第百七話 元吉
澳門には、ポルトガルの軍船と武装商船集まっていた。
ポルトガルの司令官は、明の役人と交渉して、物資を軍船と徴発した武装商船に積み込んでいた。
ポルトガル商人たちは、抵抗したが、高山国や日本における権益を与える事を約束して、協力させた。
部下の中には、日本を軽視し、軍船の少なく、愚かな蛮族に敗れるはずはないと楽観視していた。
司令官も勝てると思ってはいたが、被害は最小限に抑えるべきだと考えており、武装商船を徴発した。
スペインや明との協調ではあるが、権益は得なければいけない。
朝鮮に関しては、明の服属国として司令官は考えており、考慮していなかった。
被害が少なければ、高山国を押え、琉球も先に抑える事ができると目算していた。
「心配性ですね」
「ふん、油断する事は出来ないし、スペインや明においしい所を奪われる事はできない」
「ははは、確かにそうですな。明は金を渡せば、なんとでもなりますが、スペインの連中だけには負けれませんね」
部下の言葉に、司令官は頷いた。
所有しているガレオンは、当初10隻ほどあったが、老朽化や事故などにより、7隻に減っていた。
マラッカから船は送られてくるはずだったが、今回は間に合わなかった。
その為、武装商船を補填として編入し、19隻になっていた。
今回の戦いで負けたり、被害が大きくなれば、澳門に進出を画策しているオランダが動く可能性があると思っていた。
だからこそ、完勝で被害を押えなければならなかった。
「出航の準備を急がせろ」
「わかりました」
日本に、先手を打つために、司令官は出航を急がせた。
「頭!」
「なんだ!」
「澳門に潜っていた忍びがきやしたぜ!」
「おう、此処に呼べ!」
武吉は、戦舟4隻、早舟10隻、ガレオン6隻、ナオ8隻を率いて、澳門の近くに停泊し、旗艦を早舟にしていた。
周りは、旗艦は戦舟にすべきと言ったが、武吉は早舟に乗り込んだ。
元吉を戦舟に載せ、早舟以外の船の指揮を任せた。
小舟が、早舟に横付け、縄を伝って甲板に忍びが上がってきた。
「いちいち、頭を下げなくていい、どういう状態だ」
忍びが膝をついて、頭を下げようとするのを止めさせた。
「南蛮のもの達は、商人の船を徴発し、物資の積み込みを急いでおります」
「そうか……どれぐらいの船が集まっている」
「戦舟が7隻、商人の船が12隻です」
「船の数では、こちらが上回っているが、しかし、外洋での戦いでは、あちらが慣れているか……」
武吉は、顎を撫でながら考える。
「商人どもは、積極的か」
「権益などを約束するという事で、積極的ではあると思います。また、南蛮のもの達は、こちらを見下しているので簡単に勝てると思っているようです」
「商人どもが、こちらの情報を知らないはずはないと思うが、何処まで楽観視しているのか」
「はい、こちらの情報を誇大すぎるとして、信じてはいないようです」
「ふん、それはそれで好都合だが……」
思案した後、武吉は指示を出した。
「すまんが、再度、潜入してくれ。勝ったのちに、澳門に攻め入る際に抑えるべき場所を指示してくれ」
「分かりました」
そう言って、忍びは、小舟に戻っていった。
「元吉を呼べ」
武吉の呼び出しに応じて、元吉は早舟にやってきた。
「父上」
「おう来たか」
「何かありましたか」
「やつらが出航の準備を急いでいる様だぞ」
「ほう、では、数日後に来ますか」
「そうだな、2、3日後ぐらいか」
忍びから聞いたことを説明した。
「お前は、戦舟を率いて、奴らをおびき出せ」
「戦舟だけですか、船数はこちらが勝っていますが」
「まあ、そうだがな……」
武吉の言葉に、また、悪い癖が出てきた気が元吉はした。
「まさか、乗り込みたいとか思ってませんか」
元吉の言葉に、武吉はにやりと笑った。
それを見て、元吉は大きなため息をついた。
「そこまで危険を冒す必要がありますか」
「ほら、そこよ、もう、わしも無理はできないだろう、今後」
「ええ、でも、嘉隆殿と共に、旅に出るとか言ってませんでしたか。ここで怪我や命を落としては、出来なくなりますよ」
「ま、そこはそれで仕方ない」
「はぁ、で、どうしたいんですか」
「ああ、ガレオンとナオは、3隻と4隻で組ませて、景親と通総に任せろ。澳門の北と南の陸地の陰に潜ませておけ」
「それで、私が戦舟を率いて、敵をおびき出すんですね」
「索敵したら、狼煙を打ち上げろ」
「それで」
「俺が早舟を率いて、敵の船に切り込む」
「船数が足りませんよ」
「敵の戦舟だけを狙う。敵の船にぶつけたら敵も砲撃は無理だろう」
「……船数も多いし、砲撃で沈めれば良いじゃないですか」
