第百十九話 困惑
執務を取る部屋で、三成が書状を見て、分類を行い、整理をして処理を行っていると、足音が聞こえて来た。
足音は、四人ほど。
その足音を聞いていると、昔、聞いた足音を思い出す。
良く似た足音かと思案していると、足音は近づいてくる。
もう既に亡くなった方と、その正室、憎まれ口をたたき合っていた子供時代から険悪になった者、判断を迷う時に助言を頂いた方……
働過ぎて疲れたのか、秀永に休めて注意されても、働いたからか……
そう思っていると、部屋の前で足音が止まった。
何者かと、思って振り返ると同時に、障子が開いた。
「がんばっとるかぁ!」
その姿を見て、いつも真顔で融通の利かない表情をしている三成が、目を見開き、顎が外れるほど口が開き、座った状態で上半身ののけぞり絶叫した。
「ひ、秀吉様が!?化けて出て来た!?」
三成の姿に、にやりと笑いながら、秀吉は部屋に入ってきた。
「ひ、秀吉様!そ、そんなに女子を求めて、さ迷い出たのですか!?こ、ここには女子は居りませぬぞ!?」
秀吉は、その言葉に呆れた表情を浮かべて、三成に近づき頭を叩いた。
「お前は、何を言っているんだ!そんなことで化けて出るか!」
「!?」
三成は驚愕の表情を浮かべた。
「や、やはり秀吉様ではありませんな!?秀吉様が女子のことを第一に考えていないなんて!?」
「お、お前は、わしをそんなふうに見ておったのか!!!」
秀吉は三成を怒鳴りつけたが、秀吉に続いて、三成との会話を聞いていた三人が爆笑しながら入ってきた。
「あなた様の日頃の行いの結果ですよ」
「そうです、親父殿のせいです」
「ま、仕方ありませんな」
寧々、清正、如水は、そう言い、秀吉を助けなかった。
「お、お前らは!!!」
「亡くなられた、信長様の書状は今でも大切に仕舞ってあります。ええ、そうですね」
寧々が秀吉の女癖を嘆いた書状に、信長が気を使って書状を書いたことを蒸し返した。
「あ、あれは、大変だったんだぞ!信長様から笑いながら怒られ、帰蝶様からは冷たい眼で忠告を受けて!針の筵だったわい!」
「自業自得ですよ」
「こ、子を作る為、跡継ぎを残すために仕方なかったんだよ!」
「親父殿……」
「いや、清正、お前も遊女を良く連れ込んでいたよな?」
清正が、信長の話に対して、呆れた表情を浮かべたが、隣で如水が清正の女遊びをつぶやいた。
「如水殿!?」
「わしは、嫁ひとりだけしか愛せないが、お主たちは好きすぎるな」
「そうですね、如水殿は、奥方にべたぼれですからね。はぁ、何でこんなことになっているんだか……」
「寧々が言い出したんだろうが!」
「どうですね、あなた様……虎、嫁は大切にしていますよね?」
「は、はい!」
寧々よりも身体が大きい清正が、寧々の一言で背中を伸ばした。
その四人のやり取りを見ていた三成が、気を取り直して、秀吉を見て霊ではないと理解した。
理解した途端、号泣し始めた。
その姿に、秀吉や如水は苦笑を浮かべ、清正は何度も頷き、寧々は暖かい目を向けた。
「ひ、秀吉様!」
「これこれ、佐吉よ、良い年なのだからそんなに泣くな」
「し、しかし……」
「親父殿、俺もそうだったから分かる。もう少し、泣かしてやって欲しい」
「ったく、仕方ないのぉ」
「いつも小生意気な三成殿の新しい面を見れたな」
「如水殿、確かに……って、こいつ、子どものころ結構泣いていたなぁ」
「な、泣いておらぬわ!」
そう三成が言うと、四人は爆笑し、三成が落ち着くまでしばらく待つことになった。
三成が落ち着くと、これまでのいきさつを話した。
「太閤殿下、せめて私だけでも説明をして頂ければ……」
「おい、佐吉、何言ってんだてめぇ」
「お主や紀之介は良いが、市松だと黙ってられないだろう」
清正はその言葉に、顔を上に向けた後、降ろした。
「確かに、その通りだ。市松は真っ直ぐすぎるから隠し事は無理だな」
「そうであろう。それに、内々の儀は私が受け持っていたのだから、教えて頂ければ、しっかり差配できたはず」
「確かに、葬儀も大々的に行ったな」
「お主らの言う事は分かるが、わしが生きているのを知っていれば、事があれば、わしに危機に来るだろう。まして、それが秀永の判断に悪い影響を与える可能性がある」
