第十三、二話 忍城
※二千十六年四月十三日、誤記修正
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正則は、陣を配置し、忍城を見つめていた。
兵力差を考えれば、力攻めで落とせると正則は考えていたが、現実は水攻めを行っていた。その事について、正則も不思議に思っていた。攻めづらい忍城とは言っても、関東の諸将や昌幸や吉継をそろえ、手管を用いれば攻め落とせると自信を思って言える。
水攻めの理由について、正則自身も考えていた。猪武者、短慮など言われる正則だが、正則も秀吉から薫陶を受け、三成ほどでなくても、兵站の重要性や外交についても考えるだけの能力はある。
それを踏まえ、この忍城攻めは単純に落とすことではないと推論していた。だが、それを分かっていても、やはり、攻め落としたい衝動が強い為である。
後さき考えぬとは言っても、秀吉から散々釘を刺されていたので、冷静になろうと自分を抑え、堤を構築していった。
「市松、このような土を盛るために、此処に来たわけではないぞ。これだけの兵力があれば、攻め落とせるのではないか。やはり、佐吉は、戦下手だな」
自分を抑えている横で、秀久が三成を非難している。自分が三成を罵倒するのは気にならないが、他人がすると、なぜか無性に腹が立っていた。その感情に、正則自身は気が付いていない。
それに気が付かない秀久は、日々、三成への非難と、忍城に攻撃する事を勧め続けた。
攻めたい気持ちと、秀久への煩わしさは日々募るだけで、不満が蓄積していった。
「ちっ、市松も大人しくなったな、このままでは、武功を上げることができん。勝手に攻め入るか」
秀久は、正則が動くことなく、三成の指示通り、堤を作り、攻める事がないことに不満をためていた。正則であれば、三成の指示を無視しても城攻めを行うと考えて、陣借りしたのに無駄になってしまうと焦っていた。
100足らずの兵では、攻めても跳ね返される可能性があるが、水が溜まり、闇夜に紛れれば、攻め入れると考えていた為、機が熟すまで、その時を待っていた。
「佐吉、やっと、堤が出来上がったな」
「そうだな……第一、二の両方ともな。そして、水路もな」
水量が少ないことを見越して、三成は、吉継に依頼して、忍城の周辺にある川から水を導くための水路を作るように指示を出していた。それが、堤の完成と共に、完成する事が出来た。
「水路から水は入ってきているか」
「勢いよく入ってきているようだ」
「そうか……ありがとう、紀之助」
「気にするな」
「諸将は集まっているか」
「ああ」
「では、行くか」
そう言って、三成は吉継と連れ立って、諸将が待つ軍議の場に向かった。
軍議の場所に入ると、既に、忍城に参加している諸将がすでに席に付いていた。そこには、苦虫をつぶしたような表情の正則も居た。
「皆様方、この度の堤の件、誠に有難うございます」
そう言って、三成は諸将に頭を下げた。
その姿を見て、正則は、驚愕の表情を浮かべた。横柄で、謝辞など、口にすることも稀な三成が、謝辞の言葉を述べ、あまつさえ頭を下げるなど、心底驚きを感じた。
その態度に、正則は何とも言えない感情が湧き上がってくる事を自覚した。ただ、それが、なんであるかは、正則自身理解できないものであり、持て余していた。
忍城に来た際に言われた、近しいものだけなのに市松でなく、正則と声をかけた三成の姿を思い出し、突き放されたような、相手にされないようなわだかまりを感じた感情を、思い出してしまった。
自分だけが、昔のまま、変わることなく、おいて行かれているような寂しい気持ちになったが、それを正則は認めたくなく、目を背けるために、三成に対し反発の感情を膨らませていく。
「忍城に対し、水攻めを行うことが出来ましたのは、殿下のご威光と、皆様のおかげでございます。これからは、忍城からの攻撃を防ぎつつ、押し込め、根を上げさす方向で作戦を進めます。兵に負担をかけないよう、交代で警戒させてください」
その言葉に、諸将は、一斉にうなずいた。
領地が広がるかわからず、いたずらに兵を損ないたくない諸将に取ってみれば、渡りに船である。兵糧なども、豊臣家から支給されるため、予備的に数日分もってきているぐらいであり、自己保全に努める行動を心がけていた。
ただ、その言葉に、秀久や正則は、頷かず三成をにらみつけていた。
