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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第十三、六話 忍城

※二千十七年六月三日、誤字、文章修正。


[連続投稿 2回の1つ目]

「皆様方、朝早くからお集まり頂き、ありがとうございます」


三成は、集まった諸将に挨拶をした。

右側に、佐竹義宣、北条氏勝、多賀谷重経ら関東の諸将と、真田昌幸が座り、左側には、浅野長吉、大谷吉継、長束正家らが座った。

諸将は頷き、三成の方を向く。


「さて、お集まり頂いたのは、夜中に起こったことについて、説明させて頂くためです」

「夜中騒がしかった事ですか」

「はい」


義宣の言葉に、三成が頷いた。


「まず、騒がした事、連絡が遅れたことをお詫びします」


三成が、そういいながら、座った状態で頭を下げた。

それを見た長吉が、目を見開き三成を凝視した。その姿を関東の諸将は怪訝な表情で見つめ、吉継はため息を付き、昌幸は口の右側の端を釣り上げた。

軍議が行われている部屋の外で待っていた正則も、三成の謝罪の言葉が聞こえ、苦い表情になり、隣の忠政は、不思議そうに正則の顔を見た。


「詳細については、正則殿より話して頂きますが、正則殿の処に陣借りしていた仙石秀久殿が先走り、忍城に夜襲を仕掛けて撃退され成田勢が追撃を行い秀久殿は討ち死にしました。その後、仙石勢が秀久殿の敵討ちにと、成田勢に逆襲をかけている時に、成田方の爆破で第一の堤が決壊しました」

「三成殿、少し良いですか」

「義宣殿、何でしょうか」

「秀久殿の夜襲は、三成殿は知られなかったのでしょうか」


諸将の視線が、三成に集まる。


「……可能性はあると考えておりましたが、殿下の命を無視するとは思っておりませんでした」

「可能性?」

「はい、秀久殿は、九州入りの際の不手際で改易されており、正則殿に陣借りをしたのも、武功を上げ、再び領地を得ようとしたのだと考えています。その為、些か、焦りが出たのでしょう」

「……」

「どのような状況であったかは、正則殿と、秀久殿の子、忠政殿に説明して頂きましょう。おい、正則殿を此処へ」

「はっ」


入口に居た兵士が返答を返し、しばし後に、正則と忠政が入ってきた。

正則の表情は苦虫を噛み潰したように、忠政は悔しい表情をしていた。


「忠政殿、何かあったか話してもらいたい。また、正則殿は、事が起きた際の対応について説明をお願いしたい」

「はい」

「うむ」


忠政の話を聞いていた諸将は、忠政に侮蔑の視線を向けていた。自分たちだけで功績を上げようとしたものへの反感と嫌悪からであったが、正則の話を聞いていくにつれ、同情の視線に変わっていった。

秀久の強引な夜襲に、正則ともども巻き込まれ、押し止めることが叶わず、家臣と父秀久が死んだことに対する哀れも感じ始めていた。

ただ、秀久の死は、自業自得であり、豊臣家の古参でもない以上、関東の諸将にとっては、良い迷惑だとしか思われなかった。


「経緯は分かったが、それで、三成殿、この件はどの様に対処するのか。秀久殿は、その死をもって、罪を償ったとはいえ、第一の堤の決壊もある。陣借りさせていた正則殿も同罪となるのでしょうか」


義宣としては、第一の堤の決壊の責任が、忍城攻めに参加した者たちすべてにかかるのではないかと、心配していた。臣従を誓ったとはいえ、まだ、予断が許されない状況では、些細な事が、改易に繋がりかねないと考えていた。

正則も、義宣が何を考えているかは推測できた。また、三成が、己を貶めようとするのではないかと考えていた為、苦渋の表情になった。


「確かに、陣借りさせていた正則殿の責もありましょう」

「くっ」


三成のその言葉に、正則は奥歯をかみしめた。

関東側は頷き、豊臣家側は緊張した表情となった。


「……しかし、この忍城攻めの大将は、私です。秀久殿に殿下の命をしっかりと伝え、抑えきれなかった責任は、私にもありましょう」


正則は、顔を振り上げ、三成を凝視する。関東の諸将や正家は、感動したかの表情になり、長吉、吉継は胸をなでおろした。

昌幸は、楽しげな表情を浮かべた。


「また、第一の堤は決壊いたしましたが、その事については、堤を作る際に説明しました通り、予測のうちです。ですので、皆様方に咎が及ばないように致します。最終的な判断は、殿下が下されますが、皆様方が不利にならぬよう致します」


