第百十六話 準備
高山国の南部にある高雄では、スペイン、ポルトガル、明、朝鮮との戦いの後始末で慌ただしかった。
明、朝鮮で戦った船は、修理が必要な船舶は基隆に集められ修理が行われた。
修理の必要のない船は、平戸、博多に戻り補給後、対馬や五島列島に移動して周辺の巡回と、明および朝鮮の港へ報復攻撃を行っていた。
商船や軍船への攻撃を主目的として行い、軍事物資があると思われる場所への襲撃を行っていた。
金品は持ち帰ったが、食料などは必要分以外は、地元の民衆にばらまいて撤収していた為、民衆からの攻撃は多少あったが、反発は少なかった。
スペイン、ポルトガルと戦った船は、高雄に集まり、修理の船と、修理が必要のない船は周囲の警備を行っていた。
鹵獲したスペインの船は、船大工により清掃と構造の確認が行われ、修理する必要のある船は、分解する為に係留されていた。
だが、修理する船が多数ある為、研究はまだまだ先になる事に船大工たちは嘆いていた。
そんな状況にある高雄に、秀永が琉球で鹵獲した船と共に、捕虜も連れて来た為に、更に慌ただしくなった。
琉球で捕虜を隔離しても良かったが、琉球の警備体制や兵数などを考えると、脱走されれば被害が出ると考えて、高山国へ移動させてきた。
船から降りてくる秀永の前には、正則と清正が歩いて先導し、後ろには重成、利益が付いてきていた。
ただ、重成は何故が疲れた表情を浮かべていて、少し肩を落としている姿と、前方の正則と清正の堂々とした姿が対照的に見えた。
尚、利益は煙管を吹かせながら降りていたが、誰も注意するものはいなかった。
「秀永様、ようこそおいで下されました」
「出迎えご苦労様」
「スペインとの戦いが遅れた事、残党を逃していた事、お詫びします」
「まあ、その件は、館でしましょう」
「はっ」
出迎えた嘉隆、武吉たちは頭を下げた。
「嘉隆さんも武吉さんも傷は大丈夫ですか」
「はっ、大丈夫です」
「同じく」
「気楽に話してください」
「……」
嘉隆と武吉は頷いた。
「他にも傷を負った人がいたとか」
「孫どもが傷を得たようですが、問題ありませんよ」
「分かりました。安治さんと正綱さんもわざわざこちらまで来てもらってすみません」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
安治、正綱はそろって頭を下げた。
「こちらに来る際に、博多にも寄りましたが、明、朝鮮から来る使節はすべて追い返せと指示を出しています」
「商売はどうなります」
「今のところ、朝鮮は別に構わないです。もともと、荒れて痩せてる土地ですから、そこまでうまみもないでしょうし、それなら明と倭寇という商人と取引した方が良いと考えています」
「なるほど、確かに、明との取引で充分ですな」
嘉隆は頷いた。
「それに、朝鮮の北方の騎馬民族とは、シビルハン国やその東方に北奥州を設置したので、そちらで交易はできるでしょう」
「ほう、それは最上が中心となって、上杉、伊達など越後奥州の大名達が入っていると聞いていますが」
「ええ、土地は痩せていますが放牧と、寒冷地で育つ作物や馬鈴薯などを中心に食料を得て安定させる予定です。土地は広いんですけど、寒さが奥州より厳しい所も多くて、大変そうですが」
「利益は出るので」
武吉は気になって聞いた。
「そこまで出るわけでもないですが、余剰となった人たちの移住先と、明や大陸の国々に対する楔となればいいかと。なので、自給自足が出来る事が最重要で、シビルハン国の協力を得て寒い地域でも住める環境を整えようと思っています」
「暑さが厳しいこちらの南方も疫病などの問題もありますが、寒い地域はおちおち寝れないと言う危険もありますからなぁ」
「安治殿の言う事も確かですが、我々は寒冷地へはあまり言ってませんからな。そこは奥州の者たちが良く知ってましょう」
「確かに、武吉殿の言う通りですな」
「これで、スペイン、ポルトガルはこちらの状況が伝わるまで数か月、軍船を送ってくるとしても年単位になるでしょうか。ただ、南方や印度、東の大陸に駐留している者たちが来るともう少し早いでしょうね」
「東の大陸ですか、伊達が行こうとしている場所ですか」
「ええ、そこからスペインは金や銀を輸出しているようですね」
「ああ、そういえばそう言われてましたな」
「そこを押さえれば、銀を使う明や利益を得ているスペインは損害を受ける事になるでしょうね」
正綱が秀永に質問をする。
「呂宋を押さえて、スペインが明と交易できないようにすれば、損害を与えれるのでは」
「そうですね。ただ、四か国と戦った後、その流れで呂宋に行くとしても船の数と船員の体調の問題もありますし、兵の輸送の問題もありますので、ここで再度体制を整えて押さえに行きたいと思います」
嘉隆と武吉は顔を輝かせながら秀永に顔を向ける。
その姿を見て、安治はため息をついた。
「お二方は、この戦いで隠居するとか言ってませんでしたか」
安治の言葉に、嘉隆と武吉は良い笑顔をしながら言った。
「戦いは終わってないよな」
「その通りだ」
