第百十話 守隆
スペインの動向の監視から守隆が港に戻ってくると、誰かが早舟から海に飛び込むもの達の姿を見た。
深いため息をしながら、船から降りて、桟橋に向かい歩いて行った。
桟橋に付くと、ちょうど飛び込んでいたもの達が上がってくるところだった。
「父上」
そういうと、顔に付いた海水を手で払いながら、嘉隆が振り向いた。
「なんだ」
「何だはないでしょう、何をしているんですか」
「海に飛び込んだだけだが」
その返答に、再び深いため息を守隆はついた。
「安治殿、正綱殿は報復の攻撃をしていて戻ってきていませんが、武吉殿は元吉殿に任せて戻ってきていると聞いていますが」
「ああ、さっきまで話をしていた」
そう言いながら嘉隆は口をへの字に曲げた。
守隆は苦笑を浮かべた。
「やはり、安治殿、正綱殿の報告を聞いたが、明や朝鮮と比べポルトガルはかなり強敵だったようだな。兵の練度と連携が全く違うようだ。明は船は多くても、士気も低く連携も稚拙、朝鮮はそれ以上に低い感じだな」
「ええ、そうですね。数の暴力で明は脅威ではありますが、朝鮮はそれほどもないようですね」
「船の損失から考えてもそれが出ている」
「安治殿、正綱殿から、早舟をこちらに回してくれるようで」
「ああ、武吉殿からも提供というか、戦わせろと言って来たな」
それを聞いて、あなたも同じ状況なら行っただろうと、守隆は思ったが口には出さなかった。
「まあ、参加は良いが、ちょっと、別件を頼んだ」
「別件ですか」
「気になることがあってな」
「……単に、獲物を奪われたくないからじゃないんですか」
「はん、そんなみみっちい事思ってないわ」
守隆の言葉に、嘉隆は吐き捨てるように言い放った。
疑りの目線を見て、嘉隆は片目を上げて、にらみつけた。
「父上、今までの言動と、行動を思い出したら疑われても仕方ないのでは」
その言葉に、怒りの表情を浮かべながらも目をそらした。
ため息をつきながら守隆は言葉をつづけた。
「で、何を頼んだんですか」
「それは後で言う」
「分かりました。それと、何故、海に飛び込んだんですか」
「ああ、それはな……」
「……」
「もうすぐ、奴ら来るぞ」
「……そうですか」
根拠もない嘉隆の言葉に、守隆は頷いた。
戦を数多く経験し、独特の嗅覚を持つ嘉隆の言葉に、疑う事なく守隆は納得した。
その嗅覚で負けても窮地を脱し、勝ちも得て来た嘉隆の言葉を信頼した。
「では、再度準備を行いましょう」
「ああ、頼む」
守隆の後姿を皆ながらつぶやいた。
「匂いが、戦いの匂いが海風に乗ってきている」
「頭ぁ、どうするんです、このまま、連中の指示に従うんですかい」
問われた倭寇の頭目は、笑いながら。
「あんな連中のいう事聞く気はない」
「ならなんで、呼びかけに応じたんですかい」
「水と食料をくれるからだ、ただでな」
そう言いながら、大笑いし出した。
「スペインのやつらは俺たちを見下している。あっちの南蛮の海賊たちも俺たちを見下している。でも、その海賊たちもスペインのやつらから見下されている。まあ、海賊共も気が付いているだろうがな」
南蛮の海賊たちと倭寇たちが争う事はあまりない。
しかし、商船を襲った時に鉢合わせする事があり、何度かやり合った事もあった。
集まった海賊の中には、斬り合いをした連中も見かけたが、睨み合うだけでもめることは無かった。
「じゃあ、このまま逃げるんで」
「いや、それをやったら海賊やスペインの連中が攻撃してくるだろう」
「倭人とやり合うんで」
「ああ、あいつらが大砲を撃ち始めたら避けるようにして、逃げる」
「え?それじゃあ、得たのは水と食料だけじゃないですか。手下が不満を言いますぜ」
