殺人は劇的に
出題編です。トリックは、まあ、櫃ですね。バリエーションというよりはオマージュ。名推理と迷推理を逆にしようかと最初は思っていたのですが、やはりトリックのレベルが違うので、今の形にしました。
「まず名前を、それから、あの日あったことをまた最初から話して下さい」
ジャックの落ち着いた声に促されるように男はぽつぽつと話し始めた。
「わたくし、アーサー・ロスと申しまして、スタンレー家の使用人でございます。あの日、わたしはいつものように朝の七時に「女王の城」という宿の最上階にある部屋に出勤しました。言うまでも無く、オルガ・スタンレー様にお仕えするためです」
「この仕事は長いんですか?」
「いえ、まだ半年ほどです。わたくしは紹介所付きの使用人なので、そういう意味では長いとも言えます。普通は急場をしのぐために1,2日というのが普通ですから」
「しかし、彼女の夫であるスタンレー氏は隣国であるクラリッサ連邦でも指折りの名門の当主だ。わざわざ、あなたを雇わなくても、旅先に連れてくる使用人はこと欠かないように思いますが」
ジャックの指摘に、アーサーは憐憫と嘲弄が半分といった感じの表情を浮かべた。
「由緒があり過ぎるのが問題になるということもございます」
「というと?」
「お分かりかと思いますが、旦那様は今年で55歳対して奥様はまだ23歳です。まして旦那様の前妻がお亡くなりになられてから、1年と経たない内での再婚だったとお聞きしております。これは小耳に挟んだ話に過ぎませんが、向こうでは奥様への風当たりはかなり強かったようです。そこには家の使用人も含まれていたとか」
「つまり、逃げてきたと」
「奥様は一時的な避難だとおっしゃっていました。旦那様の方は月の半分以上はクラリッサで生活していたわけですし。だから最初は使用人をあらためて雇うつもりも無かったようなんですが、やはり宿の従業員だけでは色々と手が回らないところがあるらしく、わたくしとその日は暇をもらっていたマーレをお雇いになったと聞いています」
「その愛されている奥様は、旦那様のことをどう思っていましたか?」
「同じく深く愛されていらっしゃいました」
「スタンレー氏の金をですか?」
ジャックの質問に、アーサーは少しばかり躊躇を見せた。彼はポケットにおさめていた銀の懐中時計を膝の上に置くと、その表面を指でも何度もなぞった。これは不安なときに彼が行う癖のようなものであった。何というか、機械式の時計の正確さが心を落ち着かせてくれるのである。
ここで自分の主人を悪し様に言えば、それだけ彼の安全は保証されるのだ。だが、彼は自分の心に正直であることにしたようだった。
「奥様にとってスタンレー家の資産が魅力では無かったとは思いません。ですが、お2人はそれ含めて釣り合っていたようにお見受けしました」
「つまり、2人の仲は良好だったと?」
「はい。近頃ですと、奥様がお初めになられた禅とかいうものをご夫婦揃って楽しそうにやられていたのを覚えています」
「なるほど。では改めて、あの日起きたことを頭から話してもらえますか」
「あの日の午前中は、奥様のご友人を呼んで定例の札遊びなどをする日でしたので、わたくしはその準備に追われておりました。10時ごろになりますと、ご令息のケイン様がいらっしゃいまして、旦那様の場所をお聞きになられたので、まだ寝ていらっしゃるようだとお答えしました」
「ケインというのは、スタンレー氏の前妻の子ですね。よく訪ねてくるんですか?」
「はい、ケイン様は貿易関係でこちらとあちらを行ったり来たりのお仕事をなされていますから、月に1度必ずいらっしゃっていました」
「彼は、オルガ夫人のことをどう思っているように見えましたか?彼は夫人より五つほど年上なわけでしょ」
「礼儀正しく振舞っておられました」
「本心はどうだったと思います?」
アーサーは舌の上で言葉を転がすかのようにしばらく黙り込むと、頭の中でしっかりと構成したとおぼしき文章を口に出した。つまり、どうとでも取れるような文章をである。
「ケイン様はわたくしなどにも気安く声をかけて下さいますし、話せば周囲を楽しませずにはいられないような方でしたが、たまにはっとするほど暗い顔をしていることもおありでしたから」
