第百ニ十五話 口車
重成は船上で頭を抱えていた。
宴会中、政宗とヤマタが意気投合し、悪乗りの様に船上での動きを語り合い盛り上がった。
その流れで、ヤマタが秀永に高山国より以南、呂宋までの話を語りだし、政宗か興味を持ち、一緒に見に行かないかと秀永を誘った。
重長は言いにくそうだったが、成実は調子に乗りすぎだと、政宗の頭をはたき落した。
酒に酔って言っただけと成実に言い訳するが、政宗を知っている成実は嘘を言うなとしかりつけ、何を考えているんだと言った。
重成だけが、政宗の発言に怒り、秀永なら行きそうだと内心頭を抱えたが、他の皆は気にしている様子はなかった。
秀永の安全は第一と考えてはいるが、かといって、前線を知らず、億に閉じこもっているような大将は、下のものに支持される事はないと理解しているからだった。
ひといちばい秀永を大切に思っている秀吉でさえ止める事はなかった。
「政宗様」
「重成殿何かな」
成実の言葉が一区切りついたところで、重成が政宗に声をかけた。
「殿下のお身体はおひとりのものではありません。まだ、情勢が落ち着いていない以南の地域を巡検され、万が一でもあればどうされるおつもりか」
成実に叩かれた頭をかきながら、大きく政宗はため息をついた。
「天下を安定させ、南海、東海、北海に待望を持たれている殿下が、日本のうちに閉じこもって、日本の外の事がお分かりになると」
「そのような事、皆様方が世情を含め上奏されれば良い事」
呆れた表情を浮かべながら政宗は重成を諭す。
「まだ、戦国の空気が残り、その空気を吸って生きていた古強者や、その薫陶を受けた子供ら家臣たちがそのような、日本に留まる姿を見れば呆れかえるぞ。まして、小さき日本国内でさえ、土地によって価値観が違う。外の地域であればなおさら乖離は更に広がる。見えぬ君主より、見える者に従うようになれば、また、乱世に戻り、今度は大乱どころではなくなるぞ」
「別に、巡検に行くなとは言っておりません。ただ、今のように落ち着いていな状況で、安全も確保できないような状況は無理だと言っているのです」
政宗は呆れた表情を浮かべた。
「重成殿の忠義は分かる。しかし、それは大切に育てる為、鳥を籠で育てるようなもの」
「何を言われる!」
「では、周囲をみなされ、皆様方は命の危機、未踏の状況を経験したことがないと思われるかな」
重成は政宗に言われ、周囲を見渡した。
見渡したら、秀永や寧々は苦笑し、重長は恐縮し、氏直たち、成実は困った表情を浮かべたが、他のもの達はニヤニヤしていた。
険しい表情理なりながら、重成は政宗を見た。
「だから何でしょうか。皆様方のお考えは私にはわかりかねます。しかし、殿下の御身を考えれば危険な真似はさせれません」
これは頑固だと、内心政宗は呆れながらも、得難いものだと思感じた。
「誰も、重成殿を擁護されないのは、私の言葉に一理あると思われているからだ」
その言葉に重成は口をへの字に曲げた。
「だとしても、私は反対させて頂きます」
「ふむ、重成殿その言葉は、間違いありませんかな」
「ええ、殿下を危険にさらすことは出来ません」
「なるほどなるほど」
そう言いながら、政宗は満面の笑みを浮かべた。
重成は政宗を見て警戒した。
成実はわざと大きなため息をついて、政宗をけん制したが政宗は無視した。
「では、重成殿は、嘉隆殿たちが殿下を危険にさらすと言われるのですな」
「な!?そんなことは言っておりません!」
わざと政宗は大きなため息をついた。
「先ほどから、殿下の御身の事を言いながら、豊臣水軍の将帥は無能と言っているようなものではありませんか」
「言っておりません!」
重成は声を荒げて、政宗の言葉に反論した。
実際に、重成はそのような事を一切思っていないし、嘉隆ら水軍のもの達もそう受け取らなかった。
しかし、政宗の発言を受け、考えようにとってはそう言っているようにも取れるかと、嘉隆らは肩を震わせた。
それは、政宗が重成の発言を歪めて、揚げ足を取ろうとしている事が分かったのと、遊ばれている重成に同情しつつ、おかしくなったからだった。
「高山国まで、殿下を守り、ご隠居様も守りながら来た水軍のもの達が哀れだ。殿下の側近がそのように考えていると知れば、怒りましょうな。嘉隆殿」
急に、話を振られた嘉隆は笑いが止まって、巻き込むなと政宗を睨みつけたが、まあ、乗っても良いかと考え直した。
「確かにそうだな、我らの苦労を重成殿が分かってくれないとは、非常に残念だ。接し方も考えねばならんな、武吉殿」
「そうだな」
嘉隆の言葉に、武吉は大きく頷き、安治を見た。
安治は腹芸は面倒だと、話をふるなと目で合図した。
内心、武吉は無理に話をふろうかと思ったが、下手をしたら呂宋への派遣など邪魔をされる事を考えて話をふらなかった。
安治を巻き込めなかった事に非常に残念そうな表情を浮かべた。
だが、重成からしたら、武吉の表情は自らの意見に対してのものと考えてしまった。
「い、いや、嘉隆殿、武吉殿、そういうわけではありません!政宗様が、話をねじ負けているのです!」
「重成さん、聞きようによっては、政宗さんの言われているように受け取る人もいますよ、護衛を信用しないのかと」
