「お願い、貸して?」それは返す人が言う言葉ですよ
「ねぇ、クララ。お願い。今日の授業のノートを貸してくれない?」
あぁ…。
見つかった…。
授業が終わって、急いで図書館まで逃げてきたのに、私の行動などお見通しと言わんばかりに、幼馴染で執拗に私にくっついてくる、自称クララの親友、トンプソン伯爵家の令嬢アヴィーがニッコリと笑う。
フワフワと揺れるはちみつ色の髪を手で払うと、クララの手元にあったノートをつまむように取り上げた。
「あ!待って。まだ書いている途中なの…!」
そのノートに向かって手を伸ばしてもすり抜けるように躱され、しっかりと胸に抱えられた。
「あなた、頭が良いのだから、これ以上勉強する必要ないでしょう?お願い。今日一日でいいから貸して。ほら、私って体があまり強くないでしょう?昨日から少し体調が悪くて、今日の授業も全然頭に入らなかったのよ。ね。」
そう言ってすぐに返してくれたことなどないくせに。
彼女はいつも私から当然のように、レポートや課題、授業のノート、忘れた教科書や飾りのついた大切なペンや髪飾り…。いつも色んなものを奪っていく。
それが始まったのはずっと小さい時からだ。
クララはシェルトン伯爵家の令嬢だ。
父は城で外交官として働いていて、その上官がアヴィーの父、トンプソン伯爵だ。
上司と部下の関係だが、父親同士は気が合うのか、家族ぐるみで会うことが多く、末っ子で生まれた体が小さく虚弱なアヴィーの面倒をクララが見ることが多かった。
といっても同じ年の令嬢である。
成長と共に面倒を見るというのもおかしな話になってくるのだが、小さい時の名残か、彼女は私を慕ってついて回ることが多かった。最初は同じ年頃の友人が出来て嬉しかった。
クララには上に兄がいるが、嫡男としての勉強が忙しく、両親も妹のクララより、どうしても嫡男である兄のフェリックスを気にかけることが多かった。
そのせいか、忙しそうな家族を気遣い、甘えるのが苦手になってしまった。人見知りで引っ込み思案なクララにとって、こちらが黙っていてもたくさんおしゃべりしてくれて、嬉しそうにべったりくっついてくるアヴィーは可愛くて明るくて好きだった。
「クララ、クララ、ずっと私と一緒にいてね。」
「クララは私の親友でしょ?お願いを聞いてくれなきゃ嫌よ。」
「クララが私の親友だって証が欲しいの。お願い、クララのその髪飾り、私にちょうだい。」
最初は些細なものだった。
それほど思い入れもなかった自分で選んだリボンやおもちゃ。
大事だったけど、アヴィーの方が大事だったから、お願いされて贈った綺麗な装丁が施された絵本やぬいぐるみ。
最初は親友という響きが嬉しくて言うことを聞いていたが、そのうち、明らかに意図してクララの大事にしているものを奪うようになっていった。
兄が誕生日に作ってくれた花冠。
まだ7歳だった兄がお花の大好きなクララのために手を傷だらけにして作ってくれた花冠。
嬉しくて嬉しくて、母にお願いして長くもつようにと高価な保存魔法をかけて貰って大切に部屋に飾っていた。
遊びに来た時に彼女はそれを見つけると、どうしても欲しい欲しいと泣き出してしまった。
私にはそんな素敵な物を作ってくれるお兄様はいないのに!!と。
彼女に兄はいないが、優しい姉が二人もいるのに。
他の物はあげてもいいけど、これはお兄様が作ってくれた大切なものだからと断ったのに、諦められない彼女は強引にそれを取り上げて、せっかくかけていた保存魔法をものともせずに花をむしり取ってしまったのだ。
ばらばらにされた花冠を見て涙を堪える私に、兄はまた作るから泣くなと困ったように笑った。
ばらばらになった花冠に興味が無くなったのか、あれほど欲しがった大切な花冠を彼女は拾いもせずに出て行った。
あの時に彼女の事が苦手になった。
それからは誕生日に買ってもらった本やお母様がクララの瞳と同じ色ね、と選んで買ってくれたブローチ、父が贈ってくれた勉強を頑張ったご褒美の万年筆。
『欲しい』ではなく、彼女は『貸して』と言うようになった。
「お願い、すぐに返すから少しの間だけ貸して。」
儚げで背の小さい愛らしい彼女がこちらを見上げてお願いする様子に、私の両親も、少しの間と言っているし、貸してあげなさいと私を諫めるように言う。
『貸して』は便利な言葉だ。
『頂戴』と言われたら断る選択肢があったのに、『貸して』と言われると、断った方が冷たいようにとられる。でも、『貸して』はあくまで『返す』前提のある言葉なのだ。