その言葉を聴き、関東の諸将は安堵の表情を浮かべ、場の空気が緩んだ。

正則は、三成を凝視したのち、下を向き、強くこぶしを握り、地面に突き刺すように力を込めていた。

吉継は、その姿を見て、正則が、三成の思いを違った意味にとらえ、屈辱的に感じているとみていた。

そのような時、一人の兵士が、来訪者の名前を告げた。


「直江兼続様、来陣されました」

「此処へお通しせよ」

「はっ」


関東の諸将は、兼続が来た事と共に、かつて、後北条と相対する時に協力した上杉軍の到着に緊張した面持ちに変わった。

先代上杉謙信の戦の強さは記憶にあり、また、その後、御館の乱で弱体化したとはいえ、越後兵の強靭さは身に染みており、戦うことはないが、緩んでいた心が引き締まった。

三成は、旧知の兼続の来陣に嬉しい気持ちだったが、表情には一切出さなかった。

秀吉が勝家と敵対した際に、上杉家との交渉窓口になったのが、三成であり、上杉家の窓口が兼続であった。

何度かの話し合いや書状のやり取りから、三成と兼続は、刎頸の友と言っていいほどの仲となっていた。

兼続は、一人の若武者を伴って入ってきた。その見慣れぬものに首をかしげながら、三成は声をかけた。


「兼続殿、わざわざのご足労、ありがとうございます」

「いや、来るのが遅れて申し訳ない。諸将の皆様方、失礼いたします」

「ところで、兼続殿、その後ろの方は、どなたかな」

「実は、こちらに来る途中に拾いましてな」

「拾った?」

「ええ、忍城から筏に乗ってきたものです」

「「「!?」」」


関東の諸将は、兼続の言葉を聴き、驚きの表情をしながら、若武者に視線を向ける。話を聞いた限り、成田勢は、秀久を打ち取り、第一の堤を決壊させ、士気も上がり包囲されているとはいえ、まだまだ、籠城できるはず。それなのに、使者を送るとは何があるのか。選択肢の数は少ない。武門の意地を考えれば、降伏の選択肢は考えられなかった、いや、考えたくはなかった。


三成、長吉、正家、吉継、正則は、昌幸の顔を反射的に見た。その表情は、いたずらを仕掛けた子供のような笑顔だった。兼続は、豊臣家の諸将の動きを見て、昌幸に顔を向けて、ひとつ頷いた。昌幸であれば、この様な事態、予測していたのだろうと思えた。


「三成殿、この者の話を聞いてもらえるかな」


兼続はそう言い、一歩下がった。


「分かりました。口上を聞こう」

「はっ、成田氏長が臣、酒巻靱負。城代成田長親の命により、参上いたしました」

「用件は」

「夜中の戦いにて、成田家の武門の意地は見せ、また、これ以上、民に苦しみを与えるのは忍びない為、降伏するとの事です。また、長親の一命をもって、城兵と籠城した民の助命を願いたいとの事です」

「……」


三成は、靱負の言葉を聴き、目を瞑った。諸将は三成を見つめ、その言葉を待った。


「分かった、長親殿の降伏の言葉、受け入れよう」

「はっ、ありがとうございます」

「城兵や民に関しては、命まで取ることはない。ただし、長親殿、甲斐姫殿など、主だったものは、私と共に小田原の殿下の下に行くことになる。……後、夜中の戦に係わったものも一緒に来てもらおう」

