事件は不可思議に
基本全て会話文です。安楽椅子探偵の一種ですね。ちゃちな謎ではありますが
一箇所、シーマであるべきところがビートになっていたので修正。
「だが、俺が話すより、当事者に話させた方が分かりやすいだろうな。ちょっと待ってててくれるか」
「別にわたしはいいけど、相手がわたしのことを気にするだろう?」
「それなら問題無い。取調室での音がこの部屋でも聞ける仕組みになってるんだ」
ジャックはそう言いいながら部屋の隅に設置された金属製の菅を指差すと、仕事机とセットになっていた椅子をその菅の前に移動させた。
「じゃあ、ちょっと言ってくる。何かあったら、その管で話しかけてくれ。声は管を通るときにかなり変質から、アンタの喋り方なら向こうも女だとは思わないはずだ」
割と失礼なことを最後の言葉にして、ジャックは部屋から出ていってしまった。
エヴァは自分の後ろでサハルが笑っていそうだなと思ったが、わざわざ振り返ると気にしているようで癪なので、まっすぐにジャックが動かした椅子へ移動した。声は彼女が席を移してから、一分と立たずに聞こえてきた。
「それじゃあ、チャーチル。もう一度最初から話してもらうよ」
「はい。分かりました。全てはわたしのせいなんです。シーマさんが死んだのは」
「こらこら、先走るじゃない。時間列にそって話すんだ」
先ほどの砕けた口調を聞いた後では、エヴァたちにはジャックの柔らかな喋り方は滑稽でしかなかったが、チャーチルと呼ばれた男はそうは思っていないようで、刑事の誘導に素直に従った。
「あれは三日前の新月の日でした。あの日は朝から興奮したことを覚えています。何せ、やっとボクにも”新月の儀”の順番が回ってきたんですからね」
「その”新月の儀”っていうのはヘリオガバスという男が開催している集会だね?」
「刑事さん、”新月の儀”はただの集会なんかじゃありませんよ。ヘリオガバス様の力の一端に我々のような人間が本当に触れられる神聖な儀式なんです」
「そして、君はその神聖な儀式に参加するために昼過ぎに街の郊外へと出向いた」
「祭儀場です。”新月の儀”を行う者はその日一日は絶食して、儀式を行う前に祭儀場の近くの川で、その身を清めるしきたりなんです」
「君は夕方からすっかり周囲が暗くなるまでの時間、ずっとその川の中にいたわけだ」
「そうです。川から出たときには全身の震えが止まりませんでしたが、それも天幕の中で霊水を飲むと徐々に止まっていきました」
「わたしも霊水というやつを飲んでみたが、要は強い酒だろ」
「それは否定しません。太古の昔から、聖なる儀式には酒が伴いました。正しく使うものには霊水でも、あなたのような人間にはただの酒に過ぎないということですよ」
「そういう考え方もあるだろう。そのとき、天幕の中の様子はどんな風だったのか」
「天幕の中は薄暗く、三本のろうそくがその中を照らしているだけでした。香もかなり焚かれていたと思います。人は儀式のためにローブと覆面で顔を隠した15人の幹部と、腰の曲がったご老人──刑事さんの話だと宗教学の大学教授でしたか、そして、ヘリオガバス様がいました」
「彼は、君に何をしたのかな?」
「ヘリオガバス様は、わたしの手を力強く握って呪文をお唱えになられると、最後にわたしの耳元でアーノルドとお告げになりました」
「アーノルドというのは、ヘリオガバスの下で働いていた男だね」
「はい。一の側近だと言って問題無いと思います」
「そして、君はローブと覆面で顔を隠した男の中から、アーノルドと思しき人間を選びだした」
「わたしはアーノルドさんを選び出すと、彼を外にある小天幕へと連れていきました」
「その小天幕というのは何か教えてもらえるかい」
「強い力というものは、直線的な動きをするものです。もし、わたしがヘリオガバス様の力をずっと持っていれば、それは制御しきれずにわたしの身体を食い破るでしょう。小天幕はそれを防ぐための施設です。力を使って選びだした人間を天幕の四方に張られた小天幕に移動させることによって筋道を作り、ヘリオガバス様の力を円の理に誘導するんです」
