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姉妹は和やかに

一篇目の頭から存在だけは告げられていたキャラをやっと出せたのでよかったです。もう1人も、近いうちに出せるでしょう。

ちょっとシモくなったんですが、ミステリ部分に直接関係はしないので、そういうのが嫌いな人は読み飛ばして下さい。


ミーザル王国の首都から、わずかばかり離れた場所にその屋敷はあった。

グッドフェロー伯爵邸。今はその名前で知られる建物は、かつては王の別邸であっただけのことはあり、伯爵家の屋敷でありながら、近隣にあるいかなる貴族の屋敷よりも大きいことで知られていた。

これはグッドフェロー家の先々代が、隣国の美姫をその見事な武勇によって娶ってみせたという、今なお人気の高い騎士物語の元になったエピソードに関係するものなのだが、今はその話を置いておこう。


何せ、全ては過去のお話なのだ。もう一つの王宮あるいはグッドフェロー宮とまで影で称され、内外問わず多くの人間が通いつめた、栄光ある屋敷の気配は、そこにはもはや存在しない。


隣国まで香ると謳われた見事な薔薇園は今では畑となり、屋敷の主は厩で寝泊りする。それが今のグッドフェロー伯爵家の現実だった。


とは言っても、屋敷の主人がそれを惨めな没落だと考えているかと言われれば、多大な疑問が残るところではあったのだが。


「今日は夫人のために、色々と歓迎の準備をさせて頂いているんですよ」


知らない者が聞けば、屋敷の主人エヴァンジェリン・グッドフェローの声にこもった媚のようなものに驚いたかもしれない。彼女の(さが)は悪魔的なまでに傲慢であり、たとえ国王であっても、その頭を切り落とすことは出来ても、下げさせることは出来ないというのが、世間一般における彼女の評価だったからだ。


九月。夏の残暑がまだジリジリと残り、秋にはまだ一歩届かないそんな時期に、グッドフェロー伯爵家は、朝から最重要とも言える客人を屋敷の迎えていた。

客人の名前は、ピルグリム侯爵夫人。15歳のときにピルグリム家に嫁ぎ早2年、その金髪碧眼の愛らしい顔立ちで、微笑むだけで貴族の子息たちを次々と恋に落とし、侯爵家の隆盛も合わさって、数年もすれば押しも押されぬ社交界の華になるだろうと言われている人物である。


「もう、止めて下さい。エヴァお姉さま、怒りますよ」

「ごめん、ごめん。一度はやってみたくてさ。機嫌を直してよ。口をとがせた顔も悪くないけど、カーサは笑っているときが一番素敵なんだから」


そして、夫人の名前は、カサンドラ。奇しくも、エヴァが心の底から愛してやまないたった一人の妹と同じ名前であった。


二人はかつてのカーサの寝室で楽しいお喋りの最中だった。

白を基調とした清潔感のある雰囲気の中に、見るものをハっとさせるような実用性のあるオブジェたちが置かれたその部屋は、カーサという人物をよく表していると言えた。

カーサと会った人々は、まずその愛らしい容姿に引き付けられ、次いでその下にあるしたたかさに驚かされるというのが常だった。彼女は生まれついての社交家であり、その能力の高さは、実の姉であるエヴァに深く愛されているという事実からして疑いようもなく証明されていた。


「お姉さまはお変わりないようで、わたくしも安心しました」


見事な仕立てのピンクのドレスに皺が出来るのも気にせず、ベットに寝転がりながら、カーサは姉に話しかけていた。

いくら血縁とはいえ客人としてのマナー以前の問題であったが、主人の方は妹に屋敷で誰よりも早く会いたいという理由で、今も着ているメイド服で、屋敷の前に馬車が止まるのを待っていたという具合なので、二人の間にはそういった常識は通用しないのであった。


「それはこっちの台詞さ。手紙はもらっていたし、産後の肥立ちは順調だって聞いてはいたけど。我が姫君と1年近く会えなかった日々は、わたしにとっては地獄のようなものだったよ」

「ごめんなさい。わたくしはとてもお会いしたかったんですけど、どうしても家のものが──」

「構わないさ。せっかくの跡取り候補を呪われては堪らないとでも思ったんだろう」

「義母さまは、妊娠は精神の安定が大切だからとか言うんですよ。おかしいでしょう。この世界に、お姉さまの隣ほど心安らぐ場所があるとは思えないのに」


カーサに鈴のような声でそう言われて、照れくさくなってしまったエヴァは、座っていた椅子から立ち上がると、歩いて壁に飾ってあったオブジェの一つを手にとり、カーサが寝転んでいるベットへと近づいていった。


「どうかな、いちようサハルに毎日手入れはさせているんだけど」


手渡されたものをじっくりと見て、カーサはソレにそっと口付けをした。


「後でお礼を言わなくていけませんね。この子たちを連れていけないと分かったときは悲しくてしょうがありませんでしたけど、こんなに良くしてもらえるなら、わたくしのところにいるより、ずっと幸せだったでしょうから」

「わたしとしては、お前が幸せなら、他のものが不幸になったところで、何ら問題無いんだけどね」


エヴァは、人が悠々と4,5人は寝れるだろうベットに寝転がると、愛しい妹に密着して、その華奢な首筋に顔をうずめた。


「まっ、男女のことに口を挟んだりはしないけれどさ」

「これについては、前のときにお話したでしょ?」

「もちろん、分かってはいるんだ。ただ、それのせいで、我が姫が着れる服に制限がつくと思うとね」


カーサは手に持っていたオブジェを床下に置くと、無言で自分の首の周りを撫でた。彼女が着ているのドレスは、首周りがビッシリと布で覆われるデザインになっていた。

もちろん、そういったものも皆無というわけではないが、これにカーサが夜会などで着ているドレスが、いつも首まですっぽり隠す慎み深いものばかりだという情報を加えれば、自ずから見えてくるものがある。


