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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第十四話 秀範

※二千十七年六月三日、誤字修正。


[連続投稿 2回の2つ目]

「ふむ……」

「何かありましたかな」


秀吉は、三成からの忍城での報告を読んでいた。傍らには、孝高がおり、返事を待っていた。


「お主であれば、分かるのではないか?」

「……殿下、私を何だと思っておられるのか……」

「わはははは。しかし、予測しておるのではないのか」

「そうですな……権兵衛が抜け駆けをして、撃退される。後は、城代の長親が厭戦気味になり降伏するか、もしくは、徹底抗戦になるかのどちらかですかな」


孝高の回答に、多くは語らぬ中に、膨大な情報を持って判断をしていることを推測し秀吉は内心で、智謀の衰えを知らぬと感じた。言葉に出した内容は、それなりに考え付く、しかし、孝高は、複数の選択肢を考え、それを取捨選択した上での結論として話している。これまでのことから、秀吉はそのことが見えていた。それゆえ、状況がそろえば、孝高こそ、天下を手に入れられるだけの智謀を持っている。秀吉は、頼もしく思う反面、恐ろしさも実感していた。

かつて、論功行賞をする際、内心の恐ろしさを噛み殺し、50万石の所領を与えると孝高に伝えた。しかし、孝高は辞退し、1万石で良いと希望を述べた。その希望に、秀吉は、何か裏があるのではないかと、自分を疑っているのかと、表情を曇らせた。孝高は、その表情を見て、自身が疑われていることを感じ、策謀に長けたものは、周囲に疑われると、そして、所領が多ければ多いほど、疑いは増す、その為、ほどほどの所領を得ることが己を守る秘訣であると重治に言われたと答えた。

重治の名に、秀吉は、その深謀遠慮に深いため息と、早くに亡くなった事を残念に思った。その言葉で、秀吉を守り、孝高も守る、今も重治がいればと悲しみを深めた。


「知恵の泉は枯れておらぬな」

「いえ、小田原征伐では、予測される事態は少なく、忍城は更に選択肢は少ないのです」

「ふふふ、まあ、そういうことにしておこう」


秀吉の反応に、孝高は苦笑を浮かべた。


「権兵衛の抜け駆けはあたっておる。が、討ち死にまで予測できたか」

「討ち死に……あの権兵衛が、ですか」

「そうだ、わしも信じられぬがな。あの不死身の権兵衛が死ぬなどと」


九州入りの際の秀久の失策は、秀吉にとって、古参の中に人が居ないことを実感させるに十分だった。諸大名へのけじめの為に、改易したが、秀久のことは可愛がっていた。

戦の流れを嗅覚で感じ取れていたが、九州入りで、方面軍を率いる能力がないことが露呈してしまった。その為、秀吉も使う場もなくなり、復帰させる機会も見いだせなかった。

ただ、秀久改易の際、子の秀範は、小姓として仕えさせ、小田原にも連れてきていた。


「さすがに、それは予測することは出来ませぬ」

「あと、忍城は降伏した。お主が言うように、長親が降伏を決めたようだ」

「ふむ、なるほど、そうなのですな」

「成田の甲斐姫が暴走して、徴集された民に被害が出たことが降伏の理由のようだ」

「聞いていた通りのものらしいですな、長親という男は」

「佐吉が長親を始め、忍城の主だったものを連れてくるようだ」

「……」


孝高の沈黙に、秀吉は、何を考えているか分かった。にやにやしながら、話しかける。


「官兵衛、わしが、甲斐姫をどうするか、考えておったな」


孝高は、苦笑いをする。


「……分かりましたか」

「わからいでか。わはははは」


秀吉は豪快に笑い、孝高は左右に首を振った。


「それで、どうされますか」

「そうだな……官兵衛はどう思う」


秀吉の質問に、孝高は考え込む。秀吉の女好きは生来のものだが、それ以上に、名家の家柄の女性を好むことが多い。ただ、何故か、公家からの側室をもらうことはなかった。それは、公家が秀吉の出自を嫌い、側室の話をした際は、末葉の末葉のほとんど血の繋がりもない処から、娘を買い取り、養女として差し出そうとしたことがあったからかもしれない。

潜在的に、見下している公家に対して、秀吉は憎悪を持っている。天皇家については、崇拝の気持ちはあっても、その周りに寄生している公家に関しては、使えるもの以外は、相手にしていないのが現状である。

成田家という血筋的にも良く、若い娘で、秀吉の好みに合う甲斐姫は、側室入りが確実だと孝高は考えた。


「もう、心は決まっておられるのでは」


にやりと、秀吉は笑い、孝高を見る。


「側室にすると思っておるな」

「……それ以外の選択肢が思いつきませんが……」

「そうだろうな。今までであればな」

「どうされますので」

「それは、佐吉たちが帰ってきてからのお楽しみだ」

「……はあ、殿下も人が悪い」


秀吉のいたずらっ子のような表情に、孝高は出会ったころを思い出し、微笑んだ。


「誰かいるか」

「はっ」

「秀範を呼んできてくれ」

「かしこまりました」

「話をしておかねばな」

「そうですな……」

「まあ、その話は、置いておくとして、どうだ、小田原は」

「厭戦気味ですな。降伏に傾いてきていると思われます」

「そうか、何か仕掛けた方が良いか」

「いえ、このままで良いと思われます。熟した柿が落ちるのは、もう少しだと思います」

「ならば、そうするか」


孝高の言葉通り、小田原以外の支城も落ちていき、支援してくれるべき、大名もなくなっており、籠城している者たちも、未来に希望を見いだせない状況であった。籠城内でも、離反や謀反を考えるもの達も見え始め、内から崩壊し始めかけているのは察知していた。

