第百十四話 捕縛
副司令官を敵の足止めにして、高山国へ向かったが、船の速度が思うほど上がらず、司令官は苛ついていた。
「どうした!速度が上がってないぞ!」
怒鳴ったところで上がるわけではないと分かっていながら、抑える事ができなかった。
ふと、高山国ではなく、呂宋に戻るべきだったかと思った。
しかし、成果のないまま、呂宋に戻ったところで敗れた事が本国に知られれば、解任、最悪、処刑されると考えられた為、戻れなかった。
武装商船や倭寇、海賊に支払った金額を考えれば、引くに引けない状況であった。
「司令官!敵が!」
「ちっ」
後方を監視していた部下からの言葉に、司令官は舌打ちをした。
船の速度が上がっていないことが原因なのか、相手が早すぎるのか、それとも両方か、司令官は考えた。
副司令官と戦って、追いついてくることを考えると、高山国にたどり着く前に追いつかれる。
いや、追いつかれなくても、高山国に同等の艦船があれば、迎撃され撃退されると。
「どう思う」
問われた傍にいた部下は考えたのちに答えた。
「このままでは追い付かれるか、もしくは、やつらの砲撃により損傷する可能性があり、その場合も追いつかれるかと。最悪な場合、高山国の残存兵力により挟撃される可能性があります」
司令官は聞きながら、己の考えと同じであると頷いた。
「……どっちが良いか」
部下はしばし考えた。
「高山国に向かうより、反転しいなしながら呂宋に戻る方が良いかと思います」
「……」
「我々が此処まで苦戦している以上、ポルトガルも同様でしょう。まして、明などは手も足も出ていないかもしれません」
話しを聞きながら、司令官は考えた。
確かに、倭寇は別として、海賊や武装商船も被害が出ている。
ポルトガルの海軍も、スペイン海軍に劣るとは言え、実力は確か。
それが敗れたと言う事は、こちらの判断が間違っていたわけではなく、あの国の者たちが強かったと言う事である。
敗戦の罪には問われても、命までは失う事はない。
そう思ったところで、教会の存在が頭を過った。
これまで非協力的だったことを踏まえると、奴らが要らぬ口出しをしてくる可能性がある。
それを考え、司令官は苦い表情を浮かべた。
「お前の言う通りだ。しかし、このまま成果がなく、帰還したところで宮廷の風見鶏たちは、騒ぐだろう」
「では、後方の敵を迎撃し、戦果を挙げるしかないかと」
「高山国へ行く手もあるぞ」
「それこそ悪手であると、司令官も分かっておいででは」
「……確かにな」
苦笑を浮かべながら、部下に指示を出す。
「後ろから来る連中を殲滅し、呂宋に戻るぞ!」
その指示に従い、部下たちは周辺の船に伝え、船を反転させた。
スペイン海軍の動きを見た日本の船は即座に砲撃の準備を始めた。
まだ、嘉隆は追いついて来ておらず、船の数は圧倒的に不利であったが、速度を使いすれ違った時に砲撃を仕掛けようとしていた。
「頭はまだ来てねぇな」
「まあ、斬り合いしているだ、決着ついても直ぐにはこれないだろうよ」
「やっこさんは、こちらに向かってくる。なら、高山国へ行く気はないって事か」
「わからんよ、ただまあ、こっちはやるべきことをするだけだ」
「確かに、やり合ってたら、若か、坊たちが来るんじゃないか」
無駄話をしながら迎撃の準備を整え、いつでも砲撃を放てる状態になっていた。
日本の船が目視できるようになり、船の数がそれほど多くなく、船の数が多いこちらが有利と司令官は感じた。
いくら相手の船の性能が高く、航行速度が速くても数が少なければ、初撃出ない限りこちらが勝てると考えた。
ふと、囲んで鹵獲する事も頭を過ったが、その間に敵の増援が来れば不利になる。
まして、やつらは蛮族、斬り合いになれば無類の強さになると言われている。
敵が来ている以上、あの武勇だけは優れている副司令官が敗れたと予測した。
砲撃よりも、白兵戦の方が怖いとのうわさは真実ではないかと感じた。
「予定通り、複数の船で砲撃を集中させて、確実に敵を沈めろ!」
司令官の予定通りに、日本の船に砲撃を集中して、多少の損害を与えたが、こちらの速度も早くなっており、決定打を与える事が出来ず、すれ違った。
ただ、向こうも速度の兼ね合いから直ぐには旋回は難しいと判断し、司令官はそのままの速度で呂宋を目指した。
その際、同じ航路を戻るのではなく、少し北に向けて、日本の船とすれ違わないように配慮した。
スペイン海軍は、日本からの砲撃に傷つきながらも、沈むことなく航行を行っていた。
後方を監視している部下からの報告はなく、船の簡易修繕と負傷者の治療を行いつつ呂宋に戻っていた。
「司令官!」
周囲を監視している部下の声に、司令官は振り返った。
「追いつてきたのか!」
「いえ、北西から船が来ます!」
「倭寇か、海賊ではないのか!……いや、この状況で味方ではないな」
「見る限り、今の時点では、速度はこちらと大差ないと思われますが、速度が上がる可能性があります!」
司令官は、報告を聞き、このまま逃げ切ろうと考えた。
「そのまま監視を続けろ!このまま呂宋に向かう!」
「若、あちらさんは、遁走してるようですな」
「報告を聞く限りな」
「相手は、相当自信家と聞いていましたが」
「自信家でも現実を見る奴なんだろう」
「追いつきませんな」
