第百三話 朝廷
秀永は、高槻での戦後処理を行い京へと戻ってきた。
高槻に、秀範と氏直をしばらく置いて、周辺の治安回復と、荒れた土地の復興を命じていた。
家康と正則を従えて、入京後、率いた兵を解散させ、休息を取らせた。
入京した次の日に、家康、吉継らと共に帝へ乱の経過の報告を行った。
その夜、近衛邸に秀永は岩覚と利益を伴い訪問した。
「ようこそ来られた太閤」
屋敷に入り、前久の言葉をかけられた。
「こちらこそ、ご助力ありがとうございました。この度の京での騒ぎが大きくならなかったのも、ひとえに前久殿のお力添えがあっての事、深く感謝いたします」
そう言いながら秀永は頭を下げた。
「いやいや、太閤、頭をお上げ下され。これも京を戦火にさらさず、帝の事を思えばこそ。また、豊臣が敗れれば、この国がまた乱世に戻るやもしれぬ。手伝うのは当たり前のこと」
前久の言葉に、秀永は頭を上げた。
「しかし、被害も多少あったようだが」
「はい、賊の動きを防げたのですが、火を放たれた場所で、延焼が少しでたようで、焼け落ちた部分と周辺を取り壊し、新しく立て直す予定です。それに合わせて、前久殿の屋敷を含め、公卿の方々の屋敷も併せて修繕させて頂きます」
「それは良き事」
「御所で必要な事があれば、申し出て頂ければ対応させて頂きます。また、仙洞御所も要望の通り、土地の整備後、建てる予定です」「長年行われてこなかった、譲位も行えそうで良かった。そういえば、前御所の跡地の建てた建物は何に使うつもりか」
「あれは、外の国の使者の謁見の場に使おうかと」
秀永の言葉に、前久は扇を口に当てながら思案した。
「使者が来るならば、御所で謁見を行えば良いのでは」
「確かにそうなのですが、何が起きるか分かりませぬゆえ、帝の御身を考えれば、まずは、我々が相対して、問題がなければ帝に拝謁するという手順にしようかと。話し合いが不調に終わること。また、不遜な態度の使者を帝に合わせるなど不敬極まりないと考えました」
「ふむ」
秀永の言葉に、前久も頷きつつも、足利義満のように朝廷をないがしろにするのではないかと危惧した。
不信を感じたと前久から感じ、秀永は言葉をつないだ。
「先に使者と会うのは、我々だけではなく、公卿の皆様にも同席して頂く予定です」
「なるほどなるほど」
秀永と、豊臣の者たちと一緒に会うという事は、公卿の立場は配慮されていると前久は頷いた。
勝手に豊臣によって決められる、交渉内容を隠される事も、一応はないと考えた。
「使者に関しては、肥前に出島を設けて、検閲を行おうと考えております」
「出島、検閲とは」
「外の国から来るものは、悪しき病を持ち込む恐れがあります」
「それは……」
「外の国では色々な者たちが同じ土地で済む為、色々な土地の病が持ち込まれいます。祖の為、日本国内で存在しない病も多くありますので、一度、出島で留めて、病気がないか、病気を持ち込む生き物を載せていないか、確認する事が検閲となります」
「ふむ」
「かつて、この日本でも疱瘡が持ち込まれて、流行して多くの者たちの命を奪ったと聞いています」
「確かに、その通りだ」
「天然痘予防のための対応を模しておりますが、それ以外にも病は存在しているため、出島で感染がないか医師を常駐させ、しばらく留め置く予定です」
「医師とはお主が進めている古今東西の医を治めたもの達だな。金瘡医から名称を変えたとか」
「はい、それ以外にも医師の補助をするものなども同行させます。ただ、出島によらずに直接来るもの達もいると考えていますので、各港で同じように検閲を行う体制を進めていきます。そこで問題なしという判断がでなければ、入国させず帰させる予定です。大規模には出島、博多、堺、大坂、十三湊あたりを考えています」
「確かに流行り病を外の国から入ってこられれば困るの」
「そうです。後、医師を育て、各地に配置していくことも考えております」
「半家や公卿や公家の中にも生活が苦しく、次男以下居場所のない者たちの中にも興味を示している者がいる」
