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浪速の夢遊び  作者: 秋鷽亭


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第十話 初発

※七月六日、文を少し修正しました。

※二千十六年四月十三日、誤記修正

(声が出せるようになったけど……普通、この年齢では、此処まではっきりとは話せないはずなのに、これは!チート能力と言われるものか!色々な転生もで、定番の能力があるかな?魔法なんて、無い世の中だけど、実は、並列世界で違っているのかも、ならば!)


「出でよ炎!」


(………………………………………………………………………………)


「つ、鶴松さま?」


鶴松の突然の言葉に、乳母は、驚き声をかける。そして、近くにいた護衛の兵士は、可哀想な人を見る目で、鶴松を見ていた。

自斎は、にこやかに見つめ、兵助は、首を絞められたショックで、頭がおかしくなったのではと思い、挙動不審になっていた。

鶴松は、顔を真っ赤にして、まじめな表情で話しかける。


(あ、周りに人が居るのを忘れていた……は、恥ずかしい!?)


「ごほん、何でもない、何かあったかな?」


「ん?どうかしましたか、皆様。鶴松様、顔が赤いですが、体調をまた崩されたのですか」


そう言いながら、岩覚と左近が部屋に入って来た。


「実は……」

「体調は問題ない気にしないでください。それと、丁度、良いところに来てくれた」


兵助の言葉をさえぎって、鶴松は、岩覚に声をかける。

まわりは”えっ?”って、顔をしていたが、無視して話を進めていく。岩覚も疑問に思ったが、見た限りたいしたことがなさそうなので、鶴松の話を聞くことにした。


「ならば、よろしいのですが、気を付けてください。良いところとは、どういったことでしょうか」

「ありがとう、岩覚さん。ところで、宗矩さんはどうしていますか」


宗矩と聞いて、兵助は体を揺らすが、表情は平静を装っていた。宗矩は、寧々の凶行の際に、鶴松を守らず、まるで、凶行を手伝うかのような行動をした為、捕縛され、牢に入れられていた。同じ柳生一族の兵助も牢に入れられてもおかしくなかったが、寧々を止めた事と、宗矩とのやり取りから、問題なしとして、鶴松の護衛の任についていた。


「牢に入れて、取り調べをしております」

「手荒な事はしていない?」

「今は、まだ……」

「今は……か……ねぇ、直接話すことはできないかな?」

「鶴松様とですか」

「そう、疑問に思っている事を聞いてみたいだけど、駄目かな」

「……分かりました、このままでは、進展もないでしょうし、左近殿、お願いできますか」

「はい」

「左近さん、お願いします。それと、岩覚さん、自斎さん、兵助さん以外は部屋の外に出ていてください」



乳母や、付き添いの侍女、護衛の兵が外に出て行き、左近は、頭を下げ、部屋を出ていった。平助は、下を向き、心配げにしていた。



「鶴松様」

「はい?」

「我々は臣下です。呼び捨てでお願いします。お心遣いはうれしいのですが、示しがつきません」

「んぅ~ん、元服するまでは、このままで行きます」

「しかし……」

「父上と話してみますから、それまで、お願いします。それと、兵助さん、あまり気にしないように」

「!? 申し訳ございません」


兵助は、宗矩の行動を止めれなかったことや、柳生一族に罪が及ぶ恐れがあるかもしれないと思い、気が沈んでいた。それを、鶴松が気遣った為、羞恥で顔を赤くした。そんな二人のやり取りを、岩覚と自斎は、暖かく見守っていた。


