表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/147

第九十四話 直政

直政は、周囲を見渡しながらつぶやいた。


「他は終ったようだな」


その言葉を聞き老臣が聞いた。


「敗れたようですね」

「そのようだ」

「殿の予想通りになりましたか、残念です」


老臣は大きくため息を吐いた。


「一向衆は、教如の腰が定まっておらん。かつての繁栄から脱却できず、喚き散らすだけでは、門徒を死へといざなっているだけだ。それにやつの事だ、ここを死に場所と見ず、逃げ去っている事だろう」


直政の言葉に、老臣は今迄の教如の言動や行動を思い返し、さもありなんと考え頷いた。


「右近殿たちは、生きる事を諦めていたようだしな。教義で自害することもできず。かと言って、海外へ逃れて再起を図る事もできたろうに逃れなかった。国に残した信者を思い我一人で逃げる事とは出来ぬと考えたか」


そう言いながら直政は皮肉気に笑った。


「戦乱を生き抜いたものとは思えぬ甘さだな」

「……その戦乱に倦んだのかもしれませんな」


老臣の言葉に、苦笑を浮かべた。


「死ねば極楽と坊主は言い、死ねば天国と耶蘇教の坊主どもも言う。ならば戦に行かず、田畑を耕し、商売をし、魚を獲る、そんな生活をして、死ねば皆、極楽や天国に行けるのではないのか。クソ坊主どもに言葉に従わず、戦場で屍をさらさずともな」

「さようですな」


周囲にいるのは、長年井伊家に仕え、隠居をしていたり、病で先がない物たちが多かった。

子たちや跡継ぎを直政の子に使えさせ、家と絶縁し類を及ばないようにした後、直政と共に死ぬ為にこの地に来ていた。


「こちらも残りわずか、生き残っている連中は、今の戦を嫌っている偏屈ものと、行き場所を失った乱破、素破どもばかりだ」

「鉄砲や大筒が支配する戦場は味気がありませんぬな。乱破、素破共も、忍びとなる事も出来ぬ、乱暴者ばかり。奴らは賊と変わりありませんからな、まっとうな働きをするものはすでに離れ、忍び働きを出来るものは豊臣に雇われておりますからな」

「国内が落ち着けば、狩られるのが乱破、素破の宿命よ。村単位で狼藉を働いていたものは、過去は問わぬが、改めなかった村は滅ぼされているからな」

「今後しばらくは、このような戦、日本では起きますまい。死に場所としては、申し分ないでしょう。みじめな罪人として処刑されるようりは」

「死に場所を定めず、豊臣の法を破る者は、みじめな死に場所を与えられるのだろう」


直政は、秀永が居ると思われる本陣に眼を向けた。


「兵を三手に分ける。騎馬は左翼にまわし側面を付くように迂回しながら突撃せよ。余力がある者たちは、右翼に集め進撃させよ。中央は弓、鉄砲をもって進む」

「して、殿は」

「左翼を率いる。中央はお主が纏めよ。右翼は乱破、素破の者たちに任せる」

「はっ」

「それと、福島が横やりを入れる可能性があるから注意せよ」

「それならば、家康様も気を付けなければいけないのでは」

「不要だ」

「それは何故でしょうか」

「家康様は、天下を諦めた。しかし、戦は万が一がある。私が秀永の首を取れば、天下への道が見えてくる。豊臣家に残った孺子では天下は纏められん。またぞろ、野心をふくらます連中も出よう。島津も弟たちを犠牲にしたことを悔やむかもしれん。戦国乱世の野心家はまだまだ生き残っているからな。だから、家康様は秀永を試している。勝てる戦で勝てるかどうか。どう勝つのかを。仕えるに値せず、頼りないと判断すれば、豊臣を喰いにかかるだろう」

「なるほど」

「だから、援軍は出さない。出したとしても、もう少し後になるだろう。一向門徒との戦も楽ではないだろうからな。兵も休める事を理由に出来る。実際に休める必要はあるだろう。だが、福島はそんなことよりも、秀永大事で動くはずだ。だから油断するな」

