第十一話 狭窄
※二千十六年二月三日、誤記を修正。
※二千十六年四月十三日、誤記を修正。
一人の武将が陣屋で、書状を書いていた。
「忍攻めを水攻めではなく、火攻め、力攻めにて、落城させ、場内の者たちは、全てなで斬りにて、完全な勝利です……以上、忍城を攻め落としましたと、これでよいか」
「いや、親父殿、まだ、忍城は落ちてないし、城攻めの最中だって、何書いてるんですか……」
「む、源次郎か、ちょっとした冗談ではないか、遊びだ、遊び、ったく、お前は、もう少し、余裕を持てないか」
「余裕って……そもそも、そんな報告書、どこに出すんですか、紙の無駄ですよ!」
「何を言っておる、此処には、忍城攻めのことについて、何一つ書いておらぬわ、呟きだけで判断するとは、未熟にもほどがあるわ。大坂にでも行っているのだから、遊びの一つでも覚えてこい!」
「な、何を言っているんだこの親父は!人質の立場で、遊びに行けるか!それに、鶴松様のお付きで、そんな余裕ないから!」
「ふん!お主が景勝殿の処に行っておった頃、散々、遊びに抜け出しておったくせに、よく言いおるわ」
「あ、あれは、兼続殿が、色々、便宜を図ってくれただけで!」
「ったく、この程度で、慌てるな、もっと、冷静に対応しろ。表面で慌てた素振りでも、心の中は冷静になれ、馬鹿者」
「……はぁ」
「しかし、お主で遊ばなければ、暇で仕方ないなぁ」
「暇で、遊ばれるなんて……」
昌幸はそう言いながら、大きな声で笑い声をあげた。その昌幸の表情を見ながら、信繁はため息をつく。
既に、三成から成田氏が籠城した際の水攻めの話を聞いており、配下の忍びに、周囲を探らせているところであり、それ以外、何もすることがなかった。
「……それよりも父上、風魔の件、どのようになりましたか」
「ああ、繋ぎは取れたが……」
「どうされましたか?」
「いや、案外、風魔の連中が、後北条に忠誠的でな、靡かぬわ」
「誠ですか?」
「そうだ。早雲庵宗瑞の教えというのは、今でも生きづいているようだ」
「どういうことですか」
「早雲庵宗瑞という人は、民百姓を、全ての領民を大切にしたようだな。まあ、何の縁のないものが、のこのこやってきて、支配できるほど、民百姓は甘くないから仕方なかったのかもしれんがな。大切にする中に、当然、風魔一族も入っているようでな、代々の当主や一門には、身分で差別せず、上下関係なく大切に扱うべしと、守らぬものは一門から除外すると、口頭で言い伝えているようだ。なので、後北条一門で、風魔一族を表立って見下すものはいないし、差別するようなものはいない。そういう見下した態度を取るのは、譜代のものたちや重臣、先方衆たちのようだ」
「そうなのですか……」
「このような状況となったが、先代の氏政も、上杉謙信に賞せられるほどの器だからな。風魔も見捨てることはしないかもしれんな」「では……」
昌幸の話を聞いて、沈んだ表情を見せた信繁に、苦笑する。
信繁としては、初めて受けた使命が果たせないと思い、気持ちが沈んだ状況になった。それに、寧々の殺害未遂の件もあり、鶴松周辺を陰から守る者たちの必要性も感じていた。現状いる忍びたちは秀吉の配下であり、秀吉の周辺の守りと、密命があり、鶴松まで手が回らない可能性が高い。現状、それなりの組織を持つ忍び達は、大抵、雇われており、それに近いものを下手に雇えば情報が漏れる恐れがある。まして、今から育てるとなると時間がかかる。昌幸配下の忍びに協力を仰ぐと、何をしでかすか分かったものではない。武田家に仕えていた時は、忠誠は揺るぎないものだったが、武田勝頼が昌幸の助言を退け、小山田信茂の助言を取り、自害した後は、何か吹っ切れたが如く、権謀謀略を駆使しだした。信繁は、信玄公に仕えていた頃の昌幸であれば、信用できるのにと、ため息をついた。
「だから、源次郎、早とちりするでないわ」
「しかし……」
「まあ、先ほどのため息は、何か違ったように思えたが……」
「……親父殿、何を言っているのか、わかりませんが?」
「ふぅ、よいわ。でな、先ほど、寝返らすことは無理だが、登用することはできるかもしれんぞ」
「それは……小田原が落城し、後北条が降ればですか?」
「そうだ、ただし……」
「ただし?」
「後北条一門の助命を願うかもしれんがな」