「分かってる、馬鹿だなお前たちは」
その言葉に子分はむっとした表情を浮かべた。
「その面はなんだ」
頭目がどすを利かせた声で問いかけるが、子分は表情を変えなかった。
「そりゃ、馬鹿といわれりゃ腹が立ちますぜ」
「ふん、なら頭を働かせろ」
「って、言ってもね。逃げるんじゃ、何もありませんぜ。スペインの連中が勝手も何ももらえませんし」
「そりゃそうだ。スペインの連中が勝てば、今度は俺たちが攻撃される」
「あ?ああ、そうかもしんないですな。俺たちは商売するには邪魔ですな」
「そうだ、だから命はってやつらの手助けする気はない」
「うーん、じゃ、奴らと倭人が戦っている間に、略奪しに行くとかですかい」
その言葉に頭目はにやりと笑った。
「良くわかってるじゃねぇか。その通りだ」
「それなら、別に呼びかけに応じなくても良かったんじゃ」
「まあ、そうだがな。食料と水の問題と、応じなければ奴らが攻撃してくる可能性もあったからな」
「確かに倭人にやられて、呂宋に避難してましやしたから……」
「他の頭目も、下手すりゃ、海賊共も同じ考えじゃないか」
「他の頭目なら考えそうですが、海賊共もですかい」
「当り前よ、海賊共と俺たちと何ら変わらん。スペインの連中にとっては邪魔なだけだからな」
「わかりやしたが、じゃあ、逃げたあと何処に向かいやす」
「高山国に行くんだよ、噂じゃ明や朝鮮、ポルトガルともやり合うって話だ。戦いに使う船は出払っているか、傷ついているだろうよ」
「隙がる、弱っている所を押そうんですな」
「そうだ、他の頭目もいるから被らないようにしないと面倒だがな」
「あれ、頭目だけってことは、海賊共は」
「あいつらは、呂宋に戻るじゃねぇか」
「何故です」
「俺たちが高山国に行くと踏んでいる。重なってやり合ったら無駄骨になる。そもそも俺たちの本拠地は明の方面だ。それを踏まえたら呂宋に戻って、スペインが居ない状況の港を襲った方が良いって、考えるんじゃないかと思っている」
「へぇ」
「まあ、邪魔すれば、やり合うまでだがな」
「はっはっは、そうでやすな」
「他の船の連中にも伝えておけよ」
「へい」
「精々奴らが潰しあう事を期待しようや」
頭目と子分は顔を見合わせ笑いあった。
無秩序に仲間で固まって出航していく倭寇や海賊の船を見ながら総司令官は小ばかにした表情を浮かべた。
「所詮、馬鹿な連中だ」
そう言って、唾を吐いて、部屋を出ていった。
桟橋に付くと、総司令官は、それぞれの船長を集めた。
「これから我々は、狩りに出かける事になる。まあ、獲物は大したものはいないが」
そういうと船長たちは笑い出した。
「その先には選り取り見取りとは行かなくても、略奪し放題だ!」
その言葉に船長たちは喚声をあげた。
「まあ、やりすぎると後が面倒だが、奴隷たちを連れてくれば、問題ないだろう。猿ならそこら辺に居るからさらえば良い」
総司令官は大きく笑った。
「倭寇や海賊共が、我々の露払いをしてくれるだろう。勝手に逃げるだろうが、そうなれば、沈めろ。今後を考えれば奴らは邪魔だからな」
にやりと総司令官は笑い、船長たちも頷いた。
倭寇も、海賊も、味方とは誰も思っていなかった。
ただ、倭寇や海賊も同じ思いなので、どっちもどっちだった。
「ただ、我々を真似た出来損ないの船がある。大砲もある。猿といえども油断はできない。そこは肝に銘じておけ」
船長たちは頷いた。
明や朝鮮の船のように、大砲が積んでなかったり、あっても少数の場合があるが、日本の船はスペインなどと同数と見られる大砲が積まれている事は調べていた。
