第九十八話 検分
戦闘が終わり、負傷者の治療や、亡くなったもの達を一か所に集め、遺品などを集めたり戦場では、残務処理が行われていた。
それを家臣に任せて、家康、利益、氏直、政実などが、本陣の秀永の元に戻ってきた。
その際、敵方の主だった武将たちの遺骸を伴っていた。
「殿下、首を落とさずともよろしかったのですか」
岩覚が秀永に聞いた。
「亡くなってしまった以上、首を落とさずとも良いでしょう」
「しかし、移動の負担になるかと、また、さらし首はしないのでしょうか」
「それも別に構わないでしょう。首をさらしたからと言って、叛乱が起きなくなるというわけでも、罪人が居なくなると言うわけでもないでしょう」
「納得しないものもいるのではないでしょうか」
「ならば、その者たちが着用していた鎧兜を首の代わりにさらしましょうか」
秀永の言葉に、岩覚以外の者たちは苦い表情をした。
ただひとりだけ、利益はおもしろそうに笑顔を浮かべていた。
「殿下、それでは示しは付きません」
その言葉を発した家康に、皆顔を向けた。
家臣であった直政が加担した以上、厳しい対応を言わなければ疑われると思っているのだろうと。
「それに、その家族も罰しなければ、恨みを残すことになり、後々の禍根になります」
永禄元亀の乱世を生き抜き、裏切りなども経験してきた家康にとって、徳川家の大きさと今回の件は致命傷になるのではないかと言う危惧もあった。
高槻の戦に参加している以上、厳しいおとがめはないと思いたいが、自身を冷静に評価した場合、豊臣家にとって危険な存在であると判断されてもおかしくないと考えていた。
「殿下の命があれば、井伊の一族郎党を処罰いたします」
そう言って、家康は頭を秀永に向かって下げた。
周囲の者たちは、一族郎党も処罰すべきだと言う表情をして、秀永を見ていた。
しかし、利益だけは、にやにやしながら秀永を見た。
「直政さんの親族、および、郎党に罪を問う気はありません」
秀永の言葉に、家康は頭を上げ、困った表情を浮かべた。
「反乱は、天下の大罪。甘い対応をすれば、殿下を、豊臣を侮るもがでるやもしれません」
本心がどこにあるか分からないが、家康は秀永に苦言を呈した。
「先ほどと同じように厳しくしても、叛乱を起こす人は起こします。そういう人たちは、自らの考えの中で生きる人なので、こちらから何を言っても意味がないです」
「いや、しかし……」
「それに、処罰しようが、しなかろうが、恨まれるでしょう。無駄なことはせず、働いてもらいましょう。人手はあった方が良いです。特に差配する人が足りません」
「……」
工業化が進んでおらず、物事を人力で行わなければいけない以上、人口は力であり、人を動かす能力のある人は貴重であると、秀永は考えていた。
直政の子が若く経験不足でも、経験のある家臣が付いていれば、十分に活躍できると思っていた。
「ただ、罰する事をしないというのは示しは付かないのは確かです」
秀永の言葉に、家康は表情を変えなかったが、何を言うか見極めようと秀永を見つめた。
「とりあえず、井伊の名を捨ててもらいます」
家康は眉間にしわを寄せて、次の言葉を待った。
「とはいえ、捨てるのも辛いと思うので、確か直政さんは、井伊谷に住んでいた井伊の血筋ですよね」
「そうです」
「なら、井伊谷と名を変えてもらいましょうか」
「……それは」
「井伊の名は彼らにとっては大切かもしれませんが、叛乱を起こした以上、その名を使うのもしばらくは止めた方が良いでしょう。姓から藤原でも良いですが、公家たちがいい顔をしないでしょうし、全く違う名も嫌でしょう。それなら本貫の地から名をとるのが一番良いかと思いますが」
配慮し、やさしすぎる、甘すぎると言う表情をみなしている中で、利益だけは肩を震わせて笑っていた。
それに気が付いて、岩覚が問いかけた。
「利益殿、何かおかしい事でも」
「いやね、殿下の言葉で、皆の表情が変わるのが面白くて、ついつい」