「すみません、鶴松様、宗矩殿が来る前に、聞いてもよろしいでしょうか」

「何でしょうか」

「何を聞くつもりでしょうか」

「……岩覚さん、自斎さん、兵助さん、これは、私の推測なので、根拠はありません、それを前提に聞いていてもらえますか」

「はい」


岩覚が返事をし、自斎と兵助は頷いた。


「寧々様の件と、宗矩さんの件は、別々だと思うのです」


鶴松の発言に、三人は、驚きの表情を見せた。


「……それは、何故ですか」

「寧々さんは、精神的に追い詰められ、誰かが切っ掛けを作り、事が起きたのだと思います。宗矩さんの場合は、寧々さんとの接点もなく、誰かの指示により、寧々さんを防がず、結果、手助けをしただけのような気がします。もし、宗矩さんが手引きをするなら、あの時に、護衛や乳母を部屋から遠ざけるはず」

「……」

「それに、柳生は、伊賀とも交流があり、その忍びの技術も知っているはず。寧々さんが事を起こす前に、毒を持って、私を殺害して、罪を負わせられるのでは、ないでしょうか」

「……ふむ、兵助殿」

「はっ」

「柳生と伊賀の間に交流があるのは知っています。伊賀の忍びの技術が取り入れられていることはあるのでしょうか」

「……」

「言いにくいですか」

「岩覚殿」

「何でしょう、自斎殿」

「兵助には、酷な話。ひとつ、兵法ひょうほうとしての話をしましょう」

「はい」

「我々は、剣の技術を鍛え、ただ、一刀の心理を求めるものです。しかし、相対する敵は、兵法家ひょうほうかだけではなく、様々な者たちを相手する必要があるのです。そして、相手に勝つために、相手の技術を調べ、学び、対抗するすべを身に着けて、戦いに赴きます」

「なるほど」

「相対する者の中に、忍びも居ます。当然、その忍びの術も知っているでしょうな」

「そうですか……」


兵助は、岩覚と自斎の話を、下を向きながら聞いていたが、その表情は、苦痛に歪められていた。兵助の立場では、柳生の内情をすべて知っているわけではないが、問題となるような発言をすれば、立場がますます悪くなると考え発言を控えていたが、自斎の話を聞いて、苦しい表情となっていた。


廊下に足音がした為、左近が戻ってきたと思ったが、小姓が伺いの言葉はかけてきた。


「よろしいでしょうか、岩覚様」

「どうかしましたか」

「はっ、柳生五郎右衛門宗章と名乗るものが、急を要するとのことで、岩覚様にお目通りを願っております」


宗章の名前を聞き、兵助が顔を上げた。その様子を見て、岩覚は、小姓に返事をする。


「ここに通してください」

「はっ」

「鶴松様、よろしいのですか」

「宗章さんは、確か、兵助さんの叔父ですよね」

「はい」

「宗矩さんとは違い、宗章さんは剣に生きる人で、策謀とは無縁とは言いませんが、問題ないと思います」

「分かりました」


しばらくすると、宗章が部屋に通されて、平伏した。その姿を見た、兵助はそばに駆け寄りたい衝動に駆られたが、ぐっと、抑え込んだ。



「お目通り、まことにありがとうございます。この度、愚弟の起こした不始末を着けるために、罷り越しました」

「それは、どのようなことを」

「愚弟の切腹の介錯と、わが命において、罪を償わせて頂きたいと思っております」

「……その事については、殿下の差配ですので、今は、何も言うことはできません」

「分かっておりますが、柳生の者として、その罪を償うことを許していただければと思います」

「面を上げてください、宗章さん、宗矩さんがもう直ぐ、こちらに来るので、しばし、待ってください」

「……はっ」


(史実で、宗厳が家康に出仕を請われた際に、宗矩を推挙したと聞いているけど、伊賀と柳生の繋がりを考えたら、もっと、前から繋がりがあったとしてもおかしくはないよな。まして、諜報活動とするなら、忍びより、剣術家の方が怪しまれないんじゃないかな。今までも、寧々さん、淀、宗矩の繋がりは見えなかった。けど、それは、見えてなかっただけかもしれないけど……諜報活動を行っていた本多正信なら、徳川家を出奔してから、各地を放浪していたというし、伊賀越えの時の動きもきになる。そこを聞いてみたいが、しゃべるわけない気がする)