「で、殿下!?」
秀永の発言に、重成は驚愕の表情を浮かべた。
まさか、秀永も入ってくるとは思わず、政宗も驚いたが表情には出さず、にやりと笑った。
「それに、重成殿は殿下が軟弱と思っておられるのかな」
政宗の発言に、動揺が収まらない状態で言い返した。
「そのような事はありません!先の高槻での戦いでも総大将として、立派に役目を果たされております!」
「ほう、ならばなぜ、日本の奥に隠れろと言われるのか」
「そのような事も言ってはいないと何度言えばわかるのです!ただ、今まだ状況が落ち着いていないと言っているのです!」
「では、重成殿はいつになれば落ち着くと」
「数年、十数年以内には落ち着くはずです」
「根拠はおありか」
「各大名が尽力しておられます。豊臣家の支援もあり、時間をかければ危険性は下がるはずです」
「ふむ、ではなぜ、日本はこれまで乱世が続いたのですかな。いや、かつて摂関家が、得宗家が、足利家が天下を治めた時であっても、争いはあり、戦はおき、危険な状況が収まったことなど、そんなにありませんな」
「足利家以前は、大乱が起きない時は、大きな戦が起きない時期はありました」
「盗賊、強盗、追剥、何れの世でも起きておりますな」
「それは……」
「疫病や飢饉、いったん天災が起きれば、騒乱も起きます。では、それを予測できますかな」
「……」
「重成殿は、吉凶を占う陰陽師でもなければ、神仏でも、その使いでもない。安全安全と言って、いつになるか分からない事を後生大事に言われても、納得できるものでもない。まして、護衛のもの達への発言もあれば、重成殿は殿下を押込めたいだけなのでは」
「……」
「されば、再度問う、殿下は大将としての器がない、前線にも出れない臆病者ですかな」
「!?そんなことはありません!立派な総大将です!」
「以南へ巡回できない、無能ですかな」
「無礼な!殿下ならば以南へ勇躍していけます!」
政宗の発言で、動揺して良く考えず重成は発言した。
そして、政宗はその言葉を待っていた。
「殿下は呂宋へも行けない、愚か者ですかな」
「呂宋など、殿下なれば意気軒高渡れます!」
政宗はにやりと笑い。
「殿下、重成殿もこう言われております。一度、呂宋の北岸の港に行かれませんか」
重成は、政宗の言葉にしまったという表情を浮かべた。
「ま、政宗様」
「おや、重成殿は先ほどの言葉は嘘であったと」
「そうではありませんが、まさか、今すぐにと!?」
「そうですな」
「いやいや、流石に攻め取って間もなく、落ち着いていません。せめて、もう少し後に!」
「おやおや」
「流石に、今すぐは無理です!」
「既に統治も完了し、ある程度落ち着いていると聞いているが。どうです、安治殿」
政宗の言葉に、安治は嫌そうな表情を浮かべ、嘘はつけないので話した。
「そうですな。治安自体は問題ありません。南蛮のもの達も居ますが、害はないですな」
「そうらしいですぞ」
「いやいやいや」
「あまり、重成さんを困らせないでください」
秀永の言葉に、重成は安堵の表情を浮かべた。
「直ぐには無理です。補給も終わってません。せめて、一週間後以降であれば問題ないでしょう」
「殿下!?」
秀永の言葉に、氏直は諦めの表情、寧々は困った表情を浮かべ、それ以外は爆笑した。
その笑い声の中、重成は大いに肩を落とした。
「何故、私はここに居るのだろう」
政宗から一週間以上経過して、宴会に参加したもの達すべてが船上の人となり、呂宋へ向かう事になった。
船団は、秀永や秀吉の護衛だけではなく、守備の為の兵士や武具、兵糧などを詰め込み、大船団となって向かって行くことになった。
「荷が重かったです、三成様」
そう言いながら、船尾で空を見ながら重成は黄昏ていた。
「重成殿、すまんな。うちの殿が」
そう言いながら成実が声をかけて来た。
「あ、いえ、私がもう少し考えて発言していればよかったのです」
そう言いながら、重成は肩を落とした。
その姿に成実は苦笑を浮かべて、肩に手を置いた。
「気落ちするな。確かに殿は軽薄なところがあるが、考えなしでもない。呂宋に殿下が行くことは意味はあると思うぞ」
「そうなんでしょうか」
「ある。現場を見ないで、書状や人の話だけで判断する事は危険が伴う。一度は現地に行って、状況は確認しないと分からないことがある。頭で考えている事と、肌で感じる事は違う」
「……」
「それに、一緒に前線に行き、同じものを食べ、話を聞いてもらえれば、前線に居る兵士たちも気合が入る。見捨てられないという思いが心に残る。前線はひとたび起きれば、置き去りにされる事も頭を過ることはある。我々武士であれば、恩賞の為、一族の為と奮起できるが、兵士たちは農民だったり、流民だったりするからな、直ぐ逃散する恐れもある。だから兵士の心を掴む行動は必要なんだ」
「それは分かりますが」
「まあ、困った人に仕えるもの同士、重長や氏直殿と話し合えば良かろう。胸の仕えも減るだろう」
「はい」
「殿下も、殿の言葉をうまく利用したから、どちらもやっかいだしな」
「ははは、そうですね」
困った表情を浮かべながら重成は頷いた。
「だが、得難い主だろ」
「はい」
成実の問いに、重成は笑顔で頷いた。