その言葉に、皆が苦い表情をして、利益をにらみつけた。
「良いじゃないですか、家の名を捨てるのは断腸の思いでしょう。しかし、本貫のあった場所の地名であれば、それは和らぐと思いますね。それに井伊と井伊谷、ほとんど変わっていない、罰となりますかね」
そう利益は秀永に問いかけた。
「別に罰を与える気はないですが、体面というものがあるので、それだけですよ」
秀永は笑いながら、利益に答えた。
「子の罪は親に責任の一端はあるでしょうが、子の罪を親に問う必要はないでしょう。親の罪は子の罪になりません。それが私の考えです。罰となるのは、これから一生懸命働いて返してもらえれば良いですよ。敵は国内だけじゃない国外にもいますので」
「なるほどなるほど」
秀永と利益の会話を聞きながら、家康は心の中で安堵した。
期待し信頼した直政の家族を処罰しなくて済んだことを。
「殿下の恩情、ありがとうございます。戻り次第、名を変える事を伝えます。また、秀康に付けて国外で働くように伝えます」
「それで良いです。けど、嫡男は体が弱いと聞いていますので、国内で働いてもらっても良いですよ」
「いえ、そこまでの恩情は仇となります」
「家康さんがそれで良いのなら良いですが、何れ、国内に戻してあげてください」
「わかりました」
家康は再び、秀永に頭を下げた。
「では、殿下、彼らの亡骸はどうなされますか」
「腐敗するといけないので、荼毘にふして、遺族の元に返してあげましょう。耶蘇教徒の右近さんたちには酷な話になるかもしれませんが」
耶蘇教は、日本国内からほぼ排除されている。
その為、右近たち耶蘇教徒の埋葬は、寺で行われる為、霊として存在するなら宗派の違いで苦しむのではないかと、秀永は想像した。
自ら信じた宗教によって弔われないことが、罰かもしれないと秀永は思った。
耶蘇教は、隠れて信仰している者もいるとは思うが、耶蘇教の問題や今までの行いをまとめた冊子を編集し配っている。
それを元に、各村々で説明が定期的に行われ、耶蘇教への忌避感が醸成されていた。
秀永自身は、耶蘇教の教えというより、それを利用している人間の問題とは思っているが、今の時代、野放しは危険と考えていた。
しかし、日本国内の仏教神道にも問題があるため、そちらの対応も必要と、岩覚と話し合って進めている。
「晒した鎧兜もしばらくしたら、遺族に返すことにする。置いておいても保管するのも手間だし、遺族が居なければ寺か神社に奉納しよう」
そう言った後、移送されてきた亡骸の検分を行った。
一向宗の亡骸の表情は、無表情か苦悶の表情を浮かべていたが、右近や直政たちは穏やかな笑顔を浮かべ、その配下の者たちは満足そうな表情を浮かべていた。
それを見て、いったい彼らは何を思い亡くなったのかと、秀永は思った。
「そういえば、教如などはいませんな」
一向宗の亡骸を見て、家康はそう言った。
「ええ、途中で逃げた。彼曰く、戦略的撤退らしいですが」
その返事に、家康は片眉をあげた。
「周辺に忍び込んでいるものでもいたのですかな」
「ええ、門徒の中に、それ以外にも周辺に忍ばせた者も」
「なるほどなるほど、しかし、逃がしてよかったのですかな」
その言葉に、秀永は苦笑を浮かべた。
それを見て、家康は首を傾げた。
「実は、教如の元に居る、頼龍が前から接触を試みていて、話をしたところ、助命の願いがあったんですよ」
「……」
家康は不機嫌な表情を浮かべた。
若いころに三河一向一揆で苦渋をなめ、家臣団が分裂した苦労を思い出した。
信長に協力していた時も、辛い思いを何度もした。
恭順した顕如、准如には思う所があったが、信長に従った以上は何も言う気はなかった。
しかし、最後まで抵抗し、逃れ、騒がせた教如の助命には納得が出来ない気持ちだった。
いや、せめて、直系の者が責任を取って自害でもすれば、心が晴れるかもしれないと考えても居たのに、秀永の話を聞いて、不満に思った。
