第十三、四話 忍城
※二千十六年四月十三日、誤記を修正。
※二千十七年六月三日、誤字、文章修正。
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「父上!後ろから敵が追ってきております!」
忠政の声に、秀久は、後ろを振り返る。すると、筏で、5つほどで、30人程度が追ってきているのが薄明かりに見える。
その姿を見て、秀久は鼻で笑った。確かに、大打撃を受け、ほうほうの体で逃げていると思われているだろうが、かといって、30人程度で、追撃してくるなど、戦を分かっていない童のようである。
「忠政!気にするな、このまま、市松の処に帰れば良い!」
「しかし、矢を放ってきておりますが!」
「あの距離で、あたるわけがない!戻ることを優先しろ!」
「分かりました!」
秀久は、後ろを再度振り向き、追ってきている将が名のある者であれば、今回の失敗が帳消しになるとほくそ笑んだ。
まあ、名のある将でなくとも、捕縛し、捕虜として使えれば、それはそれで良い、自分の運もまだまだあると、自信を深めていた。
「甲斐姫様、利英様が引く命令だけで、追撃の命令は聞いておりませんが」
「放っておけばいいのです。此処で追撃して、敵を壊滅させるべきなのに、此処で引くなど、考えられません!戦の呼吸が分からなさすぎるのです、長親は!」
「……」
「ふん!追撃して、敵将を討つのです!」
甲斐姫は、黙って筏に潜り込んでいた。自分の行動が、身勝手であり、自己満足を満たすための行為であることを理解していない。長親への反感もあるが、その根底には、認証欲求であることを理解しないまま、無謀な攻撃を命令していた。
従っている武士は、長親と違い、甲斐姫に諌言も直言も出来ない日和見であり、言われるとおりに従っていた。
周囲に居る百姓たちは、白々した眼で、甲斐姫と主従を見ていた。
百姓たちは違い危機的な状況に陥ったとしても、甲斐姫主従を守る気にはならなかった。
大敗し、ほうほうの体で逃げてくる秀久の軍勢を見て、正則は深いため息をついた。
堤の上から、忍城の松明の光で、一方的に打ちのめされている秀久の軍勢は良く見えた。敗れることは予想していたとはいえ、被害は予想を超えていた。矢への対策もなく、単純に夜襲をした姿に、秀久の限界を見るようだった。
「正勝へ負傷者の収容の準備をしろと伝えよ」
「はっ」
「保茂、迎撃の準備をしろ」
「はっ」
足立保茂は、指示を受け、松明の準備を行い、鉄砲隊、弓隊の組頭に準備を命じに、正則の元を離れた。第一の堤ではなく、第二の堤の上で、準備を行った。
第一の堤の上に移動する際、胸騒ぎを覚え、正則は、第二の堤の上で迎撃の準備をする命令を出した。
第二の堤は頑丈に構築させていたが、第一の堤は、簡単な作りで、短期間で作ることを目指したため、少し頼りない部分があったのかもしれないと、正則は思った。
第一と第二の堤の間に待機している正勝は、筏ではなく、川船を借り受けて準備していた。その為、第一の堤が決壊した場合であっても、ある程度の被害は防げるだろうし、場合によっては、盾として使うこともできる。
慎重な正勝に満足しながら、正則は再度、秀久の方に眼を向けた。
「昌幸殿、どのような状況ですか」
「吉継殿か、まあ、正則殿で十分対処できそうだろう。ただ、第一の堤は潰れるだろうな」
「それは?」
「どうも、秀久殿を追撃している者たちが、火薬を用意しているみたいだ」
「……何ですと……しかし、何故、分かるのですか」
「配下に、そういうのが得意なものがいるのでな。そこは、信じてもらえれば」
「分かりました」
