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第十二話 思案

※二千十六年四月十三日、誤記を修正。

※二千十七年六月三日、誤字修正。

堤を構築している兵士を指揮している信繁の処に、昌幸が近寄って来た。


「源次郎」

「どうされました、父上」

「風魔の件をまとめたから、殿下に届けて話をしてきてくれぬか」

「誰か、配下のものに届けさせるのは、駄目なのですか」

「条件などを話し合う必要があるから、無理だな」

「兄上は」

「この件に、信幸は係わらしていない」

「しかし……」

「水攻めの堤は直ぐには終わらんから、ぐずぐず言わず行ってこい。め・い・れ・い・だ」

「はぁ~、分かりました。三成様に話をしてきます」

「分かればよろしい」


信繁は、現場で起きた問題点を昌幸に伝え、三成の陣に歩いて行った。

風魔の件で、信繁を秀吉の下に向かわせたのは、場合によっては、信繁が風魔を配下に付けられる可能性があると考えられたからだ。

本当は、信繁に風魔との繋ぎを行って欲しいと考え、そのことを書状にも書いた。悪いと思ったが、忍城攻めが終わるまで、戻ってこられないかもしれないと、人の悪い笑いをしながら、信繁の後姿を思い浮かべた。






忍城の水攻めは、降雨量が少なかった事や水が集まりにくい地形だった為、城を浸すための水量に問題があったが、城を囲う堤の構築は順調に進んでいた。

三成は、諸将から兵士を提供する交渉や役割の分担の設定に奔走し、商人からの資材や食料調達を行い、忙しい毎日を送っていた。

また、進捗についても度々、秀吉に報告しており、その度に、秀吉からの指示や計画の見直しの命令も来ており、調整に苦慮していた。

ただ、今回来た書状に目を通した時、三成は深いため息をつくことになった。


「何時もため息ばかりだな」

「紀之助か……」


顔を上げた際の三成が眉間に皺を寄せ苦渋の表情をしていた事に、吉継はいつもと違うと感じた。

特に、堤の進捗や諸将からの苦情など問題はなく、秀吉から何かあったのかと考えた。


「問題が起きたのか」

「問題か……確かに、問題だな」

「……大事か?」

「いや、私にとっては大事だが、全体では特に問題ではない」

「お主にとって?」

「そうだ、市松が来る」

「……どこに?」

「此処に」

「何?」


三成から正則が忍城攻めに来ることを聞いた吉継は、三成と同様眉間に皺を寄せた。

正則の三成嫌いは、昔は子どもの喧嘩のようだったが、現在は、正則だけが意地を張り、秀吉が三成を重用している事も、正則の依怙地さを助長させることになっていた。

正則も三成の有能さを分かってはいるが、それを認めたくない気持ちが勝ってしまい一方的な敵愾心だけが見えているのが現状である。

その正則が忍城攻めに参加した場合、三成の命令を聞かず、最悪、軍紀違反を犯す可能性がある。正則は秀吉の一門と言って良い立場にあり、命令違反で罰する事が難しいことが考えられる。

その場合、諸将に示しが付かず、かといって、罰せなければ、諸将に侮られるかもしれない。

吉継は、秀吉の決定に疑問を感じた。ただでさえ難しい忍城攻めに不穏分子が入ってくることは、忍城攻めの失敗を予兆しているようで、不安を感じた。


「殿下は、何と」

「私が忍城攻めの大将になったことが気に食わず、殿下に直談判しに行ったそうだ」

「……あやつは……どうせ、どこかを攻める際の大将にしてくれということか」

「かもしれぬが、殿下が叱りつけたようだ」

「我がまま過ぎると?」

「そうで、あろうな。そこで、官兵衛様が入ってきて、こちらに、市松をまわしてはと助言されたようだ」

「官兵衛様が……」

「まあ、何か、考えがあってのことだとは思うが、紀之助、どう思う」

「……その前に、市松が問題を起こした場合、殿下は何と言われている」

「軍紀の則り処罰せよだ」

「それは、それで、禍根を残しそうだな……」

「ふぅ、そう思う」

「まったく、問題ばかりだ」

「確かに」


三成と吉継は顔を見合わせ、苦笑を交わした。


「それで、どう思う」

「そうだな、考えられるのは、お主たちの成長を期待しているのではないか」

「成長?」

「そうだ。まず、佐吉はこれから、殿下の右腕として、力を発揮すべき立場になっていくだろう」

「そうなりたいとは思っているが……」

「不吉な話だが、秀長様が亡くなられた場合、その替りになるものはいない。だが、その穴を埋めねば、豊臣家は潰れる」

「紀之助!」

「佐吉、現実を見よ、豊臣家は譜代もおらず、代々仕えるものもいない。豊臣家が安定する前に、人材を育てなければならない。だからこそ、佐吉、お主の責任は重い。当然、わしも支えるがな」