「そういう人間はえてして二面性を持っているものですからね。それで、その後はどうなりました?」
「十時半過ぎに奥の間から旦那様が起きていらっしゃって、朝食を御所望になられたので、わたくしが宿の近くにある店から、旦那様と奥様の分の朝食を調達してまいりました」
「奥の間というのは、部屋の一番奥にある寝室のことですね?」
「はい。最上階の部屋は大きく分けて三つに分かれています。わたくし達はそれを入り口に近い方から、応接間、居間、奥の間と呼んでおりました」
「アーサーさんは朝から基本的にずっと応接間にいたわけだ」
「はい。台所があるのは応接間だけですので。料理は宿の方でも用意できるのですが、旦那様には色々とこだわりがありまして。簡単なつまみなどはわたくしが準備していました」
「普通、あなたのような男の使用人は料理などしないのでは?」
「紹介所付きの使用人はそういうことでいちいち反発していたら勤まりませんよ。それに病気の母との二人暮らしですから、自然と身に付くものもあります」
ジャックは内心でやはり彼は白だろうと思った。調べた限り、アーサーの勤め先である紹介所の評判は上々で、同僚のマーレも彼ならしかるべき家に仕えることも出来るのにもったいないと言っていた。
しかし、病気の母を看病するために、通いという条件をつければ自ずと働ける先に限界がある。アーサーの歳の割に後退した髪の毛がその苦労を如実に示していた。
彼にとってスタンレー家での仕事は悪くないものだったはずだ。ジャックには彼がその職場をぶち壊す動機があるようには全く思えなかった。
「話を進めてもらえますか?」
「奥様は朝はお食べにならない方ですので、代わりにわたくしがいつもの炭酸入りの果汁水を作りまして、それを旦那様に持っていってもらいました。応接間に戻ってきた旦那様がまだ奥様は一眠りするつもりだとおっしゃったので、わたくしは夜の準備の戻りました」
「このとき何か気になったことはありましたか?」
「特段、これと言ってありませんでした。昼ごろになりますと、ケイン様と旦那様は御二人で外へ食事に出かけられので、わたくしもその場で軽く昼食を取り、奥の間の扉を二度ほど叩きましたが、特に反応が無かったので、軽い掃除などを始めました。加えるなら、このとき衣装櫃には何にも変なところはありませんでした」
「それはそうでしょうね。オルガ夫人がその時間まで寝ていることはよくありましたか?」
「いえ、奥様は大体が11時頃にお起きなられる生活をなさっていましたので。ですが、そういう日もないわけではありませんでした」
「なるほど、続きをお願いします」
「食器などを磨いておりますと、2時半過ぎに御二人が帰ってこられました。それから少しして、旦那様はこれはいかんなと大きな声でおっしゃられました。わたしが何事かと思って、そちらを見ると、旦那様は椅子に座って読んでいた手紙をお仕舞いになられているところでした。旦那様は立ち上がってわたくしに急用が出来たとお告げになると、4時半に出るクラリッサ連邦行きの一等車の予約をするようにお命じになられました」
ジャックが列車の部屋番号を読み上げると、アーサーはそれで間違いないという風に力強く頷いた。だが、その列車の部屋にスタンレー氏が現れることは無かったのだ。
「手紙の内容について何か心当りはありましたか?」
「これといってありません。ただ、いやに急いている印象がありましたので、奥様に関わることなのだろうと思いました。旦那様はなるべく早く奥様をクラリッサに戻せるようにと、それはそれは心を砕いておられましたので」
「スタンレー氏は本当に夫人を愛していたわけですね」
「それは間違いありません。例えば、旦那様は奥の間の方へ行く前に、近くにおられたケイン様に今日は自分の代わりを務めて欲しいという旨のことをお言いになられましたが、これほど細々としたところまで直接指示をなされるのは、奥様に関するときだけです」
「代わりを務めるというのは?」
「奥様がおやりになられる札遊びは四人でやるものでして、いつもは旦那様たち2人とキング夫妻の4人でおやりになられます
