第百十三話 激突
船長室で司令官はワインを飲みながら休んでいた。
倭寇、海賊が多少なりとも蛮族共を潰してくれれば、こちらも楽になる。
武装商船を前面に出して、ぶつけている間にこちらが回り込んで沈めようと考えていた。
神の威光と教会の連中や親交の高い連中なら言うだろうが、戦いは数と船の性能、船員の練度次第、劣っている連中に負けるわけはないと思っている。
「どうした、入れ」
色々考えていると、足音の後に戸を叩く音がした。
部下が入ってくる。
「はっ、敵船が目視出来ました」
「そうか、船の数は」
「四隻ほど、後方は未だ確認できておりませんが、見えている範囲にはおりません」
「……ふふふ、下賤な連中が喰い合ってくれたか。しかし、それでも、他にもいるかもしれん。油断せずに監視せよ」
「はっ」
「私も甲板に出る」
そう司令官が言うと部下は敬礼をして、部屋を出ていった。
服を整え、武器を手に取って司令官も部屋を出ていった。
弱兵でも油断すれば敗れる事を知っている司令官は、油断することなく甲板に向かった。
「頭、敵ですな」
「おう、多いな」
「欠ける事無くとなると、四十ほどいるとか」
「獲物だらけだ、適当に砲撃しても当たるぞ」
「そりゃ、無理でしょ」
「ははは、砲撃の腕は高いぞ、それに撃つのは至近距離だからな」
「はぁ、若なら距離を取りながら船を沈めていきますぜ。これだけ船の数の差があれば」
「それじゃ、逃がす船が多くなる。それに至近距離なら味方の被害を恐れて砲撃を躊躇するだろう」
「まあ、そうですが、味方もろともって、ないですか」
「確かに、死ねば口封じになるが、船員全員にかん口令は無理だろう。そうなると、兵は別として商人どもは二度と手をかさないだろうよ」
「そうかもしれませんが、追い詰められたら何するかわかりませんぜ」
「船の足はこちらが早い、まあ、すれ違いざまに撃って、また戻るを繰り返せば良い、そのうち貞隆が来るだろう」
「坊達も集まってくるかもしれませんか」
「ま、その前に大物はこちらがもらってしまおう」
「へいへい」
嘉隆の言葉に、付き合いの長い配下は呆れながら頷いた。
「さて、速度を上げろ!突っ込むぞ!」
「「「おう!」」」
司令官は信じられない思いで前方を見ていた。
見ている間に、敵の船は目前に近づいており、茫然としていた。
「司令官!」
部下の言葉に、司令官は正気に戻った。
「砲撃をいつでも撃てる準備を!早いと思っても撃ちだせ!」
司令官の命令に部下は一瞬戸惑うが、敵に速度を考えて納得し指示を出しに動いた。
「馬鹿な、商人とは言え、武装し、海賊とも渡り合う連中だぞ。それがああも一方的に攻撃されて、混乱するだと……」
四隻の船が見えたと同時に、スペインの船団は臨戦態勢に移り、油断することなく動いていた。
商人たちも勝利が約されていても、被害を受ける可能性はある。
他の船が被害にあっても、自らは被害を受ける気はないと商人たちは考えていた。
性能は落ちたとしても船の速度、砲撃は危険と情報を集めていて感じていた。
それは、スペイン軍も同じだった。
その為、四隻で劣勢のはずの敵がそれぞれ分散して、一隻ずつ集団に突撃するとは思わず、それを見て、皆楽な戦いだと笑った。
しかし、分かれた船の速度が、こちらが思っている以上の速度、あっという間に武装商船の船団に入り込んだ。
武装商船は攻撃の準備をしていたが、楽と思った精神状態と、船の速度、そして、敵の船首からの砲撃を受けて動転してしまった。
武装商船の船団に突っ込むと同時に、左右から砲撃を間髪いれず繰り返し、船に着弾し穴が空いた船や砲弾がぶつかった瞬間火が広がったりして、数多くの船が混乱した。
船によっては砲撃で反撃をしたが、日本の船が早く混乱している為、照準が合わず外していた。
沈没する船はなかったが、反転して攻撃をするより帆や甲板が焼けて消火をしたり、空いた場所を塞ぐなどに忙しかった。
その状況を後方から見ていたスペイン軍は信じられない表情をしていたが、船長や司令官の指示で気を取り直して迎撃に動いた。
初撃は、思った以上にうまくいったと嘉隆は思っていた。
こちらの被害はない。
状況から、兵ではなく商人の様に感じたが、商人の方が抜け目がなく状況が悪くなれば、すぐさま離脱すると思っていたが、離脱する船が少なかった事に首を傾げた。
「そりゃ、頭、混乱している状況で攻撃を受けて、更に混乱し、離脱できなかったんじゃないですか」
「まあそうか、大砲は冷えているか」
「ぼちぼちですぜ、そこまで撃ってませんよ。旧式ならまずかったでしょうが」
「そうか、では、次が本番か」
「後ろの船はどうするで」
「貞隆が何とかするだろ」
「他人任せ……」
「突破して反転して、止めをさすか、降伏すりゃ曳航するしかないな」
「へい」
厳しい表情になり、嘉隆は前方の船団をにらみつけた。
「楽には勝てないだろうな」
「うーん、まあ、なるようにしかならないでしょう」
「確かに」
配下の言葉に破顔して嘉隆は答えた。
「敵の総大将がいるっぽい、旗が見えますが、どうしやす」