「鶴松様、宗矩殿をお連れしました」

「入ってください」


左近に連れられ、宗矩が部屋に入ってくる。部屋に入った際、宗章を見て、宗矩は表情を一瞬変えたが、元の表情に戻し、平伏する。

宗矩の後ろに、左近が座る。


「宗矩さん、この度の事、何か申し開きありますか」

「いえ、私は、寧々様のお言葉を守ったにすぎません」

「寧々様の?」

「はい、部屋に誰も通すなとのご命令を守っただけです」

「父上の指示より、寧々様の命令が上位という事ですか」

「今の殿下がおられませんので、寧々様のご命令に従ったままです」

「父上の指示は、無視するという事ですね」

「いえ、違います。寧々様のご命令があったので従ったのであって、殿下のご指示は守っております」

「……矛盾していることを理解していますか」

「矛盾はしておりません」

「父上の指示が最上位で、岩覚さんの指示が次に来ると思いますが」

「鶴松様は、まだ幼子、機微が分からないと思います」

「宗矩殿、お立場を理解していますか」

「分かっております」

「ええ加減にせぬか!又右衛門!何を考えている!」

「兄上、お静かにお願いします」

「又右衛門!お前の行動によって、柳生一族が責任を取らされるかもしれぬのだぞ!」

「……」

「腹を切れ!介錯は、わしがする。そして、わしも腹を切って、詫びを入れる。これで、柳生に咎が及ばぬようにする。拒否はならん!」

「それは、兄上が決められることではなく、殿下が決められることです」

「貴様!」

「宗章殿、落ち着いてください」

「くっ!」


宗章の言葉を聞いても、宗矩は、顔色を変えることなく、鶴松を見据えていた。その態度に、苛立ちを募らせながら、宗章は宗矩をにらみつける。


(駄目だ、こういうタイプのパターンは、何を言っても無駄だ。というか、こんな子供の言い訳じみた話を聞く気にならない。かといって、まっとうに話すとは思えないけど)



「宗矩さん、子供じみた言い訳は無用です」


鶴松の話を、宗矩は見下したような表情で、半笑いの表情を浮かべた。その表情を見て、鶴松の腹は決まった。


「あなたが、徳川家と繋がっているのは、分かっています」


その言葉に、宗矩は眉を動かし、それ以外の部屋にいる者たちの表情が変わる。


「また、鶴松様、そのような戯言を、何か証拠でもあるのですか。なければ、いくら鶴松様であっても」

「黙れ!宗矩!」


鶴松の怒声に、宗矩は言葉を詰まらせ、鶴松を見つめる。


「徳川と繋がっているのは、分かっている。証拠が必要?誰に言っているんだ、お前は!そもそも、貴様の言い訳が、通じると思っているのか!」

「……」

「鶴松様、その話は本当でしょうか」

「ああ、宗矩と徳川……本多正信と繋がっている」


その一言に、初めて、宗矩の表情が崩れる。その宗矩の表情と鶴松の発言を聞いて、宗章は驚きの顔を見せ、兵助は、話についていけず、言葉が出なかった。

自斎は、眼をつむり何も反応を見せず、岩覚は鶴松の話を考えた。


(柳生と伊賀の繋がりは、分かっていた。伊賀の服部家は、徳川家に仕え、正信殿も確か、伊賀越えでの手助けなどをしていた。正信、服部、徳川、そして、柳生か、ありえぬ話ではないが、何故、鶴松様が……)