「助命ですか?しかし、そうなれば、風魔は、後北条との繋がりが切れないのでは?」
「まあ、そうなるやもしれんが、そこは殿下の判断だろう」
「所領の件を持ち出してもですか?」
「助命を優先させるのではないかな」
「……」
「どのみち、関東から一端、後北条一門は居なくなるだろう。箱根に風魔の一部が残っても、新しい新天地も必要になるだろうから、そこが交渉する余地ではないかな。もう少し、風魔の連中と話を煮詰めてみる」
「よろしくお願い致します」
「そういえば、この件の褒美の事、何か言ってなかったか?」
「相応の物を与えると言っておられました」
「ふむ……期待したいところだな」
「どういうことですか?」
「それはな、茶器など名物などで、茶を濁す可能性があるからな。できれば、領地を増やしてほしいところだが……まあ、よいか」
進軍してきた石田三成達に対して、忍城の城代、成田長親は、城主の娘甲斐姫の攻勢論にも屈することなく、定石通り、兵や周辺の民を城に入れ、城に立てこもった。甲斐姫は、士気を高める為、ひと当てしてから籠城すべきと話をしていたが、長親は、七倍以上ある兵力に対し、奇襲をかけて、小さな勝利を得たところで意味もなく、少なくない兵に犠牲が出ることを危惧して、攻勢論を却下した。
攻撃を進めた甲斐姫は、 外祖母の妙印尼を尊敬しており、金山城が後北条氏に攻められた際、撃退したことをあげ、自分自身も三成軍を破ると息巻いていた。
長親からしてみれば、妙印尼の時代と違うと言いたかった。ましてや、石田三成の軍勢は、豊臣軍の一部であり、小田原城を包囲しながら、万単位の軍を各地に派遣していると聞いている。それだけの軍勢を維持するだけの経済力は、後北条の経済力を比べるのが馬鹿馬鹿しくなるほどであり、兵站の規模も言うまでもない。本当であれば、籠城ではなく、早々に降伏したいのが本音である。武士の意地はあるが、その意地に、民百姓を巻き込みたくはない。長親は、そもそも武士に生まれた事が間違っていると思っている。百姓と共に田植えや稲刈りをする、野菜を作る楽しさ、百姓との酒盛りは、同僚の武士たちと話すよりも面白い。なのに、戦で、その百姓たちの田畑が荒れて、生活に困ることになるなぞ、怒りしかわかない。主君氏長の命令と、没した泰季の懇願により、籠城しているだけだ。
それに、日ごろ馬鹿にしている氏長であっても主君は主君。もし、戦わずに、降伏すれば、小田原で罪を問われ、処刑されるかもしれない。いや、それはそれでも良いと思わないでもないが、そもそも、成田家に武士の意地など語るだけのものがあるのだろうか。上杉に付き、織田に付き、後北条に付く、時々で、帰属を変える節操のなさで、意地もくそもないと思っている。
「長親!お主が、出陣を認めぬから、簡単に奴らは、城を囲んだではないか!」
「甲斐姫様、その事は、何度も説明いたしました」
「この臆病者!それでも武士か!」
「臆病者で結構です。無意味に死を強要する気はありませぬ」
「こ、この!」
甲斐姫が、腰の刀を抜こうとするが、長親の顔を見て、一気に怒りが醒めてしまった。諦めた表情をし、悲しみの眼を見て、甲斐姫は、何も言えなくなった。
「城代は、私です。全責任は、私が負います。甲斐姫様は、奥でお休みください。お主たち、頼むぞ」
長親に声をかけられ、甲斐姫付きの侍女が、奥に連れて行った。
その様子を見ながら深いため息をついた。決して、勝たぬ戦い、未来には負ける事しかないのに、籠城しなければならい苦しみを考え、長親は部屋を出て行く。
激しい足音と共に、鼻息荒い声が聞こえてきた。秀吉は、眉間にしわを寄せ、襖に顔を向ける。
「殿下!殿下!」
「五月蠅いぞ、市松!」
秀吉の声を聴いて、部屋に飛び込むように正則は入って来た。
「殿下!佐吉が大将とはどういうことですか!」
「市松!落ち着かぬか!殿下に無礼であろう!」
「虎之助!お主も怒っていたではないか!」
「バカ者!殿下に対して、俺と同じように相対してどうするのだ!落ち着け!」
「で、市松、何かようか?」
正則と清正が、言い合いをしているのを、秀吉は最初呆れ、次に、怒りが出てきた。その為に、正則に対しての質問の声が、酷薄な声色になり、雰囲気から何時もの明るさが亡くなり、秀吉の全身から威圧がにじみ出えていた。