「ぶつけて、乗り込みたいところだが……」
「でしょうね」
「やめておこう、反転して奴らの状況次第で考えるか」
「では、行きやしょうか」
「おう、次に行くぞ!」
「「「おう!」」」
被害を聞いて司令官は、怒りで顔を真っ赤にした。
敵の船首船尾の一部を破壊したと報告があったが、航行に問題ない程度の軽微だと見えた。
こちらは、帆や甲板などが延焼し、消火に船員が走り回っている。
沈んでいる船はないが、再度攻撃を受けた時に落ち着いているか分からない。
そんな状況では反撃も出来ない。
見下していたが油断はしていなかった。
しかし、一方的に攻撃を受け、相手は軽微の被害。
屈辱でしかなかったが、かといって現状が変わることは無い。
「敵は、反転してくる。砲撃手は砲撃の準備を!それ以外は消火を優先しろ!」
他の船にも指示を出すが、こちらと変わらない状況だった。
たった一隻によって、数隻が被害を受ける。
悪夢でしかなかった。
「いや、協会の連中がいなくて良かったか、奴らが居たら悪魔だなんだと、騒いで船員に悪影響を与える」
怒りをおさめながら、大きく深呼吸を司令官はした。
敵が反転してくれば、被害を与えることは出来るだろう。
最悪、この船が沈められても、指揮権は他の船に移り行動は可能だろう。
呂宋に戻る事も手だが、そうなると、責任を取らされる。
司令官はしばらく悩んだ。
「副司令官に指示を、敵に船をぶつけて制圧しろと」
「あの速さについていけますか」
「ふん、いくら早くても針路は分かる。合わせればぶつけられるし、並走を一瞬でもできれば接舷できる。そういうのが副司令官は得意だ」
「はっ、分かりました」
部下の疑問に司令官は答え、納得した部下は副指令の船に伝える為に伝令に指示を出した。
「副指令官が敵を抑えている間に、こちらは商人どもを率いて高山国に向う。副司令官なら敵を潰してくれる、信じて前に進むぞ!」
そう司令官は発したが、別に副司令官を信頼しているわけではなかった。
副司令官とは反目する事も多く、別に負けても良かった。
それに乗り込んで戦う事を好む副司令官なら喜んで指示を受け入れるだろうと予測している。
船を分捕れば、分捕ったものになると出発前に話はしていたし、喜んでするだろうと。
反転して再度砲撃をしようとしていた嘉隆の船の針路に、スペインの船が割り込んできてぶつかることは避けれたが、接舷された。
「なんだ、骨のあるやつがいるな!」
「いや、被害は少ない方がいいでしょうよ」
「敵が乗り込んでくる前に、乗り込め!」
嘉隆の声に、板を持ち出し配下の者たちがスペイン船に乗り込んでいった。
接舷されていない側は、敵が近づかないように砲撃をしており、一部だけが乗り込んだが、当然、嘉隆も乗り込んでいた。
「弓や鉄砲で敵を討ち取れ!こちらに乗り込ませるな!」
船の防衛を配下任せて、嘉隆がスペイン船に乗り込むと、甲板や帆は消火が中途半端で燻ぶっているのが数か所あった。
沈むなら乗っ取れば良いと考えたのかと嘉隆は思った。
スペイン軍も兵も船上での戦いに慣れているのか、配下でも被害が出ていたが、消火などで疲れていたのか、敵も精彩に欠けていた。
嘉隆は敵を斬り捨てながら、ここの大将を探していた。
そうすると、ひときわ大きく、配下を吹き飛ばしているやつを見つけ、駈け出した。
「その首貰うぞ!」
その声に反応し、ハルバードを横払いしたが、嘉隆は体を前に倒し、体勢を低くして一気に近づき斬りつけた。
しかし、敵は体を後方に移動させかろうじてかわすが、更に嘉隆は前に進み刀を突き出した。
ハルバードを下から切り上げるように振るい、柄によって嘉隆を弾こうとしたが、嘉隆の方が早く刀が腹を切り裂き、そのまま敵の後方に転がった。
腹の傷は深かったが、敵はそれを気にせずハルバードを振るったがかわして、嘉隆は距離を取った。
敵は片膝をついた。
「降伏するか」
嘉隆がスペインの言葉で投げかける。
「断る」
そう言って、敵は立ち上がりハルバードを握りしめた。
「介錯してやる」
ハルバートを振り下ろしてくるが、先ほどの力強さがなく、嘉隆は弾き、敵を切り裂いた。
切り裂かれても敵はハルバードを支えとして倒れる事無く、踏みとどまり亡くなった。
「見事!敵の大将は討ち取った!降れ!」
嘉隆は大声で宣言した。
それを聞いたスペインの兵は武器を置き降伏するものが続いた。
「他の船は、沈めたり半壊しているのものが多そうだな」
降伏させたは良いが曳航をどうするか、嘉隆は悩む。
「とりあえず、沈みそうな船の連中は、ひとまとめにしろ!」
距離的にも数日ではなく、一日二日ぐらいだから、健在の船を含めて何とかなるだろうと嘉隆は考えた。
「砲弾はすべて破棄させろ!武器はすべて運び出せ!」
砲弾がなければ、反撃も出来ず、歯向かえば沈めれば良いと考えた。
「船の被害を確認して、俺は敵の大将を追うぞ」
「いや、頭休ませて」
「走ってる間は休める!」
「いやいや」
そう言いながら配下は、指示を出して嘉隆の船だけ敵を追った。
残りの船は、降伏したもの達を纏めて、指示して高山国へ向かった。




