第17話
「・・・リィ・・・・り・・・・ィ」
どこかで誰かを呼んでいる。
まだ、眠い。
あぁ、でも起きなければ。仕事がある。
暗闇で呼ばれる声に私は意識を浮上させる。
「・・リリアーナ様」
その声に、思い瞼を持ち上げた。
「・・・・エリナ・・・?」
寝ぼけた目を擦りながら、上半身を起こす。
「もう、交代の時間・・・?今、何時・・・?」
私のその問いかけにエリナは深いため息をこぼす。
「・・・はぁ。リリアーナ様、しっかりなさってください。貴方に仕事はありません」
冷たく言い放つその言葉に、やっとしっかり目が覚める。
「・・・あぁ、そうだったわね・・・・」
もはやこのやり取りは何度めだろう。
いきなり後宮に入れと言われそろそろ1週間が立とうと言うのに、エリナに起こされる時は決まってこの様に寝ぼけてしまう。
「おはようございます。本日のご予定を申し上げます・・・・・・」
そう言って、何事もなかったかの様にエリナは予定を読み上げる。
その間に私はいつも、寝ぼけた頭をしっかりと起こす。
未だにあの頃の気分が抜けない。
悔しくてみじめだと思っていたあの頃が、今ではとても楽しかったのだとはっきり言える。
まだ、私がエリナを友達だと思っていたあの頃が・・・。
「・・・よろしいですか?」
その声に、ハッと意識を戻される。
私はエリナの顔を見上げるとコクリと頷く。
内容など聞かなくても毎度毎度同じ事の繰り返しだ。
そもそも、宜しいも何も私の意見が取り入れられる事などないのだから、わざわざ報告などする必要もないだろうと思っている。
「それから・・・・」
エリナは私を見て、少し言葉を止めた。
いつもはそれではご朝食の準備を致しますと部屋を出て行くエリナだが、今日はまだ何かあるようだ。
「なに?」
私の問いに頷き、言葉を続けた。
「本日の夜、国王様がお見えになります」
その言葉に思わずきょとんとしてしまった。
というのも、後宮に入ってから国王の姿は見ていなかった。
いや、正確にはこの国に来てからだ。
「・・・・いまさら・・・・」
思わず本音が零れた。
今更、なんだと言うのだろう。
今まであれだけ放っておいて何をしにくるのか。
そんな思いが表情に表れていたのだろう。エリナが言葉を付け加える。
「・・・・わかっておいでですか?夜のお相手としてこちらに来られると言う事ですよ?」
その言葉に、勢いよくエリナの顔を見上げた。
「な、な・・・・」
なぜ?
そんな事を馬鹿らしくも言いそうになった。
後宮とはそういう場所だ。
王妃候補としてここに入っている以上そういう事があってもおかしくはない。
だけど、ここまで私に興味を持たなかった王にそんな事思い付くはずもなかった。
私の顔など見たこともないだろう。
それなのに・・・・・。
「お分かり頂けたようですね?・・・・本日は早めの夕食になります。また、そのあとロナが参りますのでご用意を宜しくお願い致します。それでは、ご朝食の準備をしてまいりますので、失礼致します」
そういうと、エリナはいつもと同じように部屋を後にした。
ベットの上で呆然とする私は、エリナを笑顔で見送る余裕もなかった。
「どうしよう…」
こんなことになるなんて考えてなかった。
ベットから降りると、考えるときの定位置となった窓際の椅子に腰かける。
「・・・・冗談じゃない」
ギリリと音がするかと思うくらい歯を食いしばる。
今まで私を放っておいて、後宮に入ったら夜の相手をしろだなんて、馬鹿にするにも程がある。
「・・・何とかして回避しなくちゃ・・・」
でも、どうやって?
話して通じる相手だろうか?・・・通じるわけがない。そんなものあの宰相を見ていればわかる事だ。
仮病でも使ってやろうか?
・・・いいや、それも無理に決まっている。あのエリナが私の体調を見誤る事などないだろうから。
「・・・・・・そうだわ」
ふと、あの宰相の嫌そうな顔が思い浮かんだ。
嫌われればいいのだ。
こんな女に夜の相手など務まらないと思わせれば。
そうと決まれば急いで準備をしなければならない。
今夜まで時間がないのだから。
そう思えば、すかさず手元のベルをならす。
すぐ隣にいると言うのはこの1週間嫌という程良く分かっている。
ベルの音が消えればすぐに扉からエリナが顔を出した。
「何か御用でしょうか?」
相変わらず無表情なエリナに私は言った。
「今すぐロナを呼んで頂戴。今夜の為にしっかりと準備を整えなくてはね!」
昔の笑顔を張り付けて笑えば、本来豊かな表情を持つエリナの無表情な仮面も眉がピクリと動く。
だが、何も言わず返事だけを寄こし部屋を後にした。
「さぁ、嫌われて見せようじゃない」
くすりと笑えば、窓の外では鳥たちが楽しそうに飛んでいるのだろう。さえずりが耳に入った。




