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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第九十九話 忠興

「面を上げよ」

「前久様、お久しぶりでございます」


近衛前久が上座についたのちに、声をかけられ、忠興は顔を上げ挨拶をした。


「久しぶりだな。この度は何しに来たんだ」

「はっ、以前にお伝えした事について、何卒、お許しを頂ければ」


そう言いながら、忠興は頭を下げた。


その姿を見ながら前久は、眉を顰めた。

以前から、豊臣に関白に就く事を許すべきではないと、訴えられていた。

下賤の血筋の秀吉が、関白に就く事は、朝廷の品位を落とし、先人たちに申し訳が立たないと。

それを聞いて前久は、力なき権威を振りかざしても意味がないと思っている。

どれだけ権威があっても、収入がなければわびしい暮らしになり、力がなければ簡単に踏みにじられる。

越後など各地を旅した経験上、虚栄心など不要であり、現実を見るべきと、前久は身をもって体験していた。

忠興の父、藤孝であれば、義輝や義昭に付き従い、苦しみを味わったからこそ、肥大化した自己顕示欲は身の破滅を招くと感じていた。

忠興も幼い頃苦労したと思うが、権威や血筋を心の支えにしたのかもしれないと、前久は哀れに思った。

嫁の扱いを見ても、独占欲が強く、他人を見下す傾向にあると推察し、また、激高しやすいため、扱いには細心の注意が必要とも思っていた。


「ふむ、しかし、もうこの老骨は何もできぬ」

「そのような事はありますまい。あの戦乱を生き延びた前久様に限って」


忠興は、魑魅魍魎と変わらぬ老獪なくせに、内心ふざけるなと思っていた。

そもそも、公卿であれば、年齢に関係なく、特に年月を重ねた公卿は油断できないと思っている。

信長でさえも、手を焼いたもの達である。


「衰えは感じておる。歳はとりたくないものだ。それに、後事は子に託しておる」

「まことに恐れながら、家康殿など、老練な者たちを相手に出来るのは、前久様以外にはおられません。何卒、お力をお貸しください」

「とはいえ、都にそちの兵は居らぬだろう。まして、豊臣の兵は五千はいる。それを越える兵を生み出す術でもあると?」

「今、豊臣は高槻に兵を集め、意識はそちらに向いております。その状況で都に兵が現れるとは、豊臣も思ってはいないでしょう。兵が進んでくれば、豊臣の兵は驚き、恐怖により散り散りになります」


その言葉に、前久は口元を扇で隠した。


「それでは、その兵たちが暴徒となり、都が乱れ、焼かれるのではあるまいな」

「……大事の前の小事であり、わが兵が取り締まり、乱暴狼藉を防ぎまする。また、火が出た場合は素早く消火に動きますゆえ、大火になることはありません」


忠興は、前久が都が乱れる事を忌避する事は理解しており、対策は万全だと訴えた。

だが、前久にしてみれば、戦場を渡り歩いた経験もあり、兵たちがそんなに簡単に制御できるわけがなく、統制は無理であり、確実に乱暴狼藉と失火はあると睨んでいる。

その為、忠興の言葉は空手形と思っていた。


「そちの言い様ならば、大軍なければ、防げぬことぞ。わしを見くびるなよ」


そう言って、前久は忠興を目を細めて見つめた。

忠興は心で舌打ちをしながら、神妙な表情を浮かべた。


「前久様のご懸念は理解しております。しかし、ここで、豊臣を滅ぼさなければ、下賤の者が摂関家に加わります」


忠興としては、血筋を第一と考えている貴族たちには、豊臣が特権を侵食する事に反感があると推測していた。

また、知人の公卿や公家たちも不満と、豊臣を見下した発言を忠興によく言っていた。

前久は、扇で隠した口元は小ばかにしたように歪んでいた。


「しかしな、忠興殿。わし一人では決めれぬ。すべての役職を辞して、隠居しているからな。今すぐには動けぬよ。まずは、そちが証明してみせよ。それからよ。そうでなければ、陛下も賛同はされぬだろう。ただ、都が戦災にあえば、どのような結果になろうとも合力はせぬがな」

