第百ニ十七話 港町
重成は苛立ちを隠さなかった。
呂宋の拠点である北にある港に上陸した後、しばらくしてから、正体の分からないもの達が攻める気配があると報告が来たためだった。
船旅は何事も無かった為、港に立ち寄って直ぐに帰るべきだと船上で何度も秀永に進言していた。
しかし、頷くだけで言質はなく、笑顔で交わされ続けた。
「殿下、直ぐ船で離れれば、賊が攻めてくる前に去ることが出来ます」
重成が秀永に言うと、苦笑を浮かべた。
「正体不明、まあ、敵でしょうけど。さて、陸からだけが攻めてきていると思いますか」
秀永の言葉に、苦虫を嚙み潰したよう表情を重成は浮かべた。
「しかし」
「いい加減にせんか、重成、此処で慌てたらしたものも達も慌てるわ」
秀吉は呆れながら重成の言葉を止めた。
「報告では、高々二千もいかんだろう」
「しかし、此処には、陸に兵は五百もおりませんぞ」
「まあ、そうだな」
「後は、商人と働くもの達だけです」
「お前、商人や民をなめているのか?」
そう言いながら、秀吉は重成を睨んだ。
睨まれた重成は怯んで一歩下がった。
修羅場の経験では秀吉には及ばない重成は、その気配に身体をこわばらせた。
「やつらは確かに弱い奴も多い、だがな、したたかで油断すれば寝首を搔く事も平気でするぞ。落ち武者狩りや一揆を忘れているのか?だから最近の連中は……」
「ご隠居様、話が変わりそうですな」
如水が秀吉が脱線しそうになったので止めた。
「ああ、うん、そうだな。それに、此処まで来る連中は一筋縄ではいかん連中ばかりだろうよ。だから、守りだけならやるだろう。財産を守るために、恩賞を得る為にな」
「攻めるに五百、守るに百程度ですか、なんとでもなるでしょうね」
「こういう劣勢を喜ぶ、奴も居るだろう。報告を聞いた限り、相手は無法者と、現地のものの混成か」
秀吉と如水が生き生きと話していると、嘉隆が部屋に入って来た。
「殿下」
「どうしました」
「倭寇と海賊が島々に隠れていたようで、こちらに来ている様です」
「なるほど、釣れましたか」
秀永の言葉に、重成は呂宋に期待を察して肩を落とした。
「なぜ、身の危険を……」
「手っ取り早いのと、この周辺が安全になり、船の移動が楽になりますよ」
重成の呟きに、秀永は言葉を返した。
「……」
返事することなく、悲しげな表情で重成は秀永を見た。
苦笑しながら、秀永は謝った。
「すみません。でも、大事な事ですので」
「……はい」
先の海戦で敗れたり、船を出さなかった倭寇や海賊を潰していくことは出来るが、時間がかかる。
周辺の島々の巡検は行う必要はある。
捕虜になった倭寇や海賊からも拠点の情報は入っているが、逃げられると厄介な事は変わりない。
ある程度は減ったが、まだ、中部以南には潜伏している者たちは多くいる。
ここで、秀永が囮になり、おびき寄せて潰せれば、少しは安全になると秀永は考え、嘉隆たちと話し合っていた。
「息子たちの後続の船団も直に来るので、海の方は問題ないかと」
「そのまま拠点を攻めますか」
「そうですな。被害如何ですが、その予定です。出払っていると思われるので、そこまでの抵抗はないかと」
嘉隆の言葉に、秀永は頷いた。
「では、殿下、私は嘉隆殿らと共に、倭寇どもの鎮圧に向かいます。虎之助頼むぞ」
清正はその言葉に頷いた。
そう言って、正則は頭を下げて、嘉隆と共に部屋を出ていった。
「虎之助、久しぶりに一緒に戦が出来るな」
「そうですな」
「旦那様?」
秀吉と清正の言葉に、寧々は呆れた表情を浮かべた。
「勝ち戦よ、前線には出んよ」
「私もご隠居様やかか様を守ることしかしません。ですので、殿下はご安心ください」
清正の言葉に、秀永は笑いながら頷いた。
「そう言えば、島津の豊久さんがこちらに一緒に来られたんですよね」
「そうです」
重成がそう答えた。
「なら、豊久さんに前線の兵を預けてください」
「ふむ、島津のものも来ているようですので、三百ほど預ければ良いですかな」
「そうですね。残りの半分は氏直さんに預けて、後詰として私たちと共に行きましょう」
「殿下!」
如水と秀永の言葉に、重成は割り込んだ。