「宗章さん、あなたは、徳川と柳生との関係は知っていますか」

「いえ……ただ、父上に、黒田様が徳川様に仕官しないかと話をしに来たとは聞いています」

「孝高さんですか?」

「いえ、ご子息の長政様です」

「なるほど、それと、正信さんを見たことは?」

「幼少のころ、柳生の里に来られたのは覚えておりますが、最近は、お会いしておりません」

「そうですか……」

「宗矩、何時から指示を受けていた」

「何のことでしょうか、このままでは、子供の戯言ではすまされませんが」

「もう一度言う、誰に話をしているんだ、宗矩。貴様の言葉ひとつで、柳生の里は灰燼に帰すぞ」

「お戯れを……」

「伊賀や雑賀を忘れたわけではあるまい。父上を甘く見ていないか」


伊賀攻めの際、住民が殺害され、伊賀国は荒廃し、伊賀の忍びたちは、各地に逃れていった。雑賀攻めは、雑賀衆の分裂と、豪族の分裂から、勢力が減退し、鉄砲の傭兵集団と名をはせた面影はなくなっていた。

鶴松の話を聞き、宗矩は、表情を暗くしていた。宗章は、唇をかみしめ、兵助は涙を浮かべている。


「鶴松様、今回の事は、家康殿の指示であったということですか」

「いえ、違うと思います。あくまで、宗矩と正信のつながりがあると言うだけ、今回は、宗矩が独断で判断しただけだと思います」

「独断と?」

「家康さんは、慎重な方。まして、それを補佐する正信は、謀略の才は、毛利元就の如く。その様な者たちが、このような稚拙な事をするとは思わない」

「では、何故、この場で、宗矩殿と正信殿の繋がりを言われたのですか」

「宗矩は、内部情報を流していたが、正式に仕えたわけでもなく、影働きをしていただけだろう。それに、豊臣と徳川のどちらについた方がよいか、はかりにかけている最中だろう」

「あの際、何故、宗矩殿は、あのような行動を?」

「たぶん、私が死ねば、豊臣家の先が亡くなり、徳川家に恩を売れると思ったのがひとつ。もし、死ななくても、寧々様の命令ということで、不問に出来るか、駄目でも追放ぐらいで済むと思ったのがひとつかと」

「しかし、それは、短絡的なことでは?今回の事件をすべて宗矩殿の犯行とされるのを考えつかなかったのでしょうか」

「どうだ、宗矩、その辺は」

「……」

「答えろ」

「……何もございません」

「若さゆえか、考えが甘すぎるな。世間を知らなさすぎる。貴様の後ろには、柳生一門数百、数千の命があることを忘れている」

「くっ」


宗矩は悔しそうな表情を浮かべ、顔を下に向けている。宗章、兵助も同様の姿をしていた。


(はぁ~、怖い、恐かった……当てずっぽうで、推論を述べたら、大体あたっていたか、助かった……)


「岩覚さん、柳生の事、どうなると思いますか」

「殿下の考えなので何とも、しかし、最悪は、柳生の里は地上から消えるやもしれません」

「……ですか、でも、今回の事は、表に出したくはないです」

「はい」


寧々の事件を内容にするには、ふたつ、何もなかったとするか、宗矩に責任を負わせるか。宗矩に責任を負わせれば、柳生にも責任が及ぶ。岩覚としては、どちらでも良いと考えていたが、兵助の事を考えると、何もなかったとしたいと考えていた。

それより、寧々の錯乱が世間に流れれば、豊臣政権が揺らぐ可能性がある。まして、小田原攻めを行っている現在、諸大名が良からぬことを企むかもしれないし、奥州の大名どもが蠢動する可能性がある。秀吉の判断次第だが、岩覚自身も処分を覚悟している。


