第百十五話 琉球
旗艦を含め四隻の船を率い副官は、日本の高山国に集まっていると考えた総司令官の命令によって、琉球の制圧に向かっていた。
琉球全てを直ぐに抑えるのは無理だと言う事で、琉球の国王を確保する事を命じられた。
国王を確保して、略奪の後に呂宋に戻るように言われていた。
琉球は兵は少なく、船団も数はあっても強くはないと、調査の結果があり総司令官も手こずることは無いと副官に説明した。
また、琉球は日本の支配下にはいっており、防衛の為に兵が配備されているが、陸兵は少なく、海兵・船団が多く、高山国にその海兵や船はまわされている為、今は防備は薄いとも付け加えていた。
「確かに、船は少なく、海からの攻撃や侵入は出来るだろうが、陸にいる兵たちがそこまで弱いとは思わない」
副官は、日本の兵の強さや鉄砲の数、運用については、こちらよりも優れているのではないかと思っていた。
母国であるスペインや諸国は戦って入るし、小競り合い、賊の討伐もある。しかし、日本の様に絶えず戦いを繰り返しているわけじゃない。
かつて、数丁しかなかった鉄砲が今や数万以上所有し、我々よりも所有数が多いのではないかと疑った事がある。
そして、今の王は、こちらの文化、風習、兵の運用などを積極的に聞き、取り入れ、従来のものと組み合わせていると言う。
総司令官も見下していても油断はしていないから、琉球を制圧する事や、留まることを命じなかった。
「そう油断はしていない。だが、見下している事が慢心となり、見積もりが甘いのではないか」
最悪の状況を考えて、対策を練る。
副官は、元々の性格もあるが、総司令官の補佐をすることにより、その考え方が強くなっていた。
総司令官の能力は高い、油断せず、作戦を考えている。それを認めているが、周囲を見下しているのは感じていた。
見下す事は、油断ではないが、しかし、隙を作るものと副官は思っていた。
「副官殿」
「どうした」
「予定では、もうすぐ琉球が見えてきます」
「分かった、周囲を警戒するように」
「はっ」
去っていく、部下たちを見ながら、ため息する。
油断をしない総司令官はまだ良い。
しかし、部下たちは、その油断さえもせず、見下す事しかしない。
新大陸での現地の人々や明を含めてこの周囲の国々の人々を見ていると、小柄であり、鉄砲などの火力への意識も低く、装備もこちらより劣る。
大抵の国々は、こちらの武力を持って対応すれば、ある程度は通ってしまう。
揉めても力で押さえつける事が出来ていた。
でも、今相手にしている日本はそうではない。
いや、他の国々もそうなのかもしれないが、日本は戦いなれている。それは、武士と言われる階級だけではなく、それ以外の階級すべてがそうだ。
宣教師や商人の情報を集めれば集めるほど、恐ろしい国と感じる。
祖国でも民は一致団結する事もあれば、叛乱を起こす事もあるが、日本は村単位でも起こし、そしてそれが一気に波及する。
それによって、国に要求をのませることもあると。
まあ、坊主と言われる仏教を宗教のもの達は、宣教師や教会と同じで腐っている金に溺れ、堕落している者も多いらしいが。
副官は現実主義者で信仰心が高い訳じゃなく、その点が総司令官に気に入られていた。
「副官殿!」
「どうした」
「船が見えます!」
日本の船が出払っているとはいえ、少しは守りで置いているとは予測していた。
「数は」
「じゅ、十隻以上は見えます」
「……何、船の規模は」
「ガレオン級数隻!」
監視員の言葉に、副官は一瞬思考が停止した。
高山国に集まった船数を考えれば、日本にある砲撃が出来る性能の高い船の大半が集まっていると考えていた。
その為、防衛で出てくる船は、古い型の船か、性能の低い船がしかなく、こちらよりも数段下がると考えていた。
そして、数を集めて守っていると想定していた為、突破は可能であろうと。
だが、数隻、最低でも同数ぐらいのガレオン船があるとなると、突破どころか、撃沈される可能性が高いし、逃げる事も難しい可能性がある。
「逃げれると思うか」
控えていた部下に問いかけた。
「逃げる必要がないのでは。こちらの猿真似をしただけで、運用や性能がこちらの方が高いはずです」
そう言いながら、部下は呆れた表情を浮かべ、侮蔑した視線を向けて来た。
救いようのない部下の発言に、心の中で深いため息をついた。
日本の情報や、戦い方を調べれば、負けなくても油断の出来ないもの達なのは理解できるはず。