「前線にいかれる気ですか!」
「我々の所には来ませんよ」
「万が一があります!」
「却下で」
重成の進言を、即座に秀永は拒否して、笑顔を向けた。
「決定です。重成さんは私を危険にさらすのですか」
「それはありません!」
「なら問題なしですね」
「ぐっ……」
「父上たちは、港をお願いします」
「分かった」
「残った兵と、港のもの達をおまかせします。スペインの人たちも逃げ出しているという話もあるので、マニラと言われる所に引っ込んでいるので、そこまで脅威ではないでしょう。ただ……」
「ただ?」
「跳ねっかえりの傾奇者が何をするか分からないのが気がかりです」
秀永の言葉に、秀吉は馬鹿笑いし出した。
「まあ、一益らは苦労しただろうな!羨ましいわ、わしも若ければ……いや、やつは年齢大差ないきがするな」
「旦那様?」
「はい!分かりました!」
秀吉が調子を乗り出しそうだったので、寧々は影のある笑顔で、ドスを聞かせて注意した途端、秀吉は真顔になって返答した。
ふたりのやり取りをみて、秀永、清正、如水は笑い出した。
「利益殿に注意をしますか」
「いや、彼はなら危険を楽しみながらそれで死んでも笑顔で行くだろうけど……」
売れいた表情の秀永を見て、重成は気が付いた。
「あ、政宗様やヤマタ殿か!」
「そうです、彼らも利益さんに引きずられてはめを外しそうなんですよね」
「利益殿やヤマタ殿ならまだしも、政宗様に何かあったら……」
重成は顔を青くさせて、焦りだした。
「何を言っている。海に出ればいつ死ぬか分からん。戦に出れば死ぬこともある。それが伊達家の当主であろうか変わらん。お前が気にする必要はない」
慌てだす重成に対して、秀吉は言葉をかけた。
「やつらなら、マニラあたりに顔を出しそうだな」
「ええ、なかなか情報や交流も難しいみたいですから、ヤマタさんがいれば道先案内人になりそうですね」
何時の間にか、秀吉に言葉をかけられたはずの重成は部屋を出て政宗らを探しに行った。
「さて、秀永」
「なんでしょう」
「現地のもの達をどうする」
「攻めてきたらならば、戦うしかないでしょうね」
「無理やり連れられて来ている者もいるだろう」
「それは、忍びのもの達に命じて、夜の間に逃げるように言ってはいます」
「逃げれない者もいるだろう」
「その時はその時で仕方ないです。それで現地のものに恨まれたとしてもしたかないでしょう」
「統治が難しくなるぞ」
「この地に移住させるものは増やしますが、現地のもの達が統治できるのが最善で、我々の同盟国にするのが最善ですね」
「ほう、統治しないのか」
「距離が離れすぎていて、完全な統治は難しいでしょう。風土、文化も違いますし、将来的には教育や式目など、共通化したいとは思いますが」
「そうか、我々の世代なら、土地を与え、支配下にいれると考えたものだが」
「確かにそうですな、しかし、殿下は無理だと」
「はい、連合同盟で、頂点に陛下を置き、我々が代表として取りまとめるのが一番かと。明の地は広大で統治が難しく、何かあれば民衆の叛乱がきっかけで崩壊しました。また、その明の地も遥か昔、周の時代に血族を領地を与え支配しましたが、時代が過ぎれば同族で争い支配体制は崩壊しています。日本の地も足利氏の力が弱く、各武士たちは争い、反目し合い統制が取れなくなりました。同じ国のもの達でさえそうなのです。違い地のもの達を強引に支配するのは無理というもの」
「だから、陛下を頂点として、地域で統治して、連合を組むのが良いと」
「はい、だからと言って、好き勝手させない為に、日本の兵の駐留と価値観の浸透はすべきだと思います……が、まあ、理想ですね」
「永遠に続くものはないと」
「はい」
「まあ、難しく考えることは無いな。秀永も如水も。先の事は先のことが考え、苦労すればよい。今は、その器だけを作ることを考えれば良い」
秀吉の言葉に、秀永と如水は頷いて笑った。
「政宗様達がいない!!!」
そんなときに、重成の叫び声が聞こえた。
「これは予想通り過ぎだな!」
秀吉は大声で言い、笑いだして部屋の中は笑い声で満ちた。




