第十五話 医療
※二千十六年四月十三日、文修正
「岩覚さん」
「何でしょうか」
「これを外国の商人から購入する事は出来ないでしょうか」
鶴松は、健康を維持するために、色々な食物を外国から輸入し、栽培しようと考えていた。
輸入しようと思っているものは、豚や羊、馬、牛などの家畜や、アーモンド、ブロッコリー、トマトなどの野菜や、果物などの種や苗の名前が絵を付けて書かれていた。
「この字は、どこの言葉ですか」
「イングランドの言葉です」
「それは……」
「紅毛人です。地図をお願いします」
兵助が、世界地図を持ってくる。
持ってきた世界地図のイギリスのところを指す。
「ここのことです」
「鶴松様、そのようなことを何処で」
「虚空蔵菩薩様と、文殊菩薩様のご加護です」
岩覚は、眼を瞑り、何か悟ったように頷いた。
「分かりました。手配をしておきます」
「お願いします。それと、大豆の増産は可能でしょうか」
「敷地は問題ないと思います」
「大豆は栄養価が高く、豆腐を作った際に出るおからも栄養が豊富です。体調を崩した方にも最適だと思います。また、豆腐を作る液体を飲むのも良いと思います」
「確かに、体には良いと聞いております」
「あと、鶏、鶏が産む卵を、持ってきてください」
「それは……」
「穢れると言われますか」
日本の稲作と肉食との宗教的なものや、扱う人たちへの差別意識などから、肉食は敬遠され、穢れると考えられており、その意識は、日本人の根深い部分まで浸透していた。
山間部の山の民などは別としても、肉食を食べる文化は途絶えている状況であった。
「武士は、ひとを斬ります。殺生し、すでに、その身は穢れていると言って良いでしょう。人は、他の命を貰い受け、生きるのです。動植物すべてに命は宿っています。その命をもらう事で生かされている事を感謝し、供養する事こそ、穢れを払うのではないでしょうか。現実から穢れることから目を背け、いたずらに迷信に惑わされれば、道を踏み外すのではないでしょうか」
「……」
「獣の肉は、滋養強壮に良いです。熊の肝も漢方で使われているはずです。ただ、火はちゃんと通して、生では絶対に食べないでください」
岩覚は、逡巡したが、何度か頷いた。
「分かりました」
「鶏肉を持って来たら、其処に用意している箱で、加工します」
鶴松が指した先には、ひとの身長ぐらいの箱が置かれていた。
「これは」
「この中で、煙を充満させ、鶏肉の燻製を作ります」
「燻製?」
「ええ、塩漬けした肉、魚、野菜を入れて、桜の木くずなどを燃やし、その煙で肉の水気を取り除き、保存食を作ります」
木の箱の中に、兜のようなものが入っており、その中に、木くずや木の欠片などが入っていた。
ドラム缶や一斗缶がない以上、代用できるものをないかと考え、兵助と協力して作り上げた。作った後に、南瓜などの野菜で燻製を作り、試食し問題がなかった。
「これは、燻製した南瓜です、食べて見てください」
「……頂きます」
兵助が差し出した南瓜の燻製を見て、観察したのち、手に取り口に入れた。
煮炊きや生で食べた時と違い、ほのかに香る樹木のにおいや、味わったことのない触感や味に、岩覚は感動を覚えた。
「これは……」
「試作品ですので、今後、改善は必要だと思いますが、肉や魚なども行えば、多少の日持ちもするでしょう。ですので、料理人を集めて、作業を行ってください」
「分かりました」
「あと、らい病の方への支援はどうなっていますか」
「数家族を、廃寺を修復し、住まわせて観察しております」
「引き続きお願いします。十分な食事があれば、進行が止まる可能性もありますので」
「はい」
「それと、この書状を吉継さんに送っておいてください」
「……これは」
「食事の注意などです。吉継さんはまじめな方なので、十分に食事を摂っていないかもしれないので、注意です。彼は、豊臣家の柱になる一人ですから」
「分かりました。送っておきます」
吉継は、らい病に罹患していたと言われており、晩年は、目が見えない状態になっていたとも言われている。現段階であれば、病状の進行も抑えられると思い食事についての注意書きを送ることにして、岩覚に頼んだ。
らい菌は、感染力も低く、栄養状態が十分であれば、初期段階であれば快癒することもあると読んだこともあり、鶴松は、吉継の延命に期待していた。
「それと、奥州で燻っている武将たちの名簿になります。このもの達を、私の旗下に加えてみたいと思いますので、父上に送っていただきたいのです」
