第百ニ十話 混乱
「総督!」
部下がドアをノックせずに入って来た。
いつもならそのようなことしないのだが、どれだけ慌てていたのか。
「ドアぐらいノックせんか!」
怒鳴ると部下も己の行為に気が付いたようだ。
「は!申し訳ございません」
「馬鹿者が」
「し、しかし、それどころでは!?」
「そこまで慌てて、よっぽどのことか?」
「は、はい」
「で、どうした」
「蛮族を討伐に向かった船団が壊滅したとのことです!」
「なんだと!?馬鹿なあれだけの船団敗れるをこの地域編成できるもの達はいないであろう。まして、東の蛮族共が!」
「し、しかし、引き返してきた武装商船からの報告です」
「逃げて来ただけではないのか?」
「嘘であった場合、総司令官たちが戻ってくれば、罰せられます」
「やつらは商人だ、口が上手い、騙されたのではないのか?」
総督の言葉に部下は左右に顔を振った。
「いえ、やつらは積めるだけの物資と商品を船に積み込み、残っていた船と共に呂宋から直ぐに出航するとのことです」
「何?」
部下の言葉に、総督は眉を顰め、最悪の事態を考えて身体が震えて来た。
「その商人たちを此処に呼べ!」
「それが、報告に行く時間も惜しいと言って、此処に来る事は出来ないと」
その言葉に、総督は激高した。
最悪の状況を考えた反動か、その怯えを誤魔化すために商人に怒りを向けた。
「なんとしても連れてこい!」
「は、はい!」
総督の言葉に、部下が慌てて部屋を出ていった。
「……いるか」
総督の言葉に、隣の部屋から総督の秘書が出て来た。
「用意しますか」
「準備してくれ、船はまだあるな」
「はい」
「では、頼む」
「はい」
総督が個人で所有している船に、財産や食料を積み込むように秘書に命じた。
逃げる口実を得る為に、商人を呼び、状況を聞こう考えていた。
そして、呂宋が失陥した場合は、討伐軍を率いた総司令官に罪をかぶせる為に準備をし始めた。
総督に命じられた総督の部下は、武装商船の下に急いで向かった。
その武装商船に乗っていたのは、馴染みの商人で、色々、融通を聞かせていた。
そして、賄賂を貰っていた。
「お、おい!」
港に行くと、件の商人が居るのが見えた。
総督の部下が声をかけると商人h振り返った。
「ああ、どうした!今相手している時間はないぞ!」
「総督が説明を求めてるんだ!一緒に来てくれ!」
総督の部下の顔をみて深いため息をついた。
「馬鹿か、とっとと逃げないと、蛮族共が来るんだぞ!」
「いや、奴らも被害を受けて居るだろう。立て直すことを考えたらすぐには来ないだろう」
「……確かにそうだけどな。だが、来る可能性もある。別に船団じゃなくても、2、3隻でも来たら港をまもれないぞ」
「何を言っているだ。陸地には砲台もある。迎撃は出来るだろう」
「いや、奴らの大砲は、飛距離も違うぞ」
「蛮族にそんなものが作れるはずがないだろう」
総督の部下の言葉に、武装商船は鼻で笑った。
「じゃあ、なぜ、こちらの艦隊は敗れたんだ?何故、海賊共も、他の武装商船も、軍船も戻ってコ人だ?」
「それは、率いた総司令官が無能だったからだろう」
「ふん、確かにそうかもしれんがね。ただ、海賊も、武装商船も総司令官の指示に従うと思っているのか?まして、戦いが始まったら連絡も取りずらいんだぞ?」
「そうかもしれないが……」
「話しにならんよ」
商人は、馬鹿にした表情を浮かべた。
総督の部下は、腹を立てたが言い返す言葉なかった。
ただ、総督の命令を遂行する事しか考えない事にした。
「少しぐらい時間があるだろう。総督に状況説明を」
「だからいかねぇよ!説明したところで納得する訳ないだろうし、下手すりゃ、拘束される可能性もあるだろうよ」
総督の部下の心の中で同意したが、ここで、総督に命令を遂行できなければ、責任を取らされる可能性があるので、必死に説得したが、商人は断り続け、あまりにしつこさに腹を立てた。
「いい加減にしろ!」
「こちらも命令なんだよ!」
「しったこっちゃない!」
押し問答をつづけたが、商人の返事は変わらなかった。