「今回は、何もなかった事にしてもらえるように、父上に書状で依頼してもらえませんでしょうか」

「何故でしょうか」

「寧々さんの事がひとつ、もうひとつは、宗矩の身柄を私が預かりたいと思ったからです」


その言葉を聞き、宗章、宗矩、兵助の三人が一斉に、鶴松を見た。


「寧々様の事は分かります。宗矩殿の事は、どのような事でしょうか」

「宗矩」

「はい」

「その命、私にくれ」

「……」

「私を影から支えてもらう、あからさまに切る必要はないが、徳川とは手を切ってもらう」

「……徳川様を嵌めると」

「そこまでは、今は言わないが、付かず離れず行けばいい、ただし、私を裏切るなよ」

「……」

「宗章は、宗矩の代わりに、兼相と共に私の護衛となってもらう」

「一度捨てた命、鶴松様に預けます」

「ありがとう。兵助は、信繁と同じように私に仕えてもらいたい」

「はっ」

「わしは、どうなりますかな」

「忘れたわけではないですが、すみません。自斎さんには、私の相談役兼護衛兼剣術指南として、身近に居てもらいたい」

「ほほほほ、わしのような老いぼれでよければ」

「左近さんには、私の軍師として、色々教えてもらいたい

「よろこんで、お仕えいたします」

「で、宗矩、どうするんだ」

「……選択肢がない状態ですが」

「減らず口を叩くな」

「これが生来の事ゆえ、申し訳ございません」

「了承と取るぞ」

「覚悟は決めました。よろしくお願い致します」

「と、いう事で、岩覚さん、父への連絡をお願いします」

「分かりました」

「この場で、伝えておく、信繁はおらぬが、此処に居る者たちが、私の傍で豊臣政権を支えていくことになる。父上が作り上げたこの豊臣家を後世に残す。これが、私の使命と思っている。大きな壁がこれから先、何度もあると思うが、私は負けたくない。なので、みな私に力を貸してほしい。」


そう話、鶴松は、頭を下げた。その姿を見て、断罪を受ける側であった宗矩は驚きの表情をし、口角を上げていた。宗章は、そんな宗矩の姿を見て呆れ、自斎は、ニヤニヤしながら鶴松を見ていた。

岩覚が一同を代表して、声をあげ、みな一同平伏する。


「「はっ、分かりました」」






「なに!?」

「どうかされましたか」


三成が忍城攻めに向かう挨拶をする為に、秀吉へ挨拶に来ていた。その際、大坂からの書状が秀吉に届いており、書状を読むまで、そばに控えていた。

三成の隣には、一緒に向かう吉継がおり、二人の後ろには、信繁が控えていた。

秀吉の驚きの声に三人とも驚いていたが、表情や声が、怒りによるものではなく、嬉しさのこもったものであったので、問題が発生したように見えず、落ち着いて秀吉の話を待つことが出来た。

顔がにやけている状態で、書状に何度も目を通している秀吉は、今にも踊りだしそうな雰囲気を醸し出していた。


「佐吉、紀之助、源次郎!わしの子は麒麟児だぞ!」

「何故でしょうか」

「鶴松が、話せるようになったのだ!」

「……殿下、話せるとは、どのくらいでしょうか。鶴松様のお歳なら、早ければ、一言二言は話せると思うのですが」

「馬鹿もん!そんなものではないわ!岩覚からは、大人と同じように話せると、書状に書いてあったわ」

「……岩覚殿の聞き間違いではないのでしょうか」

「紀之助……お主も佐吉のような石頭なのか……」


三成と違い、臨機応変に対応し、柔軟な思考を持っている吉継に言われ、秀吉は寂しい表情をする。


「殿下、ひとつよろしいでしょうか」

「なんだ、源次郎、言ってみよ」

「はっ、私も大人と同じ話し方が出来るのは俄かには信じがたい事ですが、ただ、鶴松様の側にあった際に、表情や目の動きなどから、周囲の会話を理解しているのではないかと思う事が度々あった気がします」

「ほぉ~」

「信繁殿……」


三成は、信繁が話した内容を、秀吉に胡麻をすり、取り入ろうしているのではないかと思い、目を細め、冷めた口調で言葉をかけた。

吉継は、そんな三成の態度に、ため息をついた。


「佐吉、お主は、もう少し、人を見る目を養った方がよいぞ」

「何!紀之助とはいえ、その言葉、聞き捨てならんぞ!」

「信繁殿が、お前が危惧するような事をするような人物に見えるのか。お前は、殿下の側近だぞ、そのような杓子定規の偏見で人を見ていては、殿下をお助けする者たちも離反してしまうぞ」