「小天幕に移動した後のことを話してくれるかな」
「わたしは小天幕に移動した後、アーノルドさんに筆談で、ビートさんの名前を告げられました。筆談なのは、呪文が乱れて、ヘリオガバス様の力が外に漏れないようにするという配慮のためです。それなのに、それなのにわたしは……」
「チャーチル、時間軸に従えって言っただろう」
「すみません。天幕の方に戻ったわたしは、まずヘリオガバス様から霊水を一杯いただきました。その後で、残り十四人の中から、ビートさんを選んだんです」
「ビートはどういう人物だった?」
「ビートさんは気さくな方です。わたしのような一般の修行者にも気さくに声をかけて頂いたことを覚えています」
「なるほど。それで君はまた、選んだ人間と一緒に外に出たわけだね?」
「わたしはビートさんを小天幕に移すと、筆談で次の名前を教えられました。わたしが殺したシーマさんです」
「言いかい、チャーチル。何度も言うようだが、君がしたことでは人は死なない」
「刑事さんはいい人です。他の刑事さんは、わたしのことを薄汚い人殺しだって呼ぶのに」
「それは──まあ、いい。とりあえず君が何をしたか話してくれ」
「わたしは天幕に戻ると、また師から霊水をいただき、シーマさんを選びました」
「シーマはどういう人だい?」
「正直、シーマさんは少し浮いていました。何というか人を小ばかにしたところがあって、いつもニタニタ笑っているんです。けど、幹部に相応しいだけの力は持っていたと思います。少し前ですが、あの方が読心の力を駆使して人の選んだ絵札を当ているのを見ました。力はみだりに使うものではないと、他に幹部の方に怒られていましたが」
「君は別に彼を嫌っていたわけではないだね?」
「もちろんです。わたし達の間に憎しみなんて存在しません。シーマさん本人だって、怒られた後ですら”こんなものは所詮、ボタン掛違いさ”とか何とか言って全く気にしていないぐらいでしたよ」
「君は、そんなシーマと一緒に天幕を出たわけだ」
「わたしは、わたしは弱い人間です。天幕を出たとき、わたしはこう思ってしまった。この人はもしかしたらシーマさんではないんじゃないかって。いえ、もちろんヘリオガバス様の力を疑ったわけではないんです、ですが、わずかでそう思ってしまったら、どうしても耐えられなかった。だから、聞いてしまったんです。”シーマさんですよね?”って、その問いにあの人は小さくですが頷いてくれました。実際、シーマさんなら、少しばかりのオキテ破りをしても、笑って許してくれるはずだって、そういう打算があったんです。そうしたら、あんなに恐ろしいことが──」
「そこは後でもう一度検討するとして、君のそれからの行動を教えてもらえるかな」
「シーマさんは小天幕に入った後、ドーズさんの名前をわたしに示しました。あっ、ドーズさんというのは、わたしをヘリオガバス様のもとへ導いてくださった方で、力が漲っているというかシーマさんとは正反対の人だったので、紙に書かれた名前を見たときは、シーマさんらしい選択だなと思いました」
「なるほど、続けて」
「天幕に戻ったわたしは、また霊水を一杯飲みました。飲み終わると、ヘリオガバス様がわたしの手を力強くお握りになられました。そうすると、わたしの中から力がどんどん抜けていったんです。言うまでもなく、これはわたしに付与されていた力が、ヘリオガバス様の中に戻っていくためでした。消え入りそうになった意識の中でわたしは、師が小さく頷くと、残った十三名の中から迷わずドーズさんをお選びになり、天幕の外へと連れて行かれるのを見ました。わたしは、ドーズさんの名前すら言ってないのにですよ」
「君の中から力が抜ければ、それで十分のようにも思えるけど?」