「……分かりました。わが赤心をお見せ致します」


内心で罵詈雑言を前久に浴びせながら、忠興は頭を下げた。

それと同時に、前久は立ち上がり部屋を出て行った。


出て行った事を感じた後、頭を上げた忠興は憤怒の表情をしていた。

力も持たぬ分際で、俺に意見をするなと忠興は思いながら立ちあがった。

都に乱入したと同時に、綸旨を出してもらう予定だった。乱入後に、話し合いでも良かったが、狼藉や失火があれば綸旨が貰えぬと感じていた。

話をしていた公家たちからは、前久も協力的だったと聞いており、自らのやり取りでも手ごたえがあったから直接会いに来た。

会えば前久も動き、朝廷も動かせると思い込んでいた。

兵も見つからぬように隠して待機させていたが、乱入して、兵で脅せばよかったかと悔やんでいた。

怒りを抑えるように、館を出て、兵の元に忠興は戻っていった。






帰っていった忠興を陰で見ながら、前久は嘲笑の表情を浮かべていた。

前久は年を取って衰えを感じ、周囲からの手助けが要るようになっていたが、秀永から医食同源として食事の見直しや適度な運動などを提案された。

大陸の考えと聞きながら、実践すると、体調も良くなり衰えを感じつつも、日常生活も不自由なくできるようになった。

また、酒量が多く健康を崩しがちな信伊に関しても、酒量を押え、食事や運動をするように提案をされた。当初、信伊は拒否をして、酒を飲み続けていた。

秀永が西洋の酒や指導して作った酒を分けてもらった時に、今までに飲んだことのない酒に信伊は感動して、もっと欲しいと秀永にねだった。

すると、秀永は先の提案を守るのであれば、提供すると約束したことにより、しぶしぶ、酒の為に信伊は酒量を抑え、食事と運動に気を付けるようになった。

それが効いたのか、信伊の健康状態も良くなった。

現金にも、運動の後の酒がうまい、風呂の後の酒がうまいとか言いながら、秀永から譲られた酒を信伊は楽しんでいた。

その為、秀吉には利害関係による協力をしていたが、秀永には感謝していた。

忠興からの話も常に秀永か岩覚に話を通していた。

都を守っている吉継から忠興が兵を率いてきている事、潜入する事を予測して話が来ていた。

なので、忠興が訪ねてきたことも驚くことなく、話し合いを行うことが出来た。

もし、秀永や吉継と話をしておかなければ、この件だけで、謀反に加担したと判断されてもおかしくなかった。

この年齢で遠島は嫌だと前久は思っていた。


「はてさて、吉継殿には既に、書状は出している。どうなることやら……まあ、負けることはあるまいて」






吉継は、忠興が潜入したことを、風魔たちからの連絡で把握していた。

牢人なりを使いかく乱し、乱入してくると予測していたが、朝廷への手回しを頼む前に、前久に会いに来るとは思わなかった。

狼藉や失火があった場合、責任を取らされる可能性も考えたのか、血筋による独占を行う公卿たちであれば、豊臣が同じ立場になるのを許さないだろうと思ったのか。


「忠興殿は、どうした」

「前久様の屋敷から出て、兵を隠している鳥辺野へ向かいました」

「あそこであれば、人もあまり近寄らぬだろうが……、牢人たちの動きは」

「一部の強盗・野党まがいの者たちは、移動しておりますが、大半のものたちは、忠興殿を討ち取って、あわよくば仕官をと思っているもの達も居るようです」


それを聞いて吉継は苦笑を浮かべた。

豊臣は秀永の代では、誰でも試験を受け、合格すれば仕官できる仕組みになっている。

それにも関わらず、この機会と考えているという事は、合格できないものか、かつて問題を起こしたか、謀反を起こした家のものたちか。


「ふむ、働きによっては、仕官はなくとも、褒美ぐらいは与えても良いが、無秩序に動けば、都を戦火に巻き込む恐れがある。まとめている者に繋ぎをとって、こちらの動きに合わせるように伝えてください」

「はっ」

「あと、河原者たちにも連絡し、被害にあわぬよう避難するように伝えてください。また、余裕があれば、逃げたもの達の情報も欲しいと」

「はっ」


そう言って、風魔の者はその場を去った。


前久から、再度、書状が来て、簡単にだが話した内容が書かれていた。

その内容から、忠興の性格を考えて、激怒したのではないかと推測した。

しかし、その激怒に引きずられて、突撃するほど忠興は無能ではない。

その為、公卿や公家たちに圧力をかけ、綸旨をとるのではないかと考えた。


「誰か」

「何か」


吉継の呼び出しに、家臣が入ってきた。


「伏見に居る兵をこちらに向かわせてください」

「はっ」


家臣の後姿を見ながら、忠興は都に大した兵が居ないと情報を得ているだろうし、そうなるように仕向けた。

伏見に居る兵は、騎兵が主体で命じれば駆けつけてくるようにしていた。

忠興は、行動を起こすのは深夜だろうと考えた。

それまでに来る事はないが、こちらが応戦している間には到着するだろうと思っている。


「さて、がんばりますか」


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― 新着の感想 ―
[一言] 摂関家からみたら武家なんて、なんであろうが皆卑しく見えてることすらわかんないんだね この細川さんは
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