「……」
「ここに載っているもの達は、何れ主君と争い、死ぬものか、逼塞するもの達です。有用に使える人物を亡くすのは、もったいなく、有意に使うべきと思います」
「……この情報は、どこから」
「帝釈天様のご助言と、宗矩に調べてもらいました」
「なるほど、殿下へ必ず送りますが、中を確認させていただいても」
「ええ」
岩覚は、その書状確認すると、柏山明助、黒川晴氏、九戸政実、石川昭光の名が書かれていた。
どれほどの能力を持っているか、岩覚は分からなかったが、譜代の少ない豊臣家、そして、鶴松の力になるならば、問題ないと考えた。
「……交渉を行うのは、北条氏規とありますが」
「彼らが降伏した場合の話だけど、こちらの条件で降伏するなら、何か、功績の一つでもあったほうが良いと思って。彼なら交渉もうまく纏められるのではないかと考えています」
「そうですか」
「もう一つは、奥州の状況を視察してきてくれるものと考えています。奥州は血縁関係が複雑で、状況を見極めるには、目端が利く人物でなければ、難しいでしょう」
奥州の諸大名は血縁関係で結ばれている事が多く、同族同士の争いの形が多く、因縁も深くなっており、共通の外敵が来た場合一致団結して、反抗してくる恐れはあった。ただ、奥州という場所のため、中央の変化や勢力の情報などを仕入れるのをおろそかにしている者たちも多く、家格により差別をする傾向が強く、豊臣家のような成り上がりの家を一段低く見る傾向にあった。
見識のある家臣は少数で、大多数の家臣は、自家の強さを誇り、豊臣家に臣従することを良しとしないものも多かった。
伊達政宗の場合の遅参も母親の毒殺未遂だけではなく、家臣の抵抗の強さも原因だったと言われている。
そのような土地に、踏み込むには相当な胆力と、知略が必要であり、氏規であれば、問題ないと鶴松は考えていた。本当は、信繁や宗矩あたりに行ってもらいたかったが、信繁は居らず、宗矩は他のことを調べてもらっていた為、使えるものは使おうと、氏規を指名した。
「明から漢方や薬草の苗や種を手に入れて、全宗さんに栽培させてください。まずは、薬の増強を始めましょう。後、道三さんには、種痘の事を伝えていますので、その経過も見る必要があるかと思います」
「種痘というのは、本当に効くのでしょうか」
「疱瘡予防にはなるはずですが、これは、実際にならないと分かりませんし、疱瘡が流行しないほうが良いです」
「そうですね……」
ペニシリンなどは、作れるかもしれないが、今、現状で出来そうな種痘の予防方法を道三に伝え、試験的に行っていた。天然痘の危険性は、現代と比べても高く、死の病気としても恐れられていた。
その為、牛を使った牛痘法を試験的に使用している。氏直も天然痘で死亡したと読んだこともあり、大坂に来た際には、予防接種を受けてもらう事にしている。
牛の管理や予防接種に関する場所は、厳重に管理され、関係者以外が立ち入ることを禁止している。
予防接種での副作用により、死者が出る危険性もあるが、それでも、流行することを防ぐために、対策は打っておくべきとして、進めていた。
「栄養管理、衛生面から見直しを進めていく事が、長寿への秘訣です。家康さんも、自分で薬湯を煎じていると言いますし、時間がかかりますが、進めていきましょう」
「殿下へは、報告と許可を頂く書状を出しておきます」
「お願いします」
鶴松の衛生、栄養面での対策により、数多くの民が救われ、吉継や氏直も病死することなく、長生きすることになる。
病気による人材損失を防ぎたいと思っていた。
また、梅毒対策したいけど、ペニシリンがない。自然治癒で治る場合もあるというけど、それを期待して、感染しても仕方ないし、個体差がありすぎて、治療と言えるものではない。後は梅毒の菌が熱に弱いからマラリアに罹患して、菌を死滅させ、マラリアを治療するというものがあったというけど、マラリア自体が危険すぎて仕えない。
対策としては、ありきたりだけど、遊女を近づけないなど、関係を持つ際の注意喚起しかない。
豊臣恩顧では、加藤清正、浅野幸長の二人と、結城秀康と言われている。朝鮮の地で罹患したという話だから、出兵を止めれば、大丈夫なのかもしれないけど、油断はできない。
清正、幸長、秀康とあって、福島正則が入っていないのは、何故だろうかと、関係ないことを考えてしまう。