「もういい、それより、お前の身の振り方を考えた方が良いぞ」
「身の振り方だって?」
「そうだ、どっちにしろ、艦隊が壊滅したのは本国にも何れ知られる。総司令官に責任があったとしても、総督に責任が一切ないとならないだろう」
「た、確かに……」
「で、それを支えた部下たちに罪がないと、さて、本国は思うかな?」
「……」
艦隊壊滅は総司令官に罪を負わせれば、既に亡くなっているだろうから、総督も行政府のもの達にも罪を問われても軽いかもしれない。
しかし、呂宋がもし陥落したら、総督や行政府の責任を確実に問わされるだろう。
まして、総督の直属の部下である私は……と、総督の部下は考えた。
「一緒に、逃げるか?もし、うちで働くなら連れて行ってやるぞ」
商人としては、そこそこ使えると総督の部下を見ていた。
商人の部下たちは、荒くれ者が多いが、頭を使うものが少なかった。
その為、使えるものなら配下に取り入れたかった。
そして、スペイン本国から罪を問われたら生贄に差し出せば良いと。
まあ、それは最悪の場合だけだなと、商人は考えた。
貴族の奴らなら、生贄を差し出したぐらいでなっとくしないだろうし、命まで取られなくても下手すれば全財産を没収される恐れがある。
そうなれば、スペインから逃げれば良いだけだが……
「いや、しかし……」
商人の言葉に、総督の部下は考えた。
総督の性格を知っている以上、身の危険も考えた。
また、命令を遂行できなくても、呂宋が陥落しても、どちらにしろ、今回の事で出世は望めない。
商人の方は、利用価値がある間は、大丈夫だろうが……
「しばらく考えたいのだが」
「今晩出航するから結論は早くしてくれ」
商人の言葉に、総督の部下は眉を顰めた。
「夜の出航は危険だぞ」
「少しでも距離を稼ぎたいのと、手持ちの商品を早くさばいて、スペインに戻るんだよ。あそこまでは奴らも追ってこないだろうからな」
怯えると受け取れるかのような発言に、総督の部下は首を傾げた。
「まあ、実際に見てないと理解できないだろうし、まして、船乗りじゃなければ理解できんよ。他の武装商船の後方に距離を取っていたのに、大砲の玉が船の横を取った時、正直、恐怖だったよ。位置がズレていたら船に穴が空いていただろうな」
「……」
いつも余裕を見せ、相手の裏まで考え、腹の座っている商人がそこまで言うなら冗談ではないと、総督の部下は思い直した。
「そうか、なら、総督の下に返らずお世話になる」
「分かった」
総督の部下の返答に、商人は笑って了承した。
「それなら、荷物を取りに帰って来いよ。出航までには戻って来いよ」
「分かった」
そう言って、総督の部下は自らの部屋に荷物を取りに帰っていった。
「使えそうなら、どこかの土地で店でも持たせるか。あれは船乗りには向かないからな。精々、厳しい土地で頑張ってもらうか。いや、各国の政府に出す文章の草案でも書いてもらうか……」
高山国に向かった船団の武装商船が戻ってきたことが、港から周辺に広まっていった。
多数の船を率いていったのに、戻ってきたのは、数隻のみ。
そのうち半分以上は、中破していて、修理には時間が必要なものが多かったが、1隻のみは大して壊れてなく、そして、戻って来た夜には出航していった。
その事に、呂宋のスペイン人たちは、日本から侵攻があるのではないかと、ざわめきが広がっていった。
総督に問い合わせるものもいたが、一笑され、海軍は弱兵の寄せ集めだった。
本国からの落ちこぼれ、我々が率いる陸兵であれば、蛮族共など恐れずに足らず、そう言って総督は追い返していった。
しかし、数日後、日本からの船と思われるものが、呂宋の北部にある港に出現し、瞬く間に港を制圧した。
その話が街に伝わると住民たちは混乱し始め、行政府に押し掛けていったが、その時には既に総督は呂宋から逃げた後だった為、残された部下たちは、住民たちに問い詰められ対応に忙殺された。
まして、総督からの説明をされていないので、回答も出来ず、住民たちは怒りだし暴徒となり、町は混乱が深まっていった。