「当然、スタンレー氏がいなくなれば一人分空くわけですね。ケイン氏がその遊戯に参加するのは珍しいことでしたか?」
「そうですね、記憶にある限り今回が初めてのことだったと思います。ただ、あの日はいつも旦那様がいないときに代役をしているマーレが不在でしたから、特別に旦那様も気を回したのだろうと思いました」
ジャックは小さく頷くと、手の動きでアーサーに続きをうながした。
「3時にわたくしはケイン様の荷物持ちをするために一緒に宿の外に出ました。荷物というのは旦那様が屋敷から取り寄せた書籍でして、そもそも、あの日、ケイン様はそれをお受け取りに来られたのです。宅まで歩いて20分ほどの距離ですので、ケイン様は一人でお運びになるつもりだったようですが、30冊はありましたから、旦那様がわたくしに手伝うようにお命じになられたのです。その仕事を終えて2人で「女王の城」に戻ったのが4時少し過ぎでした」
「少しばかり時間の計算が合わないではありませんか?」
「それは荷物を運び終わった後、ケイン様がわたくしを労って、宅の近くの酒場で一杯奢ってくださったからです。断るのも非礼ですし、それにわたくしも嫌いではありませんから」
「そして、貴方たちは「女王の城」の一階でちょうどキング夫妻と会ったわけですね」
「そうです。これは少し驚きでした。約束は五時からでしたし、キング様はいつも時間ぴったりに来られるような方でしたから。とはいえ追い返すわけにもまいりません。一緒に最上階に上がりました。間が悪いことがあるかもしれませんでしたから、部屋の中に先に入りましたが、特に問題はなかったのですぐに御三人を中にお招きしました」
「部屋に入るとき、鍵はかかっていましたか?」
「もちろんです。場所柄、侵入者というのもまずありえませんが、万が一ということがございます。部屋を出るときは必ず施錠するようにと旦那様からきつく言いつけられておりました」
「部屋に入ったとき、何か不審なことはありませんでしたか?」
「特に何もありませんでした」
「スタンレー氏の姿が見当たらなかったことを不審には思わなかったと?」
「思いませんでした。急用が出来たと聞いておりましたし、キング様たちは本来なら五時に訪ねてこられるご予定でしたから。それにこう言っては何ですが、旦那様とキング様たちでは少々、年齢的にもお立場的にも差がおありになりますので」
確かに、28歳の一介の中尉とその妻に過ぎないキング夫妻にあのエヴァン・スタンレーが欠席の謝罪をしている場面というのは想像しにくいなとジャックは思った。
というより、もし謝られたらキング夫妻の方が困惑してしまうだろう。妻たちが幼馴染であるという共通点をのぞいてしまえば、夫たちの社会的地位は天と地ほどもかけ離れているのだから。
「オルガ夫人はすぐに出てきましたか?」
「いえ、奥様はまだ寝ていらっしゃるようでした」
「自分で確認はしなかった?」
「やはり、男の使用人は奥方の寝室には入り難いものですから。ただ、代わりというのも変ですが、応接間の方でわたくしがキング様達をもてなしていますと、ケイン様が気を回して、奥様の様子を見に行ってくださいました。2,3分してケイン様が戻ってこられると、奥様はもう少し準備に時間がかかりそうだとおっしゃったのを記憶しています。結局、奥様が出てこられたのは五時半過ぎくらいということになるでしょうか。その間はケイン様が応接間の方でキング様たちと軽い酒を飲みながらご歓談されていました」
「それを見ていて、どういう印象を持ちましたか?」
「印象と言いましても、奥様はキング様の奥方との友情を大切にしておられていたので、少しばかり意外ではありましたが、女性の方にはそういう日もあるのだろう位のものでした。そういうところに気を配るのはマーレの仕事で、わたくしの手には余りますから」
「体調の問題だと思ったと」
「そうです。実際、出てきた奥様の顔は少し青ざめていて、軽い頭痛がするともおっしゃっていました」
「ですが、その日の予定を取りやめることまではしなかったんですね?」