「希望があれば受け入れますが、医師となのるには、試験も実技もありますので、必ずなれるとは限りませんが」
「補助の仕事でもよいと言っている者も多い」
「分かりました。医師はいくらいても良いので、やる気のある方、問題のない方は受け入れます」
「よろしく頼む」
半家も公家も公卿も武士と同じで、次男以下や親族について悩んでいた。
子が増え、跡取りとならないなら出家させたりしていた。
朝廷の存在意義が揺らぎ、国内が安定し、収入は安定し豊臣が今までの武家政権よりも近い事もあり、皆期待した。
しかし、秀吉はその事に対する政策は、小判などをばら撒く事はしたが、生活が其処まで豊かになることは無かった為、落胆したものも多かった。
また、自らの地位や血筋に拘り、他の職種へ行くものも少なく、厳しい生活の糊代を山や川で採取しながら過ごしていた。
秀永は秀吉の後を継いだ後、武士や半家や公家の次男以下の者たちを、日本の外へ行くなら支援するとして、語学や医学などの教育を行う機関を設立してた。
やる気のある者たちや今の生活から抜け出したいと思っている者たちは、その機関にこぞって入っていき、語学や技能を身に付け、武官、文官として諸大名や豊臣家の配下として活躍していくことになった。
また、民や流民からも人を集め、教育を行った。
医療、陶器、鍛冶、土木、造船、食品加工など、一部の者たちに秘匿されていた、一子相伝ともいえる技術や知識を教える機関もどうように設立させた。
当然、反発も大きく、不満が爆発させ一揆や暴動に発展した事もあったが、それを鎮圧し、不満を持ったものは日本の外へ送り出していった。
協力的な者たちは、機関の教官として雇い入れ、豊臣家臣として給金を与えた。
そこで育ったもの達が、各地へ技術や知識を伝えて、各地を豊かにしていった。
問題はまだまだあったが、京であぶれていたもの達も減ることにより、治安も良くなっていった。
当初分けていた武士、半家・公家の機関と、民や流民の機関も交流させながら、ゆくゆくは合併させようと秀永は考えていた。
「これから世も変わろう。働ける場所があるならば、今まで出家しかなかった選択も、増えていくことになろう」
「はい」
「かつてのように、各地に我らが出向くことも多くなろう」
「他国との儀礼は、朝廷にお任せする事もあるかもしれません」
「ただ、政はそちらが担うと」
「そうです。そうしなければ、主導権争いで揉める事になり、この国の為になりませぬゆえ」
「……致し方あるまいが、さて、他の者がなっとくするか」
「納得して頂かねばなりません。また、皆様方にも我々と手を取り合って、この国の為に働いて頂ければと思います。その為、こちらでも役職を用意して、責務を果たしていただければと思います」
秀永の言葉に、前久はため息を深くついた。
「豊臣は関白になれど、やはり武家か。朝廷の枠の中では無理かな」
「難しき事かと。それを行えば、建武の御代と同じことが起こりえますゆえ」
前久は眉を顰めた。
得宗家を倒し、鎌倉から政治主導権を取り戻した後醍醐天皇は、北朝の皇統である為、賛同する事は出来ないが、公家・公卿の中には、朝廷の権威を取り戻した天皇として評価する声も大きい。
その後の戦乱の荒廃により、失墜した権威と比較して、過去の栄光として見る者もいた。
ただ、功無くして権門に立ち、官位も独占し、見下した公家・公卿、そして、武士の不満を理解する事が出来なかった後醍醐天皇の朝廷の運営の失敗によって、朝廷の復興は直ぐに終焉を迎える事になった。
それを踏まえ、現状朝廷を主として行えば、またぞろ、帝はそう思わずとも、公家・公卿が我が物顔になり、武士を見下し不満が溜まる恐れがあると秀永は言った。
前久としても、その話は理解しているが、朝廷が豊臣のいち省になるのではないかと危惧をしていた。
「国が変わるならば、制度も替える必要があります。かつての仕組みは過去のものであり、これからは外の国とも争う事も考えれば、体制は変えていくものと思います」
「分かってはいるが、我らも未知のこと、恐怖もあろう」
