第百三十五話 西岸
「無事に東の大陸につきましたね」
「そうだな、重長は辛そうだな」
「はい、流石に海の上に長くいるのは、感覚が狂います」
「仕方ないが…」
そう言って、政宗は周囲を見て、秀次の姿を見つけた。
「秀次様も、秀惟様も元気だぞ」
「…不思議ですね、海に慣れているとは思えないんですが」
「成実も元気だぞ」
「あの方は、武人ですから、殿と違って」
重長の言葉は、最後の方は声が小さくなっていた。
「何か言ったか」
「いいえ」
聞こえていたが、あえて目を細めてみるだけに政宗はとどめた。
「殿」
「どうした、成実」
積み荷を降ろすのを確認していた成実は、政宗に声をかけながら政宗のもとに戻ってきた。
「積み荷を降ろすのはもう少し時間がかかるようです」
「そうか」
政宗と成実はその後も、積み荷の事や不足分などで話をしていると、秀次が近寄ってきた。
「政宗殿」
そう秀次が声をかけると、成実は頭を下げて、政宗の背後に移動した。
「何かありましたか」
「いや、ここは佐竹湊と聞いたのだが」
「ええ、仮ですが、佐竹家が管理していますので」
「そうか、では伊達家は」
「ここから北にあるところですね。叔父上が先に向かってしまいましたが…、義親が取り残されました」
政宗の言葉を聞いて、秀次は笑った。
「面倒ごとを押し付けられたか、義親は」
「ええ、義忠は連れていかれたので、現地を任せる気でしょう。しかし、鮭の状況を知りたいので、義親に段取りを任せたのでしょう」
「厳しいな」
「ええ、どちらに行っても、実際に仕事を任せて経験を積ませるためでしょう」
「家臣もいるし、ある程度は実績があるだろうから、そこまでの齟齬はないかもしれないが、異国の地である以上、慣れるまでが大変だろうな」
「はい、まあ、若いので大丈夫でしょう。無理をさせても」
「おぬしも酷いな」
「うちの宗清も叔父上に付けているので、あちらでの政務を覚えてもらえば良いでしょう」
「任せるのか」
「ええ、一応、別に港名は決めますが、現状、伊達湊としていますので、管理をしないといけないでしょうね」
「ふむ、鮭の取れる場所かな」
「取れますが、まだ、北に行けば取れるところもあるようで…」
「なるほど、義光殿は当分戻ってこないかな?」
「いえ、そこまで無責任ではないはずです、多分」
そう言いながら政宗は苦笑を浮かべた。
義光も暴走しなければ、行き来する事を約束していた。
「あと、南に羽柴湊があります」
「そうそれ、気になっていたんだが、なぜ、豊臣ではないんだ」
「仮ですからね」
「うーん、ある程度は地名を付けないと駄目じゃないか」
「ええ、ただ、原住民の部族もいるので、日本の土地名を付けるにしても、合意も取りながら調整が必要と殿下が言っていましてね」
「そうか、そうだな。地名はその地に住む者たちにとっては大事だからな」
「そうです。まあ、使い続けたら、それがそのまま残ると思いますが」
「かもしれないな。南部家や相馬家は、港の名前に納得しているのか」
「気にはなっても、彼らは馬の方に興味があるようで、原住民の部族の近くに住む場所を作り、交渉をしているみたいですよ」
「馬か……こちらの馬はやっぱり違うのか」
「そうでもないですね。南蛮人が持ってきた馬に比べれば小さいです。日本にいる在来の馬の大きさに近いかもしれないですね」
「ほう、そうなのか」
「なので、南部、相馬の者たちは、南蛮の馬との交配を行いながら馬を育てているようで、その繋がりで原住民との仲も悪くはないですね」
「そうか、あと、あの話は本当か」
「あの話とは…ああ、金山の事ですか」
「そうだ」
「本当のようですが、殿下の話ではそこまで取れないかもしれないと説明されたので、期待していませんが、確かにありました」
「ほう、そうなのか」
「まあ、この地ではあまり使う機会がありませんが」
「仕方あるまい、それはここから近いのか」
「近いですが、豊臣家の代官が入っていますね」
「ああ、長盛がこちらに派遣されたと聞いたのはそれか」
秀次は、増田長盛が東の大陸に向かったと前に聞いたことを思い出した。
「あとは、もっと北、伊達湊よりも遥か北にもあるようですが、今は放置しているようですね」
「なぜだ」