吉継は、昌幸の配下に、凄みを感じていた。その父は難攻不落とも言われた戸石城を謀略で落とした幸隆、兄弟は武勇の誉れ高い信綱であり、智勇を備えた昌輝と優秀な血筋にある真田一族。配下の忍びによる情報収集能力は、小大名なのに、諸大名の中でも上位に位置するほどである。
小大名であるがゆえに、秀吉も一定の信頼を置いていた。もし、大領を持った大名であれば、警戒し、改易をするために、手を尽くしていたかもしれない。
子の信繁も真面目で、その才に感じるものがあった。
「このような場でする話ではありませんが、昌幸殿」
「ん?」
昌幸は、吉継の話に首をかしげて、顔を向けた。
「どうかされたか」
「信繁殿の事で、お聞きしたいことが」
「あやつが何かしでかしましたか?」
「いえ、まあ、確認だけですが……」
吉継の奥歯に挟まった言い方に、昌幸は、何か問題が起こったのかと、色々、考えを巡らせた。
もし、信繁が、失態していて、真田家に災いが降りかかるならば、切り捨てる必要があるかとまで、悩みこんだ。
「戦場でする話ではありませんが、信繁殿に決まった相手がいるのでしょうか」
「決まった相手?」
謀将として名高い昌幸だったが、一瞬、何を言われたか、分からず、思考を止めてしまった。
「決まった相手がいないなら、私の元に居る、娘をもらって頂ければと思いまして」
「嫁ですか?」
「はい。姪なのですが手元で預かっていて、なかなかの器量と思っております。それゆえ良きものに嫁がせたいと婿を探しておりましたが器量のあるものが見つからなかったのです。信繁殿の器量は素晴らしきものとお見受けしました。その娘を私の養女にしてから信繁殿に嫁がせたいと考えたのですが、如何でしょうか」
吉継の言葉に、表情や態度に出さなかったが、昌幸は、心で安堵のため息を出していた。
一息つき、頭で、吉継とのつながりについて、考え出す。秀吉の信頼も厚く、その側近中の側近三成とも親密である吉継と婚姻関係を結ぶことは、真田家に取っても、豊臣政権の中で良い立場になると考えられた。また、豊臣政権の第三の実力者である家康とも長男信幸が婚姻関係を結んでおり、豊臣と徳川の両方で真田の血が残せると計算する。
「良い話だが、信繁は、鶴松様の身近に仕えている身、殿下に許可を取る必要があると思うが」
「話が決まれば、殿下に許可をもらいます。室が無理だったとしても、側室でも構いません」
その話を聞き、昌幸は、実子ではなく、姪だから側室でも良いと言っているのかと、考えてしまう。
実子に比べれば、養子は、婚姻関係でもその繋がりは薄い。信幸の場合は、家康の第一の忠臣とも言われる本多忠勝の娘であり、徳川家との関係は弱くとも、影響力のある忠勝の娘である事が、一定の影響力を得ると考えていた。あまり、徳川家と近すぎれば、家康から睨まれる恐れや、秀吉から疑惑を受ける可能性があった為、養女で了承した。
吉継の場合は、一族を養女にするので、信幸とは状況は違うし、秀吉の信頼はあつくても、所領は小さいため、其処まで、周囲からの妬みも少ないかと考えた。
「分かりました、殿下に許可を頂いて、どのような形にしろ、信繁にはもったいない話、受けさせて頂きたい」
「おお、それは良かった」
「しかし、何故、信繁に?」
「信繁殿に人とは違う才を感じ、その才が、どのように育つか、近くで見てみたいと思いまして」
「才……ですか」
「ええ、人を引きつける魅力と、軍略の才を感じます」
「ほぉ、吉継殿に褒められるとは、嬉しいですな」
「それに、佐吉の……三成を助けて欲しいと思いまして」
「……」
吉継の話に、昌幸は、三成に対する思いやりと、苦悩を感じた。
三成は、横柄者と見られているが、その実、生真面目なだけで、融通の利かない堅物であり、家臣にすれば、信頼して使うことが出来るが、同僚としては、とっつきの悪い、付き合いの悪い、気が利かないとしか見えない、損をする人物であると考えていた。
