第百七話 元武
遊弋しつつ、元吉はポルトガルの船を誘導しようとしていた。
ポルトガルの司令官も、誘っている事を理解しつつ、周囲への監視を綿密にするように、指示を出していた。
その為、ポルトガルの船団も一部が接近していけば、元吉も距離を取り、それを見て、ポルトガルの船も澳門に戻るように曳航する。
そうすると、元吉も進路を澳門に変えポルトガルの船を追う動きをすると、ポルトガルの船団の一部を迎撃に向かわせるという動きを繰り返していた。
「若、あちらさんは、こちらを見下していると聞いていたが、こりゃ、警戒してますな」
部下の言葉に、元吉は眉間にしわを寄せた。
「こちらを見下して攻撃してくるような、愚か者だと楽だったんだが……明や朝鮮とは違うな」
「そうですな、個々で素晴らしい能力を持つものが居ますが、あの国じゃ、無能か、袖の下で気分を変える奴が、指揮官になることが多いですからな」
「ああ、優れた武将が指揮した時は手ごわいが、蛮族と見下す奴が指揮官だと楽になる極端な連中だからな。南蛮の奴らも同じと思っていたが……」
「手ごわそうですな」
元吉は、ポルトガルの船をもっと、沖合に誘い出したかったが、無理だと考え始めていた。
澳門の沿岸に設置されている大筒などがあると報告が届いているので、近すぎても被害がでると考えた。
しかし、武吉なら、笑いながら大筒の球をかわしながら、笑いながら突入していきそうだと、ため息をついた。
まして、武吉が率いている早舟には、撃ち合いがながら、相手の船に乗り込んでいくことを嬉々として行う連中が多かった。
止める人間は誰一人いないだろうと、その為、被害が増えるのだろうと頭を抱えた。
「父上が、いい加減しびれを切らして、突入してくると思う」
「確かに」
そう言いながら、部下は大笑いした。
そういえば、こいつも武吉寄りの考え方だったと、苦笑した。
「突入が行われれば、こちらも併せて、突入するぞ」
「わかりやした」
そう部下は言いながら、にやりと笑った。
「獲物を捕ると、父が文句を言うだろうが、まあ、澳門に突入する駄賃で、沈めても知らんよ」
「そりゃ、そうですな」
また、部下はそれを聞いて笑った。
「突入後、2隻は、海に投げ出された者たちを救助する為に残し、2隻だけで突入する」
「陸地からの攻撃がありますが……何とか、なりますか!」
「大丈夫だろう、ただ、消火の準備だけは怠らないように、澳門の港に入った後には、忍びが合図の狼煙を上げるだろうから、そこに向かって、砲撃を行えば良い」
「わかりやした」
そう、部下は言って、他の船に手旗信号で指示を出した。
元々、戦いの方法を、書面で渡しており、どの計画で行くかを指示するだけだった。
指示を出し終えたころに、早舟が北東と南東から5隻編成で、ポルトガル船に向かっていくのが見えた。
「はぁ、父上が動く前に指示が出来て良かった、皆突入するぞ!」
「「「おう」」」
元吉の号令に部下は声をあげ、戦舟もポルトガル船団に向かって、速度を上げていった。
「この遠眼鏡は良いな、今までのより遠くが見れる」
武吉は、新しいおもちゃを手にしたように、はしゃいでいた。
「頭、このままじゃ、日が暮れますぜ」
「そうだなぁ」
明、朝鮮も日本を見下してくる。
そして、南蛮も。
今までの経験上、見下して、一撃で潰せると自信過剰で突撃してくると思っていたら、一向に元吉の船に近づこうとはしない。
一定の距離を持ちながら、警戒しつつ曳航している。
「これはあれか、横から攻撃されないように動いているな」
「まあ、相手も商人から情報を仕入れているでしょうからな。若の船の少なさに警戒してもおかしくはないでしょう」
「だよなぁ」
そう言って、武吉は頭をかいた。
「行くか」
「行きますか」
「よし!」
「よっしゃ!」
まるで、武吉の考えが分かるかのように、部下たちは動き出した。
動き出すと、10隻の船が、5隻ずつに分かれ、一方は北上し、一方は南下した。
「どちらが、どれだけ、喰えるか、競争だ!」
そう言いながら、北上して武吉は離れていく船に手を上げた。