「親父はどうしたんだろうか、カミツキガメの如く引っ付いていると思ったんだが」
「ですなぁ、で、どうされます」
「このまま追いかけるしかない。呂宋が見えたら戻る」
「分かりました」
守隆は表情を変える事無く指示をだし、追撃を開始した。
「頭、見つけたようですぜ、良くわかりましたね」
「おう、匂いがしたからな」
家臣は、心の中で獣か何かかと改めて思った。
敵を探る、戦機をみる嗅覚に改めて、驚かされた。
「しかし、頭身体は大丈夫ですかい」
「問題ない」
嘉隆はそう言いながら、腕を振るって屈伸をした。
「あんな大物とやり合って……化け物ですかい」
そういった家臣の頭を叩いた。
「さて、敵の大将を頂こうか」
「あ、その後ろから、味方の船が来ているようですぜ」
「あん?それは一大事、奪われないように急げ!」
やれやれと言う表情で、家臣は呆れた。
「し、司令官、前から敵が!?」
「……副司令官はやっぱり敗れたか」
ここに至って、呂宋への逃げ道が防がれたと感じた。
陸地でないから、逃げようと思えば逃げれる。
しかし、日本の船を考えると、逃げ切れるとは思えない。
相手は、この船を狙ってくるだろうと司令官と感じた。
「仕方ない、前の船に接舷するぞ」
「……それは」
指示を聞いた部下は聞き返した。
「後ろの敵からは逃げれるだろう。しかし、前のやつらからは逃げれない。まして、もたもたするとかわした船がやってくるだろう。覚悟を決めるしかない」
「分かりました」
司令官の決断に、部下は賛同し、運が良ければ相手の司令官を捕縛すれば交渉のしようもあると考えた。
指示を出し、体制を整えている間に敵との距離も縮まってきた。
相手は砲撃をしてこず、部下は不思議に思った。
「ふっ、やつらも接舷を考えているようだな。しかし、副司令官とやり合っているはずで、兵は少なくなっているはずだが……やはり蛮族、狂ってる」
司令官の言葉に部下は恐怖を感じた。
副司令官との戦いで被害を受け、人的不利でも斬り込んでくる発想は狂っていると、己であれば砲撃で足を止め、挟撃を考えるだろうと。
「ここに至れば、致し方ない」
司令官は獰猛な表情を浮かべ、腰の剣の柄に手をかけた。
「それ!最後の大戦じゃ!やり込め!飛び込め!突っ込め!」
嘉隆は接舷した途端、家臣に檄を飛ばし、スペインの船に飛び込んでいった。
周囲の船は砲撃でこちらを止めようとするが、速度を使って素早く接舷し乗り込んだ。
「周囲の船は、後続の連中に任せて、大将を取るぞ!」
そう言いながら、嘉隆は率先して、敵の船に乗り込みスペインの兵と斬り結んでいった。
家臣たちの中には傷ついている者もいたが、気勢を上げながら乗り込み、敵を仕留めていった。
そして、嘉隆が大将の下に行けるように家臣たちは、敵を倒し道を開いていった。
「おっしゃぁ、おのれが大将か!」
そう言いながら、司令官に刀を斬りつけた。
司令官は、刀を弾き、斬り返してきたが、身体をそらしてかわした。
そんな攻防を数度行った後、二人は距離を取った。
「やるなぁ、さっきのやつも腕がたったが、お主もやるな」
「……ふむ、こちらの言葉を使うのか、蛮族が」
「ははは、成程、蛮族か。でも、こっちからしたら、おぬしらが蛮族だよ」
嘉隆の言葉に、司令官は片眉を上げたが激高はしなかった。
「どっちもどっちだな」
「ちがいないな」
そう言って、二人は笑いあった。
「で、ここにきて、降伏せんか」
「ほう、恥を晒せと」
「周囲を見ても、こちらが優勢だぞ」
司令官も劣勢だと感じていた。
「降伏したところで、先は死ぬだけだろう」
「いや、うちの殿下は、変わってるから雇ってくれるかもよ」
「戯言だな」
「まあ、耶蘇教を盲信していたら無理だがな」
「信仰はあるが、神はいない、教会は敵だな」
「わははははは、おもしろいなお主」
「ふん、神を信じたとこで戦いに勝てるか、今の状況見ろ、俺以外は信仰心は高いぞ。で、このありさまよ」
「確かに、確かに」
「神父にもまともな奴もいるがな、腐ったやつが多い、特に上に行けば行く程な」
「ほう、何処も同じだな」
「異教と同じの時点で、終わっているな」
「殿下はな、神や仏はいるだろう、でも、助けてはくれない。最後のひと押しはあるかもしれないが。神でも仏でもない坊主や神官の言葉は格言として聞いても、信じる必要はないと言うな」
「気が合いそうだ」
「じゃ、降るか」
「無理だな」
「そうか!」
そう言って、嘉隆は前に一歩出た。
それに合わせて、司令官も踏み込んだ。
先に司令官が剣を振り下ろし、それを嘉隆は下からはじき返し、斬り返して司令官を斬った。
身体を斬られた司令官は後ろにあお向けて倒れた。
「敵大将は取った!降伏しろ!」
嘉隆の言葉を家臣達が、スペイン兵に伝えていった。
中には反抗するものもいるが、降伏すれば身の安全は保障すると言う言葉を聞いて、大半の者が武器を置いた。
「お、まだ生きているか」
「そ、そうだな」
「傷が浅いか、おい、誰か手当してやれ」
「……止めを刺せ」
「いや、殿下に会わせた方が、面白そうだから助ける」
「はぁ、なんだその理由は……」
「面白いなら良いじゃないか」
嘉隆の指示で司令官は治療を受け、傷が浅かったのか一命をとりとめた。
スペイン海軍の一部は逃れたが、大半降伏し、後続の守隆が追い付いて、武器の接収していった。