性能に関しては、同等もしくは少し落ちるぐらいと見ていた。
それは秀永の命で、倭寇や海賊相手に十二分に戦えるようにしていただけで、実際には飛距離、威力とも上回っている大砲は用意されていた。
大海戦を想定して、欺瞞情報を相手に与える為にわざと鹵獲されたり、海戦を見せたりしていた。
総司令官は、大砲や船の性能が劣ると情報を得ていたが、時間が経てばある程度改善されると思っており、同等と見積もっていた。
負けるとは思っていないが、ただ、被害が大きくなる可能性も想定して、船長たちに油断しないように激を飛ばした。
「では、皆、乗船し出航しろ」
その言葉で、船長たちは各船に向かって乗り込んでいった。
「副官」
「はい」
「お前には、前に行ったように別行動をとってもらう」
副官は眉を顰めつつ、頷いた。
「お前の心配も分かるが、これも、作戦だ」
「いえ、総司令官のお考えは正しいと思っています。ただ、勝利した後でも良いかと思っていますが」
「確かにそうだ、だが、早ければ早い方が良いんだ」
総司令官の言葉に理解をしつつも、戦力分散に一抹の不安があり、副官は悩んだ。
「命に服します」
「そうか、頼んだぞ」
副官に対しては、小言を言う、反論をする、少々思う所もあるけど、その有能さを認めている。
だからこそ、別行動の司令に任命した。
副官は敬礼した後に、自ら乗船する船に向かって歩き出した。
「まあ、負けはないなら戦果は広げた方が良い」
そう言いながら、総司令官も自らの旗艦に向かって歩き出した。
嘉隆と守隆が最後の話し合いを行い、それぞれの船に行くために立ち上がると、外から足音が聞こえて来た。
駆け足らしく、足音が響いていた。
「頭!」
そう言いながら、豊田五郎右衛門が扉を乱暴に開けて入ってきた。
「どうした」
「呂宋の忍びが戻ってきました」
「そうか!」
守隆は情報が無かった為、スペインの事が分かると喜んで声をあげた。
「それで、どうした、ほれ、話せ」
二人の雰囲気とは別に、嘉隆はあくびをしながら聞いてきた。
守隆はにらみつけたが、嘉隆は気にしなった。
「はい、どうも呂宋の北の港に入って、倭寇や海賊たちを集めていたようです。防諜が厳重で中々侵入できず、捕まったものを助け出したりして、情報が中々集まらなかったそうです」
秀永の命で、捕縛された忍びが居た場合、可能であれば助ける様にと言われてた。
一部の武士たちからは、不満があったが、情報を集める忍びの技術の大切さから命じられた。
先を進めるように、嘉隆が目で合図する。
「半日前に、倭寇、海賊を先頭に船が出航していったそうです。相手はゆっくりと進んでいる為、早舟で先回りできたようです」
「船数は」
「八十ほどになると」
その船の数の多さに、守隆は眉間にしわを寄せたが、嘉隆は口先を上げて笑った。
「ほう、そんな数になったか」
「はい、スペインの船は四十ほど、後が三十ほどが倭寇と海賊の船になるようです」
「くくく、そいつは良い、倭寇は、まあどうでも良いな。接近されなければ良いが、海賊はなかなか厄介そうだ」
守隆も頷いた。
「そうですね、倭寇は大砲もさほど積んでいないでしょうし、積んでいても性能は悪いでしょうから、乗り込んできた時がやっかいでしょう」
「それだけじゃねぇ、スペインの連中、下手すりゃ倭寇や海賊の船共々大砲の標的にするぞ」
嘉隆の言葉に、守隆は目を見開いた。
「まさか……味方ですよ」
「味方か?」
その言葉に守隆は考えた。
「……味方、味方じゃないですね。後の事を考えたら邪魔にしかならない。倭寇も海賊も、積み荷を荒らす連中だ」