「伝えます」

「ご苦労、しばし休んでから帰られるか」

「いえ、直ぐにでも城に帰ります」

「そうか、兼続殿、申し訳ござらぬが、この者を送ってもらえぬか」

「分かりました。援軍に来て早々、戦が終わったので、働き場がありませぬゆえ、働かせて頂きます」


兼続は笑顔で、三成の依頼を快諾し、靱負を伴い軍議の場から立ち去った。


「皆様方、忍城が開城となりましたが、不測の事態もあるやもしれませぬゆえ、警戒の方を引き続きお願いいたします」


諸将は頷き、軍議の場から出ていった。

その場には、三成、吉継、長吉、正則、忠政が残った。


「忠政殿、何をされようとしていたのか」

「な、なにも……」

「正則殿の顔に免じ、この件は、不問にするが、秀久殿の事、殿下に裁断を願う故、忠政殿も、小田原に来てもらう」

「……はっ」


忠政は、靱負が口上をした際、成田の者と知り、斬りつけようとしていた。忠政の動きを感じた正則が、腰ひもを掴み、身動きをとれないようにしていた。

もがこうとしたが、正則の鬼のような形相を向けられ、体がこわばり、不測の事態は避けられた。

もし、忠政が、靱負を斬りつければ、忍城は最後の一兵まで、抵抗するだろうし、関東の諸将には、豊臣家は降伏に来た使者を殺害するような礼儀知らず、極悪非道と思われる可能性もある。

降伏を許さないと受け取られかねない行為は、小田原城の開城が遠のくだけではなく、関東の諸将の離反や、奥州諸大名の抵抗が強くなる恐れもある。

親の仇を見たがゆえに、若さゆえにと言える問題でもなかった。


「忠政殿、頭を冷やされよ」

「……はい」


肩を落とし、忠政は立ち去って行った。

その場に残った者たちは、首を左右に振り、ため息を付いた。


「市松、すまぬ、助かった」

「ふん、貴様の為にしたわけではないわ」

「それでも、礼を言わしてもらう」


長吉、正則は、三成の行動に、違和感がした。朝からの言動は、三成が悪いものでも食べたのか、それともの、物の怪が付いたのかと、真剣に悩みだした。

それを見て、吉継は笑いをこらえ、三成は苦虫を噛み潰したよう表情をする。


「おぬしらは、私が、礼を言うことが、そんなに奇異に映るのか!」

「「おう!」」

「うっ」

「ふ、ば、わはははは」


三成は三人の表情に怒りをぶちまけるが、長吉と正則が見事に重なった返事を聞いて、仰け反った。

そんなやり取りを見て、吉継は、大爆笑をした。その姿を見て、三人はバツが悪そうに顔を背けた。


「まあ、佐吉が成長してくれたことは、素直にうれしい。後は、市松も成長してくれればな」


長吉が、誤魔化すように話をする。


「弥兵衛殿、それは、どうゆうことだ」

「分かっておろうが、それとも、分からぬふりか」

「くっ」


正則は反論したが、長吉に反撃され、思うところもあり言葉が詰まった為、それを誤魔化すように、三成に話をする。


「佐吉、先ほどのあれは何だ」

「あれとは?」

「わしの罪を問わないということだ!わしを嬲る気か!」

「人聞きの悪い……市松、此処の大将は誰だ」

「あん?お前に決まっているだろうが、馬鹿にするな!」

「ならば、責任を負うべき立場は、誰だ?」

「……お前だ」

「その通りだ。大将である私が、自分自身の責任に目を背けるわけにはいくまい。責任を負うことが出来ない大将に誰が付いてくるというのだ。市松、お主なら分かるであろう」

「……」

「それに、秀久殿は亡くなったが、忍城は開城した。豊臣家の力を見せる戦いではあったが、開城させた事も意味があるだろう。が、あの場での忠政の行為で仙石家の罪の方が重くなったがな」

「佐吉、殿下に話すのか」

「むろん、殿下に隠すことはない」

「だが……」

「黙っていても、何ればれるかもしれん。兼続殿や、昌幸殿は気が付いていた。関東の諸将も分からぬ。ならば、要らぬ隠し立ては、更に、忠政の立場も悪くなるやもしれん」

「……」

「それと、弥兵衛殿」

「ん?なんだ」

「紀之助、市松も、小田原に行きますので、正家殿と残り、後始末をお願いします」

「ふむ」

「私の代わりというのも、申し訳ありませぬが、此処の指揮をお願いします。たぶん、長親という男、堤や湿地になった土地の回復や田畑を回復する事を願ってくるでしょう。第一の堤はつぶしても構いませぬが、第二の堤はそのままにして置きましょう。水の流れさえ変えれば、忍城が水没する事はありますまい」

