第九十一話 転戦
右近の亡骸に手を合わせていると、騎馬隊を中心とした兵が正則に近づいてきた。
正則は近づいてくる物音に気が付き、合わせた手を放して、眼を向けた。
馬印から秀範であることが分かった。
「片付いたか」
周囲には地に伏した耶蘇教徒と、味方の兵たちの屍があり、傷ついた兵たちがうずくまっていた。
動けるもの達は、耶蘇教徒がなくなっているか確認しながら、傷ついた兵たちを治療していた。
「正則殿」
「ご無事で」
「そちらこそ」
二人は顔を見合わせて、頷き合った。
「此処は私が受け持ちます」
屍の身に着けたものをはぎ取り、まとめた後荼毘にふすか、地に埋めるか考えなければならない。
周囲を見たら、少し離れたところに、近くの農民たちかこちらを伺っているのが見えた。
一部、屍から身ぐるみを剥がそうしていたが、兵たちが向かうと散り散りに逃げていった。
こちらから頼むことになったろうが、勝手に盗まれると面倒だ。
「正勝」
「はっ」
「動ける兵は、どれぐらいか」
「7割ほどは動けますが、傷ついていない者達だけなら3割ほどかと」
「治重に問題なく動けるものを率いさせろ。一勝、長行をつける。秀範殿と共に、直政の横わき腹を付け」
福島治重、大崎長行、長尾一勝を秀永の救援に向かわせることを正則は、正勝に指示した。
「正則殿、ここは私が負傷兵と後始末をしますが」
秀範は、秀永に対する正則の忠誠心の高さを知っていた。
その正則がここに残ると言うことに首を傾げた。
何があろうと、秀永の元に駆けつけるはずと考えていた。
「如何なされた」
「ふむ」
秀範の問いに、正則は顎を撫でた。
「いや、ここを離れると、殿下が危険にさらされる気がしてな」
「危険ですか……」
周囲を見渡せば、耶蘇教徒の屍があり、生きている者達も身動き取れない者、虫の息の者達ばかりだった。
もし、五体満足の者が居れば、我々が居なくなれば動き出し、秀永を側面から襲撃することも可能かもしれない。
しかし、全員が離れるわけではなく、数名が生き残ったとしても、打ち取れるのではないかと秀範は考えた。
「満足に動けるものが居ないと思いますが」
「確かに、そうなんだが、匂いがな……」
「ならば、動けるもの全てを動かし、虱潰しに確認し、動けるなら始末すればいいのではないですか」
「いや、それでは殿下の身に万が一という事もある。騎馬の者達を先行させ、足軽たちは後ろからつけていけばよい。それに、ここまで戦い続けている。休息も必要だろう」
その言葉に、秀範は頷いた。
「兵を再編した後、この場から少し離れて休息した後に向かえばよい」
「しかし……」
「傷ついたもの達で動けるものを再編して後を追う、先ぶれとしていってくれ」
「……分かりました」
しぶしぶ、秀範は頷いた。
「正勝」
「もう準備は整っています」
「秀範殿の兵で傷ついた者も受け持つ、ここにおいていかれよ」
「分かりました」
秀範は正則の言葉を受け入れ、連れてきたもの達の中で、直ぐに戦えない者達を配下にまとめさせ正則に預けた。
傷の付加者達は既に後方に下げていたので、動けない者達はいなかったが、それでも辛そうな者達もいた。
「では、先に向かわせてもらいます」
「直ぐに追いかける。殿下を頼む」
「はい」
正則に一礼して、秀範はその場から兵を率いて離れていった。
「正勝、傷が深いものは後方におくり治療をさせよ。傷の浅いものは治療した後、一旦休息させ、移動に耐えれるものだけを編成しなおせ」
「分かりました」
「吉長」
「はっ」
「お前は兵を率いて、周囲を警戒しろ」
「何かいますか」
「感じないか」
「……何か、いそうですが」
正則の言葉に、吉長は同意しつつも、気のせいかもしれないと思うほどの微々感覚だった。
「危険がなければよい。しかし、嫌な感じがする。伏せている者達を確認しつつ、とどめを刺していけ」
「はっ」
