛されていることから、その縁で重用されるように三成が働きかけたと考え、その淀が寧々を嫌っていることから、皆、淀君を嫌い、三成を嫌う要因ともなっていた。三成としては、浅井家に繋がる淀に敬意を表することはあっても、寧々のように敬愛を捧げることはなかった。まして、我が強く、私利私欲に走りがちな淀の存在は、三成にとって、豊臣家の痘痕となりかねないと危惧をしていた為、一定の距離を保ちながら接していた。
「寧々様の心の苦しみを知らず、また、鶴松様を危機に陥れた自分の不徳不明を、今回の件で痛感致しました。また、鶴松様にもわたし自身の問題を危惧され、指摘して頂いた事が、さらに自分自身の不甲斐なさに苛まされる事になりました」
「鶴松様の危惧とは……なんだ。まだ、齢幼きことで、何かおっしゃられるとは思わぬが」
「……」
「虎之助、実はな、鶴松が、忍城攻めにあたって、佐吉に書状を送って来たのだ。もちろん、岩覚が代筆してだがな」
「……は?」
「お主らには、信じられぬだろう。しかしな、忍城の水攻めについては、鶴松には話していないぞ。まあ、考えれば、忍城を攻めることは考えつくだろうが、しかし、まだ、単語が話せるかどうかの童が、そのような事、思いつくとは思わぬがな」
「……岩覚様が書かれたのでは」
「孫六、岩覚様がそのような事されると思うか」
三成が嘉明に指摘する。此処に集まっている者たちは、岩覚の正体について知っている。その為、岩覚が鶴松が話したとしてまで、書状を送って来るとは思っていなかった。それでも、鶴松がそのような事を考えたということが、信じられなかったため、現実として、納得できる岩覚が書いたということで、納得しようとした。
「寧々様の事は、身の程をわきまえず言えば、心にあることをお聞きすることが出来れば、もしかしたら、あのような事が起きなかったのではないか。周りに横柄な態度を取り過ぎて、話してもらえなかったのかと、悔やんでも悔やみきれなかった。何かできる事はなかったかもしれないが、何かできたのではないか。そう、自問自答を繰り返し、人の話をしっかり聞き、相手の心を見ようと心がけ始めました。そして、鶴松様は、自身がお辛い状況であるにも関わらず、私を心配された。これは、私にどうしようもない追い打ちとなった。自身に欠けているものを補うことは難しいが、何とか、補い、せめて、鶴松様の負担にならぬようにしたいと思っているのです」
独白をする三成の言葉に、対抗心むき出しだった正則が、俯き自分自身は、三成に遠く及ばないと感じ、手を握り締めていた。他の者たちも、子どものころからの付き合いで、三成に対し思っている事は数多くあるが、独白の内容が、自分にも身に覚えがあり、苦しい表情を浮かべていた。
秀吉と孝高は、これをきっかけに、皆が一皮むけたと感じて、微笑む。子飼いの間で仲たがいするのは、豊臣政権の崩壊に繋がりかけず、敵に付け入る隙になってしまう。その為、秀吉は常々気にしていた。競うぐらいであれば良いが、反目しあい、争いまで発展したら危険である。
寧々の件は痛恨の事だが、これで、子飼いの者たちが結束してくれれば、雨降って地固まるとなり、良い結果になると思ている。
「お主たちにも色々思うことはあるだろう、又左と弥兵衛には話すことにしているが、他言無用である」
「利家様に話すのですか」
「ああ、まつ殿に、寧々の話し相手になってもらおうと思ってな。わしでは、難しいからな」
「なるほど……」
利家の妻まつと、寧々は、若輩の時からの付き合いであり、肝胆相照らす中であり、数少ない心許せる友人でもあった。その為、秀吉は、母なかと、まつを寧々の近くに置き、精神的な支えになってもらおうと考えていた。
「それでな、お主たちには、佐吉の心うちを知ってもらい、わだかまりをなくしてもらおうと思って、この場を設けた。すぐには無理だと思うが、徐々にでも良いから、童の時のように打ち解けていけ」
「……は」
