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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第九十五話 利益

川手良則は先に見える敵に目を細めた。

南蛮鎧を着て、大きなマントを翻しながら朱槍を脇に抱えて向かってきている。

その姿をみて、 口を歪めた。


「またぞろ、傾奇者が来たな」


つぶやきに、家臣が笑った。


「殿、かの御仁は、前田様では」

「そうであろうな。傾奇者であり、古強者、相手にとって不足はない。だが、できれば死を飾るにふさわしい相手が良かったがな」


そう言いながら良則は含み笑いをした。

利益は武勇に優れた戦人であり、最後の戦を飾る相手としては申し分がないのは頭ではわかっている。

歳を取り、体も衰えてきているのを実感している。

今の武士の誇りを踏みにじるような戦には付いてはいけないと感じ、直政に従ってきた。

跡継ぎもいて、家名の存続には心配はない。

最後に、強きものと戦い戰場で死にたいと思い、直政に願い出た。

当初、直政は身一つで忠興の誘いにのり、この戦に加わるつもりであった。

譜代も、親族も少ない井伊家から経験のある家臣を道連れにする気はないと言ってた。

家臣も居らず、直政を戰場に行かすのは名折れ。そう言って、何人かの者たちが志願した。

木俣守勝も体調を崩すことが多くなり、死に場所として志願したが、鈴木重好ともに後事を託され来ることは出来なかった。


「武勇では勝てぬかもしれんが、まあ、一矢報いることは出来よう。皆の者構えよ」

「はっ」


良則の掛け声と共に、兵たちが止まりやりを前に構えた。


「弓を射よ!」


命じられると同時に、弓を持った兵たちが利益たちに向かって放たれた。

こちらに向かっていた兵の前にいた者たちに刺さったが、勢いを止まることはなかった。


「傾奇者が周囲の矢を叩き落としたか」


利益が朱槍で向かってきた矢を叩き落とした為に、被害が少なかった。


「あのような朱槍を軽々振り回し、叩き落とすとは……、傾奇者と思い少々残念と思っていたが、最後に良き相手に出会えたようだ」


良則は、にやりと笑いながら前方を見つめた。


「弓隊はその場で射続けよ!決して味方に当てるなよ!槍隊はわしに続け!」

「おう!」


良則は兵たちを前に勧めながら、自らの馬も歩調に合わせるように勧めていった。







「つまらん」


そう言いながら、射られてくる矢を朱槍で利益は叩き落としていた。


「勝ち戦はつまらんなぁ」


不満を言いながらも利益は距離を縮めていった。

縮めれば矢の速度も正確性も上がってくるが、それを気にすることもなく、叩き落としていった。


「そのものは捨て置け!わしが相手をする!わしが倒れても前へ進め!殿の為に刻を稼ぐのだ!」


敵の将の激に、利益はにやりと笑った。


「負け戦に、戦場で死に場所を求めるか。死中に活を求めるか。おもしろい、おもしろいなあやつ、戦とはこうでなければな!」


そう呟いた利益の言葉に反応して、馬が走る速度を上げて敵将の元に一直線に進んでいった。

従っていた兵は追いつかず、速度をあげようとする。


「速度はそのまま維持して勧め!」


後方から興元の命令が来て、進軍速度をもとに戻した。


「隊列を乱さず、こちらも槍を構えよ!二列目、三列目のものは、盾を上に掲げ、自らと一列目を守れ!」


指示に従い隊列を整え終わると同時に、井伊の軍勢と衝突した。

兵数は、豊臣が勝っているが、勢いと士気は井伊が勝っていた。

豊臣方は勝ち戦の気分で気が緩んでいるところがあり、後がない井伊の気勢に押されてしまっていた。


「まずいな」


興元は戦いの状況を見ながら、眉を潜めた。


「勝っているのも考えものだな。もともと敵は死を恐れてはいなかったが、今までのやつらは心ここにあらずで、前に進んでいるだけだった。まあ、腕が切り落とされ、足が吹き飛ばされても前に進む姿は不気味ではあった」


