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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第百ニ十一話 湯殿

周囲を見ながら、武吉はにやついていたが、安治は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「嘉隆殿」

「なんだ、安治殿」

「ここは、牢獄ですかな?」

「ふむ、牢獄にみえませんかな?」

「ここのどこが牢獄なんだ!温泉場じゃないか!」


スペインの総司令官が囚われているという事で、武吉と安治は捕えている場所に赴いてきたが、その場所が温泉場であり、明らかに観光客が居てそうな場所だった。

その為、捕虜ではなく、賓客の扱いではないかと、安治は嘉隆に怒鳴りつけた。


「まだ、許されることも決まってない敵の総大将だぞ!牢獄ではなく、こんないつでも逃げれる場所に!」


安治の言葉に、嘉隆はにやりと笑った。


「そう敵の総大将だ。だからこそ、賓客として扱うべきじゃないか?まして、海の上では国もなければ、人種もない、困れば助け合うものだ。戦も終わったなら、互いに酒を酌み交わせばいい、そういうものじゃないか?」


嘉隆の言葉に安治は唖然とし、武吉は爆笑した。


「嘉隆殿、ねじくれ曲がった解釈だな、わはははは」

「いい感じだろ、武吉殿」


二人はそう言いあって笑いあった。

それを見て、安治は額に手を当てて、大きなため息をついた。


「それにな、南蛮で相容れぬとはいえ、敵の総大将。みすぼらしく扱えば、殿下の名に傷がつくぞ。礼を尽くしてこそ、意味がある。たとえそれが、相手に伝わらなくてもな」

「はぁ、確かに。礼を尽くして遇し、あだで返せば相手のなが堕ちるだけ……だが、南蛮人どものがそれを理解するか?殿下が言っていたが、奴らとは文化も思考も違うぞ?」


安治の言葉に嘉隆は頷いた。


「記録が残ればよいし、国内向けでもあるぞ」

「ふむ」

「大体、こちらが記録が残っていても、どうとでも難癖は作れるからな!」


そう言って、嘉隆は笑った。


「確かに、時が経てば、歪んで伝えられることもあるか」

「そうだ。でも、我が国内であれば、日記に残す奴らがいるからな。行いは重要だ」


苦笑を浮かべながら、嘉隆の説明に頷いた。


「あと、此処の温泉は傷に効くらしく、やつの治療も兼ねているんだよ」

「そうか」

「生命力が強いみたいでな、やつは。結構深手だったのに、今は歩く程度には回復しているぞ」

「……南蛮人は、化生か?」

「いやいや、わが国にもそんな奴はいるぞ。まあ、希少だろうけどな」

「なら、わしも手合わせしたかったな」


武吉の言葉に、ため息を深く安治はついた。

そんな雑談をしながら、三人は湯殿に向かっていった。






「で、なんで湯船に浸かっているんだ?捕虜に会いに来たはずだが?」


安治は、嘉隆に付いていき、その流れに合わせていたら、いつの間にか湯船に浸かっていた。


「私がおかしいのか?」

「うーん、安治殿はなかなか周囲に流されるな。戦の時とは大違いだ」


安治の言葉に、武吉は笑った。


「で、そっちにいるのが南蛮のスペインと言う国の総大将か?」


武吉の言葉に、総司令官は右の口の端を少し上げながら、両手を肩まで上げておどけた。

総司令官は、近くにいた五郎右衛門にかをお向けた。


『なんて言っているだ』

『あなたが敵の総大将かと聞いている』


おどけた表情をしながら、総司令官は顔を左右に振った。


『違うな。それは呂宋の総督だ。俺は海軍の責任者で、それに陸軍の責任者は別に居る』


五郎右衛門は、総司令官の回答を三人に伝えた。

嘉隆はある程度話を聞いていたから表情を買えなかったが、安治は眉を顰め、武吉はなるほどと言った。


「そうなると、敵はまだいるという事か」

「いや、陸の兵力は其処まで多くない。主力は海軍と海兵らしいから、呂宋は今、其処までの兵力は居ないらしい。あとは商人が雇った傭兵や水夫らしい」


その嘉隆の言葉に、安治は一定の兵力を持って進めば、呂宋を制圧できるかと想定した。


「押さえられるかもしれが、現地でもともと住んでいた連中もいるし、流れてきた南蛮の連中もいる。制圧するなら時間が必要だし、兵と兵糧をしっかり用意しないと駄目だろう」