昌幸は、自分には出来ないその姿に羨望を持ちつつも、厳しいこの時代には合わないと思っていた。自身も武田信玄に忠実に仕えていた時代があった為、三成の気持ちや行動は理解できるが、かといって、それが、軋轢に繋がり、家中を割りかねない危険性がある事を理解していた。信玄に仕えていた時も、長年使えている国人衆や一門週に気を使い、情報を集めていたころを思い出し、三成のまずさを見ていた。
その三成の足りない部分を、吉継は補おうとしているが、三成の負の部分を補え切れないのを感じているのだろうと考え、信繁を加え、補う力を増やそうとしているのだろう。
豊臣が没落しても、その後釜になりそうな徳川に信幸が居る限り、問題ないだろう。そして、信繁が上手くやれば、真田家の身代が増えるきっかけになるかもしれないと想像した。
「何処まで出来るか分かりませんが、私も協力しましょう」
「ありがたいですが……」
「ははは、当然、見返りは考えていますよ」
「でしょうね……」
「信繁ならそういうことは言わないでしょうが、かといって、身の丈に合ったことしか、お願いしませんよ」
「分かりました。昌幸殿も手伝っていただけるなら、心強いです」
「まあ、まずは、此処をうまく収める事ですな」
「そうですね」
その昌幸の言葉で、二人は、正則の方に眼線を向けた。
其処には、秀久に追いつく、成田勢が暗闇の松明の光に映し出されていた。
第一の堤防にたどり着いた秀久は、手勢をまとめて、追撃してきた成田勢を迎え撃とうとしていた。
しかし、忠政は、手勢の被害が大きく、このままでは追撃してきた成田勢が少なくても、まともに迎え撃つことが出来ないと考え、第二堤防にまで引き上げることを秀久に伝えたが、秀久は聞く耳を持たなかった。
「忠政!市松に、兵を寄越すよう伝えろ!」
「父上!それは……」
「ふん、敵を率いているのが誰かわからんが、打ち取れば手柄だ!市松も、喜ぶだろう!」
秀久の言葉に、忠政は、愕然とする。
禁止されている城への攻撃を無断で行い、さらに、壊滅的な被害を受けて、ほうほうの体で逃げて来た状況で、言う言葉ではないと思った。
「忠政様、無駄です」
広田藤吾が耳打ちした。
「どうしてだ?」
「秀久様は、危険を冒して、武功を上げて、地位を得てきたのです。それに、戦になると、どうしても一騎駆けの気持ちが先に来るのでしょう。周りが見えなくなるのです。足軽頭程度ならばそれでもよかったでしょうが、それなりの兵を率いるには、どうしても、無理があるのです」
「……」
「忠政様、正則様への使者となり、此処を離れてください」
「何故だ」
「此処に居ては、危険だからです」
「そのような状況で、この場から離れる気はない」
「仙石家の家名を残すためです」
「兄上が居るではないか」
「ここに残る者たちをまとめてもらわなければいけません。此処に居るものは、秀範様に仕えることはありますまい。それは、忠政様も分かっておられるはず」
「……しかし」
「忠政!早く、市松へ伝えよ!」
「秀久様、忠政様が使者となります。その方が、兵を出してもらいやすいかと」
「な!?」
「そうだな、忠政、早く行って来い!すぐ其処まで、兵が来ておるわ!」
「……分かりました」
忠政は、秀久に命じられた為、不承不承で、正則の処へ使者として赴いていった。
「正勝様、仙石忠政様が、来られております」
「お通しせよ」
「はっ」
しばらくして、忠政が正勝の元にやって来た。所々に矢突き刺さり、何本かは折れていた。
まだ、十代前半で、子どもの顔を兜から覗かせている状況との差が痛々しい限りであった。
「忠政様、どのようなご用件でしょうか」
「父秀久から、正則殿に、援軍依頼に来ました」
「……援軍ですか?