アヴィーが使っていい言葉ではない。
なぜなら貸して返ってこないことがほとんどで、たまに返ってきたときにはかなりの時間がたっていたり、ボロボロにされていたりとクララにとって大切なものを大切に扱ってくれない彼女の事がどんどん苦手になっていった。
一番許せなかったのは、祖母からもらったリボンだ。
クララの瞳の色と同じ薄い水色のリボンに、大好きな祖母が心を込めて祖母の屋敷の庭に咲いているミモザの花を綺麗な黄色の糸で刺繍をしてくれたのだ。
大切に大切にしていたそのリボンは、その後病気で亡くなった祖母の思い出の一つだった。
アヴィーに見つかればまたいつものように『貸して』と言ってくるだろう。
彼女は人が心から大切に思っているものに対しての臭覚がすばらしいのだ。
だから絶対に見つからないように彼女と会うときには身に付けないようにしていた。
でも、その日は偶然町で出会ってしまったのだ。
お気に入りの祖母のリボンをつけて兄の誕生日プレゼントを買いに来ていた私は、同じ店にいた彼女に気付かなかった。
気付いた時には後ろにいて、リボンを引っ張られた。
「クララ、偶然ね。私も買い物に来ていたの。ね、このリボン、刺繍が素敵ね。私に貸してくれない?」
彼女の近くにはアヴィーの姉の婚約者の友人である子爵家の兄弟がいた。
彼女からは姉に紹介されて会った時にアヴィーに一目ぼれをした彼らから猛烈なアプローチをされていると聞いていた。全く興味はないけど、商売が上手くいっていて裕福だから色々な贈り物をしてくれるのだと自慢げに笑っていた。
「これは大切なものだから絶対に貸せない。」
断るのが苦手なクララだが、こればかりは絶対に渡せない、と心を決めてはっきりと伝えると、アヴィーは悲しそうに涙を浮かべ、傍にいた彼らに縋りついた。
「どうして?少しの間だけ貸して欲しいだけなのに…。親友だと思っていたのは私だけなの…?」
片思いをしている可愛いアヴィーを泣かせたと、その令息たちはクララを攻め立てた。
「なんて冷たいんだ。君の事を優しいアヴィーは親友だと言っていたのに!リボン一つ貸さないなんて、心の狭い令嬢だ!」
「これは祖母からもらった大切な物だから…。」
「また貰えばいいだろう!」
「別に欲しいと言っているわけじゃないだろ。アヴィーは少しだけ貸してと言っただけだ!」
そして無理やり引っ張られ、繊細なリボンの生地がほつれてしまった。
せっかく侍女のマリーナが綺麗に整えてくれた髪の毛もぐしゃぐしゃになり、取り上げられたリボンはほつれたせいで奪われなかったが、使えなくなってしまった。
「もう、いいの。私が我慢すればいいだけだから…仕方ないわ。」
そう言って悲しそうに二人を連れて店を出て行ったアヴィーに何とも言えない怒りを覚えた。
どうして?
彼女は本当に欲しいわけじゃない。ただ、私の大切なものを取り上げたいだけ…。だっていつもそれを大事にしているのを見たことがないもの。
きっと私を苦しめるためだけにしている行動だわ。
悲しくて床に落とされたリボンを拾い上げようと座り込んだクララのその伸ばした手はその前に差し出された手に重なった。
「あ…!」
一瞬早かったその手は、優しくリボンを拾い上げると、何も言わずに私に差し出した。
「…ありがとう…。」
目を伏せたまま小さくお礼を伝えると、受け取ったリボンを見つめた。
綺麗なミモザの花がとても繊細に刺繍された大切なリボン。
水色の艶やかな生地の端がほつれて歪んでしまった。
「…大丈夫?ララ。」
優しく気遣う自分の愛称を呼ぶ声にハッとして顔を上げると、そこには兄の友人であるセスが立っていた。
リボンを拾ってくれたのは彼だったのか。
3歳年上の兄と同じ年のセスは、今年から兄と共に学園に通っている。
この国の貴族の令息令嬢は15歳から3年間、学園に通い、貴族として必要な社交や知識を身に付ける。
「セス…。」
気心の知れた顔を見て思わず顔がクシャリと歪んだ。
みるみる間に涙が溢れてきたクララの頭を優しく撫でて、グシャグシャになった髪を整えてくれる。セスは面倒見がよく、時々遊びに来ては、クララに色んな楽しい話を聞かせてくれるもう一人の兄の様な存在だった。成長と共に会う頻度は少なくなっていたが、こうして久しぶりに会っても相変わらず優しい彼に涙が我慢できなかった。