二人の表情を、三成と吉継は、表情には出さず、心の中でため息を付いた。特に正則は、今回の忍城攻めについて、何を目的としていたか気が付いていないのかと、呆れるしかなかった。
正則は、おぼろげながら、今回の忍城については、秀吉の考えは理解していたが、三成に対する反発により、秀吉の考えを頭の端に追いやっていた。
「佐吉、ただ囲うだけとは消極的すぎないか」
「秀久殿、この忍城攻めの責任は、私が負っております。お伝えした内容に変更はありません」
「臆病すぎる!あのような小城、総攻撃すれば、すぐ落城するではないか!」
「ご不満であれば、この地より去っていただいて構いません」
「な!?き、貴様!」
「三成殿を大将と任じられたのは、殿下です。作戦についても、殿下との話し合いを行っております。ご不満はおありでしょうが、従ってもらえませんか」
「紀之助……」
秀久が主導した九州入りでの失態は、諸大名もおぼろげながら伝え聞いていた。その為、自分の武功を上げる為の戦略も何もない発言に、諸将は、眉をひそめた。
少数の兵を率い敵と戦うのであれば、秀久は、有能な武将だった。しかし、戦略眼もなく、調整力、統率力もない為、大兵を率いさせることはできない。
しかし、秀久は、その事に気が付いておらず、自身が戦いで活躍することのみに気が向き、周りの被害は一切考慮せず、独断専行も武功を上げれば、許されると考えていた。
その行動が、大勝を掴むきっかけになる事もあるが、大敗につながる事もある、劣勢になった時、博打を打つにはうってつけの男ではあるが、今回のような場合は、害にしかならなかった。
その点、正則は、仙石と同じような思考ではあるが、戦の空気を読み、統率力もあり、戦略眼も悪くない。ただ、三成に対する反発が、全ての行動を帳消しにしていた。三成と同じ場にいなければ、そのような事もないのではあるが、今回については、非常に危険な状況に陥る可能性も秘めており、吉継などは警戒していた。
「それでは皆様方、各地の持ち場に帰り、警戒と間諜の対策をお願いします」
「「はっ」」
三成の話が終わり、諸将は返答し、それぞれの陣に戻っていく。正則は顔を歪めながら秀久は口元を緩めながら並べ陣へ戻って行った。
諸将が出ていき、その場には、三成と吉継のみが残った。
「正則殿より、秀久殿が勝手に動きそうだな」
「そうだな、正則殿は、私の事がない限り、殿下への忠誠心も高く、命令に背くことはないだろう。それに、秀久殿と違い、戦の仕方について理解している」
「秀久殿に引っ張られるか?」
「どちらかと言うと、巻き込まれるだろうな。正則殿の陣にいる以上、秀久殿が動けば、それを助けなければいけないだろうしな」
「そうだな……正則殿の隣は、誰だ」
「昌幸殿だ」
「話しておいた方が良いのではないか」
「そうだが、あの御仁、何か要らぬことをしそうで怖いが」
「確かにな」
三成と、吉継は顔を見合わせ、苦笑いを交わした。
秀久が、独断で攻撃を仕掛けた場合、正則もそれに引きずられる形で、戦いに参加する可能性が高いのは予想できた。そうなると、その隣に居る陣にも影響が出ることは考えられ、話をしておかないと、混乱が起きる恐れがある。
昌幸の場合は、忍びを使っているので、情報を集め、混乱するようなことはないと考えられるが、念の為に、伝えておいた方が良いと判断できた。
諸将にも、警戒するように伝えた方が良いが、伝えてしまうと、諸将も勝手に攻撃を仕掛ける可能性もあり、伝えることを控えた方が良いと二人は考えた。
正則や秀久が動いた場合は、どの様な結果であれ、軍議により、諸将の前で罰すると二人で決めた。
ただし、どの様な状況で、軍を動かしたかは、情報をしっかり集める必要があると考え、手元にいる忍びと、昌幸に依頼をすることにした。
軍議が終わった後、しばらく経った頃、秀久は、忍城を見つめ、唾を吐き、正則の処に歩いて行った。
正則の護衛の兵士が、秀久を見て、止めることなく、頭を下げて見送った。
「市松!」
「なんですか、権兵衛殿」
「お主、なぜ動かぬ。今日は、新月、絶好の夜襲日和ではないか」
「先の軍議で、包囲するとなったではありませんか」
「……腑抜けたか、市松」
「何?」
秀久の嘲笑にも似た発言に、正則は顔色を変える。