情報を集めない者、情報を信じない者、情報を過大や誤報だと吐き捨てる者、相手に過大に評価する必要はないが、過少すぎる評価は足元をすくわれる。まして、戦いであれば、命を失いかねない。
話しの通じない部下に、呆れながらもその者たちを指揮しなければならない。そう考えて、総司令官の評価を少し上げた。
日本の船数を見れば、逃げる方が良いのだが、部下の発言や表情をみると、指示に従わないもの達がでそうだし、船長たちも従わない恐れがある。
「勝てると思うのか」
「当り前でしょう、猿に負けるわけがありません」
「……分かった、船長に操舵は任せると伝えてくれ」
「はっ」
命が惜しい訳ではないが、無駄死にしたいわけではない、そう副官は思いながら前方に見え始めた日本の船を見つめていた。
「殿下」
「どうした」
「危ないですので、後方に下がりませんか」
「断る」
「いや、そうではなくてですね……岩覚様、何故来なかったのですか……」
そう言いながら小姓である木村重成は涙目になっていた。
地の上での戦であれば、何があっても逃げる事は出来る。
それこそ無理に抱えても。
だが海の上では、逃げる事が出来ない。
船が沈めば、命を落とす可能性が高くなる。
その為、三成以下、重臣たちが琉球への秀永の出馬を反対した。
その反対を押し切り、高槻の戦の後始末を三成らに押し付けて琉球へ出馬する事になった。
本当であれば、スペインとの戦いが終わっているはずだったが、スペインが遅滞していた為に、高山国での戦いと重なってしまった。
明、ポルトガルの海戦の結果と、スペインの遅滞の情報を得て、秀永を博多に留めようとしたが、重成らは失敗してしまう。
正則はその決断に、流石太閤様のお子であると号泣し、今度こそ一緒に戦いたいと清正が博多に押しかけて来た。
二人の姿に如水は呆れながらも、秀永から九州での後始末を頼まれ、更にため息をついた。
島津義久、久保も博多まで謝罪の為に訪れ、沙汰は改めて行うとしたが、所領の件について、秀永は了承し、高山国およびその後所有する土地を与える事を約束した。
義久は今回の件を責任を負って隠居し、久保に家督を譲った。
秀永は偏諱を与えようとしたが、岩覚から今は乱が収まってすぐなので時期ではないと注意を受けて諦めた。
偏諱を与える事で島津への意趣はないと示したかったが、それならこの乱で功のあるものを賞するのが先であると如水からも忠告を受けた。
秀永は納得し、改めての賞するのは、高山国の戦いが終わってからとし、九州で功を挙げたもの達を賞し、太刀や金を渡した。
功を賞するのは、所領を与えるのではなく、官位や物品を与える事を主とするようにしていた。
高槻で戦ったもの達にも、既に、太刀、金を与えて終わっていた。
諸将を賞したり慰撫したりすることをのばしながら、なるべく高山国への行く時期を延ばしたり、気持ちが変わることを重成らは期待したが空しい結果となり、今、琉球まで移動する事となった。
琉球で休んでいると、安全の為に周辺を警戒していた船から、所属不明の船を見たという報告が入り、直ちに秀永は船で出航する事を命じた。
命じられた重成は、同行した正則、清正に伝えに行ったのち、戻ってくると秀永が出陣の用意をしていた。
慌てて、重成は出陣を取りやめるように説得するも、失敗し、どうしたものかと心の中で泣きながら自らも傍について船に乗り込んだ。
父重茲から秀永の小姓になることを断れば良かったかと後悔しながら、船の戦では武功は上げにくいと嘆いた。
「重成、お前さんは考えすぎだ」
「利益殿、主君の危険に諫言するのは当然です」
「船の上では、板の下はあの世だからな。分からないでもないが、駄目なら死ぬのは何処にいても同じだ」
秀永が高山国へ行くと聞いた利益は、許可を得ず、後ろから堂々と付いてきて、大坂から博多まで船移動でも船にいつの間にか乗っていた。
注意するものもいたが、いつの間にか、船員たちの中に入り込み、船の仕事をして溶け込んでいた。
話を聞いて、笑いながら秀永が認めた為、秀永の護衛として従軍する事になった。
護衛となると、重成と利益は話すようになり、気を許す中となっていた。
「三成様からお守りする事、止めれれば止める事とは言われているのですが」
「無理だな。殿下は決めた事は覆さない人だ。問題があるなら止めるが、今回は別に間違っちゃいないから無理だな」
「しかし、跡継ぎもまだ……」
「ま、なるようになる」
