第十三、一話 忍城
細々と続けており、一年が経ちました。
読んで頂いた皆様方に感謝の気持ちしかありません。
これからも細々ですが、続けていきたいと思います。
また、本日は、数話投稿する予定です。
[連続投稿 5回の1つ目]
※二千十七年六月三日、誤字修正。
慌ただしく出陣に向け、兵が駆け回り、組頭の怒声が響き渡っていた。急な出陣の命令ではあったが、準備は素早く整えられていった。
その兵たちの間を、大量の鈴を体に巻き付けた武士が歩いていく。
兵士たちは、見知った顔の為、誰も声をかけて止めることなく進んでいった。
「市松!市松はいるか!」
正則の軍の陣屋につくと、大声で呼びかけた。
「誰だ!忙しい時に!」
「俺だ!俺!仙石権兵衛だ!」
「おお、権兵衛殿か!久しぶりですな!」
「おう!」
笑顔で、仙石秀久は正則に声をかけた。
「今、出陣の用意で忙しいのですが、一体どのような用件で?」
「そう、その出陣で頼みがあってきたんだ」
「出陣の?」
「そうだ、小田原に居ても、あまり、活躍の場がなさそうなのでな。それで、どうしたものかと考えていたら、お主が出陣すると聞いて、陣借りをしようと思ってきたんだ」
秀久は、九州攻めの際、先陣の軍監として、長宗我部や十河など四国の軍勢を率いて、島津と対峙したが、情報を集めることもなく、無策のまま戦い、長宗我部信親など、若い有為の武将の命を散らす結果になり、大敗してしまう。その大敗の責任を取り、領地を没収され追放されることになる。
その後、家康の執り成しを受けて、小田原に来ていたが、後北条が籠城する事により、華々しい戦いが出来ず、このままでは、復活する事ができないと考えて、戦場を求めて、情報を集めていた時に、正則の話を聞いて頼みに来た。
「陣借りですか」
「駄目か」
「別に構いませんが、こちらの命令に従ってもらう事になりますが、良いですか」
「構わん!だが、戦働きの場を提供してほしい」
「分かりました」
「おお!ありがたい」
「ただ、家康殿には、断りを入れているのでしょうか」
「問題ない、話したらここでは活躍の場はないので、忍城で武勇を発揮してもらいたいと言われたわ」
「そうですか……」
正則は、秀久の独断専行について、危険視をしていたが、昔からの付き合いがあり、歳の離れた兄的立場だった為、強く拒否することができなかった。
家康の名前を出して、出陣を思いとどまらそうと思ったが、返答の内容を聞いたら、体の良い追い出しではないかと思った。それに気が付かない秀久を哀れに思いながら、正則は見つめていた。
「率いてきた兵を連れてきてください」
「分かった、大船に乗った気でいてくれ!わははは」
秀久に見えないようにため息をついて、その場を離れ、尾関正勝に指示を出して、兵の編成をし直すことにした。
戦功を上げられればもうけものと考え、足を引っ張らないように見張る必要があると正則は考えた。
正則は、出陣の準備が終わり、秀吉の下に挨拶を行うために訪れていた。
「殿下、出陣の準備が整いましたので、忍城に向かいます」
「そうか、頑張れよ」
「はっ」
「もう一度伝えておくが、三成の指示に必ず従う事、分かっておろうな」
「……はっ」
「もし、指示に従わぬ場合は、処罰されても文句は言うなよ」
「……」
「お主が言い出した事だ、我が儘許さんぞ!」
「はっ」
「豊臣に繋がるものであっても、規律を乱すことは許されぬと思え」
「分かっております」
「……そういえば、権兵衛も一緒に行くとか」
「私の出陣の話を聞いて、陣借りを願ってきましたので」
「断る気は無かったのか」
「……」
「無理か、仕方あるまい。ただ、奴の暴走には、しっかり手綱を引き締めろよ」
「はっ」
「では、行ってこい!」
「では!」
平伏して、正則は立ち上がり、そのまま、出ていった。その後姿を、ため息を付きながら、隣の部屋に声をかける。
「官兵衛これで良いのか」
その声に応じて、襖が開き、孝高が入ってくる。
「はい」
「権兵衛まで呼び寄せられてきたのは、お主の予想通りか」
孝高は、苦笑しながら話をする。
「まさか、それはありません」