吉継を除く者たちは、不承不承の感じで返事をする。その態度に、秀吉は呆れた表情をした。態度を出すのは、素直ではあるが、もう少し、腹芸を覚えた方が良いと思った。
「官兵衛には、鶴松の智謀で支えてもらいたい」
「……構わぬので」
「わしより、支え安いかもしれぬぞ」
「どうでしょうな」
そう返事しながら、孝高は笑い、承りましたとして、平伏した。
「殿下」
「なんだ、紀之助」
「鶴松様のお側に、源次郎殿が居ますが、もうお少し、増やされた方が良いのではないでしょうか」
「その事か、実は、又若丸を仕えさせようと思っている」
又若丸は、利家の次男であった。気を許しているまつの子であることも、信頼できる根拠となっている。
「あと、このような場所で申し訳ございませんが、許可を得たいことがあります」
「何だ」
「源次郎殿に、我が家から嫁を出したいと思っており、殿下の裁可を頂きたいと思っています」
その話を聞き、秀吉は、困ったような表情をした。その表情をみて、吉継は反対されいるのかと考えた。鶴松の側近になると考えられるものとの姻戚になるのは、特に、大きな支障がないと考えて、願い出たはずだが、何が問題か分からなかった。
「……駄目でしょうか」
「いや、問題はない、無いのだが……」
「私からもお願い致します」
「佐吉も良いと思うのか」
「紀之助の見立てならば、問題ないと思います。何か問題があるのでしょうか」
「ふむ。実はな、成田の娘を、源次郎に嫁がせようと思っていたのだ」
その言葉に、何度目かになる驚愕の表情を秀吉に向ける。皆、甲斐姫は、秀吉が側室にすると思い込んでおり、その思い込みは間違いないと考えていたからだ。血筋の良い娘が居れば、人妻でも手を付けていた秀吉の発言に、何名かは眩暈を起こしていた。
その姿に、秀吉は憮然とした表情になった。
「おい、お前ら……」
「殿下、身から出た錆ですよ」
「官兵衛もか!」
「それはそれで、何故、甲斐姫の事を」
「ふん、わしも、寧々の事は、痛恨事だったのだ。寧々の心労のひとつは、わしの女癖もあったろうと思ってな。だから、もう、側室を取る気はない」
「ほぉ」
秀吉と孝高のやり取りを聞いて、一同が、秀吉もまた、寧々の件で心を痛めていたことを知り、また、自身の行いを責めていたことを感じた。秀吉の女癖の悪さは知れ渡っていたが、寧々に対する愛情は些かの衰えもないことを皆も知っていた。その為、秀吉にとって、大きな衝撃であった事をうかがい知ることが出来た。
「それで、甲斐姫を源次郎殿の元に」
「そうだ、奴ももう良い歳だ、それに、成田の血も悪くは無かろう。聞きしに勝るじゃじゃ馬を、奴がどう扱うか、はたまた、尻に敷かれるか楽しみではないか」
「……殿下、それは、趣味が悪いです」
悪ふざけが入っている秀吉の発言に皆呆れ、三成が指摘するが、秀吉は、さわやかな笑顔を向けるだけだった。秀吉が信繁との婚姻を考えている以上、吉継としては、信繁との婚姻を諦めざる得ないと考え、残念に思った。
そんな、吉継の姿を見て、秀吉は、問題ないと話す。
「それは」
「お主の処の娘を正妻とし、甲斐姫を側室とすればよいではないか」
「いや、それは……」
「成田の者がどう思おうが、関係ない。籠城し刃向かったのだから、罰とすればよかろう。それに、源次郎は中々のものよ。じゃじゃ馬であろうと、問題なかろう」
「他人事と思って……」
「何か言ったか、佐吉」
「いえ、何も」
三成と秀吉のやり取りを見て、正則は、身近に居ればいたで、気苦労が多そうだと思い、自分では対処できないと思った。それを考えれば、何故いままで、嫉妬していたのか、疑問に思い出してきた。
「今回が良い機会だったと思う。お主たちには、鶴松の事を、豊臣家の事をしっかり支えてくれ、頼むぞ」
「「「「「「はっ」」」」」」
それから間もなく、小田原城から氏政を始め主だった一門を始め宿老重臣たちが刀などを身に着けず、武装を解除した状態で、秀吉の陣に向かっていった。