薬の作用による自我の喪失した兵たちの姿に、怖気を覚えていた。

死んでもおかしくない、動けない状態でも前に進む姿は夢に出そうだった。

ただ、そのような兵の動きは単調で、鉄砲や大筒や爆破などで進行する方向を潰してやれば、動きも止まって、読みやすくはあった。

しかし、ここにいる兵たちは、そのような雰囲気はなく、物頭たちの指示に従い、動いている為、動きに読みづらさがあった。


「その方らは、弓隊と足軽を率いて左右に分けれ、敵の側面を攻撃せよ」

「「はっ」」


興元の命に従い家臣が兵をまとめて、左右に進んでいった。


「相手は少数、我らの勝ちは揺るがん!」


興元の激に兵たちは気勢を上げながら、井伊の兵と戦った。






「敵は豊臣の弱兵ぞ!」


良則は兵を叱咤し、その声に応じて兵たちは豊臣の兵を押していた。


「勝ちに驕る豊臣を叩きのめせ!」

「「おう!」」


兵数は倍以上あり、勝ち目はないと良則は考えていたが、将を倒せば戦況は変わる。

あの傾奇者ではなく、兵を率いているものを倒せば。


「お主らは、兵を率い回り込め、途中豊臣のものがいても攻撃せず、駆け抜け敵の将をなんとしても討ち取れ!」

「「はっ」」


良則は、手元にある精鋭を家臣たちにつけて、興元に向かわせた。


「われは死兵となり、鬼となり、あの傾奇者と戦う。者共、死兵となり我とともに死ぬべし!」


そう叫び、良則は利益に槍を放った。

その槍を利益は躱しながら、自らも朱槍を良則に付き入れた。

良則はそれを、槍の根元で弾き返しながら、双方やりを繰り出しあった。


「なかなか、なかなか!」


そう言いながら利益が楽しそうに槍を繰り出していた。


「傾奇者ごときに、負けるものか!」


言い返しながら良則は槍を弾きながら突き入れる。

ただ、冷静に自らと利益の技量を推し量れば、今は五分でも何れは押し負けると分かっていた。

しかし、ここで負けてしまえば、ここでの戦いは早く決着がつくかもしれない、だから負けられぬと奮起して、槍を繰り出していた。


「おもしろい、戦とはこうあるべきよ!」


利益のその言葉に、良則はこの男もまた、今の戦には合わないのだろうと共感を覚えた。


「そのとおり、戦とは、武士もののふの戦いとこうあるべきよ!」

「おうよ!この戦い、楽しもうぞ!」


そう言いながら二人は、笑いながら槍を繰り出しあった。






遠くで笑い声が聞こえたような気がして、興元はため息を付いた。


「年寄が、楽しそうに槍合わせしてそうだな」


そう言いながら、利益が一騎打ちをしている方に目をやる。


「お主ら、一手を率い左右を警戒しにいけ」

「奇襲があると思われますか」

「利益殿はあの通りだ、兵をまとめているのは私。ならば、私を狙えば兵は乱れることになるだろう。あちらは、あの御仁が討たれてもこちらに向かってくるだろうが」


興元の言葉に、家臣は頷いた。


「わかりました」

「頼むぞ」

「はっ」


家臣が走り去っていくのを見つめながら、どうなることやらと興元は呟いた。





「どうした!この程度か!」

「何を、お主こそ、息があがっているのではないか!」

「ふん、それは、こっちの言葉よ!」


良則と利益が一騎打ちを中心に空白地帯のようになっており、周囲で兵たちが戦っていた。

通常の戦場であれば、一騎打ちを遠巻きにしながら両軍見守ることが多いが、この度は、井伊の兵が止まることなく攻める為に、見守る状態ではなく戦っていた。


良則は、利益の一撃の重さに、体力が消耗していくのを感じていた。

それも戦場での場数を元に、捌いていたが利益が一撃に力をさらに込め出したことにより、捌くのが難しくなってきたと感じていた。

四半刻も打ち合っていると、勝ち筋が見えなくなっていた。

当初であれば、なりふり構わず一撃を繰り出せば、良くて相打ち、最悪でも利益に手傷を負わせれると考えていた。

傷を得れば、ここで戦いが終わっても、秀永の元に行くことが出来まいと。