「はっ」

「さて、最後の戦、はじめるぞ。ものども死ね!豊臣の孺子に思い知らせよ!戦とは人生きざまであると、ものを壊すように命の尊厳を踏みにじるものではないと!突撃!」


直政の激に周囲の者たちが喚声をあげ、それが全体へと波及していった。

なるで、大きな獣が生まれ、雄たけびを嗅げるかのように、地響きのようにあたり一面を震えさせた。





遠くから鯨波の様な喚声が秀永の耳に届いた。

残りの兵も多くはないはずなのに、こちらを覆いかぶせるような喚声に周囲を守っている兵たちは眉をひそめた。


「最後の突撃を行うのでしょうか」

「そうかもしれません」

「正則さんや家康さんの方も最後の戦いを仕掛けられているかもしれませんね」

「此処まで残っている以上、死を恐れていないでしょう。怪しげな薬も飲まされているようですし」

「勝てば、此処での戦いは終わりですね」

「あとは、忠興殿の処分だけです」

「そちらは、吉継さんに任せれば問題ないでしょう。伊達、最上の兵で居城もすでに落としている事でしょうし」

「戦上手の直政殿ですから、どのような手をうつか、油断はできません」

「こちらは、鉄砲と大筒、炮烙玉で叩くだけですが……」


氏直からので伝令が秀永の元に走ってきた。


「如何した」

「敵は、三手に兵を分け、突撃してきております。鉄砲は素早く動くことは出来ず、大筒も正面に向いており、左右に対応するのは難しい為、正面に対応するとの事です。また、敵の左翼は騎馬が中心の為、政実殿を中心とした奥州の者たちを向かわせるとの事です、敵の右翼は利益殿や興元殿などを中心にした者たちを向かわせるとの事です」

「分かったと伝えてください」


秀永の言葉に、伝令は頭を下げると、そのまま、氏直の元に戻っていった。


「岩覚さん、兵助さんや宗章さんたち柳生の人たちを周囲に配置ておいてください」

「ここまで来ますか」


岩覚の言葉に、秀永は顔を左右に振った。


「わかりません。でも、何かあるかもしれません。敵も必死ですから」

「確かに」

「狙撃による攻撃は、小太郎さんたちが防いでくれるでしょうけど、死に物狂いで来られたらどうなるか分かりません」

「自爆の可能性もありますからな」


岩覚は頷きながら、周囲に指示を出した。


「岩覚様」

「兵助殿か、宗章殿に伝えてほしい。見ず知らずの者たちは一切近づけないように。これより先は、伝令であっても秀永様の近くに来させず、離れた場所で話を聞くように手配してくださいと」