「ええ、ですので、ゆるりと変化させながら、統合していければと思っております。もう、武士、公家・公卿、民と分けるのではなく、ひとつになって行かねば、外の国と戦う事は不可能です」
「ならば、諸大名の領地も何れは」
「それも視野には入れておりますが、急な変革は難しい為、徐々に変えていく予定です」
「知れば、騒ぐものもいるだろう」
「確かに居るでしょう。その者たちは時代に取り残された者ゆえ、消えていくことになるかと思います」
「ふぅ、そうか、そうよな」
「帝は、我が国の象徴で普遍的なものでありますが、政は変えていくべきかと」
前久に対して、秀永は帝の立場を守ると言う言葉を伝える。しかし、それ以外の者たちは変わるべきと。
若いころに越後や関東に足を延ばし、世を見て来た前久にとって、外の国は分からないが、それでも考えれる材料はあった。
地球儀などを見て、信じられはしないが、だが、事実だろうと思っている世界の広さ。
明と言う、唐の国の広さを見れば、小さき日本内で争っている場合でないことも。ただ、ただ、己の立場がなくなる恐怖もあった。
「公卿の皆様にもしかるべき地位について頂き、責務を負ってこの国を支えて欲しいと思っております」
苦笑を浮かべながら、前久は秀永の顔を見た。
「分かっておる。お主の配慮もな、ただ、未知の恐怖だけはぬぐい切れぬ」
秀永はその言葉に頭を下げた。
「まあ、この話は、今後も行う事になろう……話は変わるが、生きておったのか」
前久の言葉に、今度は秀永が苦笑を浮かべた。
「お会いになられたので」
「うむ、ふらっとな。迷い出たのかと思って、腰が抜けたわ。あの者の悪戯好きにも困ったものだ」
「申し訳ございません」
「いや、久方ぶりの友にあった気がしたよ。憑き物が取れたように、昔のようなひょうきんさでな。ただ後ろの寧々殿は大変そうだが」
そう言いながら、前久は大きな声で笑った。
「お二方とも、重責から離れた為か、幾ばくか若返っております」
「そのようだ。だが、女好きは相変わらずとか」
「ほんと、困った事に、そちらも若返ったようで」
秀永はため息をついた。
「これは、弟御や妹御が出来るかな」
「さて、手を付けているという話は聞きませんが……それは、それで良いかと」
「その前に、貴殿が子をもうけねばな」
「はてさて、それは……」
前久の言葉に、秀永はまた苦笑を浮かべた。
「祝言はいつ上げるのかな」
「この度の事が落ち着いた後、後は外の国の船団との決着がつけば、しばし、落ち着くはずなので」
「そうか、それは楽しみにしておるぞ。あの者は参加するのか」
「そのようです。そこで、皆を驚かすと、楽しみにしているようで……困ったものです」
そう言いながら、秀永は微笑んだ。
「良い良い、どうもあの者は、日本を治めだしてから、おかしくなって負ったからな、それぐらいが丁度良い……おっと、これは内緒でな」
「はい」
そう言いながら二人は顔を見合わせ、笑いあった。
「くそ、このままで終わるものか、手の者はまだ来ないのか!無能な連中め!」
忠興は捕まえられ、地下牢に閉じ込められていた。
細川家の館は既に抑えられ、配下のものも大半は捕縛されていた。
また、本拠地の宮津城も、最上、伊達、シビル・ハンの軍勢によって押さえられており、脱獄させるための者たちは既にいないのだが、忠興は知らなかった。
また、家臣は捕まったなら、助けに来るのは当たり前と思っており、来ないことに不満をぶちまけていた。
「もし、打ち首に奴らがするのなら、全ての事をばらしてくれるわ。そうすれば、豊臣の威信は落としてくれるわ。淀の不貞が疑われれば、秀永も秀吉の子ではないと思われよう。さすれば、家臣たちの忠誠が下がり、諸大名も蠢く事になるだろう!」
忠興はそう叫んだ。
「ん?」
人の気配がして、振り返ると同時にのどに刀が突き立てれた。
「がはっ」
血を吐きながら、忠興はその場に倒れこんだ。
「許しを得たとはいえ、やはり致し方ないか。要らぬことを考えなければ、武士としての死を迎えられたものを。育て方を間違ったのやもしれぬな……」




