第百一話 軽率
「頭、細川の使いの者が来やしたぜ」
うらぶれたもの達が集まっている家屋の中に、部下の一人が入ってきた。
「あん、なんだって」
頭と呼ばれたものは、あの傲慢な奴の家臣が、この家屋の中まで入ってくるとは思っておらず、どうせ、傲慢な態度で何か言って来たんだろうと考えてた。
「へい、行動を起こせといってやした」
「ふん」
案の定、それだけを言って、帰っていったようだと感じ、鼻で笑った。
「どうしやす」
その言葉に、周囲で座ったり寝ていたもの達が、頭に顔を向けた。
頭は顎に手を当てて、なでながら考えた。
「逃げるか」
「……え?」
その頭の言葉に、周囲に居たものは、驚いて頭の顔を凝視した。
その雰囲気に苦笑しながら頭は言った。
「嫌な予感がする」
その言葉に、補佐の立場に居るものが、目を細んて頭に問うた。
「いつものやつですか」
頭は頷いた。
「なら、とっとと、逃げましょう」
その言葉に、最近、仲間になったもの達が、嫌な表情を浮かべた。
「なんだ、怖気ついたのか」
そういって、小馬鹿にした言葉を発した。
それに同調したものも半数ほどいた。
豊臣家の警備の強化により、盗賊などの締め付けが厳しくなり、人数が減ったところに、新しいあぶれ者を受け入れた結果、この集団の半数ほどが新入りになっていた。
「ふん、なら、お前たちは勝手にすればいい」
「ほう、残りの金は俺たちが貰っても良いんですね」
そう言って、反抗的な者たちに主犯格が嫌らしい表情を浮かべた。
「かまわんよ、前金は前に分けた分で終わりだ。成功報酬は、お前たちが貰えば良い」
主犯格の者は、にやけた表情を浮かべた。
忠興の依頼は、豊臣の場所に火をかけるだけ、場合によっては民家や商家に押し入って、強奪してもいいと言う話をしていた。
それも、忠興の使いの者は言っていなかったが、横のつながりや噂で、同じ境遇の者たちも話を持ち掛けられている事を皆知っている。
そこから、複数の番所に対して同じような事を起こすと考えられていたので、追討の人数もばらけて、逃げ切れると皆考えた。
だからこそ、簡単で楽に稼げると思っていた。
「頭が其処まで臆病と思わなかったぞ」
主犯格の男の言葉に、古参の者たちは不穏な空気を出していたが、頭は、鼻で笑った。
「くだらん挑発だな。まあ、好きにしろ。ここはお前にくれてやる。こいつに付きたい奴は好きにしろ」
そう言って、刀を手に取り頭は立ち上がり、家屋から出て行った。
家屋の中では、頭を馬鹿にするような言葉と、笑い声が漏れていた。
頭についてきたのは古参を合わせた三分の一程度だった。
「頭、良いですか」
「かまわん、俺に不満を持っている奴もいたからな」
豊臣からの追手から、逃げるように荒らしまわっており、実入りは多くなかったため、もっと派手に行きたい連中には不評であった。
「まあ、頭の勘で助かった事がない連中には分かりませんな」
「これぐらいが、小回りが利いて丁度良い、無駄な連中を省く手間が省けた」
そう言いながら、頭と従ったものは闇に紛れて、京から出て行った。
「小頭」
「どうした」
「賊の一部が仲たがいして、京から出て行ったようです」
「ほう、なかなかの勘があるものがいるな」
「佐久間盛政に連なるものと」
「遺児たちの所在は確認しているが」
「最後まで付き従った者で、逃れたものという事です」
「どこかに仕えなかったのか、それとも豊臣が許せなかったのか。まあいい、分かった、気取られぬように、監視を続けよ。残ったものは、行動を起こすという事だな」
「はっ」
「では、手筈通り吉継様に」
「では」
そう言いながら、配下の忍びはその場を離れた。
使いに出てきた家臣たちが戻ってきたことを確認した忠興は、声をかけた。
「どうだ」
「はっ、問題なく」
その返答に、やはり下賤の者は、銭と取り立てると言えば、うまく踊ってくれる。
愚か者は使いやすいと、忠興は心の中であざけわらっていた。
あのような愚か者たちを、取り立てるわけがない。
細川家の家臣にあのような輩はいらぬ。
「では、奴らが行動を起こしたと同時に、我々も動くぞ。ぬかるなよ」
「「はっ」」
そう言って、忠興は、京の町を見た。
その先で、火の手が上がるのを今かと待ち遠しい。
忍びの者により、忠興の動きを知らされ、手筈通りに行くか、吉継は考えた。
事前の調査と、報告から予測は出来たが、まあ、予測不能な事は起きる事もあるかもしれないと思った。
うらぶれたものの中に、有能な者たちがいる事が、残念だった。
未だに日本の外では人手が足りないから、こちらに来てほしいものだと。
ただ、騒動を起こすものは、思慮が足りないと判断し、討ち殺すことになると考えれば、逃げてくれて、何処かで捕まえれば良いかと、考え直した。
「では、番所に敵が打ちかかったと同時に、待機している者たちは、まとめている者の指示に従い、攻撃してください。手加減の必要はありません。それと、町の者たちに、延焼が起きないように、消火の協力をお願いしてください。手当は出すと先に伝えているので、問題はないと思いますが。失火から京を応仁のように火に包まれる事だけは防ぐよう。私も持ち場に向かいます」
「はっ」
吉継は、家臣や付けられている武将たちに指示を出し、自らは所定の持ち場へと向かっていった。
「殿!火の手が!」
家臣の声がして、そのものが指さす方向に目を向けた。
確かに火の手が上がっている。
その後、他の家臣たちも声をあげて、都度みれば、数か所で火の手が上がっていた。
「よし!我らは、陛下の元へ向かうぞ!玉体を手に入れれば、豊臣は朝敵になる!我らこそ、正統な朝臣として、この地を治めるものぞ!」
「「おう!」」
忠興の声に、家臣は喚声をあげこたえた。
それに気を良くしながら、忠興は右手を振り上げた。
「行くぞ!」
その声と共に、右手を振り落とし、馬を駈け出させた。
家臣もその後に続き、駈け出していた。
あの腰砕け野郎が、逃げてくれて良かったと、頭を追い出した主犯格の牢人は思った。
「ふん、おめぇら、火をかけろ!」
「おう!」
その指示に従って、物陰に隠れていたもの達が、火矢をはなったり、油のツボを投げつけたりした。
火がかかると思って、楽な仕事じゃないかと、牢人はほくそ笑んだ。
「な!?」
しかし、番所に当たった火矢はすぐ消え、油にうつった火も番所に延焼する事はなかった。
「な……」
牢人が声を驚きの声をあげようとした瞬間に、周囲から矢が降り注ぎ、次の声を発する事は出来なかった。