その声と雰囲気にあてられ、二人は一瞬目を開き、背中に冷や汗を流しながら平伏し、ガタガタ震えていた。その冷やかに見つめながら、再度、秀吉は質問をする。
「何の用だ、市松」
「い、や、は……」
「何だ!言ってみよ!」
「も、申し訳ございません……」
「いい加減にせぬか、バカ者が!」
戦場でも声が通るほどの大声で知られた秀吉の怒鳴り声で、部屋は震え、気に留まっていた鳥が飛び立ち、歩いていた兵が驚いてひっくり返っていた。
正則の数回りも小さい秀吉が、自分の倍以上あるような威圧感を更に感じ、正則は顔を真っ青にする。清正も、弁明や正則を庇おうと声を出そうとするも、声がつまり出すことが出来ない。
怒り心頭の秀吉を抑えられるのは、母大政所、寧々、秀長の身内だけである。後、呼吸をよんで話を挟めるのは、如水、利家、まつ、利休しかいない。
子飼いのものたちは、秀吉が怒っている間は、身を固くして怒りが収まるまで待っていることが多い。
秀吉としては、三成、吉継、行長、正則、清正など、子どもの頃から可愛がってきたものたちで、鶴松を支え、豊臣家を盛り立てて欲しいにも関わらず、何時までたっても、正則は三成と張り合い、歩み寄りを見せない。仲良くなれとは言わないが、反目するのは、豊臣家を貶めようとする連中に隙を与えてしまうことを、何故、理解できないのか、可愛がっているだけに、怒りが込み上げてきた。
まして、小田原攻めでは、豊臣家臣団だけではなく、最近従った諸大名も多くおり、豊臣家の不和であり、揺らいでいるとみられる危険性も分かっていない正則の言動は、危険極まりなかった。
もし、正則ではなく、織田家の同僚だったら、理由をつけて、始末されているだろう。
「虎之助、お主も市松と同意見か」
「いえ、違います。市松を止められず、申し訳ございません」
清正は、正則同様、三成を嫌ってはいるが、秀吉への忠誠と、兵站などの有能さは認めていた。その為、三成が大将となり、忍城攻めを行っていることについても、忸怩たる思いはあっても、秀吉に苦情を言う気はまったくなく、正則を止めている間に一緒に来てしまった形だった。
「市松」
「は、はい」
大汗をかき、その汗が畳にしたたり落ちながら正則は返事をした。
「この度の忍城攻め、どのような意味があると考えておるか」
「……そ、それは……」
「答えてみよ」
「み、三成に武勲をたてさせるためと……」
「馬鹿者が!!!」
「ひっ……」
「そのような狭窄的な考えで、怒鳴り込んできたのか!」
「も、も、申しわ、わけ、ご、ございませぬ!」
「虎之助、お主は、どう思っている」
「はっ……理由は二つあるかと」
「二つと?」
「ひとつは、恐れながら市松と同じですが、佐吉に武勲をつけ、あやつの立場を強化するため」
「もうひとつは」
「豊臣家の力を、服従して間もない関東、奥州の者たちに見せつける為、戦の強さだけではなく、兵站力。経済力を見せつける為、忍城を圧倒的な力で押さえつけること。その為、我々よりも、兵站の運用にたけた佐吉を大将とし、紀之介をつけ、軍の差配に疎漏がないようにしているのではないかと」
「ふむ、では、お主でも良いのではないか」
「私は、佐吉ほど、緻密な計画を立てることはできませぬゆえ」
「不満はないと?」
「それは……私も大将となり、敵を粉砕したい気持ちはありますが、殿下がお決めになったことですので」
「……ふう、そうか……市松も、お主のように自制することが出来ればな」
「……」
「……」
「殿下、よろしいですかな」
「官兵衛か、入れ」
「では」
襖を開け、黒田孝高が部屋に足を引きずりながら、入ってきた。
孝高は、織田家の勢力が拡大していくと、主君小寺政職を説得し、織田家に属させる。しかし、別所長治が離反し、荒木村重が謀反を起こす際、政職も同調する。その際、村重を説得しようと単身有岡城に乗り込み土牢に閉じ込められてしまう。その際に、足が不自由になってしまった。
その後、救出されるが、政職が討伐され落ちのびていき滅びた後、織田家の家臣となり、秀吉に付けられる。その後、竹中重治と並び称され、秀吉に様々な検索を行い、天下への道の手助けを行う。しかし、その智謀に疑念を抱いた秀吉の言動や雰囲気に身の危険を感じ、家督を子長政に譲り、隠居を申し出るが許されず、家督相続のみ許され、相談役の立場で仕えることになる。