「その通りだ、三成殿も清正殿も、太閤殿下を頼りすぎる」
如水の言葉に、二人は言葉を詰まらせた。
「では、何故、姿を現しになられたのですか」
「それはな、秀永がしっかり独り立ちし、判断も行え、周囲のもの達や大名たちも秀永の威に従うようになったからだ。わしの存在が知られたとしても、もう、秀永が侮られる事もないだろう」
秀吉の言葉に、三成たちは頷いた。
国内の仕置き、海外の仕置きも、秀永が主導となり、各大名が従っている。
国内の不平不満分子も、先の乱で一応終結した。
「確かに、その通りだと思います」
豊臣政権の中枢にいる三成には、秀吉の言葉に納得で来た。
各大名に日本の外へ出て、領地を得て利を得る事。
外に出る事を忌避するものは、国内で利を得耐えて従える。
不満はあれども、歯向かうほどの不満は溜まっていない。
「……それで、私に何を命じられるのですか?」
秀吉が来るとき、それは無茶ぶりの前触れであると、三成は認識していたので、身構えた。
「まあ、そう身構えるな」
「……」
三成は身構える体制を崩さなかった。
それに秀吉は苦笑を浮かべた。
「よいわ、実はな、秀永は高山国におるよな」
「……はい」
秀吉のその言葉に、三成は警戒を強めた。
秀吉の後ろにいる清正は、にやにやしていた。
殴りたいと三成は心の底から、その表情を見て思った。
「確か、高山国には、温泉があると聞いた」
「あります」
「そうであろう」
何度も秀吉は頷いた。
「かかぁもいい年だっ、いてぇ!?」
「女子に、歳は言っては駄目ですよ、おまえ様」
笑顔なのに妙に迫力のある表情で、秀吉の頭を叩いた。
「叩くんじゃねぇ!?」
頭をさすりながら秀吉言った。
「話の腰をおるでねぇ。でな、その温泉にかかぁと共に入りに行きたいと思ってな。丁度、秀永もおるし、親子で温泉とでもってな」
「……それは、あぶのうございます。許可は流石にできません」
「何を言っている。わしは、もうすでに死んでおるぞ。何があっても問題あるまい」
「いえ、寧々様もいかれる以上、おいそれとは行くことを許可できません」
「倭寇や南蛮の船は潰されているから航海は問題ないじゃろ」
「……駄目ですな」
「実は、お前も誘おうと思っていたんだが」
秀吉はそういうが、三成は顔を左右に振った。
「殿下からは、留守中を任されておりますので、行くことはできません」
「相変わらず、頭が固い」
ふてくされた表情を秀吉は浮かべた。
「それに、清正」
「なんだ」
「太閤殿下と寧々さまに向かって、親父殿やかか様などと……」
「佐吉よ、わしは死んでおることになっている。やんごとなき身分の様に扱われては困る。かかぁも同じじゃ、既に表舞台から引いている。昔みたいに話しても問題あるまい」
「いや、しかしですね」
「佐吉、別に筋を通しただけだ。俺が船を出せば文句は言われないぞ。親父殿がお前と話をしたいと言うから来ただけだ」
清正の言葉に、三成は苦い表情を浮かべた。
各大名家が日本の外に出る際、許可制ではあるが、許可が出ている場合は簡単な検査を検査港によって確認される。
秀吉や寧々が船員として返送しても、咎められることはない。
まして、知っている者がいるかどうか……三成は大きくため息をついた。
「どうせ、止めれない……でも、この件、殿下にお伝えします」
三成は諦めて受け入れたが、秀永への連絡する事を告げた。
「分かっておる」
「では、清正頼んだぞ」
「誰に言っているだ?」
三成の言葉に、清正は笑いながら返した。
「では、如水様も高山国へ」
「ああ、向こうで島津のものと話すのと、義弘殿の形見を私にな」
「なるほど」
「清正は護衛として付き従うが、私と同じで島津のもの達とも話すことになっている」
「では、薩摩に寄られると」
「そうだ、薩摩で義久殿と話し、高山国で豊久殿とも話す予定だ」
「大丈夫ですかな」
「問題ないであろう、義弘殿の思いは伝わっているはずだし、事を起こせば賊滅させられるからな」
如水の言葉に、三成は頷いた。
「では、太閤殿下の良き旅を」
「うむ、行ってくる」