「それが素人の浅はかさですね。大いなる力は、それに相応しい儀式をもって扱わないと恐ろしい災厄を招くです。師が四方陣の最後の角を埋めることによって、本当の意味でわたしの中にあった力は昇華されるんですよ」
「ヘリオガバスがその儀式を行っていた間、君はどうしていたのかな?」
「わたしは、天幕の中央部の座椅子に座らされて、師が戻ってくるのを朦朧とした中で待ちました。意識は今にも飛びそうでしたが、最後の確認の儀をするまでは意識を失ってはいけないと口の裏の頬の肉を噛んでいたんです」
「確認の儀というのは、小天幕にいる人たちの覆面を君が剥いでいく儀式のことだね」
「はい。わたしは戻ってきたヘリオガバス様に連れられて、まずドーズさんの小天幕に入りました。わたしが覆面を剥ぐと、そこには確かにドーズさんの顔がありました。ドーズさんはわたしを力強く抱擁なされて、苦しかったのを覚えています。そこからは、アーノルドさん、ビートさんと順々に小天幕をめぐり、最後にシーマさんの小天幕に入りました」
「君はそこで何を見たのかな?」
「そ、そこには頭から血を流して倒れているシーマさんの姿が。それを見た瞬間、わたしは自分のせいだと悟り、意識が急速に遠のいていくのを感じました。わたしが、わたしが悪いんです。シーマさんにあんなことを訊ねたばっかりに」
そこまで言うと、チャーチルはおいおいと泣き声をあげた。ジャックは何とかなだめようとした様だが、最終的には諦めて取調室から出ていく音が、菅を通してエヴァたちの耳に聞こえてきた。
*
「どうだ、何か分かったか?」
二階の部屋に戻ってきたジャックは、扉を開けるなりエヴァにそう問いかけた。
「一つ質問なんだけど、チャーチルの証言を信じる根拠は何かあるのかい?ヘリオガバス以下、みんなグルなんだ。いくらでも彼をたばかることが出来るように思うけど」
「最初の方に出たと思うが、あの日の”新月の儀”にはカール大の宗教学の教授が同席してな。その人が、”新月の儀”の間、天幕の中では一切の会話が存在しなかったことを証言している」
エヴァはそれを聞いて、あの十年前の古びた学説に固執している無能かと思ったが、彼の頭の固さは虚偽から最も遠い性質のものであることは認めた。彼女は管の前から移動すると再びジャックと向かい合う形で腰をおろした。
「なるほど。そうすると、シーマとかいう男の殺され方はかなり酷かったってことだ」
「ああ、近くで拾ったとおぼしき石を袋に詰めたものが死体のすぐそばで見つかってな。それで全身を何度も殴られた後があった。チャーチルはすぐに死体がシーマだって分かったようなことを言っていたが、あの原形をとどめていない顔ではとっさの判別は無理だったと思うぞ」
「そこは順繰りに確認していったわけだしね。そこにシーマがいると思ってたから、そう見えたって話でしょ。天幕から小天幕までの移動にかかる時間は?」
「往復で五、六分ってとこだな。何もない草原だし、小天幕の入口にはランタンが吊るしてあるから迷うことは無かったようだが、基本的には真っ暗闇だぞ」
「そうか、筆談のさいの光源が気になってたんだけど、小天幕に入るときにそのランタンを中に持ち込むわけだね。そうすれば右回りにしろ左回りにしろ、明るさの差で次に入るべき小天幕で迷うこともない」
「そういうことらしいな。チャーチルは右回りだったようだが」
「で、警察はチャーチルくんの自白を信じているのかな?」
「うちもそこまで馬鹿じゃないさ。だがな、あいつ以外に犯人になれるやつがいないのも確かだ。死体を見れば、これは明らかにシーマに恨みがあるやつの犯行だ。こっちで調べた限り、シーマはチャーチルが思っているより、かなり微妙に立場にいたらしい。組織の中にはやつを殺したいと思っていた人間もいただろう」
「確かに、その条件を鵜呑みにすると、彼らのほとんどには犯行は不可能だろうね。天幕にずっといた人間には無理だから、可能なのはヘリオガバス、アーノルド、ビート、チャーチル、ドーズの五人ってとこかな」