「分かっているが、それと、今回の事はどうつながる。市松が来れば、この忍城攻め、混乱する恐れがあるやもしれぬぞ」

「確かにな。だからこそ、佐吉が市松をどう抑えるか、抑えられるかが、経験を積むことが出来るのではないか」

「しかし……」

「それに、殿下は、忍城を落とせとは言われておらぬ。水攻めを行うことにより、豊臣家の力を見せつけろと言われていたではないか」

「だが、その水攻めが失敗したらどうなる。市松の勝手により、堤が崩れたら何とする」

「それを、対処する事も経験ではないか」

「だがな……」

「確かに、忍城を落とせば、お主の武功は上がるだろうが、今回は、落とすのではなく、力を見せつけるのと、忍城が要らぬ動きをせぬように、抑えるのが今回の作戦だ。そこは間違えるな。そうでなければ、市松の事を言えぬぞ」

「……」


前線での武功を上げるより、後方での兵站や交渉を主に行っていた三成としては、忍城で武功を上げたいと思っていた。それにより、正則や清正など武断派と対等に渡り合えるようになると気持ちが高ぶっていた。

水攻めも準備が進み、あとは水を浸して、降伏を待つばかりと考えていたが、正則が来ればと考えた時、失敗の可能性が高くなったと落ち込んでいた。

忍城攻めが失敗すれば、十分に従っていない諸将の統率が崩れ、反抗の芽が生まれてしまう気がしてならない。


「佐吉」

「なんだ」

「何故、一人で悩む」

「……」

「俺を頼れ。頼るほどの力がないのか、俺は」

「いや、そうではない」

「嘘をつくな、相談しないということは、信頼していないということではないか」

「そんなことはない」

「では、一人で抱え込むな!」

「くっ……」


人に相談する事が苦手で、一人でいつも悩み、抱え込み、物事を進めてきた三成としては、人に相談することは苦痛でしかない。

相談するということは、自分は、未熟であり、無能であると公言しているのではないかと考えていた。それがたとえ、親密な関係を持っているものであっても、弱みを見せたくないと思っていた。いつも自分は一人であり、弱みを見せれば付け込まれると、思い悩んでいたことが、人からは横柄であるとか、愛想がないと思われている原因だった。

吉継はそのことを傍から見て、三成の性格は分かっていた。正則や清正も、子どもの頃はそうでもなかったが、歳を重ねるにつれ、親しく接しない三成に、嫌気を差し、壁を作ったのだと思っている。


「……すまぬ、紀之助」

「何のことだ。それより、どうする」

「……そうだな。市松をどこに配置するか」

「あやつの事だ、何を言っても、勝手をするなら、放っておけばよい。ただ、監視を付けて、失敗した際の対策を立てればよい」

「だが、それでは、諸将が納得するか」

「失敗すれば……命令違反すれば、罰すればよい」

「そうだな。ただ、それで堤が潰れれば、取り返しがつかないぞ」

「堤が潰れれば、忍城を抑え込めば良いではないか」

「しかしな……」


三成と吉継が話し合っていると、近習が来て、信繁が来たことを伝えてきた。

何か問題が起きたかと思い、通すように伝え、信繁が入ってきた。


「信繁殿、どうかされたか」

「いえ、父昌幸より、殿下の下に、書状を届けるように申し付けられましたので、陣を離れることを伝えに来ました」

「……他のものでは、駄目なのか」

「はい……途中で、離れるのは残念ですが、殿下に書状を届け、すぐ戻って来ます」

「分かった。昌幸殿が、殿下に届けるのであれば、重要なものであろう」

「……佐吉」

「なんだ、先ほどの件、信繁殿にも相談してみてはどうだ」

「……」

「鶴松様に使え守ってきたのだ、信頼できるだろう」

「そうだな、分かった」


二人の話を聴いて、信繁は何か問題があったのかと首を傾げた。ましてや、自分に相談をしてくるなど、切羽詰った状況なのだろうかと、疑問に思った。しかし、二人の表情はそこまで、深刻な感じはしなかった。


