解決は華麗に
解決編です。
「じゃあ、本当に儀式の決まりを破ったから、シーマは死んだとでも言うつもりか?」
「結論ばかり急ぐのは、感心しないな。そうだね、一つ聞こうか。何で”新月の儀”なんだと思う?」
「そりゃ、新月の方が雰囲気が出るからだろう」
「けど、別に三日月だって悪くないだろ。半月だって二つの境界をまたぐとか何とか言えば、それらしい雰囲気を出せるじゃないか」
「そんなもんどっちだって同──年間の回数か」
「そう、チャーチルだって言ってただろ。”やっとボクにもって”アレはヘリオガバスたちの組織の目玉みたいなもんだ。年に12回はあまりに少な過ぎるとは思わないかい?話を聞いた限り、一度に一人しか儀式に参加できないみたいだしね」
「もったいぶって、価値を吊り上げてるだけかもしれないぞ」
「最大で24回できるからと言って、馬鹿正直に24回する必要は無い。けど”新月”と銘打ってしまえば、最大でも12回しか出来ない。この差はけっこう大きいと思うけど」
「新月の日でなくてはいけない理由があるってことか」
「わたしなら、そう考えるね」
ジャックはエヴァの指摘にしばらく考え込んだ。新月にあって、三日月や半月にないもの、そんなものあるのだろうか。思考の迷路にはまりかけた彼は、ふとエヴァの後ろにいるサハルの方に視線をやった。サハルは彼の視線に気づくと、右の掌を前に出すとそれをひらりと返してみせた。
「そうか、逆なんだ。何かがあるじゃない。月が出てないこと。それが必要だったんだ」
「だとすると、月が邪魔な理由は一体何なんだろうね?」
「明るさか」
「それもあるだろうね。けど一番大事なのはそこじゃないだ。ふむ、思ったより、重症だな。”結局は、ボタンの掛け違い”だよ、これでもまだ分からないかい?」
その言葉にジャックの中に稲妻が走った。
「一人ずつ、ズレてるのか?」
「そういうことさ。それなら全てに説明がつくだろう」
「チャーチルはまず、アーノルドだと思って、ビートを選ぶ」
「彼に小天幕の中に連れてこられたビートは、その中で自分の名前をチャーチルに示すわけだ」
「そして、ビートだと思って連れてこられたシーマは、また自分の名前をチャーチルに示す」
「その次も同じペテンが繰り返されて、小天幕の中には、アーノルドが入るべき場所にビート、ビートが入るべき場所にシーマ、シーマが入るべき場所にドーズの三人がいる状態が出来上がる。後は分かるよね?」
「ヘリオガバスは前もって位置を把握しておいたアーノルドを選んで、ドーズが入るべき場所に入れる」
「チャーチルは絶食、水行の果てに、強い酒を何杯も飲まされている。ランタンの灯りに従っているだけで、方向の感覚なんてほとんど無かったと推測されるね。まして、深夜の月すら出ていない目印の少ない草原ともなれば、なおのことだ。後は、チャーチルを天幕の外に連れ出して、完成した正しい円環を見せ付ければ”新月の儀”は成功というわけさ」
「だが、もし仮にチャーチルが正しくアーノルドを選んだとしたら、どうするんだ」
「そのときは二人目から同じペテンを始めたんじゃないかな。もしもの時に、アーノルドが告げるべき名前を決めておくことぐらい、難しいことでも何でもないしね」
「だが、その場合は円環が完成しないぞ」
「そういう場合はおそらく、参加者を天幕の中に留めておいて、外に出たヘリオガバスが小天幕にいる四人を連れてくるのさ。四人の顔ぶれが正しければ、参加者もまさか自分が異なる順番で彼らを選んでるなんてまず思わないだろ」
ジャックは両手で自分の髪をめちゃくちゃに掻き毟った。
「こんな子供だましに騙しに気づけなかったなんて」
「こういう単純なやつほど、規模を大きくすると気づきにくかったりするものなのさ。とはいえ、星だって出ているんだ、冷静な状態でやれば、そこそこの数の人間は仕掛けに気づくとは思うよ」
「そのための、絶食、水行、霊酒か」
「それにね、こういうのに参加する人間はそもそも信じたがっているのさ。そういう人間を騙すのは難しいことじゃない」
だが、儀式のタネが分かったところで、犯人はまだ分からない。その言葉が喉まで出かけたところで、ジャックは辛うじてそれを飲み込んだ。
「確かに、チャーチルが余計なことを言わなければ、まだシーマは生きていたかもしれないな」
「そう、彼は”シーマさんですよね?”とドーズに尋ねた。それが意味するところは、隣の小天幕にはシーマがいるってことに他ならない。そして、儀式がわたしの推測通りに行われたとすれば、シーマの居場所を正確に知ることが出来たのはドーズだけだ」