風魔により、崩壊を何とか押しとどめている現状も、内通者からの情報で孝高や秀吉は分かっていた。

降伏した際の責任について、当主氏直ではなく、先代氏政や叔父氏照が負うことで話が進んでいるとも情報が入っていた。

重臣たちの中には、ほっとしているもの達もいた。

古参の家臣たちの中には、その話を聞いて、己の命も差し出すというものもいた。その中には、内通疑いで監禁されている松田憲秀の名前もあった。


「殿下」

「どうした」

「秀範様が、来られました」

「そうか、通せ」

「はっ」


扉が開き、秀久の次男秀範が入ってきた。


「殿下、お呼びとのことで、参りました」

「うむ……」


秀吉は、秀久の死について、秀範に説明するために呼び出したのだが、言い出しにくかった。


「秀範殿、権兵衛殿のこと、お聞きかな」

「……はい、また勝手をして、正則様に無理を言って、忍城に行ったとか、どこまでも迷惑をかける人です」

「実は、殿下がお呼びしたのは、その件なのだ」

「如何様にも、罰して頂ければ、この首が必要とあらば、差し出します」

「秀範、そこまでは言ってはおらん」

「はっ」


秀久の名が出たため、秀範は、何か問題を起こし、己にも類が及んだと思い、頭を下げていた。

そんな姿を見て、沈痛な表情を浮かべて、秀吉は呼び出した理由を話す。


「実はな、権兵衛が討ち死にした」

「……あの人が、ですか」

「そうだ」


秀範は、秀久の死を聞いたとき、頭を下げていたため、秀吉も孝高も表情を見ることは出来なかったが、雰囲気から驚きと悲しみを感じた。

だが、秀範が頭を上げた際には、表情に悲しみも驚きの色もなかった。


「……あの人のこと、単独で抜け駆けし、逆襲を受けて、討ち死にしたのではないですか」

「その通りよ」

「どこまで馬鹿なことをすれば……して、忠政は、如何しておりますか」

「無事だ。憔悴しておるようだが、問題ないようだ」

「そうですか、やはり、忠政では抑えきれませんでしたか」

「そのようだな」


しばし、秀範は眼を瞑り、何かを思案していた。その姿を二人は見つめていた。


「して、殿下、処罰は如何様にされますか」

「権兵衛は、自身の死によって罪を償い、また、忍城の降伏へつながった事を考えれば、これ以上の処罰は必要あるまい」

「他に、犠牲になったものや、被害などはありませぬか」

「犠牲は仙石勢のみ、後は、堤の一つが壊されたぐらいで、福島勢が後処理を行ったことぐらいか」

「……」


秀久が死んだ以上、仙石勢に被害が出たことは予想していたが、改めて聞くと、秀範も苦しみが湧き出てきた。


「父の死で償えるのは、禁止した城攻めを、無断で行ったことのみ、堤が破壊されたことへの罪は償ってはおりませぬ」

「その事は、忍城の降伏で贖えると考えているが」

「それは、忍城の判断であり、父とは関係ありませぬ。降伏しなくても良かったのですから、忍城に関しては」

「しかしな……」

「殿下、よろしいですか」

「ん、何だ、官兵衛」

「秀範殿は、何か別の事を考えているようですな。秀範殿、回りくどくなく、考えたことを話してみなされ」

「はっ。父を斬首に処し、忍城での罪を償ってもらってはどうでしょうか」

「な!?」

「……」


秀吉は、秀範の言葉に驚き、孝高は頷いていた。

子が親に対して行う進言にしては、あまりにも惨いことに秀吉も言葉を失った。秀範の秀久に対する恨みが此処まで深いのかと、秀吉は秀範を見つめた。


「殿下」

「官兵衛」

「秀範殿は、秀久殿の九州入りでの後始末を行いたいと思っているのでしょう」

「九州入りか!」

「はい」

「秀範、そういう事か」

「はい」


秀久が強行した九州入りでの島津との戦いで、長宗我部、十河、大友など諸大名に甚大な被害が出た。

処罰として、秀久は改易され追放されたものの、家臣や跡継ぎ、当主を失った諸大名たちの怒りは収まっているとは考えられなかった。秀吉が天下人に一番近く、兵力も隔絶しているために、涙を飲んだものも多かったはずである。

敗戦のきっかけも秀久であり、それでも秀久が討ち死にしておれば、諸大名も怒りも収まったかもしれないが、生き残っており、敗軍を纏めることを放棄して、逃げ帰ったことは、秀久だけではなく、秀吉への信頼も低下させるに十分であった。