「ケイン様がそういうご提案をされましたが、奥様は、すぐに治るからとお取りあいになりませんでした。キング様たちも心配しておいででしたが、奥様が是非と言えば、あちら様はあまり強くは言えませんので」
「それで、居間の方で札遊びを始めたと」
その合いの手に、アーサーは小さく頷くと一度ごくりと唾を飲み込んだ。刑事のいろはからすれば、それは彼が何かを隠そうとしている仕草とも取れた。
だが、ジャックは深くは追求しなかった。他の人々の証言によって彼が出来るなら隠したいと思っている事実は、既に白日の下に晒されていたからだ。
「居間の中央に円卓を置きまして、それから午前の1時頃まで小休止を挟みながら、ずっとおやりになられていました。奥様も暖めた葡萄酒をお飲みになると、かなり顔色の方も改善されて、いつものように楽しんでいるという印象でした」
「そのとき、衣装櫃に不審なところはありましたか?それに触れた人間でもかまいませんが」
「特に注意していたわけではありませんので何とも言えません。後で異変に気づいたの、もわたくしではなくキング様なわけですし。ただ、触った人間はいなかったと思います。あの衣装櫃は実際に使うものではなく、部屋の隅に置いてある飾りですから、わざわざアレに触りに行けば、否応にも目立ちますから。とは言っても、わたくしは給仕のために応接間に戻ることもありましたから、絶対にいなかったなどとは断言できません」
「なるほど、この状況が午前1時過ぎまで続いたわけですね?」
「はい。ですが、あれは嵐の前の静けさのようなものだったのでしょうね。1時から少し回りますと、遊戯の最中にキング様が卓からお立ち上がりになり、アレは何だとお言いになりました。皆でそちらを見ますと、部屋の隅にあります衣装櫃の付近に何か赤黒い液体のようなものが広がっていました。わたくしは最初それを葡萄酒だと思ったのですが、やはり軍人の方にはすぐにお分かりになるのですね。キング様は険しい顔をしますと、すぐに衣装櫃に近づいていって、その蓋を勢いよくお開けになりました。後はもう悪夢です」
「あなたは櫃の中に入っていたエヴァン・スタンレー氏の死体を確認されましたか?」
「しました。殺されたとはとても思えぬ、穏やかな顔をしておられました。刑事さん、何度も言いますが、わたしは旦那様を殺してなどおりません」
*
管越しに尋問を聞いていたエヴァは、戻ってきたジャックに不思議そうに尋ねた。
「彼が容疑者ってわけじゃないよね?」
「もちろん、最有力の容疑者はオルガ・スタンレーだ。アーサーにはその事後共犯の容疑がかかっているだけさ。ただ、オルガ夫人の証言はキング夫妻が来るまでは部屋で寝ていた。起きてからはずっと札遊びをしていたの一本調子でな」
いくら、アーチボルド家の御曹司にして警視庁最年少の刑事とは言っても、外国の要人の尋問をするのは楽ではないのだ。ジャックの口調は自然と苦々しいものになっていたが、エヴァの口から慰めの言葉など出るはずもなかった。
「なるほど、確かにそれは参考にならないな。殺人犯としてはかなり迂闊だ。だけど、実際の犯人はそんなものな気もするけどね」
「俺が見た限り、オルガ・スタンレーは自分が殺した夫がいる部屋で、札遊びに興じられるような女性じゃない」
「それは女に幻想を抱き過ぎじゃないかな。まあ、いいや。死因は出血多量ってことでいいの?」
「出血は心臓からのものだった。それと凶器とおぼしき血に汚れた刃物が櫃の中から見つかっている。刃物の出所は今のところ良く分かっていない」
「なるほどね。アーサーの話を聞かせたってことは、彼も無実だと思ってるってことだろ?すると、君の考えている犯人はケインということになるわけだ。まっ、妥当なとこかな。どういう遺言になっているかは知らないけど、相続だって夫人が捕まれば、彼が得することは間違いないだろうし」
「遺言状はまだ正式には発表されていないが、息子と妻に大よそ5:5で分けるというものらしい。息子の方からすれば面白くは無かっただろうな。それに調査の結果、ケインにはかなりの借金が存在している」
「そこまで分かってるなら──次のスタンレー家の当主に無理強いもできないか」