「はぁ、守隆殿が苦労するのが分かるし、元吉殿は……武吉殿と共に喜んで行くか……」
「安治殿」
「なんです、正綱殿」
「後は任せた」
「何をですか!?」
「高山国の警戒、明、朝鮮、澳門の対応だが」
正綱殿が表情を変えず、真顔で安治に伝えた。
安治は、正綱お前もか、と言う表情をする。
「なるほど、安治さんお願いしますね」
「いやいやいや、何を言われる。え、秀永様もまさか行かれるとか言いませんよね」
「行きたいところですが……」
「やめてください!私が三成様に殺されます!?」
秀永の言葉に、重成は絶叫した。
「そういう事で行けません」
その秀永の言葉に安治は胸を撫でおろした。
「蚊よけ油と、蚊よけ線香、蚊帳は十分に準備しておくよう命じていましたがどうですか」
嘉隆はそれについて答えた。
「香水茅は印度の方から仕入れて、高山国で栽培して蚊よけ油の備蓄はある程度用意出来ました。また、除虫菊も栽培し蚊取り線香も備蓄できております。高山国でも各地で使用されており、それなりの効果を得ていますが、おこりは無くなってませんが、減ってはいます。また、ヨモギを数種類を試しながら、治療もしており、効果があるものもあり、今も検証を続けています」
「最初、秀永様の言われる事が理解できませんでしたが、蚊に対する薬剤や、水たまりの除去、小さい池などの攪拌などを行っていると、おこりが起きる事も減っていきました」
嘉隆の言葉に続いた武吉の言葉に、安治や正綱は頷いた。
「秀永様の命で、各村々などの人数の把握と、病気に関する集計を行う事と、問題が分かりやすいですね」
「その通りで、流石、安治殿、安心して高山国を離れられる」
嘉隆は頷き、武吉、正綱も頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「では、安治さんも呂宋に行きますか」
「え……」
ひとり高山国に残ると、海に関する事はすべてまわされるので嫌だと安治は思ったが、重成の視線を感じて諦めた。
もし、安治が呂宋に行くと、秀永が残ると言い出す可能性があった。
それが分かっているから、重成は安治を睨みつけた。
「残りますよ」
「……そうか」
安治の言葉に、秀永は残念そうな表情を浮かべた。
それを見て、安治は考えていたことが当たってたと、がっくりと肩を落とした。
「では、清正さんを高山国総督として命じるので、しばし、管理を任せる」
「はっ」
清正と正則は海の事であり、自らの領域ではないので会話に加わらなかった。
「正則さんは、どうします。呂宋に行きますか」
秀永の言葉に、正則は一瞬目を上に向けた。
「いえ、このまま秀永様に付き従って、戻ります。そうでなければ、佐吉に嫌味を言われそうなので」
そう言って正則は笑った。
「お目付け役ですか、まあいいですが」
秀永の言葉を聞きながら、重成はそれならもっと強く高山国に来る事を止めてくれと正則に対して心で叫んでいた。
帰ってからの三成からの無言の視線に耐えれるか、重成は心で泣いていた。
「秀永様」
「なんですか、清正さん」
「確か、高山国に島津豊久殿が居たと思いますが」
「どうなんですか、嘉隆さん」
「ええ、こちらに居ますね」
「……呂宋攻めに、島津の兵を使いませんか」
「九州の騒乱の罪滅ぼしと、領地を得る功績を積ませますか」
「はい、もしくは、高山国と呂宋に領地を分けても良いかと思います」
「ふむ、確か、久保さんの弟に忠恒さんがいましたね」
「はい、高山国の領地を豊久殿に与え、呂宋の領地を忠恒殿に与える事が良いかと」
「残さない方が良いですか」
「ええ、分散させて、領地を三州と同等の地を与えれば良いかと」
「そうなると、不満を持つ者もでそうですね、叛逆したのに優遇していると」
秀永の言葉に清正は苦笑を浮かべた。
「一見領地が増えたように思えるでしょうね。しかし、そこは米が米がとれる変らず、疫病の危険も日本以上にある地。追放に近い状況になると見られると思いますよ。まして、今なら国外の状況を大半の大名は理解しているはずですから。開発していくのは並大抵なものでないと」
「確かにそうですね。分かりました、豊久さんに会って話しましょう。そして、義久殿、久保殿に書状を出しましょう」
清正は秀永の言葉に、約束は果たせると、これで良いかと心の中で義弘に問いかけた。
「さて、それと捕虜についてどうしましょうか」
「相手の総司令官、おもしろそうなので、会いませんか」
「何言ってるんですか、嘉隆殿!」
嘉隆の言葉に、重成は声を挙げたが、その横で利益がにやにやと笑っていた。
それを横目で見て、顔を利益に向けて、重成は睨みつけた。
「敗軍の将。それも、侵略して来た総大将と会う必要なんてありません!」
そう言って、怒りの表情で重成は顔を秀永に向けた時、絶望の表情を浮かべた。
駄目だ、楽しそうな表情をしている秀永なら会うと言うだろうと重成は感じた。
何故、三成様来なかったんですかと、心で呪詛の言葉を三成に投げかけた。
だが知らない重成は、三成は小言を言っても、結局、秀永の意向に沿う人物である事を。
そして、今後もその状況を何度も見る事を。