「ぐっ!紀之助……」

「待て!両名とも!佐吉、いい加減にせぬか!お前がそのようなことだから、市松や虎之助たちが反感を持つのだ!」

「……はっ」

「おぬしの忠義は疑っておらぬ。しかしな、人を使うということは、四角四面の考えでは無理だということを理解せよ。わしが死ねば、お主が鶴松を助けなければならないのだぞ!」

「……申し訳ございません」

「紀之助、貴様も言い過ぎだ。三成の為とはいえ、もう少し、言い方を考えよ……っと、まあ、それぐらい言っても、気が付かないかもしれぬがな」

「申し訳ございません」

「よい、源次郎、すまぬな」

「いえ、出過ぎた真似をして、申し訳ございません」

「見よ、佐吉よ、お前の行動により、必要な情報が入ってこなくなるところだったぞ。情報の精査は聞いた後でもできる。しかし、その情報が入ってこなければ、精査のしようがない」

「……はっ、信繁殿、申し訳ない」

「いえ、こちらも若輩のみで、出過ぎました」


三成と信繁は頭を下げあった。その二人を見て、秀吉と吉継は眼を合わせ、苦笑を浮かべた。


「それで、源次郎、先ほどのこと、どのような時に気が付いた」

「はっ……最初、鶴松様に私が紹介された際、驚きの表情を浮かべられていました。普通の子どもであれば、”驚く”表情をすることはまずないと思います。次に、左近殿、護衛の剣士を紹介した際も同様でした。そして、紹介された人物が何者かも理解したような表情をして、見つめ返していました。その瞳の奥は、知性が宿っていると感じました」

「なるほどなぁ、やはり、身近に居れば、よくわかるのかもしれないな。これで、豊臣家は安泰だな!」

「殿下、油断は禁物です」

「……そうだな、佐吉よ。幼子は病に弱いからな」

「はっ」

「ふむ、此処にいる者たちなら、良いか。佐吉、先の件についても、鶴松からの要望が書かれていた」

「佐吉、先の件とは、何だ」


三成は、吉継の問いに、顔を歪め、言いにくそうにしていた。それを察し、他言無用として、吉継と信繁に、寧々の起こしたことを秀吉が説明する。その内容を聞いて、二人は驚きを隠せないでいた。