実際、そういった下世話な噂は既にあったし、事実だけで考えるならそれらはそこまで外れたものではなかった。ただ、彼らが考えているものとは実態はかなり違ったのだが。


「それはどうでしょう。仮に何もなくても、わたくしが胸まで開いたものを着ますと、かなり下品になるでしょうから、大して変わらない気はします。何より、首を絞めているときのあの人の無様な顔を見るのは、わたくしの家での数少ない楽しみですから。素敵な気分ですよ。大の男が、いくら憎んでも足りない女の首に手をかけながら、どうしても殺せない様を見るというのは」


まったく誰に似たんだか。天使の笑みを浮かべる妹を見ながら、エヴァは他人事のようにそう思った。

あの人と呼ばれたカーサの夫が、婚前の放蕩をすっかり止め、理想的な夫になったという話は聞こえてきているし、カーサの人心掌握の技術に不安があるわけでもない。


念のため片手でしか絞めさせていないと言うし、絞めさせるときはカーサが上になっている体勢だという話だから、勢いで殺されたりすることもまずないだろうとエヴァはそう割り切ることにした。

かつて、カーサが裏の森で野生の動物と戯れているのを嗜めて不機嫌にさせ、それから一週間ほど口を聞いてもらえなかったのは、エヴァにとって大変につらい思い出なのだ。


「分からないではないけどね、わたしだって、時には自分の身を実験台にするし。ただ、武器にだけは持たせてはいけないよ。人間というのは、たったそれだけで馬鹿みたいに気が大きくなったりする生き物だからね」

「それについては心配ありません。ラシードがきちんと見ていてくれますから」

「一応聞くけど、うちの双子の片割れはちゃんと役に立ってるかい?」

「もちろんです。一つ困ったことと言えば、白粉で肌の色の隠してるせいで、あちらの使用人が何人も彼に秋波を寄せてるってことですけど」

「そればかりは仕方ないさ。サハルもラシードもかなりの美形だからね」


カーサの寝室へと通じる扉の前で、今話題になった二人が同時に鼻をぐずらせた。扉の右と左にそれぞれ陣取った二人は、相手の方をちらりと見たが、何かを喋ったりはしなかった。


そんな使用人たちの様子は露とも知らず、寝室の中の主人たちはベットの上でお互いの身体を寄せ合いながら、仲むつまじくお喋りを続けていた。


「──もしめんどくさくなったら、さっさと帰ってきてもいいんだよ。そっちに移すことで、伯爵家の財産の大半はヘンリー叔父様の後見から外れたし、跡取り息子だって産んだんだ。むこうだって文句は無いだろう」

「子供可愛さに、わたくしがお姉さまを裏切るかもしれませんよ?」

「カーサが幸せなら別にそれでも構わないけど。可愛かったの?」

「ええ、猿みたいで。ただ泥細工とでも言うんでしょうか、あまり興味は沸きませんでしたね」


いつもは石/意志を切り刻んだりしている身では、歯ごたえがなさ過ぎたということか。上手いことを言うものだと、エヴァはいつもの事ながら感心した。1人で上手いことを言って悦に入るようでは話術としては三流である。一流の話術の持ち主は、こういったとき、相手が上手く返せるように、言葉の中にヒントを仕込んでいるものなのだ。


「泥と見せかけて、実は紙/神の細工なのかもしれないよ。どちらにしたって、カーサからすれば、柔らか過ぎるんだろうけど」

「そういえば、人は白紙で生まれてくると、そう言った哲学者もおりましたね」

「白紙であればしめたもの、世の中には人は一本の草に過ぎない──やめよう。わたしが負けるのが見えた」


嘘だなとカーサは思ったので、姉に言葉ではなく抱擁で応えることにした。おそらく、エヴァがこの類の遊戯で勝ちを譲るのは、世界でただ1人カーサだけだろう。それは誇らしく、同時に少し寂しいことだった。だから、口からポロリと言わなくてもいい台詞が出た。


「そういえば、ウィリアム様が帰ってきたという噂はお聞きになりましたか?」

「噂を信じるなら、ウィル兄様は、この国に毎月のように秘密裏に帰ってきてることになるからね。どうかな、そういうことになっていても別に驚くには足りないけど」


カーサはじっとエヴァの顔を見つめた。


「お姉さまに会わずにですか?」


エヴァはふわりと笑って、カーサのおでこ、右目蓋、左目蓋へと続けて口づけをした。


「まったく、母親になったのに、カーサは相も変わらず甘えん坊だな」

「そうですけど。そうですけど、違いますっ」

「愛してるよ、カーサ。世界中の誰よりもね」


だが、あの男は姉さまの世界そのものなのだ。カーサにはそれがたまらなく悔しかった。だが、それを口にしたところで、姉を困らせるだけなのは分かりきっている。彼女は今日一番の笑みを浮かべた。


「わたくしもです、お姉さま」


その言葉に合わせたかのように、部屋の扉が左右から一度ずつ叩かれた。

姉妹の一日はまだ始まったばかりだ。

エヴァもカーサも他者への加虐性が強い人たちなのですが、メンタルだけで十分満足する姉と、フィジカルもあった方が嬉しい妹という差があります。

この差は物事へのアプローチ方法とかにも表れていて、人の内心を推測するのに、姉は対象の思考様式そのものをシュミレーションにするのに対して、妹は顔の筋肉の反応などから答えを導き出します。

両者とも相手側の手法が取れないわけではないのですが、こればかりは好みなので、一対一で読みの深さを追求するなら姉が、一対多で即座に適切な反応をし続けるなら妹が優れているみたいな感じ。


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