その為、時期は逸したが、この機会をもって、首を斬り、九州入りで被害を受けたもの達への謝罪としてはどうかと、秀範は考えた。

秀久が生きていれば、秀吉も可愛がっていた事もあり、そのような仕打ちは出来ないだろうが、討ち死にした以上、その死を利用すべきと考えた。

秀吉は、死者に対する仕打ちとしては、可愛がっていたこともあり、惨いと思ったが、長宗我部元親や大友義統を繋ぎ止めることができれば、また、身近なものであっても、違反は罰する姿勢を関東諸大名に示すことにも使えると考え直した。


「ただ一つお願いがあります」

「何だ、言ってみよ」

「父の死と、首を斬ることにより、仙石家の罪の償いとし、忠政に仙石家の継承と、取り立てをお願い致します。厚かましいお願いとは思いますが、お願い致します」

「お主は継がぬのか」

「このようなことを進言するものに、家臣は付いてくることはありませぬ」

「しかしな……」

「殿下、ここは、秀範殿の進言を受けるべきかと」

「官兵衛」

「秀範殿は、鶴松様の元に行ってもらっても良いでしょう。仙石家は、忠政殿が継いでも問題ありますまい」

「そうか……そういえば、秀範、お主、長宗我部信親と親しかったらしいな」

「……はっ、九州入りの前、父に連れられ、元服はしておりませんでしたが、お会いしました」

「どのような人物であった」

「心も身体も大きなお方で、私も可愛がって頂きました」

「そうか」

「はい、それに、知勇に秀でて、九州入りも反対し、情報収集をして、相手を知るべきであると、元親様と共に、言っておられましたが、父は、戦功があげられないこと、後から来るもの達に功を横取りされるのではと焦燥が募り、反対する元親様達を、臆病者となじりました」

「……」

「信親様も憤慨し、九州入りに賛同されました。あれは、死に場所を求めたのかもしれません。その死により、長宗我部の名を天下に示したかったのかも……」

「存保のみ積極的に賛同し、義統は及び腰だったとか」

「はい、存保様も地位向上と、父と同じく、島津の恐ろしさを知らなかったのでしょう。存保様は、三好氏の一族、京やその周辺や堺に眼を向けても、九州へ意識を向けることはなかったのでは、だから、島津の恐ろしさは知らなかったのでしょう。義統は、島津に日向で大敗を喫していますから、恐ろしさは身に染みていたのでしょう。だから、信親様の情報収集に賛同されていたのだと思います。」

「島津の恐ろしさは、わしも九州に攻め入った際、十二分に味わったわ」

「臆病者と罵った方が惨敗して、砕け散り這う這うの体で味方を見捨てて逃げ帰るなど、恥さらしにも程があります」

「確か、信親の娘との婚約の話もあったとか」

「……はい」

「そうか、すまぬな」

「いえ、それは、信親様が話されていただけで、正式な話でもありませぬし、あのようなことがあっては、特に……」

「お主から見て、盛親は、どのように見える」

「元親様や信親様のように、武勇に秀でている方だと思います」

「治世は、どうだ」

「それは、私にはわかりません」

「ここには、わしと官兵衛しかおらん、素直に話せ」

「……少し、傲慢な気もしますが、それは、年若いからであり、今、どのようなお方になっているかは、分かりません。ひとつ、試練を乗り越えれば、武将として大成すると思います」

「そうか……そういえば、お主、相手は居らぬのか」

「おりませぬ」

「ふむ、又左の娘は、どうだ」

「利家様のお気持ち次第かと」

「そうか、ならば、又左に話をしてみる」

「はっ」

「官兵衛、先の件、お主がわしの名で差配せよ」

「はい」

「そういえば、存英はどうしておる」

「私の陣にいます」

「ならば、もうそろそろ、戻してやっても良いころかな」

「お心のままに」




しばし後に、孝高、秀範が部屋を出ていき、入れ替わるように信繁が入ってきた。

その表情は、泣きが少し入っており、肩が落ちていた。


「忍城が落ちたのが悔しいか」

「……はい」


信繁は、忍城攻めは、父昌幸とは別に軍を率いることが初めて出来て、意気揚々と参加していた為に、落城の情報には、膝から崩れ落ちた。

別命で重要な役割を与えられていたが、やはり、軍を率いた戦には、最後まで参加したかったと思っていた。

その落ち込んだ姿を、秀吉は、にやにやと見つめていた。


「で、風魔党に関しては、どうなっておる」

「はい、こちらに従う旨は聞きましたが、やはり、後北条一門の処置を見定めさして頂くとのことです」

「なるほどのぉ、早雲庵宗瑞とは、恐ろしいな」

「……」

「死して尚、忍びの心を掴み続ける。そのような武将と戦うことがなかったのは、幸運だな」

「……」

「助命に関しては問題ない。四国や九州の諸大名も、助命しているものも多いからな。ただ、所領は没収する、これは譲れない」

「所領については、風魔小太郎も拘らないと話しておりました」

「そうか、最後の詰めを行っておいてくれ」

「はっ」


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