「そうか、さすがに千里眼というわけにはいかぬか」
その返事を受け、秀吉は笑う。
「結果はどうなるかな」
「三成殿が、吉継殿たちへ相談しておれば、失敗はないと思います」
「ほう、そうであれば、佐吉も成長したという事か」
「はい、ただ、落城するかは難しく、水攻めが成功するといったところではないかと」
「落城は難しいか」
「そうですね、今の忍城を差配している成田長親というものが、武士たちの評価は悪いですが、百姓には人気があるようでして、彼らの支持があれば、水攻めでも籠城は継続すると思います。また、水量の問題により、水攻めの効果も薄くなるやもしれませぬゆえ」
「水量がないか」
「そのようです」
「高松のようにいかぬかもしれぬが、まあ、それは、それで良い」
「後は、秀久殿と、正則殿の動きにより、落城するかもしれません」
「それは?」
「先ほど話した長親なる人物、百姓の事を親身に考えるとのこと。籠城が続けば、百姓が苦しむことを分かっているはず。正則殿たちが、かき乱すことで、長親が百姓の事を考え、降伏するかもしれません」
「ふむ」
「ただ、それは、三成殿が、正則殿の事について、吉継殿なりに相談して対策を取り、混乱を最小限に収める事が出来た場合と条件は付きますが」
「そうだな。ただ、これを乗り切れば、佐吉は一段階能力があがるな」
「はい」
「後は、市松だな」
「失敗して、それに気が付けば、もう一段階進めますが、目を背ければ、豊臣家にとって、有害な存在になるやもしれませんな」
秀長が死ぬことによって、豊臣家には大きな穴が空く。それを防ぐ手立てはないが、一門と子飼いが成長を期待しなければならないが、一門は秀長に比べれば格段に落ちる。戦乱が収まった太平の世であれば、そこそこ活躍できるが、まだ、戦乱のにおいの残す現状では頼りなさすぎる。
家康の子、秀康は、頼りになりそうだが、流石に、家康の子である以上、必要以上に信用する事は出来ないと考えていた。子飼いは知勇を備えたものが何人かいるが、三成や行長が、正則や清正などの武の色が強い者たちと溝が深くなっていっている感じがする。
それぞれの溝の鍵となっている三成と正則の関係を今回の忍城で見極めようと秀吉は孝高と話し合った。
もし、三成や正則が今回の事で変わらなければ、中央から離す可能性も考える必要もあると思案していた。
「そういえば、笠原政尭は、どうなった」
「政尭は切られたそうです」
「ほう」
「憲秀と弟直秀に謀ったようですが、弟直秀が氏直に伝え、切られたようです」
「憲秀は?」
「屋敷に閉じ込められたようです」
「そうか、死んでいないのだな?」
「はい」
「やはり、書状の憲秀の名前は、やはり、政尭の独断か」
「そう思われます」
「さて、どの様に、奴らを揺さぶるかな」
小田原城を包囲している軍勢に、酒や食料を振る舞い、商人や遊女まで集まってきて、包囲している軍勢はお祭り騒ぎのようになっていた。物見遊山にでも来ているような雰囲気で、小田原城から出る事もなく、それを見続けている兵たちは、気のゆるみが出てきた。
その為、籠城している兵士たちへの鼓舞の効果もなく、士気は日々低下していくことになる。
三成の下に、正則が到着した事が伝えられた。
三成は眉間に皺を寄せたが、表情を改めて、吉継にこちらへ来るように伝令を出し、正則が来ることを待つ準備をした。
鎧の擦れる音が大きくなり、足音が聞こえてくるような勢いで、正則が三成の居る陣に入ってきた。
その表情は、かみつくかのごとくであり、あまり友好的なものとは言えなかった。
その表情を見て、三成は、気が重くなったが、正則の後ろにいる秀久の姿を見て、驚いた表情をした。正則と共に来るとは考えの範疇にはなかったので、驚きの表情となってしまった。
「おう!佐吉、久しぶりだな!世話になる!」
「は、はい」
「佐吉、お主が頼りないから手助けに来てやったぞ!」
「市ま……正則殿、此処では、指示に従ってもらいます」
「むっ、分かっておるわ」
「ならばよろしい」
三成が、正則殿と呼んだことについて、正則は違和感を覚えた。まるで、三成が上から目線で、また、自分と距離を取ろうとしようと考えているように思えた。