そう言って、利益は重成の背中を叩き、あまりに強すぎた為、重成はつんのめってしまった。
「敵は、四隻か」
「は、その通りです」
「では、負けぬな」
秀永はそうそう言い切った。
高山国へは、大半の戦舟を向かわせ、最新の早舟も送ったが、全てを送ったわけではなかった。
日本海の警戒の為に、多くの戦舟があり、海賊や防諜、不法入国するもの達を捕らえる為の存在していた。
秀永直下の船団もあり、援軍で送る船には余裕があった。
今回は直下船団の十二隻を率いて、秀永は高山国に向かっていた。
「左右に四隻、中央に四隻、中央後衛に四隻を配して敵に当たれ」
秀永が命じ、周囲に伝えられ、船団が分かれていった。
当初、船長たちは、日本の船を見て、猿真似の模造ガレオンとして、数は多くても勝てると高を括っていた。
しかし、日本の船団が綺麗に左右に分かれ、統一した動きをし出すと、笑っていた表情が固まった。
遠くてそこまで正確に見えなくても、船影の動きは長年の勘で練度が想定で来た。
その勘が、危険だと訴えかけて来た。
副官が乗船している船長はその事を副官に伝えて、反転して逃げるべきではないかと訴えたが、周囲の仕官たちは鼻で笑っていた。
単縦陣で進んでいた船が、命じていないのにいつの間にか横陣になっており、他の三隻の艦長はそのまま動きを変えず前進してきている。
艦長が進言する前に、他の船の状況を見て、副官は諦めていた。
だが、艦長は他の船を見捨ててでも、引くべきと更に進言をしてきた。
船員は艦長に従っており、士官たちが艦長に危害を加えようとすれば、船員たちに襲撃を受ける可能性があり、ジレンマで不愉快な表情を浮かべていた。
部下たちをその場に残し、艦長の下に副官は赴いた。
「副官殿」
艦長の言葉に、副官は顔を左右に振った。
「艦長の考えは正しい」
「では」
「それは出来ない」
「何故だ!」
艦長は従っている船員たちを死なしたくはなかった。
負ける戦いをする気はさらさらなかった。
もし、家族や守る場所の為ならば、命をかけるが、侵略するようなことで負け戦は御免だった。
「ひとつは、部下たちが納得しないだろう」
「あいつらが文句言えば、海に放り投げれば良い」
船長の言葉に苦笑を浮かべた。
「もうひとつは、他の船が進むのを止めていない」
「馬鹿な連中は、ほっておけばいい、道連れにされたくない」
「確かにな、そして、大事なことがある」
その言葉に船長は眉を顰めた。
「大事な事とは」
「相手は、こちらを逃がす気がないだろう」
「それはそうですが、ガレオンならほぼ速度は同じ、なら」
船長の言葉を遮り副官は言った。
「同型のガレオンだったらな」
「いや、どう見ても、報告を聞いたら」
「相手の方が性能が高い可能性がある」
「……」
「その様子だと、日本の船の事を知っていると言う事か」
「そりゃ、敵さんですからね。相手を知らないと、命を落としかねないので」
「なら、分かるな」
「……分かりましたよ。でも、船の速度を少し落としますよ」
副官はその言葉に目を細めた。
「仕方ない」
日本の船団がスペインの船を囲い周囲から砲撃を加え始めた。
「ふむ、ひとつの船が速度を落としているな、分かりにくいが他の三隻より少しだけ遅れている」
秀永は遠眼鏡を使い観察していた。
「何か故障でもあったんでしょうか」
「どうかな……」
重成の問いかけに秀永は首を傾げながら、思案した。
「我々がすれ違う時に分かるのではないか」
護衛のはずの利益は見張り台で遠眼鏡で周囲を見ており、重成はそれを見てため息をついた。
しばらくすると、前に出ていた三隻が周囲の左右の船からの砲撃が数多く直撃し、船が止まり、浸水が始まっていた。
「殿下」
利益が見張り台から大きな声で、呼びかけて来た。
秀永が顔を向けると、利益が言い出した。
「白い旗がメインマストに掲げられていますよ」
その言葉に、頷きなづいた。
メインマストの白い旗に気が付いた左右の日本の戦舟からは砲撃が止まっており、スペインの船を接収の為に接近していた。
不意に近づいて、襲撃を受けないように、戦闘態勢になって接舷して乗り込んでいった。
襲撃や不意打ちがあったが、返り討ちにして討ち取り、半壊して動かない船は放棄し、被弾しても動ける船にスペイン人を移動させて、琉球まで曳航する事になった。
秀永が琉球に戻ってくると、高山国から伝令が来ていて、嘉隆がスペインの海軍を討破り、敵の大将を生け捕ったと報告を受け取ることになった。