「どうなさいましたか」
「ふん、分かっておろうが」
「はて」
「ちっ、まったく、お前は……」
「まあ、冗談は、さておき、正則殿はいつまで経っても、成長がありませぬな」
「……」
「で、お主ならどうする?」
「ふむ、そですな……いっその事、三成殿の元に送ってみますか」
「何?」
「殿下、睨まないでくだされ」
「市松が佐吉をどう思っているか分かっておろう」
「そうですな。しかし、このままでは解決することはありますまい。正則殿が変わらない限り」
「っ……」
「それが分かっていながら、佐吉の元に送るのか」
「ええ」
「何ゆえか」
「正則殿が、今後、殿下の役に立つかの判断をする為です」
「……どうゆうことだ」
「三成殿の指揮の元、問題を起こさず、忍城を囲うことが出来れば、正則殿は、どなたの元でも殿下の指示通り動いてくれるでしょう。しかし、それが無理であれば、処遇を考えざるおえませぬ」
「なるほどの……市松」
「はっ」
「佐吉の指示に従えるか」
「そ、それは……」
「無理か、ならば仕方あるまい」
「い、いえ、従います。それが、殿下の命であれば!」
正則は、無理であると言えば、その場で、見捨てられるという恐怖を感じ、とっさに、三成に従うと言ってしまった。言ってしまった後、苦虫を噛み潰したような表情をする。
隣で平伏している清正は、出来ないことを返事すると、正則の胸の内を理解しつつ、こちらも苦虫を噛み潰したような表情をした。
その二人を見つめながら、秀吉は、黙考する。三成に任せた、忍城に正則を送った場合、問題が起きる可能性は非常に高い。しかし、正則自身が、変わるきっかけは必要であるとも考える。それが、どちらに向かうかは、分からないが。
「分かった。市松、忍城に行け。そして、佐吉の指揮下に入れ。分かっておると思うが、佐吉の指示には従え、従わねば……わかっておるな」
「はっ」
「殿下、私は……」
「虎之助、お主は、別に用を言いつける、しばらく待て」
「はっ」
「では、下がれ!」
「「はっ」」
正則と清正がそのまま退出していく。
その二人の姿を見送り、孝高に話しかける。
「お主、何を考えておる」
「何をとは?」
「市松が、佐吉の元に行けば、必ず、問題を起こすだろう。下手をすれば、忍城で、軍が分裂し、同士討ちが起きるやもしれぬ」
「殿下、思ってもおらぬことを言われぬように」
「いや、絶対に無いとは言えまい?」
「まあ、確かに、絶対にはありませぬが、今回の忍城攻めは、いわば、示威行為、どのような結果になっても問題ありますまい」
「それは、豊臣軍が分裂している印象を諸大名に見せてもか」
「今更、正則殿が、三成殿に張り合っていることなど、大抵の大名たちは知っておりますよ。関東や奥州の諸大名に知られたとて、早いか遅いかの違い。そのような状態でも、後北条という大大名を潰せることを見せつけることは出来ましょう」
「しかし、わしの死後、騒乱になる種をばら撒くことになると」
「騒乱の種は、どこにでもありますよ。反間の謀なぞ、どのようにでもするでしょう」
「お主ならどのような手でも使うだろうな」
「私以外にもおりますれば」
孝高の言葉を聞き、秀吉は頭を振る。
元亀天正を生き抜いた古豪は、今もいる。
その筆頭は、徳川家康だ。若いころは、実直な青年だったが、年を重ね苦労を重ねるうちに、手練手管を覚え、古狸に成長した。その配下には、謀を担う本多正信が居るが、軍略などを担う知将がない。本来、その役目を担っていた石川数正は、秀吉が引き抜いた。現在、その方面は、家康ひとりが担っている。しかし、勇将豪将は数多くおり、戦では決して油断することは出来ない。長久手の戦いで手ひどく敗れた記憶が残っている。家康なら、どのような謀略を進めてくるか、油断はできない。
前田利家は、天下を望む気概はない。配下に知将、勇将は居るが、天下への謀を巡らせるものが居ない。本人や妻のまつも天下を望んでいないだろう。柴田勝家を裏切った時に、天下への道は閉ざされたといって良い。
島津、毛利、上杉は、勢力が衰えたとはいえ、その底力は天下を望めなくても、味方にするかしないかで、は天下を左右するほど強兵を持つ大名もいる。それに、隙を与えれば、削った勢力を盛り返すぐらいの力があるから油断が出来ない。