正則は、今回の水攻めについて、無理に忍城に攻める必要性がないのは、理解しており、包囲は理に適っていると思っている。
城攻めについて発言しているのは、ただ一点、三成への反発心でしかない。
頭を左右に振り、正則は心を落ち着けた。
「殿下からの命もあります。佐吉への命令違反は、殿下への反逆となります」
「何を分別くさいことを……」
「殿下の命は、絶対です」
「はん!そんなもの武功を上げれば、そのようなこと不問にされるわ!」
「権兵衛殿、今は、昔の様にはいかぬのです」
「ふん!甘いわ、市松!城を落城させば、敵将首を取ると同じようなものよ!すべての行為が帳消しになる!今も昔も関係ないわ!」
「そういう考えなのは分かりますが、私は賛同する事はできません」
「ふっ、まあ、良いわ!」
正則の反応に、秀久は肩を怒らせながら、陣を出ていった。
その後姿を眺めながら、何故、秀久が古参であっても、秀吉が重要視しなかった事が理解できた。間違えば、自分自身が、同じような姿を見せてしまうかと思うと、背筋が寒くなった。しかし、言動から、独断で動きそうな雰囲気であった為、正則は、正勝を呼び、秀久を監視するように指示を出し、臨戦の態勢を整えておくように命令した。
秀久の姿が、自分自身の悪い部分を見せられているようで、気持ちが落ち込み、深いため息を付いた。
自分の部隊に戻った秀久は、兵たちに攻める準備を周りに気が付かれないよう命令を出した。
兵たちは、正則の兵や、昌幸の兵から包囲戦をする為、城に攻めこむことはないと聞いていた為、首をかしげるものも多かった。
そんな兵たちの反応は気にせず、秀久は忍城を見つめていた。
「昌幸様、正則様の陣が慌ただしく動き出しております」
「秀久殿は、どうだ」
「周囲に気が付かれないよう準備を進めているようです」
配下の忍びの報告を聞きながら、正則、秀久の動きを考えていた。
正則の陣が動いているのは、忍城攻め意図している様に見えるが、秀久が周囲に気が付かれないように動いているのが気にかかる。正則が動けば、当然、仙石も同じ動きになるはずだが、違う動きを見せている。
秀久は、動きを気が付かれないようにしているというならば、抜け駆け……命令違反を犯し、忍城に攻めるかもしれない。逆に、正則は、動きを隠していないのであれば、秀久の動きによる不測の事態に対応する為か、もしくは、便乗する為かのどちらか、何にせよ、動きがあるのは間違いないと判断した。
「引き続き、見張れ」
「はっ」
「誰か居るか」
昌幸の言葉に、忍びは退いていき、替りに側に使えている武士が入ってきた。
「三成殿に、動きありと伝えて来てくれ」
「はっ」
三成に使者を出し、不測の事態の為に、準備を整えに兵に指示を出しに出ていった。
正則や秀久が動き出すのは予想通りだが、それに対して、自分がどの様に動けば、良い思いが出来るかを昌幸は考えていた。時期が合えば、自分も城攻めに参加して、戦功を得るのも一つの手だと思っていたが、しかし、今回は、監視と混乱を治める方が、一番の利益になると結論を出した。
その為に、監視をするものを編成して、兵を送り出していった。
「来たか、紀之助」
「動いたのか」
「ああ、昌幸殿が知らせてくれた」
「そうか……」
吉継は、三成から使者を受け、三成の陣に急いで向かってきた。動くとしたら新月の時期を狙ってと思っていたが、予想通り過ぎて、一瞬気が抜けてしまった。
三成の陣に向かいながら吉継は、これから起こりうる可能性を模索していた。最悪の場合、堤の一部が決壊する可能性があると考えていた。その場合、被害を最小限にしつつ、兵の損失も防ぎたいと考えていた。
その考えていた事を、三成に伝えた。
「堤が壊れるか」
「ああ、城方が反撃に出てきて、堤を壊される場合がある。成田の手の者が、作業をしていた者たちの中に居てもおかしくはあるまい」
「昌幸殿の隣は、義宣殿か」
「そうだ、佐竹家の軍勢が陣を布いている」
「そこまで来るか」
「いや、二重にしているから、水による被害は抑えられると思うが、逃げてくる兵たちが、そちらに行くと、不味い」
「では、新月の夜、夜襲の危険がある為、警戒を密にと伝えておくか」
「そうだな、敵に動きありと情報が入った為と、一応、それなりの理由をつけておく方がよいな」
「分かった」
三成は、吉継の助言を受け、義宣へ使者を出し、対応に動き出した。