武吉が安治の表情を見て言葉をかけ、安治は苦笑した。


「まあ、分かっている。しかし、呂宋の北部にある港を抑えるべきだと思っただけだ」

「分かった分かった」


武吉の発言に、安治は嫌そうな表情を浮かべた。

その二人のやり取りを、五郎右衛門に訳させて聞いていた総司令官がにやにやしていた。


『俺が敗れ、制海権が無くなった以上、総督は逃げるぞ。目先の鼻の利く商人どもも逃げるだろうよ。呂宋を落とすことは簡単だろう。しかし、我々の統治に慣れた原住民がなびくか分からんぞ』


総司令官の言葉を聞き、五郎右衛門が話してよいのかと聞いたが、総司令官は頷いた。

五郎右衛門から話を聞き、三人は顔を見合わせたが、安治は本当かという表情をした。


「やつは嘘は言わんよ。別に忠誠心はないからな」


安治は苦い表情を浮かべたが、日本の戦乱時も、忠誠と言いながら不満があれば平気で寝返る連中もいたことを思い出し、ありえるかと納得した。


「いや、その前に、この者の名前は?」

「そういえば聞いてなかったし、言ってないな」


五郎右衛門が総司令官に通訳すると、笑い出した。


『ふむ、名が……』


そう言って、顎に手を当てて、総司令官は思案した。


『どうせ、俺はスペインから離れた身だから、名でも変えるか』


総司令官の言葉を聞いた五郎右衛門は、驚いた表情を浮かべて三人に伝えた。


「いや、名のあるものであれば、こちらとしても交渉しやすいのだが」


安治は困惑した表情を浮かべたが、嘉隆と武吉は納得した表情を浮かべた。


「そうなると、お主はこちらに降るという事でいいんだな」


捕虜にしてから五郎右衛門を介して、話を聞き、降る話をしていた嘉隆は総司令官に聞いた。


『そうだな、スペインの貴族たちや、キリスト教には辟易したからな。好きにさせてくれるなら喜んで降るし、協力するさ』


総司令官の言葉に、安治はため息をついて言った。


「まあ、良いが、名が無ければ話しずらい」


安治の言葉と同時に、湯殿に人が入って来た。


「おい!警護!誰も入れるなと言っただろう!」


嘉隆の言葉に、安治と武吉は立ち上がり、入って来た者たちを警戒したが、総司令官はにやにやしながら眺めていた。


「おお!安治!武吉!嘉隆!元気であったか!」


周囲に響き渡る大声に、三人は体を一瞬こわばり、五郎右衛門は身が固まった。

総司令官は目を大きく広げたが、入って来た者たちを見て笑い出した。その声を出した人物が入って来た四人の中で一番小さく、貧相だったからだ。

しかし、その声はたとえ、船の上であっても、周囲にも響きわたり、気持ちを高ぶらせる声量だった。


「ひ、秀吉様!?」


三人は秀吉の生存は秀永から聞いていたから知っていたが、実際に会ってみたら驚きが大きかった。

心の準備をしていても、生きている状態を見たら驚きが体を巡った。


「大殿……で、よろしいですか」

「ふむ、呼び方か……藤吉郎とでもしておくか!」


そう言いながら、昔の陽気で人を引きつける笑顔で、皆を楽しませる笑い声を発した。

天下を取る過程で、天下を取ってからの酷薄な秀吉ではない、昔の姿を見て、安治と嘉隆は笑顔になった。

武吉は、付き合いはなかった為、二人ほどの感動はなかったが、やはり天下を取った人物の姿に圧倒された。

その中で、総司令官は気にすることもなく、傍に置いてあった酒を飲んでいた。


「おお、その者が秀永から聞いたスペインの海軍の総大将か、ふてぶてしいのぉ。まるで、昔の嘉隆をみているようだな」

「いやいや、大殿、俺は変わってませんぜ」

「藤吉郎じゃ。まあ、歳を取ったという事だ。昔の様なぎらぎらしたような雰囲気を内に閉まっておろうが!」


そう言って、秀吉は笑った。


「親父殿、早く中に」


そう言って、清正が秀吉を長に行くように促し、秀吉が湯船に入ると、自らも湯船に入って来た。