「はい」
「申し訳ございませんが、正則様からは、此処で、仙石勢を収容して引き上げるように言われております。ですので、秀久様に、撤退をお願いしたいと使者を出すところでした」
正勝の返事を聞いて、忠政は、眉をひそめたが、自身も撤退することを秀久に訴えていたこともあり、そうしたい気持ちでいっぱいであったが、秀久の命は、援軍要請だった為、どうすれば良いか、悩みこんでしまった。
その姿を見て、正勝は、退却する意思が秀久にはないことを理解した。かつて見た、秀久の武勇には、正勝は憧れさえ抱いていたが、ここに至っても、状況が見えていないことに、失望を感じた。
その秀久の失敗によって、正則が引きずられることのないように、援軍に赴くことをあきらめた。負傷した兵が多く、撤退の手助けの要請であれば、正勝も秀久の元にいく事も選択肢として考えていが、忠政の表情を見て、その選択を放棄した。
「忠政様、我々は、正則様の命がある為、此処から動くことは出来ませぬ。負傷した者どもを保護いたしますので、此処に引いてきてください」
「どうしても無理ですか」
「はい」
「……分かりました。正則殿に直接お願いに行きます」
「分かりました」
そう忠政は、向きを変え、正勝の前から立ち去ろうとした時、爆発音と、地響きが聞こえて来た。
「何事だ!」
正勝が、兵たちに怒鳴り声をあげ、確認を行った。
「成田勢が、爆薬を使い堤の一部を破壊したようです」
「そうか!者ども、近くの筏の上に乗り、体を動かないように固定しろ!忠政様も、筏の上に!皆の者急げ!」
福島勢は、用意してあった筏の上に全員移動し、這いつくばって、濁流が来るのを待ち構えた。
忠政は、何のことかわからず、正勝に引きずり倒され、筏の上に這いつくばった。
「な、何をされる!」
「静かにされよ!もう直ぐ、第一の堤の壊れたところから、溜めていた水が、流れ出してくる!危険がないかもしれぬが、水の勢いを侮ることは出来ない!流されて、溺れ死にたくなければ、筏にしがみ付かれよ!」
「堤が、壊れた……ち、父上は!?」
「今は、秀久様の事より、己のみ考えよ!」
「くっ!」
動こうとする忠政を正勝は、押さえつける。忠政がいくら足掻こうとも、まだ、子どもの身では、正勝を押しのけることは出来なかった。
そうしているうちに、水が地面を流れ出してきているのが、眼でも確認できるようになってきた。
「松明は、各筏に何本か持って置け!仙石勢が流されて来たら、なるべく拾い上げよ!」
「はっ!」
徐々に水かさが増していき、その水の勢いが激しくなってきた。気が付けばあたり一面が水に満たされていた。
忠政は、その状態を見て、秀久や仙石勢が気になった。
「水の勢いが収まるまで、しばし、耐えるしかありません」
「……分かっております(父上、ご無事で……)」
忠政と正勝が話をする少し前、成田勢は、第一の堤へ近づいていた。退却していたと思った、松明を掲げ、仙石勢が堤の上に居ることに甲斐姫は、喜びの表情を浮かべた。
そして、その中に、目立つ鎧を着た武将を見つけ、兜首が取れると、狂喜した。
甲斐姫は、愛用の長弓を構え、目立つ武将に狙いを定めた。距離が離れており、普通は当てられる距離ではなかったが、甲斐姫は、日ごろから弓の練習をしており、男の武将でも難しい距離でも、標的に当てることが出来るほど、技量を上げており、狙いを定め、矢を放った。
「秀久様、お下がりください」
「藤吾、あのような距離で、弓が届くわけがなかろう。よしんば、届いたとしても、叩き落せばよい」
「万が一ということもあります。ならば、松明だけでも」
「分かった、おい、松明をずらせ」
「はっ」
「しばらくしたら、市松の手勢が来る、それを持って反撃だ」
藤吾は、秀久の言葉に首を振りながら、成田勢を見た。秀久は、戦場では一騎駆けのように判断を誤ることがあるが、領主としては、領民に気さくに接し、慕われていることもあり、内政ではそれなりに評価されるものを持っていた。
戦場での悪癖さえなければと、藤吾は、嘆息する。
その時、風を切るような音が、藤吾の耳に入って来た。
「うぐっ!」
秀久の呻くような声に、藤吾は顔を向けた。
其処には、喉に矢が突き刺さっている秀久が立っていた。
「秀久様!」
