第11話
「リリィ!!あっちの掃除は終わったの?」
同じ下女仲間のエリナが私に声をかける。
「ええ!さっき終わったわ。エリナの方は?」
「こっちも終わり!やっとお昼にいけるよ~」
お互いにへとへとになりながら、持っていた掃除道具を片付け食堂へ向かう。
あれから1年が過ぎた。
結局、私に残された道は下女になることしかなかった。
あの後、部屋に戻り待っていたのは同じ部屋の下女であるエリナだった。
何も分からなかった私に根気よくすべてを教えてくれたのはエリナだ。
あの頃の自分がどれだけ何も出来ず、最低な人間だったか今は思い出したくもない。
だが、エリナのおかげで、今ではなんとか下女仲間とも上手くやっていけるようになり、仕事も覚え、やっとこの城での私に慣れ始めてきていたところだった。
「リリィも何とか使えるようになってきたよね~」
食事を受け取り席に着きながらエリナはそういう。
「・・・まだまだだけどね」
「ううん。そういう言葉が出る様になっただけでも進歩だよ!」
エリナは笑いながらそういう。
なんとなく居心地の悪い思いをしながら、自分のしてきたことを思えばこの言葉も受け止めるしかない。
「最初の頃だったら、『なぜ、私がそんなことしなければならないのよ!!』って叫んでたから。あはは」
「・・・その事はもう言わないでよ・・・・」
思わず目を覆ってしまう。
確かに以前の私ならそういう事を言っていただろう。
「うんうん、本当に苦労したよ~。でも、貴族のご令嬢がこんな仕事をしなければいけないなんて大変だったでしょう?リリィはとっても頑張ったよ!」
にっこりと笑うエリナに思わず苦笑してしまう。
・・・本当は貴族というか、王族なんだけれど・・・・。
それを言うことは禁じられていた。
王族であることを言葉にした瞬間にこの城を追い出すといわれた。
何もできなかったあの頃の私に、いきなり城を出されたところで何も出来るはずがない。
唇を噛み締めながら、あの宰相の言うことにしぶしぶ従っていた。
「でもさぁ、リリィってば覚えが早いから助かっちゃった!最初は文句ばっかり言ってやらなかっただけではじめたらすぐに覚えちゃうんだもん」
ちくちく昔の事を挟まれるとちょっといらっとするのは昔と変わらない。
だけど、それを表に出すことはしない。
「もぉ、昔の事はあまり言わないで。本当に悪かったと思ってるから」
苦笑しながらエリナにそういうと、エリナもごめんごめんと謝ってくる。
いつも思っていたが、彼女は悪気があって言っているわけでもなく、どうやら天然のようだった。
「それにしても、今日はいい日だったわ~」
一旦先ほどまでの話に区切りがつくとエリナは話を変えた。
「何かあったの?」
王女の時であれば口にすることもなかっただろう庶民の食事を食べながらエリナに聞いた。
「あったの!!今日は陛下のお姿を拝見出来たんだもの~!遠目でもかっこよかったわ~」
スプーンを両手で握りしめながら、わけのわからないところを見て微笑んでいる。
大丈夫だろうか・・・・。
「・・・・・・ふーん・・・」
「『ふーん』ってリリィは陛下に興味なさすぎよ!!一目見たら絶対にリリィも陛下にイチコロよ!!」
さっきまでポケッとしていたかと思えば今度は私を怒りだす。
なんとも素直な性格で、ある意味、昔の自分を少し思い出す。
「・・・・・・興味ないもの。それより、エリナも早く食べないと午後からの仕事に遅刻するわよ」
そう言って、机に肘をつきながらエリナの食器を指さす。
自分の食事はエリナが『陛下』の素晴らしさについて語っている間に平らげてしまった。
そんな私の殻の食器をみて、あわててエリナは食事を食べ始めた。
慌てて食べる姿が小動物の様でほほえましくある。はじめて出来た友人と食事をすることがこんなに楽しいことだとは知らなかった。
愛称で呼んでもらうことがこんなにも嬉しいことだったとは知らなかった。
彼女と出会えたことで私は今まで知らなかったことを学べた。
だけど・・・・・。
彼女の口から『陛下』の話題が出るたびに、私の中の黒い感情がうずく。
エリナにとっては素敵な陛下でも、私にとっては憎むべき相手だ。
確かに下女になったおかげで私の行いがどれだけ間違っていたのか気付く事が出来た。
だが、それでも私の失ったものは大きかった。
プライドを粉々に砕かれた事はもちろん、帰るべき場所まで失ってしまった。
父や母までも私の中で憎むべき対象となってしまった。
なにより・・・・・
「私は誰にも必要とされないってことを思い知らされたわ」
思わず声に出てしまった言葉に慌てて食べていたエリナがふっと顔を上げた。
「ふぁにぃ?」
口の中をいっぱいにしているエリナに苦笑しながら首をふる。
「ううん。なんでもないの。いいから、早く食べちゃいなさい」
私の言葉に頷くと再び食事に集中し始めた。




