第21話
宰相がこの部屋に訪れて数日、何事もなく平和な日々を送っていた。
「・・・結局、下女に戻されることも、祖国に帰してもらうこともなく、ね・・・」
いつもの席にいつものように座り外を眺めながらぽつりと呟く。
宰相は、私を放っておく事に決めたらしい。
あれから、なんだかんだと侍女達を困らせてはいるものの、エリナに窘められてお終いだ。
きっと、宰相から言われているのだろう。適当にあしらえとか・・・。
「やはり私なんかの考えではあの宰相をやり込める事など出来ないのね」
ふぅっと思わずため息が零れる。
私の気分と同調しているのだろうか。空は雲に覆われていつもの青空はなく小鳥達のさえずる音も聞えない。
「雨が降りそうね・・・・」
そう呟いた所で、扉からノックの音が聞こえた。
いちいち、背筋を伸ばして彼女らと対峙することにも意味がない様に思えてきたこの頃、私はぼぉっとそのままの体勢で返事をした。
「・・・・はいりなさい」
私の返事を待って、扉が開く。
案の定、エリナが部屋へと足を踏み入れてきた。
「・・・・失礼します。りリアーナ様、今宵陛下がこちらにお渡りになるとの事です」
部屋に入って来ていきなり落とされた言葉に窓の外に向けていた視線が、エリナへと移った。
「・・・・・は?」
エリナは今何と言ったのだろう?
エリナの言葉を反芻しながら頭を働かせる。
・・・・あの王がここにくる?
「・・・・・なぜ・・・・・?」
頭の中で疑問に思った事が無意識に言葉になって零れた。
エリナにはその言葉は聞こえていなかったのか、そこに立っている姿が視界に入り、思わず背筋を伸ばして両手を合わせ笑顔を作る。
「・・そ、そう!嬉しいわ。いつかいつかと待ちわびていたのよ!ほら!エリナ!何をしているの!!今夜の用意をして頂戴!!ロナを呼んで!!」
そういうと、エリナは眉間に皺をよせながら「かしこまりました」と言うと、部屋を後にした。
一人になると、合わせていた両手から力が抜ける。
「な、なぜ?あれだけ怒っていたのに、またここへ来ると言うの?」
何を考えているのかさっぱりわからない。
一体私をどうしたいのだろうか。
「やっぱり・・・夜の相手として・・・・」
あの時の王の怒りを思い出して思わず身がすくむ。
あんな人と一夜を共にするくらいなら、まだ下女の時の様に硬いベットで一人で寝た方がマシだ。
だが、今の私にはどうやったって今回の事を回避することなど不可能なのだ。
思わず、テーブルに塞ぎ込みそうになったところで、扉からノックの音が聞こえた。
きっと、ロナがやってきたのだろう。
倒れ込みそうになった体を起し、扉に向かって声をかける。
「・・・・入りなさい」
予想通り入ってきたのはロナだった。
「・・・失礼します」
最初に王が来ると言われたあの日からロナは怯えたように私を見る。
「・・・何をしているの?早くドレスを持ってきてちょうだい」
ひとつ溜息をこぼしながらそう言うと、慌ててロナは衣裳部屋へとはいって行った。
それを横目で見ながら今度こそ本当に心の底からため息が零れた。
二度と来ることがないと思い込んでいた人物が自分に会いに来ると言うのだ。
ため息が零れない方がおかしいだろう。
再び窓の外に目をやれば、外は雨が降り出していた。
「・・・あぁ、私の代わりに泣いてくれているのね・・・」
誰にも聞こえない程度の声で思わずこぼれ落ちた言葉は雨に吸い込まれていく。
しぶしぶ席を立ち、自分で窓を閉める。
「今日はもう、外を眺めることも出来ないでしょうね・・・」
空気を深く吸い込み、私は衣裳部屋へと足を向けた。