「こっちだって確信さえあれば躊躇はしないさ。だが、ケインには犯行を行う時間的な余裕が存在しない。人を殺して、その死体を櫃の中に詰めるんだ。あるいは逆かもしれんが、どちらにしたって最低でも自由になる時間が10分は欲しい。何せ、エヴァン・スタンレーは身長185センチ体重は80キロを超える巨体だ。それに対して、ケインは身長170だし特に鍛えている様子もないからな」
「逆ということは、薬の類を使用した可能性があるということでいいのかい?」
「よく分かったな。死体の服の袖には睡眠薬とおぼしき白い粉が付着しているのが確認されている」
「そりゃ、大量に出血するような殺し方をされているのに安らかな顔をしている上、被害者の体格で一番の容疑者が女性なわけだからね。簡単な推論だよ」
「しかし、それでも意識を失ったスタンレー氏を櫃まで運ばなくてはいけないことには代わりがない。たまたま運良く、櫃の近くで彼が意識を失ったので、それを利用したのだという意見もあるがな」
「それは名推理だね。是非、夫人がわざわざ手間をかけて櫃の中に死体を詰め込んだ理由をお聞かせ願いたいな」
「──女のあさはか、だそうだ」
エヴァはしばらく沈黙すると、これ見よがしにため息をついた。
「君が警視庁の今後を憂う気持ちがわたしにも分かったよ」
「いちよう身内のために弁明しておくと、警視庁内では夫人とアーサーの共犯説が主流だ。2人なら死体を運べないこともないだろうし、本人は言ってなかったが、アーサーは居間の準備をするという理由で五時ごろに、居間で一人きりになった時間がある。そのときに奥の間のどこかに隠しておいたスタンレー氏を櫃の中に運び込んだという説だな」
「奥の間に隠せるなら、わざわざ櫃の中に移動させる必要が無い気がするんだけど」
「次の日には使用人のマーレが来ることになっていたからな。奥の間の隠し場所には問題があったのかもしれない。あとは、睡眠薬の効き目がきれる前に、汚れにくい場所で殺人を行う必要もあった」
「もっともらしいだけで、説明になってないよ。客人を帰した後で、ゆっくり死体を動せる時間は当然あっただろうし。薬がきれるのだって、一度意識を失わせているんだから、動けないように拘束してしまえば済む話だ。ああ、それが女のあさはかってやつなのかな」
「しかし、他に犯行が可能な人間も事実だからな。あと、拘束などをされた形跡は死体からは発見されなかった」
「だいたいの要領は分かったけど、結論を出す前に、衣装櫃についての説明が聞きたいね」
「あれはオルガ夫人がこちらに来てから競売に参加したときに購入したものらしい。物自体は200年ほど前のものだったようだ。元はどこかの貴族が特注で作らせたものらしく、かなり巨大なものでスタンレー氏の身体が悠々入るだけの大きさはあった」
「血は何処から漏れ出してきたの?」
「衣装櫃に2センチ程度の大きさの穴が空いていて、そこから漏れたようだ」
「その穴は購入時から存在していたものなの?」
「少なくとも競売時の目録には櫃に穴が空いているという記載は存在していない。ただ、分かり難い場所にある穴だからな、競売の時点で観賞用の扱いだったようだから、あえて記載しなかった可能性はある。細工は全体的になかなか見事なものだったよ。蝶番の部分にまで凝った金細工がほどこされていてな」
「なるほど、これで十分かな。念のために確認しておくけど、「女王の城」の最上階ってことは、存在するのはその一部屋だけで、外への出入口は廊下とつながる応接間の扉だけってことでいいんだよね?」
「そういうことになる。行ったことがあるのか?」
「十年前にあの宿が完成したとき、両親と一緒に行った記憶があるよ。あまり良い趣味だとも思わなかったけど」
「それは同感だな。あそこに生活の基盤を置くのは俺も遠慮したいよ」
あの美学の無い折衷主義の内装を思い出して、2人は苦笑いを浮かべた。
「まあ、大体分かったよ。そっちの見立て通り、犯人はケインでいいんじゃないかな」
「そうか、実は俺にも一つ案がある」
「だろうね。少し手は込んでいるけど、犯人から逆算していいなら容易にたどり着ける解答だよ」
「ああ、やつは時間を盗んだんだな」
次は解決編になります