声をかけられた秀久は、腕を上にあげ空を掴むように手を広げながら後ろに倒れていった。
駆け寄って、秀久を抱き上げた藤吾であったが、既にこと切れていた。
その秀久の表情は、驚愕の表情を浮かべていた。
「秀久様!くっ!皆の者弓を構えよ!ありったけの弓をやつらに放て!弔いだ!」
「おうっ!」
我がままで、身勝手、戦場では、無謀な暴走する秀久であったが、どこか憎めないところがあり、ガキ大将のような秀久に家臣や兵は慕っていた。
壊滅的な被害を受け、手傷を追っていないものはない状況であったが、兵たちは、夜襲前に堤に置き、持っていかなかった弓を構え、遮二無二弓を放ち始めた。
藤吾も弓を構え、大将らしい武将に目がけ弓を放ち始めた。
「やったぞ!敵の大将を討ち取ったぞ!」
甲斐姫は、秀久が倒れていく様子を見て、狂喜乱舞した。
周囲の兵たちも、これで、城へ帰れると安堵を浮かべた。
「よし!ここで、敵に襲撃をかけるぞ!」
「!?」
甲斐姫の言葉に、周囲は、唖然とした。
「大敗し、将が討たれ、敵の士気は下がっているはず、此処で、さらに追撃をかけるぞ!」
「お待ちください、此処は、敵将を討ち取ったことで、いったん矛を収めるべきです!」
「ふん!戦を知らぬのか!此処は、押すべきところだ!兵法も知らぬのか!」
その言葉に、机上や弓馬の練習だけで、実戦を経験していない危険を兵たちは感じた。
当時の農民は、兵役に従事するだけでなく、落ち武者狩りや、強盗などとの戦いを経験しており、実戦経験のない甲斐姫とは違い、歴戦の兵士でもあった。大敗しても、堤の上で、逃げることなく兵たちが待機していることを考えれば、敵の将が侮れないとみることが出来た。確かに、将が討たれれば、離散する可能性もあるが、窮鼠猫を噛むで、逆に多大な被害を受ける恐れがあるのも、実戦の中、経験したことがあった。
その為、農民たちから見ても、甲斐姫は、危ういと感じ、長親が戦場に出したくないことを理解した。
そして、甲斐姫が再度、攻めるよう指示を出そうとした時、仙石勢から矢が大量に射られてきた。仙石勢の激しい抵抗に、甲斐姫は狼狽した。
「な!?敵は、反撃できる状況ではないはず!」
「甲斐姫様!そのようなことは、良いのです。直ぐに、退却を!」
「馬鹿なことを!今は好機のはず!」
「何を!」
言い合っていた以作は、長親とも親しく、何度も戦を経験したことのある農民であった。その為、今、逃げなければ、被害が拡大することを感じていた。
中々、退却を言い出さない甲斐姫のせいで、何名かの兵が弓に射られ、水面に落ちて、亡くなっていった。
その姿に、苛立ちを感じていた以作だったが、嫌な予感がして、甲斐姫の前に移動した。
「何をしているのです!」
甲斐姫が声を上げると同時に、以作の背中に、藤吾が放った矢が突き刺さり、更に連続で数本突き刺さった。以作は、口から血を吐き出しながら、片膝をついた。
「皆!城へ引け!」
「な、何を!」
「黙れ!これ以上!仲間を殺させるか!」
「ぶ、無礼な!」
そう甲斐姫は、顔を紅潮させながら声を荒げるが、周囲の筏は、以作の声に合わせ、一斉に城へ向けて移動し始める。その行動に、甲斐姫はますます、顔を紅潮させ、体を震えながら、進撃するように命令を出すが、誰も、その指示に従わなかった。
「お、お前たち、城に帰ったら、処罰しますからね!」
兵たちは、その声を無視し、城に、戻っていく。その途中で、誠忠の手勢と合流し、引き返していく事になる。
誠忠が堤を見ると、仙石勢が、筏に乗り込み、こちらに向かおうとするのが見えた。その為、一人の兵が、誠忠に耳打ちをして、負傷した兵士を移動させた後、ひとつの筏のみ、その場に残された。
その筏の下には、風魔の忍びが潜っており、筏に、大量の火薬を乗せ、第一の堤まで、移動させていく。
無人の筏を見た、仙石勢は、誰も乗っていないことを確認し、無視して、成田勢を追っていく。
放置された筏は、堤に接岸し、火薬の導火線に火をつけ、風魔の忍びはその場を素早く去った。その後、爆音と共に、細工されていた堤の部分で、爆発し、第一の堤が決壊することになる。
爆発した際、成田勢は、既に、城に撤収していた為に、影響は受けなかったが、成田勢を追ってきた仙石勢は、堤の決壊と共に、流れていく水の流れに、筏が乗ってしまい、城から離れていく事になった。