家康の雰囲気に苦笑を秀永は浮かべた。
「まあ、不満に思うのも仕方ないですが、条件としては、豊臣に反抗的な僧、武力を用いる事を辞さない僧などをこの度集めて、戦いに参加させることでした」
「ふむ、それは、この度の戦で、問題のある僧たちを排除する狙いもあったと」
「ええ、ただ、全てを排除するのは不可能でも、一向宗の内部はかなり過激な僧が減り、穏健な僧が中心になりそうです。それ以外の宗派の僧は参加はそこまで多くはなかったようですけど」
「……それならば致し方ないですか」
「准如などには、土地を与えて復興を父は許しましたが、延暦寺など他の寺社も含めて、巡検は定期的に行う予定です。血を穢れと言いながら、殺生は禁止と言いながら、率先して騒乱を起こす寺社は不要ですので」
話を聞いて、家康は何度もうなづいた。
「分かりました。この件については、私から何も言うべきことはありません」
「納得してもらったようで、よかったです」
高槻での戦いは終わり、後始末はあるが、最後まで、秀永が居る必要はなく、京へ向かう事になる。
自陣に返った家康は、待っていた家臣たち見ながら床几に座った。
「殿、如何でしたか」
正信が話し合いの結果を家康に聞いた。
「うむ、わが家におとがめはなしだ」
その言葉を聞き、集まった家臣たちは胸をなでおろした。
「それは、重畳」
「平八郎は、井伊家の事で、徳川家の責を問われたら殿を助ける為に、攻め入るとか言っていたな」
「言っておらんわ!」
康政が、忠勝をからかった。
「ふふふ、まあ、殿下に限って、そのようなことはないと言っていたがな」
「いや、殿、そのようなことは本当に言っておりませんぞ!」
「でも、落ち着きがなく、うろうろしてましたけどね」
「正信!」
嫌っている正信にまで、からかわれて忠勝は腰の刀を抜きかけた。
それを周囲が止めに入り、大事にはならなかった。
「平八郎」
「はっ」
「ここで、下らぬことをすれば、それこそ罪を問われるぞ」
「……申し訳ありません」
家康は、忠勝の困った表情を見て、大いに笑った。
周囲もそれにつられて笑ったが、忠勝は終始苦い表情を浮かべていた。
「さて、殿」
「分かっている、直政の事だな」
「はい」
正信が家康に直政の事について聞いた。
家臣たちも気になっていたようで、笑いを止めて家康に顔を向け耳を傾けた。
それを見て、一度頷き、家康は秀永が語った事を話した。
正信以外の家臣たちは、その内容を聞き驚きの表情を浮かべた。
「まさか、一族郎党を助けるとは……」
「甘いのか、こちらを見下しているのか……」
親吉、忠勝がつぶやいた。
「処罰して殺すぐらいなら、働けという事だろう。まだまだ、人手は足りぬ。特に国内は復興や新田開発など手は足りぬし、国外は争いもある。そう言う事だろう」
「しかし、家名まで、気に掛けるのは少し、お人好しすぎます」
「弥八郎、わしもそう思う。思うが、万千代の事を思えば、子や一族の者が助かったことは喜ばしい。名も井伊谷とは、なかなか」
「示しがつきますか」
「殿下が言っていたように、不満があるものは何があっても歯向かうものだ。そう、関係ない事をこじ付けて理由にしてな。だから、問題あるまい」
「ならば、国外への話も」
「そうだ、国内に居れば、色々言われよう。世間の目もあるだろうし、家中にも不満を持つ者も居るだろう。だが、娘たちはこちらに留め置き、良き所に嫁がせよう。殿下からも許可を得ている。問題があるならば、わしの養子として送り出しても良いと言われている」
「なんと……」
流石の正信も、秀永の気づかいとお人よしに呆れた表情を浮かべた。
「亡くなった万千代への敬意と、わしへの配慮であろう」
「それはそうですが……ならば、家中で揉めぬようにせねばなりませんな」
「うむ、よろしく頼む。親吉はここに残り、後始末の手伝いをしてくれ」
「はっ」
「後は、忠興だけか」
そう家康はつぶやいて、京へ視線を向けた。