「そのうち、ドーズには犯行は不可能だ。ヘリオガバスがやつを連れていってから、チャーチルを連れて確認の儀を行うまでの間に、ほとんど時間的な中断は無かったと教授が証言している。この間、多く見積もっても8分。天幕間を往復するには走っても10分はかかる。もし、やつが隣の小天幕へって行って犯行を行ったとしたら、チャーチルたちがやつの小天幕に行ったとき、ドーズの姿は中には無かったはずだからな」
「なるほど理論的な推論だ。そうすると、アーノルドも無理なのかな。何せ、彼は誰が誰を指名するのか知らないわけだし」
「いや、やつらはグルなんだ。指名する人間を最初に示し合わせておくぐらいのことは当然してるだろう」
「ああ、そういう考え方もあるか」
「おいおい、しっかりしてくれよ」
「とはいえ、どちらにしても彼らに犯行は不可能だってことだろ?」
「それはそうだけどな。やつらがどんなに示し合わせていようが、実際に薄暗い天幕の中で、人を選ぶのはチャーチルなんだ。実際に試してみたが、あれで個別の人間を判断するのはどうしたって無理だ」
「とはいえ、何らかの仕草で自分が選ばれたことを告げることぐらいは出来るんじゃないかな」
「それは俺も考えた。だが、その仕草を見るためにはシーマが選ばれた時点で、まだ天幕の中にいなきゃいけない」
「つまり、アーノルドとビートに犯行は無理。残るはチャーチルとヘリオガバスか。なるほど、チャーチルが右回りと左回りのどちらを選択したか、それをヘリオガバスが知ることできないのが君の抱えている問題なわけだね」
「流石だな。一番ありえそうなのは、ドーズとヘリオガバスの共犯だ。ドーズが一人で空の小天幕へと行き、その間にヘリオガバスがシーマの小天幕に行って殺人を犯す。俺はこれしかないと思っている」
「だけど、四個にあるランタンの内、三個が小天幕の中に入った状態では、ヘリオガバスにはどちらの側の小天幕にシーマがいるのか判別できないわけだ。とはいえ、シーマ本人に合図を出すように指示を出しておけばいいんじゃないかい。ヘリオガバスはその一味の首領なわけだし」
「それだと、シーマの殺害は計画的なものだってことなる。それは現場の印象と一致しない。凶器から見ても、これは明らかに衝動的な犯行だ」
「じゃあ、そもそも幹部全員に右回りか左回りか分かるように合図を出す指示が存在した可能性は?ヘリオガバスが外に出たとき、参加者は中にいるんだ。どんな合図だって出し放題なはずだよ」
「それは俺も考えて、他の日に行われた”新月の儀”の参加者に話を聞いてみたが、誰一人ヘリオガバスからそういう話をされた人間はいなかった」
「そりゃそうか、千分の一以上の確率を当てた人間に、二分の一の選択肢を当ててみたところでって話だもんね」
「それに、これから殺人を犯そうって人間の心理からしても、そんな15人もの人間関わっているような仕掛けを使って、相手の居場所を突き止めようとは思わないだろう」
「一理あるね。そうすると、シーマの居場所を確実に特定できたのは、チャーチルとシーマその人くらいだったってことになる」
「だが、あの男はとても人を殺せるようなタマじゃない」
「ふむ、だいたい分かった」
「本当か?」
ジャックはエヴァに喰らいつかんばかり身を乗り出した。
「君が真相にたどり着けない理由がね」
「俺は真面目な話をしてたつもりなんだがな」
「真面目な話だよ。さっきから君の話は、一つ重要な要素が抜けてるだろ。”新月の儀”は成功してたんだ。それについてはどう説明するんだい?」
「どうせ、何かのペテンだ。考えるには値しない」
「いや、それがこの事件の核心だよ。それさえ理解すれば、犯人は自ずと明らかになる」
「ヘリオガバスなんだろ?」
「そうだね、一つだけ言えるのは、チャーチルは自身の罪を正しく認識してることだ。彼があんなことを聞きさえしなければ、今でもシーマはきっと生きてただろうからね」
次でとりあえず終わります。