「信繁殿、実は、ここに、市松が来る」

「え!?何故」


信繁の立場であれば、正則の三成嫌いの話は枚挙にいとまないほど入ってくる。正則が子どもにように秀吉の意識を引き付けようとする行動と、三成の人との壁を作る問題が積み重なったことだと推測している。それが、三成が大将になっている処に正則を送り込めば、どのようになるか秀吉も理解しているはずなのに、何故、そのようなことになったのか、信繁は考えた。


「経緯は省くが、其処まで驚くなら、状況は分かるな」

「はい」

「そこで、不測の事態が発生した時の対策を考えなければいけない。まあ、不測ではなく、確実に起こりうることだがな」

「信繁殿、どうすれば良いと思う」

「……それは、堤が壊される可能性もありうると」

「そうだ」

「ならば、二重に堤を作るのはどうでしょうか」

「二重に?」

「しかし、それでは、費用が膨らむな」

「この戦い、殿下の力を見せつけることであれば、二重に作るのも手ではないでしょうか」

「ふむ」

「第一堤は現状のまま作り、第二堤は5(けん)ほど離し、第一と第二の間の土を掘り起こし、それを第二堤に使用してはどうでしょうか。そうすれば、第一堤が潰れても、第二堤で水を抑え、なおかつ、掘り下げている溝に水が入り、水位は下がりますが、失敗することはないと思います」

「確かに、それであれば良いが、時間が足りぬな」

「周囲の民を使って、第一堤を作り、諸将の兵士を使い第二堤を作ればどうでしょう。民の中には、敵方が入っている可能性がありますが、諸将の兵であれば、ある一定の監視はできるはず。細工もしにくいはずです」

「……それは、敵の手の者が、民に紛れていると」

「可能性はあります。ここは、成田氏の領地です。その民が、我々に心頭しているはずはありませんので」

「確かにな」

「佐吉、どうだ、今の話、出来そうか」

「やれぬことはない」

「では、それで、進めて見ぬか」

「……そうだな、信繁殿、ありがとう」

「!?」


三成がお礼を言った瞬間、信繁が驚愕の表情を一瞬浮かべた。それを吉継が見て、にやけた表情になる。そして、三成は、苦虫をつぶした表情をする。


「信繁殿?」

「な、なんでもありません。す、すみません」

「佐吉、お前、どれだけ、感謝の言葉を使わぬのだ」

「……そんなことない。信繁殿、殿下の下に早くいかれよ」

「は!行ってまいります」


一礼して、信繁は出ていき、その後姿を二人は見送った。

三成は、信繁の案を吉継と話し合い、諸将を集めて、計画を説明していった。秀吉の下に、費用が増え、工期が延びることを書状で伝え、許可を得て、実施していった。






こけた際に擦り切れたところを、鶴松は水で洗っていた。

その水を見ながら、この時代の衛生について、考えていた。医者になる事は出来なかったが、医学の知識は多少あったが、この時代の衛生面は良くないと考えていた。

今使っている水も井戸から汲んだものだからある一定は安心できると思っているけど、本来、飲用しても良いものなのだろうかと考え込んでいた。

飲用する水は、一旦沸騰させた方が良いのではないかと思うが、そうなると、薪などが大量に必要になって来るので、現実難しいと思う。石炭はあるけど、今直ぐってわけにはいかないし、少量の石油も越後にあるけど、必要量はないし、精製の仕方も分からない。分かっても、今の技術力でできるのだろうか。

色々考えていたが、今、出来ることはなんだろうと考えていたが、まずは、消毒用のアルコールを作ることから始めてみようかと考え、岩覚と曲直瀬道三を呼んでもらった。


「今、戦いで傷を負った場合、手当は、どうしていますか」

「武士は、綺麗な水で傷口を洗い、塗り薬を付けています。ひどい傷の場合は、縫い合わせる事もあります。雑兵や地位の低い者たちは、心得のない金瘡医の作った塗り薬を使っております」

