第13話
「失礼致します」
侍女長に連れられてやってきたのは、見覚えのある部屋の前だった。
「・・・・どうぞ」
中から聞こえた声に、やはりと溜息をつきたくなる。
重い扉を侍女長自ら開け、私を中へ入るよう促す。
その目にはくれぐれも失礼のない様にと言葉にならない重いが乗せられていた。
「・・・・・・失礼致します」
私が部屋に入ると、侍女長は扉の外側へと姿を消した。
「お久しぶりですね」
軽やかな声が聞こえ、そちらに視線を移すと、あの時と同じように椅子に座り優雅にお茶を飲んでいる宰相の姿があった。
「・・・・・ご無沙汰いたしております。宰相様」
姫時代に学んだ礼を、下女の制服で行う。
決して宰相の姿を目に入れないよう頭を深く下げ。
「これはこれは!初めてお会いした時とはまた随分と変わられましたね。いかがですか?こちらでの暮らしは」
いけしゃあしゃあとそう問いかける宰相に思わず唇を強く噛む。
そして、ふっと息をはき頭を深く下げたままその問いに答えた。
「・・・・・・おかげさまで、とても有意義な時を過ごさせていただいております」
「それは結構な事です。私はてっきり貴方の様な高貴なお姫様には暮らしがたいものかと思っておりましたが・・・」
明らかに笑いを含みながらそう話す宰相の言葉にグッと両手を握りしめた。
「いいえ。その様な事はございません。何より私はこちらではただの下女にすぎません。・・・・いえ、こちらの国だけではないでしょう。もう私には何の身分もございません。どうぞわが身の事などお捨て置きくださいませ」
頭を上げる事無くそう言い捨てた。
もう、とにかくほっておいてくれと・・・・。
「いえいえ、そういう訳には参りませんよ。貴方様にはこれより後宮に身を置いて頂かなくてはなりませんのでね。それに、下女などなんのご冗談でしょう?貴方はれっきとしたカンミロイヤル国の王女様ではありませんか」
言われた言葉に思わず顔を上げてしまった。
「はっ!?」
顔を上げた先には椅子から立ち上がりすぐそばまできていた宰相と目があった。
「やっとお顔を上げてくださいましたね?リリアーナ姫。数々のご無礼心よりお詫び申し上げます」
そういうと、宰相は深々と頭を下げた。
その宰相の姿に思わず眉を寄せた。
「・・・・一体、何のご冗談でしょうか?私に下女になれと言ったのは貴方ではありませんか!?」
それを今度は後宮に入れ!?
本当に一体何の冗談なのか?今までの怒りがむくむくと湧きあがってきた。
「貴方がお怒りになるのはごもっともだと思います。ですが、もともとこちらへ来られた目的を覚えておられますか?」
宰相が頭をあげて真面目な表情でそう私に問いかける。
「・・・ですから、こちらへは私は下女として参ったのでしょう?私の両親から押し付けられたのでしょう?」
「いえ、そのご両親には何と言われこちらへ来られたのですか?」
「・・・・・こちらの国に嫁ぐ為にと言われ・・・・・・っ!」
「思いだして頂けましたでしょうか?そうです。貴方様はこちらの王に嫁ぐよう言われてこちらにおいで頂いたのですよね?ですから、後宮に入って頂くのは当然の事にございます」
「なっ!何を勝手な!!!」
下女になれと言ったのはこの国だ。そして、両親もそれを望んでいると。
それなのに、今度は王に嫁げ!?
馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
「勝手を申し上げている事は重々承知しておりますが、我が王との結婚の条件を遂行したまでの事です。以前の貴方様のままでは、さすがにこちらに嫁いで頂いても国をつぶすだけでしたので」
そんな言葉にグッと昔の私の振る舞いを思い出す。
確かに、以前の私ならば自分の事ばかりでこの国の王妃になどとてもなれたものではなかっただろう。
だけど、だからといって、はいそうですかとこの話に納得できるわけがなかった。
「・・・・宰相様のおっしゃる通りだと私自身そう思います。・・・・ですが、今の私でも同じ事。この1年で変わったと自分でも思いますが、私にはこの国の為に出来ることなどありません」
怒りもあらわに宰相にそう言った。
だが、宰相は薄く笑っただけだった。
「ふっ。確かにこの1年で少しは成長されましたが、まだまだの様ですね。いいですか?私共は貴方が以前の様に国の財産を食いつぶし、国の職務の邪魔さえしなくなればよいのです。つまり、今のあなたであれば何の問題もないのですよ。貴方自身に価値はないのですから」
その言葉よりもさらに冷たい視線を私に向けてくる宰相に私は寒気がした。
「・・・・それならば、私の事などほおっておいて下さい。この城から追い出してもらっても構いません」
価値のない私がなぜ後宮などに入らなければならないのか。
私の言葉に宰相はまた薄く笑う。
「ほんとうに・・・。貴方と言う方はどこまでも幸せな人だ。貴女自身のの価値はなくとも付属でついてくる物には価値があるのですよ。貴方が居ない事が分かればそれすらなくなってしまう事がわかりませんか?」
何も分からない小さな子に喋るよう宰相はゆっくりと私にそう言って聞かせた。