「そうだ、スペインの上が罪を許すから協力しろ、略奪は認めると言っても、戦いが終わった後も、連中が従うとは思っていないだろう。まあ、海賊の中にはスペインの軍に入った方が良いと思っている連中も居るだろうが、倭寇は邪魔でしかない」
「確かに、明の沿岸など、拠点があって邪魔を今後もしてくる可能性もあるなら、いっそまとめて」
「だろうな、でも、連中も馬鹿じゃない、それぐらいの事は分かっているだろうから、良いとこどりを考えているだろう」
「そうなると、連動した動きはしてこない」
「まあそうだろうが、たまたま、連動した事になる動きになる可能性もあるな」
「美味しい所どりでか……」
嘉隆は五郎右衛門に顔を向けた。
「おい」
「はい」
「スペインの正規の軍船はどれぐらいだ」
「二十です、それ以外は、武装商船です」
「商人の船か、それはそれで厄介だな。海賊共と同じぐらい」
「ええ、但し、海賊と違って、統制下にはあるとは思います」
「そうだな、商売のためだから、歯向かったら販路を潰されるから、海賊と違って協力はするか……出航の順序はどうだ」
「倭寇、海賊が出航した後、半刻後に出航したようです」
「嫌な差だな」
しばし、嘉隆は考えた。
「隆重、久隆を先に出して、倭寇どもを潰させろ。隆季と守隆で海賊共を蹴散らせ」
「スペインが残ってますが」
「俺が突っ込む」
「いや数が違いすぎますよ、危険です」
「風次第だが、まあ、当たらんだろう」
守隆は嘉隆の言葉に慌てて、否定する。
「武吉殿にもこちらに来てもらいましょう」
「いや、駄目だ、あっちはあっちで重要なんだよ」
守隆も武吉の行き先を聞いていたが、それよりも船数を考えれば、こちらの方が重要じゃないかと思った。
「大砲の数も上回っている、速度もある。突破は可能だ。まして奴らは前後に大砲を向けれない。こちらは甲板に四つ前後に設置している。散弾や焼夷弾を撃てば相手も混乱するだろう」
「いや、しかし、安治殿や正綱殿の船を回してもらえば……」
「刻が足りん。幾ばくかは戻ってきているから、回してもらうように言えば良い。時期をずらした攻撃も出来るだろう」
「……」
「敵は待ってくれん。死中に活を求めるしかない」
「分かりました」
「で、貞隆には俺が混乱させた後、連中に砲撃を入れさせる」
「分かりました」
「先方は烏合の衆、ばらけたら面倒だが仕方ない。本命はスペインの船だ。各港に臨戦態勢を命じ、各砲台を準備させておけ」
各港には、高台や島に砲台が設定されており、襲撃の防衛の準備を整えていた。
「お前たちが攻撃し始めたら、損耗を嫌い倭寇や海賊は戦線を離脱して、各自が勝手に攻撃を仕掛ける可能性が高い」
「あり得ますね」
「そんな連中をいちいち追っていたら、戦力を分散してしまう。奴らの狙いは略奪だ。なら、港の防衛を密にして撃退すれば良い。国に所属しない連中は逃げるのを恥とは思わない、生きる事だけが重要なんだからな」
守隆は頷いた。
「奴らなら、スペインの船を俺たちにぶつけて、戦っている間に略奪して逃げる事を考えるだろうよ。こっちと戦う必要はない。戦うのはスペインの船にお任せってな」
守隆も倭寇や海賊の行動を考えて、苦笑をしながら同意した。
「確かに、漁夫の利を狙うでしょうな。スペインの為に戦ってもなんのうまみもないですからね」
「そうだ、そして、我々も本命はスペイン軍だ、倭寇や海賊は各港の防衛の連中に任せる」
各港や村々に警戒するように伝えるように五郎右衛門に命じ、五郎右衛門は部屋から出ていった。
「まあ、安治殿、正綱殿の船も修繕して動けるのは港の防衛に回ってもらえ、直ぐ動けるものはお前が指揮しろ」
「分かりました」