「分かった。仕方ない、年配のわしが、お主ら若い者のしりぬぐいをしてやろう」


長吉が胸を張って、請け負った。

その姿に、三成と吉継は微笑み、正則は肩の力を抜いた。


「長親が、城から出てきた際、まず、私と、弥兵衛殿で会い話をする。その後、諸将が居る場で話をすることになるだろう」

「わかった」

「紀之助は、受け入れの準備をしてくれ。弥兵衛殿は、引継ぎの話をこの後しましょう。市松は、忠政殿が不穏な動きをせぬよう見張りを頼む」

「……分かっている。ここまで来て、馬鹿なことをされては、かなわんわ」

「おや、馬鹿なことを一番するものが良く分かっておると?」

「弥兵衛殿ぉ!」


顔を真っ赤にして、長吉に食って掛かる。長吉は、笑いながら謝り、その場から逃げ出して行き、それを追いかけ、正則もその場から出ていった。

三成と吉継は、顔を見合わせ笑いあった。


「そうだ、佐吉」

「なんだ」

「実は、昌幸殿と話したのだが、姪を養女に迎え、信繁殿と結婚させようかと思っている」

「そうか」

「……いや、それだけか?」

「ああ、弥兵衛殿と市松の姿を見ていたら、大したことのない気がしてな」

「……そうなのか!?」

「小田原に行くから、その際に、殿下に相談した方がよいだろうな」

「分かっているが、何か変な予感がするのだが……」

「ん?変な予感だと?」

「そうだ、この話に何か、別の事も重なりそうで……まあ、分からぬなら、仕方ないが」

「そうだな、忍城の事を片付けよう」

「分かった」


二人は顔を見合わせ、忍城の開城の対応の為、その場から出ていった。




忍城の一室で、外を見ながら、沈んでいる甲斐姫の元に、長親は近づいて行った。


「……長親」

「甲斐姫様」

「私は、どうすれば良かったのでしょうか」

「……」

「私は、おなごの身、お主達のように武器をもって、敵に当たることは出来ません。まして、結ばれる相手も自分で決めることの出来ない……せめて、妙印尼様のように、名だけでも残したかった……」

「……」

「慰めの言葉もかけてくれないのですね」

「……お気持ちは分かります。しかし、自己満足のために、民を巻き添えにすることはありますまい」

「では!では、どうすれば良かったのですか!私も、成田家の為に、何かをしたかったのです……」

「それに、妙印尼様も自身で嫁ぎ先を決めたわけでもなく、喜々として、後北条の手勢を退けたわけではありますまい」

「……」

「これから、豊臣軍のところへ向かいます。どのような事を条件に言われるか分かりませぬ。覚悟だけは決めておいてください」

「……そう言えば、豊臣秀吉という男、好色らしいですね。数多くの妾の一人となるのですか……」

「……では」


項垂れる甲斐姫を残し、長親は部屋を出て行った。




「降伏の願いをお聞き届けて下さり、誠に有難うございます」


長親は、忍城攻めに参陣している諸将の前で、頭を下げて、礼を述べていた。

諸将の中には、北条一門でもある氏勝がおり、降伏しても一矢報いた長親の姿に、何とも言えない表情を浮かべ、見つめていた。


「降伏につきまして、私の一命をもって、城兵の助命を願いたい」


頭を下げながら、長親は三成に願いを伝える。一糸乱れぬその姿は、諸将からの賞賛の視線を引き出していた。


「長親殿、面を上げてください」

「はっ」


三成は、長親が面を上げると同時に、視線を合わせた。その眼の奥に引き込まれそうな錯覚にとらわれ、三成はいったん目を逸らした。その姿を見た長親は、表情を変えることなく、心の中で、なで斬りになるかもしれないと感じていた。