日本の船の少なさと、動きから、誘導していると気が付いては居た。
部下の中には、あんなまがい物、一撃で潰せると具申して来たものもいるが、すべてを却下した。
船の数が予想より少なすぎる、まあ、猿共を恐れる気はないと、司令官は部下に言っている。
しかし、被害が出るのは確実で、無傷で勝てるような戦いにはならないと考えていた。
被害が出るのは良い、しかし、被害が大きければ、イスパニアとの交渉に支障がでるとも考えていた。
北東アジアの狭い海でしか戦っていない猿と、我々では練度が違うと自信を持っていた。
武装商船であれば、互角かもしれないが、我々ポルトガル軍なら粉砕できると思っている。
だが、誘い出されれば、どのような罠があるかもわからない。
猿知恵であっても油断してはならないと思っている。
「司令官」
「なんだ、このままでは、時間だけが過ぎますが」
「構わん、やつらが近づけば、澳門の陸上砲台から攻撃させればよい」
「それでは、陸上のもの達が調子づきますが」
「勝手にさせればよい、我々が居なければ、何もできないやつらだからな。逆らえば、船に載せぬし、故郷へも返さなければいい」
司令官の言葉に、不満げな表情を部下は浮かべた。
「それに、被害が出れば、イスパニアの連中との交渉にも支障をきたす。そして、奴らの領土に侵攻する際にも出遅れる可能性がある。武装商船の連中に敵をつり出しえ貰えれば、こちらもやりやすいし、商人どもにも恩が売れる」
そう言いながら、司令官は武吉の船団を見つめていた。
「司令!」
メインマストの上で、周囲を監視していた船員が叫んだ。
「どうした!」
部下が、大きな声で問いかけた。
「北東、南東から、それぞれこちらに進行してくる船があります!」
おびき出せなくなって、焦って攻撃してきたと司令官は考えた。
「船の数は!」
「双方とも、2隻以上あります」
「もっと、正確に!」
「……5隻、最大5隻と思われます!……それと、前方の船もこちらに進路を向けて、進んできています!」
その言葉に、14隻を相手にするのは、不利と司令官は判断した。
「船の大きさは!」
「ガレオンと同等規模と思われます!」
追加情報に、司令官は撤退を指示した。
「船の数を考えれば、こちらより砲門も多い!澳門の湾内に誘い込め!」
そう言いながら、各船に指示を出した。
しかし、その指示に反して、3隻の編成で動いていた船団が、東から進んでくる4隻の船に向かって、進路を取った。
「あいつら、何をしているのか!」
3隻を纏めている提督は、司令官には協力していたが、野心が高く、日本を侮っていた。
司令官も日本を侮っていたが、油断はしなかったが、提督は鼻で笑って、粉砕できると豪語していた。
「司令どうされますか」
「……かまわん、澳門に戻る」
「それでは、見捨てたと、後で批判が……」
部下に言われても、司令は指示を変えなかった。
「船の数は、こちらの倍だ。いくら劣っている国とは言え、船が貧弱とはいかないだろう。まして、やつのことだ、東の船団を潰して、南北どちらかも撃破出来ると甘く見積もっているんだろうが……」
「し、司令!」
「どうした!」
「南北から来る船の速度が異常です!」
「……分かった」
監視している船員は、ベテランが多く、見誤ることは無いと司令は思っている。
速度が速いという事は、東に居る船よりも早いという事だろうし、こちらよりも速いと目算しているかもしれない。
「時間が無い、進路を澳門へ!急げ!」
司令の激により、直下の4隻の船は澳門に進路を変えて、進んでいった。
「提督!」
「なんだ!」
「司令が澳門に戻っていきます」
「はん、あの臆病者が!」
提督とすれば、だらだら相手の出方を見ている司令官は弱腰だと、心の中で罵倒していた。
相手は、4隻、こちらは7隻、一気に攻撃して、粉砕して、敵が出てくれば、更に粉砕すれば良いと思っていた。
猿が作る船なぞ、模造品のおもちゃだろうと、鼻で笑っていた。
「かまわん、こちらが敵を仕留めれば、やつはお役御免だ!猿共の土地を奪えば、俺たちが優先的に略奪できる!猿共の船など、何百あろうが蟻のように踏みつぶすだけだ!」