これだけの武勇を持つものを、直政の元にいかすことは出来ぬと思っていたが、数度打ち合って、己の力量との差を感じてしまった。

その為、今は、ただただ刻を稼ぐことだけを考えていたが、もうそれも無理かと感じた。


「ふん、もうお主とやりやうのは飽きたわ、これで終わらせてくれる」

「ほう」


良則の言葉に、利益は笑みを浮かべた。

利益も良則が限界に近いことを感じていた。

渾身の一撃をいつ来るかと、様子を見ていたら、良則から宣言して来た事にわが意を得たりと思い笑みを浮かべた。

そして、双方はいったん槍をおさめた。


「そうよな、楽しかった刻は終わるか」

「呆れる事よ、楽しいのは分かるが、ここは戦場よ、いずれ終わるもの。まして、お主のような奴を殿の元へ行かすわけにはいかぬ」

「忠義か、うーん、肩がこらぬか」

「馬鹿にするか」


利益の言葉に良則は気色ばんだ。


「馬鹿にはしておらん、ただ、息苦しくないかとな」

「ふん、お主のような傾奇者には分からん」

「この世に生れ落ちれば、後は土に還るだけ。空に流れる雲のように生きる方が楽しいと思うがね」

「武士ならば、己の名誉のため、主の為に生きる事こそ、本懐であろう」

「自らの思いを殺すことが本懐とは、楽しくないのぉ」


荒子の前田家を、利久から継ぐはずだった利益は、信長の一声で継げなくなった。

お気に入りの利家が後を継ぎ、利久は逐電せざる得なかった。

織田家の家内引き締めもあったであろうが、(あるじ)の理不尽によって、己の将来と、義父の生き方を否定された事は、利益にとっては理不尽としか思えなかった。

(あるじ)を得る事の面倒さと、理不尽さを感じながら若いころは生きていた。

利家の元に戻った後も、閉塞感のある宮仕えに嫌気がさしており、前田家を離れた時は晴れ晴れした気持ちでいっぱいであった。

ただ、己は、己の生き方であって、他の者の生き方も否定するきもなかったが。


「まあ、それがお主の生き方、否定はせぬ。生き方は様々よ、この世を楽しめばよい。そして生きて死ねば良い」

「そうだ、わしはわしの役目を果たす!」


そう言い、良則は気勢をあげて、馬を利益にぶつけるように突進して、渾身の槍を利益に放った。

利益はその槍を見ながら、身体を少し捩りながら躱しつつ、槍を良則の胸に突き刺した。


「ぐふっ」


良則は渾身の槍を躱された時、咄嗟に槍を横に薙ぎ払おうとしたが、その前に、己の胸に利益の槍が吸い込まれるのを見ていた。


「と、届かぬかぁ」


そう言いながら、良則は口から血を流しながら利益の槍を片手で握った。


「見事だった」


そう利益は良則に、莞爾と笑い返した。


「良き、武士(もののふ)よ」


利益の言葉に、良則は驚きの表情を浮かべながら、口に笑みを浮かべた。


「あの世への土産話が出来た……」


そう呟き、良則は息を引き取った。


「面白き世も、面白きもの達も居なくなるのかもしれんなぁ」


利益はそう言いながら良則の遺体を馬から降ろして、手を合わせた。

それを見ていた井伊の兵たちは利益を攻撃することなく、豊臣の兵に向かっていった。






「殿は亡くなられたが、我らも共に逝くぞ!死を恐れるな!」


良則の家臣は、良則の死を見て、自らもお供すべく、兵を叱咤して、攻撃を強めた。

多勢に無勢であり、左右から弓の攻撃もあり、兵たちは倒れていくが、それでも、兵たちは立ち止まることなく、前を向き、前に倒れて行った。


良則の奇襲部隊も興元の兵たちによって防がれ、成功する事はなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今更気づきましたがこの戦いの後井伊家はどうなるんだろう。 直政自身あまり深い指摘がなかったように感じてましたが家臣も家を継ぐ人間は残して 居るという表現がある。 さて、彼らの思うように…
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