前田利長も黒田孝高も罹患しており、全員朝鮮の地を踏んでいることを考えれば、どこかで読んだ気がするけど、死んでいった時期が合致するともあった。
地位が低い時であれば、秀吉のように、罹患の危険があったと思うが、その秀吉も罹患していない。罹患した人たちは、運がなかったと言えるのだろうかと考えた。
「岩覚さん、遊女や遊郭の女性の方に対する梅毒検査を実施してみてください。症状については、分かる範囲で此処記載しています。初期は現状では確認できないのは残念ですが、ある時期を過ぎたものに関しては、確認できるはずです。見つかった場合は、尼になって仏門に入ってもらい関係を持たないようにしてください。当然、男性にも検査が必要です。豊臣家の家臣の中にもいないか、確認が必要です。快癒する手段がないので、予防しかできないのが心苦しいですが」
「……殿下に伝えておきます」
「お願いします」
吉継、清正、正則、幸長あたりが生きていてくれれば、徳川家と何かあっても、ある程度対抗できる気がする。三成との確執さえなければと考えてしまうが、決裂が決定的になったのは、朝鮮への出兵。
余剰兵力や褒美の領地など、問題を解決する為の大陸への進出。当時の事を考えれば、各地の大名が力を持ち、戦の経験も高い状態で、豊臣家として抑えられるか不安だったのかもしれない。
支えてくれた秀長の死も大きかったかもしれないし、諸刃の剣だけど、有能な一族もおらず、有力譜代も少ない。内向きの問題を外の敵を作ることにより、眼を逸らすのは、古今東西お決まりの方法かもしれない。
それが、豊臣家の権力も人材も消失することにつながるとは、今の秀吉には気が付いていないだろう。
そもそも大陸の情報や分析もできていたのかも気になる。
国として成立している地域を収めるには、その国を超える治世が必要なはずだ。現状、治世末期にある朝鮮半島や中国であれば、上手くすれば、治めることは不可能ではないかもしれない。しかし、其処には、公正明大な政治が必要になってくる。他民族を治めるには、強大な軍事力と、民が今不満に思っている事を解消できるだけの経済力も必要だ。乱世で荒廃し、勝者の権利としての略奪や搾取が当たり前と思っているものが多い現状では、侵攻した地域で行われるであろう行為は容易に想像できる。
史実でも、民兵のゲリラ攻撃が、明や朝鮮の政府軍より手ごわかったと読んだこともある。補給路が切断され、夜襲により夜も寝られない状況もあったであろうことは、考え付くことだ。
遠い異国の地で、勝利も見えず、じり貧になることは、兵士たちも追い詰められていくだろう。
力無き平和主義は、貪欲な狼たちに食いちぎられる事は、後北条家を見ればわかる。
朝鮮への出兵を阻止し、台湾を明から買い取り、それを代替えで出来ないか、琉球や蝦夷地をどのように扱うか、考えるべきことも多い。
オーストラリア大陸、アメリカ南北大陸、移住できる場所はまだまだある。それが、侵略や支配ではなく、融和していき、一つになれるようにするには、どうすべきか、秀吉と話し合うこともある。相手が攻撃してくれば、反撃する必要もあるだろう、この時代、甘い対応をすれば、被害が増すことを心に念じながら、今後の展開を考えていくべきと、岩覚と話をした。
「鶴松様、この話は、明を攻めとるより、困難を極めるのではないでしょうか」
「別に、私の代で終わるとは思っていません。まして、豊臣家が世界を支配する必要はないのです。無駄に命を散らす必要はないと思っています。命を使うなら、それに意味を持たすべきです。まあ、力のないものの言葉は、戯言で切り捨てられるでしょうけど」
「……」
「ですので、この日の本を、統一する必要があるのです。それは、父上が成し遂げようとしています。しかし、大名も力を保持している現状では、豊臣家は、それを上回る力が必要です」
「そうですね」
「まあ、幼児の私が言っても、まさしく、戯言でしょうが……ですので、元服するまでに、力を蓄えたいと思います。力を貸してください」
岩覚は、頭を下げる。
「もとより、豊臣家にこの身を尽くす所存です」
「お願いします」
寿命ではなく、病気や不慮の死など、なるべくは防ぎたいと思っていた。
そして、人材を確保したいとも考えていた。
(でも、チートも知識も中途半端すぎ、それなら、前の時にもっと、蓄積しておけばよかった)
後で、取り返しがつかないとよく言われていたことを思い出して、鶴松は深いため息をついた。