奥州であれば、伊達の小僧も油断できんかもしれない。若輩者が、奥州の因果因習に絡まった地で、その絡みを叩き潰し、二百万石に当たる勢力を築き上げた力は、馬鹿には出来ない。もし、勝家との争いの時に、それだけの勢力を作り上げていれば、少し手こずったかもしれないが、今であれば、問題はないと考えれる。たとえ、後北条や家康とつながっていても、恐れることはない。今であればと、秀吉は考える。
「官兵衛、関東に入る気はないか」
「殿下の命であれば、お受けいたします」
「ふん、可愛げがないわ」
「既に、お考えがあっての事と……それに、大領を得れば、いらぬ誤解を招きますゆえ、不要でございます」
「今の所領に満足しておるまい」
「十二分でございます」
「……」
「謀をするものは、周囲から疎んじられますゆえ、これ以上は、不要でございます」
「ふぅ、分かった。この話は、またの機会だ。後北条への揺さぶりの話をしようか」
「はっ」
小田原城に籠城している者たちに調略をかけているが、実際に乗ってきているのは、笠原政尭のみだった。政尭は、一度、後北条を裏切り武田家に仕えたことのある武将で、家内でも信用を置かれていない。宿老松田憲秀の子である為に、一定の地位を守っているが、居心地が悪い状態であった。
政尭から、父憲秀と連名で内応の書状が来ているが、どうも憲秀の花押は、政尭が書いている気配がある。政尭の内応では、軽くみられると思ったのか、憲秀の名前を入れたのだろうと推測されるが、秀吉にとって、それはあまり重要なことではなかったが。
籠城している武将の中で、内応しようとしているものが居るということを、北条氏政達に教えれば、それだけで、疑心暗鬼になるはず。士気が下がってくれれば十分なのである。
調略についての孝高と打ち合わせをして、秀吉は部屋を出ていった。
「ごろごろぉ~、くるりぃ~ん、ごろごろぉ~、くるりぃ~ん」
「鶴松様……」
「……」
(なんか、寧々さんの症状の原因は、精神的な問題と、岩覚さんから聞いたお香だと思うんだけど、なんか変なんだよなぁ。確か、この後、秀長さんが病気、利休さんが切腹で死ぬけど、聞いてる範囲と時期を考えたら利休さんが怪しいけど。なんか、引っかかる。出来すぎてる感じ何だよなぁ。深読みしすぎてるのかもしれないけど、単純に利休さんていうのも……)
「宗矩さん」
「何でしょうか」
「寧々さんの使っていたお香って、誰が仕組んでいたと思う?」
「……私ではありません」
「分かってるよぉ~。だから、誰が怪しいと思うか聞きたいんだよ」
「……」
「ああ、言いにくい人か、んぅ~ん、その人の可能性あるけど、協力者が居ないんだよ」
「はい」
「利休さんが関わっていると岩覚さんから聞いたけど、どうも、しっくり来ないんだよ」
「話を聞く限り、もっとも怪しいと思いますが」
「そう、もっとも怪しいよね、怪しいけど、あからさますぎない?分かりやすくない?」
「確かに、鶴松様を殺めるなら、もっと、証拠の残りにくい方法を取るでしょう。ましてや、あの方は、堺で、乱世を生き抜いた方ですから」
「でしょう?あからさま接触はおかしいと思うんだよ……ねぇ、もう一度、寧々さんの周辺、洗い出してくれないかな。岩覚さんには話をしておくから」
鶴松の話を聞いて、宗矩は眉間にしわを寄せる。隣に居る、兵助、兼相も眉間にしわを寄せている。
その様子を不思議そうに鶴松は見る。
「みんなどうしたの?」
「いや、普通、自分が殺害されそうになった件で、手助けした人間に、相談や協力を言うのは……」
「兼相さん、宗矩さんは、僕に仕えてくれると約束したんだから、信用してるよ」
「鶴松様、裏切ることは、戦乱の世では当たり前の事、まして、一度、裏切っている者を信用するのは、どうかと」
「まあ、言いたい事は分かるけど。とりあえず、今の状況で、宗矩さんは裏切らないよ」
「なぜ、そのようなことを?」
「父上が生きている間は、裏切らないと思うよ。僕ではなく、父上が怖いだろうから」
「そうですか……」
「で、宗矩さん、お願いできるかな?」
「……分かりました」
(まずは、第一関門として、動くかなぁ~。三成さん、大丈夫かなぁ~)