「しかし、南北からも敵が」
「ふん、猿なんぞ、瞬殺できる、北か南か、どちらかを潰して、行けばいい」
「……」
提督の言葉に、不安げな気持ちを部下は抑えた。
「まずは、ちょろちょろするネズミを潰すぞ!」
「て、提督!」
高揚した気分を害された気がして、監視員の声を苛立たしく思った。
「なんだ!」
「北東の船団が、東の船団と同じ距離になっています!」
「なに!?」
「北東の船団の速さが、東の船団より、速いです!」
監視員の言葉に、怒鳴り声を上げた。
「そんなバカの事があるか!そんな速度がでる船を猿が作れるか!お前、さぼっていたな!」
「!?」
提督の言葉に、監視員は怒りの表情を浮かべた。
しかし、反論しても後が怖く、言い返さなかった。
「ちっ!速度を上げろ!」
「現状が、最大速です」
部下の言葉に、怒りがこみ上げ、部下を殴り飛ばした。
「無能が!何とかしろ!」
部下は、怒りの表情を押えながら、頭を下げた。
そうしているうちに、北東からの船が砲撃できる距離まで近づいて来た。
「ふん、奴らは船の戦い方を知らない、猿知恵か」
船は北東と東から来るため、北東はポルトガルの船の左側面から砲撃する事が可能だった。
「砲撃を加えろ!」
提督は即座に、砲撃する事を指示した。
北東から来るために、船首がなどの当てれる部分は少ないが、砲門の数を持って、被害を加えれると予想した。
指示により、砲門全てから砲撃か開始され、後続の2隻からも砲撃が行われた。
一度目は、全て、あたらず着水した。
「次は当てろ!」
初撃は、距離を測る意味もある為、提督は2射目を当てろと激を飛ばした。
しかし、船の速度が速く、砲弾は全て着水した。
北東の船は、西に船首を向けて、並列になる状態になったと同時に、砲撃を行った。
その後も、双方砲撃を続けたが、大半が当たることなく、着水した。
「なんとしても当てろ!」
提督は、指示を出しながら、東から来る船を見ていた。
このままでは、不利になると、思っていたら船が揺れた。
「どうした!」
「敵の砲弾が、船尾に命中しました!」
「なんだと!舵は利くのか!」
「はい!」
「ならいい!」
そう提督が返すと、船上で歓声があがった。
「どうした!」
「は!こちらの砲弾が、敵のメインマストに当たったようです。また、船首にも当たった模様です」
「そうか!」
ポルトガルの砲撃が、日本側の1隻のメインマストを折り、船に損傷を与え、1隻の船尾を破壊され、速度が落ちていた。
こちらは、船尾や船首、マストを損傷しているが、軽微で航行に支障はなかった。
被害が軽微とは言え、相手は無傷の船がある事を考えれば、楽観はできなかった。
「進路を南に、応急措置をしろ!」
東から来る船をかわすために、船首を南に向けるよう、提督は指示を出した。
そうしていると、北東から来た船が西から南に進路を変え、ポルトガルの右側に回り込もうとしていた。
被害を受けた2隻は進路を変えず、西に向かっていった。
「回り込む気か!」
監視員の報告に、提督はうなり声を上げた。
このままでは、左右から挟まれて攻撃されると、危機感を抱いた。
「進路を東にしろ!」
提督は、このまま、東に向かえば相手をするのは、当面3隻だけで、東から来る4隻がどう動くか次第だが、進路を変えてくるなら時間が掛かると考えた。
「まあ、そうなるか」
「なりますな、こちらの意図が分からなければ、挟まれると思いますからな」
「けど、あいつらは、砲撃で沈めるんじゃなく、船に乗り込む気の連中だから……」
元吉が部下と話していると、ポルトガルの船とすれ違う状況となった。
「砲撃開始!沈めろ!」
「え、あいつら愚痴りますよ」
「しらん!」
部下の言葉を却下して、元吉は指示を出した。
砲弾は当たっている、当たっているが、弾かれている。
そして、相手の砲弾は、こちらに当たって、被害が出ている。
その現状に、提督は絶叫した。
「な、何故だ!あいつらの船はなんだ!」
何発も砲弾を受けても、相手に損傷が与えれていない。