「動機は、そうだな。俺がその組織にいたら、シーマの口を封じずにはいられないだろうな」
エヴァはジャックが椅子の中に身体をのめり込ませるようにしているのを見ながら、その日一番の笑顔を彼に向けた。
「そういうことさ。さて、約束は守ってもらおうかな」
「ああ、俺に出来ることなら何でもさせてもらうよ」
「ちょっと、はしたない話になるんだけどね」
ジャックはゴクりと喉を鳴らした。
「死体が欲しいんだ。それもなるべく、死んでからすぐのものがいい」
「はぁ?」
「だから、死体だよ。警視庁が身元不明の死体を、とりあえずここに集めさせて、記録を取っていることは知っているだ。その中で、なるべく死にたてのやつを用立てて、わたしの屋敷に持ってきてもらいたいんだ。いや、持ってきてくれとまでは言わない。連絡さえくれれば、家のものをこちらから派遣させてもらうよ」
一気にまくしたてるエヴァの気迫に引きながらも、ジャックは当然とも言える質問を口にした。
「なんで、そんなものが欲しいんだ?」
「もちろん、解剖するためさ。わたしは「死」という現象に興味があるんだ。分かるかい、「死」は一般に言われているように、全てを飲み込んでしまうような混沌ではないんだ。「死」というのは、わたし達の生の形を照らす光のようなものなんだよ」
「しかし、国の病院でもそういうことが行われているわけだし、あなたのような人が、わざわざ自分の手を汚すような仕事とはとても思えないが」
「病院で行われいるものを否定するわけでもないけどね。あれは基本的に病人の身体を調べるものだし、患者が死んでから一日経過したようなものを解剖することも少なくない。それでは駄目なんだよ。純粋な「死」を観察するためには、病や時の経過といった要素をなるべく排除しなければいけないんだ。わたしも友人を介して、色々と働きかけはしているんだけど、どうにも向こうの腰が重くてね」
ジャックは嘆かわしいとでも言いたげに頭を振るエヴァを見ながら、確かに一銭の価値もなく、ありふれていて、自分なら簡単に手に入るものだなと他人事のように思った。警視庁に集められた死体はその大半が最終的には無縁墓地に葬られるだけの存在である。むろん、倫理的な問題ある。だが申し出を断るには、エヴァンジェリン・グッドフェローの頭脳は、あまりにも彼には魅力的過ぎた。
「分かった。他に何か条件はあるか?」
「そうだね。なるべく鮮度がいいのが前提条件だけど、できれば男がいいかな。とりあえずは、老人の域に達しっているのも遠慮したいね」
「うちにくる死体のほとんどはそういうものだ」
「だろうね。まっ、こういう研究は量が必要なんだ。また何かあったら、気軽に相談してくれるとわたしとしても嬉しいかな」
ジャックは何とも言えない顔で小さく頷いた。国のためにも、自分のためにも間違った選択ではなかったはずだ。だが、彼の中には何となく黒いもやのようなものが渦巻いて仕方がなかった。
そんな彼を尻目に、エヴァは優雅に立ち上がって一礼するとサハルに扉を開けさせて廊下へと出た。エヴァはとても機嫌が良かった。ずっと懸案だった死体の入手方法の裏づけが、思ってもみない形で解決したからだ。彼女はあまりに機嫌が良かったので、受付でこちらを怯えた目で見てくる警官を寛大な気持ちで見逃してやった。
「よろしかったのですか」
警視庁から出て、場所に乗り込む少し手前の場所で、サハルは己の主人に質問した。
「何がだい?」
「いえ、半年ほど前、へーリオとかいう詐欺師がお嬢様を騙しに屋敷に来たことを思い出したもので」
「人死にが出たんだ、どちらにしたってお開きの時間だよ。しかし、人を見るというのは難しいものだね。わざわざわたしを騙しにきたその度胸を買ったんだけど」
「いかがしましょう?」
「流石に、まだこの街にいる間抜けでもないだろう」
「かしこまりました」
サハルは一礼すると、エヴァが馬車に乗って屋敷を帰っていくのを見送った。使用人にとって主人の言葉は絶対である。彼女はへーリオの顔をぼんやりと思い出し、エヴァの人を見る目を嘆いた。あの男の顔はどう見ても──
最後のは、海外に逃亡した許婚が作った国家転覆のための犯罪結社を、彼が帰ってきたときのために維持し運営しているということなんですが、書いてみたら明らかに盛り過ぎではありました。いや、ホームズ=モリアーティみたいなパロディ大好きなもので。
許婚が帰ってきて、揺れる主人公みたいな筋をぼんやり考えていたので、若い男を入れてみたのですが、単体としての完成度を優先するなら、ヘンリー叔父さんが刑事で事件を持ち込んでくれば十分だったなとは思う。
ではお読み頂いた方に最大限の感謝を。