「その金瘡医の中には、馬糞や牛糞や尿などを使った塗り薬を使うものも居ると聞いていますが」

「そのようなことはあまりないですが、怪しげな金瘡医を雇ったり、紛れ込んでいる場合はあります」

「……それは、非常に危険ではないですか」

「危険ではありますが、全てを万全に手を施すことは難しいかと」

「しかし、処置を間違えれば、傷が膿み、最悪、切り落とす必要もあるのではないですか」

「あります」

「軽い傷であれば良いですが、深い傷などは、綺麗な水で洗わないと、傷から毒が入り、悪化します」

「毒ですか?それは、刀などに毒が塗っている場合ですか」

「違います。糞や尿、泥水などには、目に見えない毒が入っているのです」

「どういうことですか」

「道三さん、普通はしませんが、糞、尿、泥水を口に入れた場合、体調が崩れたりしませんか」

「確かに、泥水を飲んだ際、腹を下したという話は聞きますが」

「それが、目に見えない毒なのです」


この時代、傷の手当は、馬糞や牛糞などを使ったものを傷の手当に使ったり、衛生管理が出来ていないため、傷口が悪化し、壊疽した為、手足を切り落とす場合もあったり、最悪は、死に至る場合もあった。

大都市部においては、餓死や病死した死体が道に横たわったり、河原に捨てられたりしていた。その為、其処から疫病などが広がる事もあり、死体を見つけたら集めて、埋められるか燃やされたりしていた。

未来であれば、疫病や傷の悪化や壊疽など、細菌やウィルスなどで原因を説明し、対策をとれることがある。しかし、それを説明したとしても理解できないだろうし、未来のような技術や器具もない。

その為、毒という言葉を使って、説明をした。

岩覚は僧侶として薬草などについて学んでおり、道三は、医道の第一人者と言われており、毒という言葉に反応はなかったが、体調を崩すなどの言葉になんとなく、理解を示した。


「それを防ぐには、どうすれば良いのですか」

「現状出来る対策は、傷を洗うときに使う水は、必ずきれいな水。その水は、湧き水や井戸水が良いですが、なければ、一度沸騰させた水が良いと思います。沸騰させることにより、水の中にある毒の大半が死滅するはずです」

「なるほど」

「あとは、南蛮酒のようなものを使う事です」

「南蛮酒を?」

「ええ、南蛮人や紅毛人と言われる方々の国の非常にきついお酒です」

「それは、ワインと言われるものですか」

「いいえ違います。水に混ぜず、お酒に弱い人がそのまま飲むと、即酔ってしまうか、倒れてしまうようなものです」

「……毒ではないのですか」

「違います。岩覚さん、手配してもらえませんか。堺や博多の商人と、島津家に聞いてみてください」

「島津家ですか?」

「ええ、島津には焼酎なるものが、あるかもしれませんので、それで、一時でも代用すればと思います」

「分かりました」

「後、治療を行う際、傷の縫い合わせに使う器具も、湯で煮沸し、消毒して使えば、安全性は高まります。本来は、先ほど話したお酒で消毒する方が良いのですが、仕方ありません」

「……鶴松様、そのような事をどなたから」

「夢枕に、薬師如来様がお立ちになり、苦しまれている者たちを助けなさいと教えて頂いたのです」

「薬師如来様が?」

「はい」


未来の知識を説明する際、信仰心や迷信が深い時代を利用して、とりあえず、仏様をだして、誤魔化しておくことにした。今後も、必要に応じて、使おうと考えていた。

岩覚も道三も一応納得した表情をしているが、腑に落ちてはいない感じだった。


「道三さん、傷の処置に、今伝えたものを使ってみてください。結果が出るのは直ぐではないかもしれませんが、試して良ければ、広めてください」

「分かりました」

「岩覚さん、銀製の箸を作ってもらえませんか」

「銀製ですか、何故です」

「ええ、父上が黄金を好まれているので、私は銀を使おうかと思いまして」

「……分かりました、時間は掛かるかもしれませんが、作らせます」

「よろしくお願いします」


(とりあえず、青酸カリ、ヒ素化合物の対策を立てて、多少の毒殺を防ぐようにしよう。万能の毒発見金属じゃないけど、ないよりましだ。今後、色々な手段をとって来るから対策を立てないといけないな。それ以外は、周辺を固めていかないと駄目だな。そういえば、ペニシリン作れるのかな。もしできれば、梅毒でなくなったといわれる人たちが助けられるのだけど……まあ、考えてしかたないか、分かる範囲でやっていこう)


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