「浪漫が分かってないなぁ、相変わらず」
武吉の言葉に、肩を落とし、大きなため息をついた。
「何を馬鹿な事を、それで被害が出たら意味がないじゃないですか。殿下も許さないと思いますよ」
「……大丈夫だ!」
「いや、何をどうしたら……」
「それに、早舟に載っている連中は、俺と同じ考えのやつらばっかりだ。これを期に、前線での戦いは終わりと思っているんだよ」
その言葉に、元吉は、絶対嘘だ。
そんな奴らは、いざ、戦になれば、嬉々として前線に出ていくに決まってる。
信用できないと元吉は思った。
「なんだよ」
疑いのまなざしで見ている元吉に、武吉は不満げに言った。
元吉は顔を左右に振り、ため息を一つ付いた。
「好きにしてください」
「ふん」
武吉は元吉の言葉に不満の表情を浮かべた。
「それで、どうします」
「……まあいい、俺たちが突撃した後、商人の船や逃げ出した船を、南北に潜ました船で殲滅しろ」
「分かりました。私はうち漏らした船を潰せば良いですね」
「ああ、もし、他で対応出来そうなら、澳門を落とせ」
「分かりました」
「忍びが攻める所を示してくれるだろうから、奪えるものだけ奪え」
「分かりました」
打ち合わせをしたのち、元吉は戦舟に戻ると同時に、他の船にも指示を出した。
武吉は、所定の位置に移動していく船を見送りながら、口元が吊り上がっていた。
「さあ、大戦はこの度で仕舞だ。村上水軍ここにありと、示してやろうか」
「あれは?」
沿岸を監視していたポルトガルの兵士が、元吉の船影を見つけて、司令官に伝えた。
「敵だ、猿共が来たぞ!」
報告を聞いた司令官は、直ちに船を順次出航させるように指示を出した。
「で、敵の船の数は」
「はっ、確認できたものは四隻です。後衛に船影は見えず、周囲にもそれらしきものはありません」
司令官は、眉を顰めた。
商人たちの情報では、日本の船は八十隻はあると聞いていた。
それは、あまりにも多すぎると思い、大げさに倍に膨らませ、恩賞を吹っ掛ける為だと思っていた。
その為、大体半分ぐらいと目算をたてた。
明やスペインへの対応を考えると、十隻以上、二十隻はないと見積もっていたので、四隻との報告に疑問に思った。
日本の力を過大に考えていたかと、司令官は首を傾げた。
いや、最低でも十隻以上はあるはずと、考え直した。
「出航して、武装商船は周囲へ哨戒するように伝えろ。我々は、その四隻の船を囲んで沈めるぞ」
「司令、船の数を考えれば、拿捕すれば、相手の技術を盗めるのでは」
部下の言葉に、顔をふった。
「私も考えた。だが、まだ相手は船を隠している可能性がある。戦い始めて、横から攻撃されたらまずい。こちらが勝つだろうが、被害は抑えなければならい。船を拿捕せずとも、領土を押えればおのずと技術も手に入る。あまり欲張れば、身を亡ぼすだろう」
「はっ、出過ぎたまねをしてすみません」
部下は謝罪をして、頭を下げた。
「ああ、意見は言ってくれ、しかし、猿共とはいえ、油断する気はない」
そう言いながら、司令官は船に乗り込む為に、部屋を出た。
「若、敵さんが動きやしたぜ」
「そうか、こちらは、相手を見ながら遊弋するぞ!」
「へい!」
元吉は、澳門から出港してくる船を遠眼鏡で見ていた。
報告にあったように、二十隻ほどの船が動き出していたが、動きは鈍いように見えた。
「敵は、鈍いな」
「へい、まあ、敵の戦舟は統一した動きのようですが」
「商人の船は、そこまで連携取れていないのか」
「いえ、商人の船の単位で動いているようですな」
「ああ、そこは連携出来ないか。個々の商人と、軍とでは、調練しなければ連携は難しいか」
「でも、その分、個々の単位での動きと連携は取れているかもしれませんな」
「油断できんな」
そう言いながら、敵の船の動きを見続けていた。
数刻後、大部分の船は出航して来た。
「ありゃ、まとめてこちらに来ませんな」
「こちらの船数を考えれば、全船出してくるとは思わなかったが……」
「そのまま、高山国へ攻める気か、それとも、こちらの戦力を見積もっているのか」
その後しばらくして、ポルトガルの船が数隻、元吉の方に向かってきた。
「四隻と三隻の編成か……あれは、ポルトガル軍の船だな」
「雰囲気が違いますな」
「ああ、商人の船は、何処か海賊の雰囲気があるからな。奴らは周辺を哨戒するようだな」
「へい」
「なら、軍の船をおびき寄せる事に注力できる。敵は二列縦隊だ、では、行くぞ!」
元吉の言葉に、船員たちの動きがあわただしくなり、船の帆に風を集め、速度を上げていった。
船は、ポルトガルの船の縦二列に並んで進んでくる間を抜けるように、船を進めていった。