その後、正則、孝高も続いて入ってきて、湯船に浸かり、総司令官を興味深そうに眺めた。

総司令官は、秀吉に盃を渡し、受け取った秀吉に酒を注いだ。


「親父殿」


清正と正則は、警戒して秀吉に声をかけた。


「気にしすぎじゃ、ほれ、そのものが飲んでいた酒ではないか」

「しかし、杯は」

「それもこ奴が先ほど使っていたものじゃ、気にするな。まあ、気にかけてくれたありがとのぉ」


秀吉は、清正と正則の気づかいに感謝の言葉を発した。

平然と盃を受け取り、酒を飲む秀吉に総司令官は感心し、微笑んだ。


『この貧相な男、中々だな。見た目と中身が全く違う』


五郎右衛門はその言葉に困惑の表情を浮かべ、伝えるか悩んだが、秀吉が促して伝えた。

清正、正則、安治は総司令官に詰め寄ろうとしたが、秀吉は笑いながら止めた。


「ま、わしが貧相なのは仕方ない。禿ネズミ、猿とよく信長様に言われたからな」


またも、秀吉は笑い飛ばした。


「なかなか胆の据わった男だ。で、この者をどうするんだ。入って来る時、名前がどうとか言っていたが」


安治が経緯を話した。


「なるほどのぉ、名を変えるか。まあ、良かろうよ。秀永に不利益を与えるわけでもあるまい」

「藤吉郎様、なかなか面白い奴で、好きにさせる間は不利益になるようなことはしないと思います」


嘉隆の言葉に、秀吉は頷いた。


「ふむ、お主、名はわが国か、祖国か、何処を由来とするのか」


五郎右衛門が通訳すると、総司令官は答えた。


『そうだな、この国の名前が良いな』


その言葉を聞き、秀吉が頭をぺしぺし叩いた。


「そうじゃのぉ、八岐とでもするか」

「八岐とは、ヤマタノオロチですかな?」


孝高の言葉に、秀吉は頷いた。


「降った南蛮の者は、八岐と名乗らせてはどうだ。それに八岐は八つの首があるから南蛮の色々な国の者が降っても、八つの姓を纏めて八岐としてはと思ってな」

「ふむ、八岐とまとめれば、南蛮のものと分かりやすいですな」

「通称は自ら決めさせ、諱は秀永に決めさせれば良いだろう」

「そうなると、直臣とするのですかな」

「南蛮に対する相談役……は、嫌がりそうだな。まあ、直臣の方が侮られないだろうし、動きやすいだろうよ」


秀吉の言葉に、孝高は頷いた。

南蛮の降った者が、国内の者たちから忌避され、侮られる可能性もある。

しかし、秀永の直臣になれば、表立っての行動は無理だろうし、この太々しい総司令官ならはじき返すだろうと、孝高は思った。


『ヤマタね』


五郎右衛門から八岐大蛇についての説明を受けた総司令官は、肩を軽く上げた。


『ありがたく受け取るよ。ヤマタね、八つ首を持ち、それぞれが山のように大きくね。しかし、酒に酔わされ、討ち取られると……皮肉にも思えるが、この国の神話の怪物か。なるほど、俺が怪物という事かな』

『一説には、八つの部族を表しているとも言われているから、南蛮にも色々な国があると聞いているから、その者たちにも名乗らせることを考えると、八つ、数多くの国の者たちという意味もあるかと思います』

『中々面白いね、その名を名乗ろうか。そういえば、この国では、他にも名が続くらしいが』

『通称という日常的に呼ばれる名称と、諱ですね。通称は好きに決めても良いと。諱は殿下がつけるとの事です』

『殿下……この国の王か』

『王ではないですね……そちらの国で言えば、宰相という所でしょうか』

『ああ、この国はややこしかったな。それはおいおい覚えていくか』


総司令官が、姓についての礼を述べ、五郎右衛門が伝えた。

秀吉はそれを聞いて、笑顔になり、宴会を湯殿でしようとするが、のぼせるから危険だと安治が止めて、皆が湯船から出て宴会を行う部屋に移動していった。


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