「採掘現場の気温の問題と、精錬、輸送の問題があると言うことです」
「伊達湊の北か、相当寒いのだろうな」
「ええ、日本では体験したことのないような気温とも言われています」
「それはそれは…」
「ただ、その北の金のある場所は、鮭の産卵場所と重なるかもしれないとのことで」
「義光殿が騒がないか」
「そうですね、鉱毒が川に流れると、鮭に影響があるので、鮭の生息域が関わらない場所であることを祈っています」
鮭に影響があれば義光が激怒しそうで、秀次は苦笑した。
「私の政庁を伊達湊に置くのはなぜだ」
「それは、ここを含めて東に行くには山脈があって、移動が困難なので、南下していくことを視野にいれると、そちらの方が良いのです」
「なるほど」
「それに、スペインの支配領域は、南のさらに南なので、南下しつつ体制を整える必要もあります」
「気が長いな」
「ええ、この東の大陸と繋がっている南の大陸にも拠点があるので、そこを起点に攻める予定ですが、疫病対策もあるので、できるのは港、船の破壊ぐらいかと思います。まあ、後は港を占領することも視野には入れています」
「ふむ」
「その場合、馬での移動も厳しくなると思いますが、南部や相馬の者たちが活躍してくれることを期待して、今は、馬を集めるのと馬の改良を行っています」
「しかし、南は暑いのでは」
「それが一番の問題かもしれませんね」
そういって政宗はため息をついた。
「そういえば、ここに居ても良いのかな?」
「ん?ああ、佐竹との関わりですね」
「そうだ、蘆名家で揉めたのは問題ないのかな」
「さすがに、もめることはありませんよ。いざこざはありましたが」
そう言いながら、政宗は笑った。
「ここには、我々にあまり隔意がない貞隆殿がいます」
「岩城の家督を継いだ」
「そうです。なので、まあ、多少険悪な事があっても、何とかなってます」
「そうだな、ここで何か起こして、誤魔化そうとしても、殿下や豊臣の目は誤魔化せないだろうな」
「まあ、戦いに負けた以上、絡まれても困りますが、義広殿はこちらには来ないでしょう」
「手厳しいな。義宣殿、義広殿は蝦夷の方に行っているから、あまり関わることはないだろう」
「ええ、義重殿も含めて、抑えきれないかもしれませんからな」
爆笑しながら政宗は手を叩き、それを見た秀次は苦笑を浮かべた。
「一度、義宣殿に思いっきり睨まれましたからな。義重殿は無表情でしたし、あの時は困りましたね」
「殿が、挑発するからですよ」
「何もしていないぞ」
「摺上原の戦い以来ですなって……はぁ」
「それは、言っては駄目な奴ではないか?」
「何を言っているんです。戦場での勝敗は戦の常。まして、死力を尽くして終わったことを愚痴愚痴と……」
そういって、政宗は肩を挙げて、やれやれという表情を浮かべた。
「政宗殿、いい加減に止めてもらいませんかね。わかってやっているでしょう」
そう言いながら貞隆が近づいてきた。
「貞隆殿、久しぶりですな」
「ごくろう」
「政宗殿、秀次様、長旅お疲れ様でした。宿の手配が終わりましたので、ご案内します」
「ありがとう」
そう秀次が言うと、貞隆は頭を下げたのち、頭をあげると政宗に顔を向けた。
「確かにここにきている者たちは、伊達家への隔意はあまりないですが、政宗殿には思うところがあるものは大半です」
「なぜだ!?」
貞隆の言葉に、わざとらしく政宗は驚き、重長はため息をつき、成実は呆れた表情を浮かべた。
「ほどほどにしておくか、息子が情報交換に来ることがあるので、よろしくお願いする」
「そうですね。秀宗様は、殿と違って素直……ではないが、性格はねじ曲がっていないので、宜しくお願い致します」
「ひどいな、成実!?」
「ははは、わかりました。後ほど、ご挨拶をさせていただきます」
「申し訳ありません」
重長は申し訳なさそうに、貞隆に頭を下げた。
貞隆は笑って手を振った。
「問題ありませんよ。問題は政宗殿だけなので、おなごは全員退避させてますから」
「え?」
「え?」
その言葉に秀次も反応した。
「まあ、冗談ですが身持ちの堅い既婚者のみ対応させていますので、もし、手を出したら認証沙汰になるかもしれませんね」
貞隆は良い笑顔を二人に向けた。
政宗と秀次は苦い表情を浮かべたが、重長、成実は実にいい笑顔だった。