現実を受け入れる事が、提督にはできなかった。
「て、提督!?」
唖然としていたら、船が激しく揺れた。
「どうした!」
「み、南に回り込んだ敵船が、ぶつかってきました!」
船の揺れと、部下の言葉に、正気に戻った提督が指示を出す。
「敵は、もう砲撃は出来ない!奴らは乗り込んでくるぞ!」
「司令の言葉に、船内にいた者も含めて、サーベルなどを手に持って、船上に上がってきた」
「鉄砲は間に合わんか!迎撃しろ!」
その言葉に合わせるかのように、船が早舟に固定され、板が渡され敵が乗り込んで来た。
他の船も同様な状態になっていた。
幸いなことに、東から来た船は、そのまま西に向かっていった事に、提督は安堵した。
提督の心の中には、切り合いになれば、小柄な猿共など切り伏せれると、まだ、この時点では自信を持っていた。
「坊、危険ですぜ」
「……行くぞ」
ポルトガル船に横付けして、早舟から兵たちが次々と乗り込んでいった。
板をどけようとするポルトガルの兵に、弓を撃ちこみながら邪魔をする。
幾人かが、海に落ちているが、後続は気にすることなく乗り込んでいく。
海に落ちたもの達も、動けるものはかぎ爪のようなものを取り出して、ポルトガル船をよじ登った。
ポルトガル船からも、弓が撃ち込まれているが、元武はそれを避け、時には切り落としてポルトガル船の船上に降り立った。
ポルトガルの兵は、サーベルなどで、乗り込んで来た斬りつけたたが、難なくかわされ、逆に斬られるものが多かった。
「……」
元武は船上でポルトガルの兵をいなしながら、周囲を観察した。
「坊」
配下の者の声に反応せず、注意深く、敵の頭を探していた。
すると、大きな声で兵を叱咤し、指揮しながら、手に持った変わった槍で味方の兵をたおしているものを見つけた。
見つけたと同時に、そのものめがけて元武は走り出した。
それの後は、配下の者たちが、遅れずに付き従い、進行を邪魔するもの達を斬り防いだ。
「その首もらい受ける」
そう、元武がぼそりと言うと、敵の頭と思われる男に斬りつけた。
しかし、その者もこちらの動きを見て、変わった槍で刀を受け止め、はじき返した。
「小僧が!」
「ふっ」
敵が叫ぶが、元武は唇の端を上げて笑い、更に斬りつけた。
槍の間合いになれば、不利と悟り、元武は距離をあけないように斬りつけた。
間合いが不利と悟り、敵も離れようとするが、離れれないことに苛立ちを見せていた。
「ええい!こいつを討ち取れ!」
そう周囲に叫び、助けを求めるが、元武の配下が近づけないように防いでいた。
なんどか、槍で防ぐも打開できないと感じたのか、刀を柄で受け止めた時に、力を込め元武を押し込んで来た。
力では敵の方に分がある為、元武は押されて体制を崩した。
それを勝機と見て、槍を振り被って、元武めがけて振り落としたが、元武はそのまま、後ろに転がり避けた。
同時に、足に力を込めて、跳ね上がるように低い体勢で、敵に向かって飛び込んだ。
その動きに、驚きながらも反撃を行おうとするも、元武は槍先を刀の柄で横に弾きながら、剣先を相手の喉元に突き出した。
かろうじて敵は、身体をよじってかわすも、右の肩に刀が突き刺さり、激痛を感じ体制を崩した。
刀が深く刺さりすぎて、抜けなかった為、元武は敵の側頭部に蹴りを入れて、相手を昏倒させた。
周囲のポルトガルの兵はそれを見て、幾人かは、斬り合いをしていたが、大半は武器を捨てて、降伏を言い出した。
「坊、無茶をしないでくだせぇ」
「祖父に、その言葉を言えるか」
「ありゃ、狂っているから言っても無駄ですぜ、若も坊にはそうなってほしくはないようですがね」
「……」
「はぁ、しかし、言葉は学んでおくべきでしたわ……坊はわってますな」
「……分からない」
「いや、これから、捕虜と話をしないと駄目でしょ」
「それは任せる」
そう言いながら、元武は周囲の武装解除を命じながら、尋問も行うように指示を出した。
その後ろ姿を見ながら、家臣は、武吉よりたちが悪いかもしれないと感じ、大きなため息をついた。