「まことですか、殿下」

「ああ、岩覚からの書状だから間違いない」

「そのようなことが……」


信繁は、言葉を続けることが出来ず。吉継は、最悪の事態を想像していた。


「して、殿下、書状には何と書かれていたのですか」

「佐吉よ、鶴松がな、今回の件は、何もなかったことにして欲しいと言ってきた」

「岩覚様ではなくて、ですか」

「ったく、お主は、まだ、疑うのか」

「……いえ、そう言うわけでは……」

「殿下、流石に、佐吉ではありませぬが、普通、そう考えます」

「はぁ~、まあいい、岩覚も鶴松と同様の事を考えていたと書かれている。それと、護衛に付けた、柳生の宗矩が、今回、いらぬ動きをしたそうだ」

「それは、どのような」

「寧々が鶴松の部屋に入る際、部屋から出る事と、誰も入れるなという命令に従い、岩覚、左近らを入れなかったそうだ」

「何ですと!」

「鶴松の推測だったみたいだが、宗矩と家康が繋がっていたそうだ」

「ま、まことですか!」

「狼狽えるな、佐吉、殿下、それは、鶴松様が言われていたのですか」

「そうだ、そして、それは正しかったようだ」

「ならば、柳生と徳川を処罰する必要があるのでは」

「佐吉、柳生は構わぬが、そのようなことをすれば、家康が離反するぞ。関東や奥州が乱れ、天下が遠のくわ」

「しかし……」

「今回の件は、家康殿が裏で謀をしていたと」

「いや、今回の件と、宗矩は別だったようだ」

「宗矩を拷問にかけても、裏を取る必要があるのではないでしょうか」

「くくく」

「殿下、笑いごとではないですぞ!」

「その宗矩を、家臣として仕えさせると鶴松は言ったそうだ。佐吉よ、面白いだろ」

「はぁ!?」

「それは、少々危険では、ないでしょうか」

「寧々の命令を聞いたのは、功績を考えた宗矩の勇み足だったようだ」

「だから、それが、何故分かったのですか」

「鶴松が、問い詰めたようだ」

「え?そ、それは、演技かもしれません」

「いや、岩覚、左近、自斎も問い詰められた際の宗矩の表情と雰囲気から、鶴松の考えは、間違いないと書かれておる」

「……そうですか」

「まあ、今回は、宗矩を不問として、死ぬまでこき使わすことにする。それと、信繁」

「はっ」

「風魔の調略は、どうなっておる」

「父上と相談し、忍びを何人か使って、接触を図っております」

「ふむ……」

「殿下、どうされましたか」

「いや、鶴松が、忍びの働きやすいようにすべきと、書状に書いておってな」

「働きやすいとは?」

「忍びの立場は人以下の扱い、その評価は正当に評価されていないと言っておる」

「……殿下」

「ん?源次郎なんだ?」

「我が真田一族は、忍びの者たちを他の家臣同様に扱っております。功があれば報い、他の家臣たちもそれを当たり前と考えております」

「そうか、信玄坊主も忍びの扱いにうまく、お主の祖父幸隆もそうだったな」

「はい、祖父幸隆が流浪した際、陰で彼らが支えてくれたらからこそ、今の真田家があるのです」

「……源次郎、鶴松からの風魔に対して、所領を与えるようにと書いてきている。条件の中に、1万石ほどの領地を与えると約束を加えよ。場合によっては、それ以上も考える」

「はっ」

「これに成功したら、真田もそれに見合った加増をすると、昌幸に伝えておけ」

「は、はっ」

「それと、佐吉」

「はい」

「鶴松がお前の事を心配していると書いていたぞ」

「はい?」

「忍城攻めについて、油断しないようにだそうだ」

「……」

「幼子に言われて、気分が悪いか」

「……いえ」

「だがな、水攻めの件、お主にしか伝えてないのに、書状には書かれておったぞ」

「!?」


吉継と、信繁は、水攻めの事を聞き、驚きの表情を浮かべた。吉継は、備中高松城での水攻めを経験しており、その苦労を考えて、悩みだした。信繁は、うわさに聞いていた水攻めを経験できると思って、眼を輝かせていた。

三成は、誰にも話していない水攻めの件を聞いて驚いていたが、別の疑念もわいて質問をした。


「わしは、言っていないぞ」


疑わしそうな眼を、秀吉に向ける三成の先を制して、秀吉は否定する。


「では、鶴松様は、なんと」

「”窮鼠猫を噛む、どのような堤も、蟻の一穴から崩壊する”と書いていたぞ。たぶん、兵士の中に紛れ込んだ忍びや、強行に攻めだした兵が壊すという事かもしれん。かなりの範囲を守る必要があるから、夜分なら漏れも出てくるかもしれんからな」

「……」

「なので、もう一度言うが、忍城を無理に落とす必要もなく、水攻めはあくまでも、威勢を、財力を見せつけるだけのものだ。そこだけを抑えておけ」

「はっ」

「心配だな、佐吉は……紀之助、お前はわしのかわりに、佐吉をしっかり、頭を押さえつけておけ」

「なっ!?」

「佐吉、紀之助の言葉はわしの言葉、決して、おろそかにするなよ。ようは、紀之助の話はしっかり聞けよ!」

「……はっ」

「そう不貞腐れるな、お前が豊臣家を支える柱だぞ、懐をもっと深めよ」

「分かりました」

「源次郎もしっかり励めよ」

「はっ」


その後、三成は、吉継、信繁を連れ、浅野長吉、長束正家、真田昌幸と合流して、忍城に向かった。


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