正則は、今まで、反発をしていても、同じ釜の飯を食べた者と思っていたが、呼び方を変えたことで、三成と自分の距離を実感してしまった。
そして、何故、お前は分かってくれないのかという、三成に対しての理不尽な思いを抱くことになった。
「正則殿、来られたか」
「紀之助、お前もか……」
「ん?ああ、此処は、仲間内だけではない、諸将の配下の者が出入りしている。言葉も変える必要があるのは、お主も分かるであろう」
「そうか……確かにそうだが……」
「お主であれば、分かるであろう」
「……うむ」
正則は、吉継の言葉に、苦い表情をした。
「そんなことより、佐吉、わしらの配置はどこになる」
空気を読まない秀久が、話しに割り込み、配置について、質問をしてきた。
その際、三成と吉継は眼で合図をして、地図を出して、堤の端に陣取るように説明をした。その場所は、水が溜まっている場所ではなく、無理をすれば、忍城に攻め入ることが出来そうな場所であった。
正則と秀久は、その場所を見て、了承をしたと言って、陣を出ていった。
「佐吉、市松のあの表情どう思う」
「不満が表情に出ていたな」
「ああ、だがあれば、どちらかと言えば、正則殿と呼んだことに対してではないか」
「そうかもしれんな」
「立場の違いを理解させなければ、諸将が集まった軍議で秩序が保てなくなるからな、仕方ない」
「市松なら分かってくれると思うが……」
「あやつは子どもよ、癇癪持ちのな」
「あやつが羨ましいよ、私はあそこまで素直になれないからな」
三成の言葉に、苦笑いを浮かべながら吉継はうなずく。
正則だけではなく、秀久まで来たので、更に予測できない可能性が非常に高いと思われる。彼らが起こす混乱が酷くならないように、手を打つ必要がある。
監視をするにも、忍びの数が少ない。昌幸に協力を仰ぐ必要があるかもしれないと考えた。
「紀之助、昌幸殿に、手を貸してもらうか」
「昌幸殿か……」
「市松だけであれば良かったが、権兵衛殿も考えると、場合によっては、二か所で起きる可能性がある。人が必要だ」
「確かにな……このような事になるなら、信繁殿に残ってもらった方が良かったな」
「……仕方あるまい」
「とりあえず、昌幸殿に来てもらって、相談しよう」
「そうだな」
昌幸に伝令を出し、来るのを待つことにした。
その間に、問題が起きそうな点について、地図を取り出し予測を立てていく。基本的に、正則を配置した場所を起点として、諸将が配置していない場所などを確認しあう。
その間に、昌幸が到着したことが伝えられた。
「三成殿、どうかなされましたかな」
「昌幸殿、わざわざご足労して頂きありがとうございます」
「実は、頼みたいことがありまして」
「何をですな、吉継殿」
「堤造りに参加している民の中に、忍びが入っていると思っております」
「それで」
「昌幸殿の配下の者に、動いてもらえぬかと思いまして」
「ふむ、構いませぬが……それだけでよろしいので?」
「それは、どういうことですかな」
「まあ、良いでしょう。三成殿、こちらで見ておきます」
「……お願いします」
三成の顔を一度みて、一礼して、昌幸は出ていった。
「気が付いておるようだな」
「流石は、昌幸殿だな、佐吉」
「やはり、信玄の両目には、誤魔化せぬな」
「含んでおるから、表立っては言うまい」
「信じるしかないか」
「そうだな」
吉継は、短期間に、人の話を聞くという今までにない事を行った三成の表情を見ながら、感慨にふける。これで、三成が一段階上に上がったと。
昔からの付き合いのある自分だけはなく、外様の昌幸に協力を仰ぐことなど、今まで三成であればすることは絶対なかった事だ。
身内にも頑なに壁を作ってきた三成の成長に、目頭が熱くなりそうだが、まだ、忍城攻めは終わっておらず、また、三成の態度も今だけかもしれず、まだまだ、気を緩める事が出来ないと気を引き締めた。
小田原の方も、士気も落ち込み、終盤になりそうだったので、忍城について、どうおさめるかを考える時期になると考えていた。
どのような結果でも、三成にとって、成長の糧になってくれればと祈る吉継であった。