再度、三成が長親を見て、処分について話し始める。


「殿下より、忍城については、何も言われておりませぬし、私に一任されております。ですので、長親殿も城兵も命までは取ることはありませぬ」

「はっ」


長親は、城兵の命を取らないという言葉に、胸をなでおろした。


「ただし、長親殿をはじめ、何名かは、殿下の元に来て、恭順を示していただかねばなりません」

「分かりました」

「……来て頂くのは、長親殿、昨日の夜襲に関わった者たちになります」


夜襲の言葉に、長親は眉を顰め、諸将も表情をしかめた。

恥をかかせたとも言える、夜襲の者たちを、秀吉の前に引っ立て、見せしめのために、首を跳ねるのではないかと諸将は疑った。昌幸はにやりとし、兼続、吉継は微笑み、正則は苦悶の表情を浮かべ、忠政は期待する表情をした。


「疑われているのかな」

「いえ、そういうわけでは……」


苦笑をしながら、三成は説明をする。


「殿下の前に連れて行き、辱める気はありません。殿下であれば、見事と褒められるでしょう。その勇士を連れて行かねば、ご立腹なされるのは眼に見えます」

「……はっ」


三成は、長親を見て、頷き、諸将に眼を向ける。


「忍城の者たちを連れ、一度、小田原の殿下の元に向かいます」

「三成殿」

「何ですか。長親殿」

「小田原に行かれる前に、お願いしたいことがある」


長親以外の者たちは、一瞬、眉を顰める。寛大な話の後で、降伏したものが、願いを言うことは、場合によっては、三成の機嫌を損ね、先の話がなくなるかもしれないと考えた。


「どのようなことで」

「降伏した身で、このようなことを言うことは、愚かしいと重々承知で、お頼みしたい。水攻めによって、荒らされた田畑を戻せる範囲で戻してもらえないだろうか。このままでは、民が生活していくことができない。何卒、お願いする。もし、私の首が必要であれば、差し上げる故、受け入れてもらえないだろうか」


昌幸は含み笑いをし、それ以外は、驚きの表情を浮かべた。水攻めによる荒廃は、広大なもので、復元するには膨大な費用がかかる。

経済的な打撃を考えれば、三成は拒否するはずと、諸将は思い顔を向けた。肩を揺らす三成の姿を見て、怒りに震えているように感じ、怒りの矛先が来ないことを祈った。


「……く、くくく、うふはわははははは」


怒りの矛先が来ないことを祈っていたのに、急に笑い出した三成を見て、諸将は、唖然とし、昌幸は声を殺して笑う。


「……先ほどの願い、お聞き届けくださいますか」

「いや、すまぬな、長親殿。貴殿は、仁将だな。私も見習いたいものだ。田畑については、すべて戻すことは出来ぬし、堤を取り壊すことは出来ぬ。だが、それ以外の範囲はある程度は元に戻すのは約束しよう」

「有難うございます」


長親は、三成の言葉に頭を下げた。失われた田畑は広いが、少しでも戻るのならば、それにこしたことはない。

民が復旧するには、あまりにも広く、労力が不足しすぎていた。


「長吉殿」

「……は!わしを呼んだか」


長吉が唖然とした表情をしていた理由を三成も理解し、じと目で見ながら呼びかけた。一瞬、呼ばれたことに気が付かず、長吉は慌てふためいた。


「ごほん。長吉殿、後始末を押し付けるようで申し訳ないが、忍城の接収と、田畑の復旧をお願いします」

「さ、佐吉がお願いと……」


頭を下げて、後のことを頼む三成の姿に、長吉はうわ言の様に小さい声で、つぶやきを漏らした。周囲で聞いていたのは、吉継と正則ぐらいだった。


「吉継と正則は、成田の者たちと、殿下の元に向かいますゆえ、長吉殿が、ここを差配してください。正家殿、長吉殿の輔弼をお願いいたします」

「分かりました」

「関東の諸将の皆様方、後は、長吉殿が指揮いたしますゆえ、引き続き、ご助力をお願い致します」

「「はっ」」

「長吉殿、忍城に向かいますので、準備を」

「分かった」


三成は、長吉、正家と共に、長親に案内されるように忍城に入り、引き渡しを受けた。

成田家の面々は、その時、悔しさと、仙石勢を打ち破った自信を織り交ぜた表情で見つめていた。その場には、甲斐姫は呼ばれることなく、城の一室で空を見上げていた。


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