「分かりました」






「敵を近づけるな!」


氏直は前線に指示を出し、大筒を放つように命じた。

敵は散開して、弓と鉄砲で攻撃して攻撃を仕掛けていた。

大筒や投石機などで、攻撃をしているが、散開している間隔が広く思ったより被害を与え切れていない。

こちらも鉄砲で攻撃はしているが、竹を重ねた盾ではじかれ、思うようにいってはいない。

しかし、進軍自体は止めており優勢には進めていた。


「やはり、対抗手段は考えてくるか」

「敵は散開しつつ、移動を常に繰り返しております。その為、狙いが定め切れておりません」

「いたし方あるまい。弓隊や長槍隊も準備をしておくように」

「はっ」


このままであれば、中央が破られる心配はないと思っているが、勝ちきれない感じがして、氏直は歯がゆく感じていた。


「此処はこのままでも良い、左右が勝てば敵は壊滅する」


そう呟きながら氏直は正面を見据えていた。

かつての頼りなさは無くなり、落ち着いて腰の定まった姿に、家臣たちは安堵した。





敵を防ぐことを命じられた利益は、不満げな表情を浮かべていた。


「利益殿、何か不満な事でも」


興元はそう利益に声をかけた。


「ん、まあ、勝ち戦の面白みの無さがな」


利益の言葉に、興元は苦笑を浮かべた。


「鉛の玉の応酬がない分、此処の戦場の方が良いのでは」

「そうなんだがな」

「不満を言っていても、敵は来ますよ」

「仕方ない」


もう老境にもなろうかという人が、子どものように不貞腐れているのを見て、興元は苦笑を浮かべた。


「味気の無い戦場ではなく、昔ながらの戦場に向かわせてくれた氏直殿に感謝しなければいけないのでは」

「分かっている、分かってはいるがな」


そう利益が愚痴っていると、乗っている馬が顔を上げた。


「ん、来たか」


馬の反応から敵が、近くに来ているのを利益は感じた。


「参ったな、参った。しかし、敵が来た以上、やらねばならんか」

「お願いします」


そういわれ、利益は率いてきた者たちに向かって、自らの槍を上げて言い放った。


「先に行くぞ、死を恐れるな、恐れたら即死神が来るぞ!前に進め、進めば道が開ける!さあ、最後の戦場、皆行こうか!」


利益の声に、兵たちは喚声を上げた。

それを聞きながら、敵に向かって利益は馬を走らせた。


「差配は興元殿たちに任せた!」


興元は利益の言葉に呆れつつ返した。


「任されたくはないが、任されよ」


槍を頭上で回しながら、興元に利益は返事をした。


「こちらも、他の方々と連携して敵を打ち取るぞ。弓隊前へ、利益どのが開く左右の兵たちを射よ!」






政実は、馬を走らせながら呟いていた。


「外から仕入れた馬は、また、この国の馬とは違うな」

「この老骨には、ちと高すぎて乗り難くはありますな。ましてや落馬すればお陀仏になりそうだ」

「月舟斎殿、縁起でもない」


晴氏の言葉に、政実は苦笑した。

確かに、馬の背が日本の在来馬に比べて高いため、落馬すれば以前以上に危ないとは思っていた。

ただ、奔る速度などは、在来馬に比べて早いため、良し悪しかとも考えていた。。

乗っていると見栄えは良いので満足はしているのだが。


「どう思われる」

「ふむ、中央はこちらの主力や鉄砲などの火力を抑えつつ、左右から挟撃して乾坤一擲の攻撃を仕掛けている感じですかな」

「そうだな」

「それと、騎馬の集団と逆側は、足軽など移動速度は遅いが兵数は多い」

「となると、そちらが本命か」

「いや、あちらは、正則殿と耶蘇教と戦っていた方面。決着すればこちらへの兵を向かわせてくるはず。そうなると、挟撃を受ける可能性が高い。それを防ぐ為に多くの兵を向かわせ、戦線を崩壊させないようにしているのではないか」

「しかし、こちら側も、家康殿が兵を差し向けるのでは」

「さて、かの御仁が戦が終わってすぐに兵を向かわせるかな」


晴氏の言葉に、片眉を政実はあげた。


「家康殿に二心があると」

「ははは、いやいや、あの一向衆との戦い、少なくない犠牲と、将兵の疲れは蓄積されていましょうな。そうなれば、いったん休ませてからでなければ、将は別としても兵たちに不満も溜まりましょう。まして、疲れた状態での連戦は損害が増えるだけ。ならばしばし、休ませるが常道」

「いや、それならなぜ、正則殿は兵を向かわせると」

「あのお人は殿下の為ならば、無理を承知で行うでしょう」

「ああ、そうか、そうだなぁ」


正則の顔を思い浮かべ、政実は苦笑を浮かべた。


「まあ、家康殿も本心はどうか分かりませんがな。しかし、役目を果たした以上、殿下にも役目を果たすかどうか見極める気がるかもしれませんからな」

「ふむ」


そう言いながら、政実は顎を撫でた。


「然らば、情けない姿は見せられませんな」

「然り然り」


二人は顔を見合わせ笑いあった。


「私や氏直殿の予測が正しければ、直政殿はこちらを指揮して攻めてきているでしょう」

「井伊の赤備えか」

「ええ、主力は子たちに残しても、古強者たちは直政殿に従っているはず」

「簡単には勝てんか」

「その通りでしょう」


晴氏の言葉に政実は不敵な表情を浮かべた。


「殿下の元に来てから、武功らしい武功はなかった。此処で上げねばな」

「おやおや、そんなこと言っていられる相手ですかな」

「だからこそだろう」


にやりと政実は笑った。


「俺が死んでも、子や弟がいるから九戸家は問題ない。ならば、強敵と戦えるこの瞬間を喜ばねばならんな。鬱屈とした奥州に閉じこもっていても得られなかったものだ。そして、殿下から頂いたこの槍と刀で活躍する場が与えられた事に感謝せねば」


呆れた表情を浮かべながら晴氏は政実を見た。


「確かに、奥州と比べたらこちらの戦は大規模で、心躍らされる事ではあるが、やはり鉄砲などの戦が主流となれば、この老骨にはついていけぬものがある」

「俺もだ。奥州での戦は規模は小さくても、戦として、武士としての矜持を守れた。だが、これからはそれさえも亡くなっていくだろう。外の国の連中とは考え方も違う。それに互するには考え方も、戦の仕方も変わらなければならん。しかし、これからの敵はそうではない。最後の戦の刻を与えられた」

「然り、私も最後の戦になろう。思う存分戦う事にする」


そうふたりが話していると、前方に騎馬の姿が見えてきた。


「では、参ろうか」

「参りましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