抵抗がなければ、見逃しても良いとは思っていたが、狂信的になっているものを見逃せば、後々の禍根になると正則は考えていた。
正則の命を受けて、吉長は兵たちを率いて、周囲の巡回に向かった。
「保茂、お主も迎え」
「はっ」
足立保茂にも巡回を正則は命じた。
秀永に耶蘇教徒が壊滅したとの報が届いた。
右近、如安以下、全員が逃げることなく亡くなったと聞いて、秀永は眉をひそめた。
狂信的、妄信的なもの達の恐ろしさと、悲しさ、虚しさを感じた。
一向門徒も同じようになるのだろうかと思い、気が重くなった。
「殿下、気を落とされませんように」
「分かっています。この戦いで国内の騒乱は終わらせたい。今後、このような愚かな暴挙が行われないように教育していかなければならないでしょう」
「そうですね」
秀永は大きくため息をついた。
「相手はさらに劣勢になりました。窮鼠猫を嚙むではないですが、どんな奇策をとってくるか分かりません。周囲の警戒をお願いします」
そういって、岩覚に秀永は話をした。
岩覚はそれを受けて、周囲に指示を出した。
吉長は兵を連れて、とどめを刺しながら巡回をしていた。
大半の者達は、傷が深く放置しておいても亡くなるものばかりだった。
長く苦しむよりはと考えながら巡回を行っていた。
「吉長様!」
「どうした」
「巡回していた者達が、襲われています」
「どこだ」
「あそこです」
聞かれた兵は、襲撃を受けた場所を指さした。
其処では、兵たちが地に伏せていたはずの耶蘇教徒に襲われていた。
「ゆくぞ」
兵に声をかけて向かおうとした吉長に、地に伏せていた耶蘇教徒が飛び掛かった。
起き上がる気配に、吉長は槍を横に薙ぎ払った為、襲撃しようとした耶蘇教徒は避けることが出来ず、胴に槍が当たり吹き飛んだ。
それに合わせて、数名が起き上がり、襲い掛かって来たが、吉長は焦ることなく槍を使って払いのけた。
周囲の兵も吉長の邪魔にならないように離れ、倒れた者達にとどめを刺していった。
「やはり、隠れていたものがいたか。幸いなのは手練れが居ない事か」
そう言いながら、同じように襲い掛かって来た数名の者を排除しながら、襲われていたもの達の処に向かい、斃していった。
「傷ついた者は下がれ、それ以外の者は注意しながら巡回を続けよ。それと、殿にも伝令を」
指示を出しながら、周囲を見渡した。
襲撃の者は多くなく僅かであったが、それでも、二桁の人数で襲撃されれば、秀永が守られていても万が一がある。
こちらも後ろから襲撃されれば、混乱するのは間違いない。
その危険を排除する為、巡回すべきだが、戦場は広く時間がかかると思った。
しかし、手を抜くことは出来ない。抜けば、禍根を残すか、襲撃の危険が残る。
考えながら吉長は巡回に戻っていった。
正則は吉長からの伝令を受け取った。
その周囲には、正則を襲撃してきた耶蘇教徒の屍が横たわっていた。
「やはり、襲撃を目的としたもの達が潜んでいたか」
周囲を見渡しながら、正則は呟いた。
「ならば、指示を出すものがどこかに居そうなものだが……ふむ、誰かいるか」
正則はそう呼び掛けた。
すると、風魔の忍びが一人近寄っていた。
「周囲を厳に警戒してくれ、何か潜んでいる気がする」
「分かりました」
「ここの始末をつけたら、周囲の農民たちに後始末を頼むが、その中に紛れ込んでいる可能性もある。そちらも調べて欲しい」
頷いて、風魔の忍びはその場を離れた。
「正勝、この場を任す。吉長と協力してくれ」
「殿はどうなされるので」
「俺は殿下の元に向かう。大丈夫だと思うが念のために向かう。始末には時間がかかると思うが、終われば殿下の元に来てくれ」
「分かりました」
正勝にそう言い、正則は馬を秀永の元に向かわせ走らした。
「やはり野蛮な蛮族よ。悪魔と戦いし、神のしもべたちよ、安らかに眠れ」
そう言い、胸の前でロザリオを握りながら十字を切った。
「悪魔の王たる豊臣秀永を滅しなければならない」
そう呟きながら、物陰に隠れながら消えていった。