「これ、前にララが見せてくれたおばあ様から貰った宝物だって言ってたリボンだね。気付くのが遅くて、助けに間に合わなくてごめん。騒ぎに気付いた時にはあいつらは出て行くところだったから…。」
フルフルと首を振る。
セスが謝ることなんてない。
私が彼女に気付かなかったせいで…。
「…ララ…。フェリックスの誕生日のプレゼントを買いに来たのかい?」
「…ええ…そうなの…。」
彼が差し出してくれたハンカチを受取り、涙を拭いていると、ちょっと待ってて、とセスは離れた。
そして何か購入して戻ってくると、クララの隣に立つ。
手櫛で整えたクララの真っ直ぐな金髪の髪にパチンと音がして、驚いたクララがすぐ近くにあった鏡を覗くと可愛らしい水色の花が付いた髪飾りが付いていた。
「…え…?」
「ほら、可愛い。だから泣きやんで。綺麗な瞳が涙と一緒に落ちちゃいそうだ。今日は一人で買い物に来たのかい?」
「フフ…落ちないわ。ありがとう…。一人じゃないわ。外でマリーナが待ってくれてる。彼女の結婚式も、もうすぐだから…。」
「そうか…。相変わらずララは優しいね。侍女のマリーナへのプレゼントも買うんだね。僕もね、フェリックスの誕生日プレゼントを買いに来たんだ。一緒に見よう。」
優しく笑うセスに、ようやく心が落ち着いたクララは大切なリボンをカバンに仕舞い、セスと共に二人へのプレゼントを選んだ。
それからは出来るだけアヴィーと会うことを避けた。
どうしても許せなかったし、会えば会うほど彼女が嫌いになるだけだったから…。
それでも彼女は相変わらず、先ぶれもなく遊びに来ては、自分の事だけを一方的に話して、今度返すわと言っては、クララの持ち物を奪っていった。
クララは大切なものは出来るだけ傍に置かないように気を付けた。
そうして3年が経ち、クララもアヴィーも学園に通うようになったのだ。
14歳の時に父がクララの婚約を調えた。
相手はエバレット侯爵家の嫡男、ローマン様で、学年は一つ上。
同じ学校に通うことになるため、恥ずかしくないよう入学前からクララは必死で学んだ。
もともと勉強が嫌いではなかったし、いずれ侯爵家を継ぐ彼を支えるために、さらに勉強を頑張っていたから入学してからのクララの成績は常に優秀で、学年でも5位以内をキープしていた。
そして努力が嫌いなアヴィーはそんなクララに親友という顔で近づき、彼女が書いたノートやレポートを奪い、活用し、それなりの成績をとっていた。
「親友でしょ。友達は助け合わないと、ね、そうでしょう?」
アヴィーは昔からそういったことが上手だった。
丸々写せばバレるため、クララの書いたレポートを適当に抜き出した内容を上手にまとめて、さも自分が調べて書いたようにして提出する。苦手な試験の時には体調不良を言い訳に休み、代わりに私のノートを写したレポートを提出していた。
はちみつ色のフワフワ揺れる美しい髪と少し垂れ気味の大きな深い緑の瞳。背の低さのわりに大きな胸がどこかアンバランスで、蠱惑的で魅力のある令嬢としてアヴィーは令息たちにとても人気があった。
「クララ。ちょっといいか?」
ある日、珍しく婚約者のローマン様が教室にやってきた。
学園に入学するまでは良い関係を築けていると思っていた彼とは、入学してからは少しずつ距離が出来ていた。
「はい。」
彼に名前を呼ばれるのも久しぶりだわ、と思いながらついていくと、そこは学園の中庭で、なぜかそこにアヴィーが待っていた。
「あの…?なぜ、アヴィーが?」
戸惑いつつ疑問を口にすると、アヴィーが涙を見せる。
「ごめんなさい、クララ。私が悪いの…。」
急に始まった芝居がかったウソ泣きに、気遣う様にローマン様がアヴィーの肩を抱き寄せた。
「違う、アヴィーは悪くない。クララ。僕は、君との婚約を解消し、彼女…アヴィー・トンプソン伯爵令嬢を妻に迎えることに決めた。君はいつもひたむきで努力家の彼女から宿題や課題を取り上げてはそれを自分の物として提出していたそうだね。君が成績がいいのはそのおかげだとか。子供のころから君は彼女から大切なものをたくさん奪ってきたのだろう?君の将来を心配したアヴィーから相談を受けていたんだ。人を利用してその成果を奪うような人間が侯爵夫人としてやっていけるのか、親友として心配だと…。最初は信じられなかった。だが、先生に頼んで見せてもらった君の課題やレポートは全て彼女の書いた内容と酷似していた。」
「……それは…そうでしょうね…。」
だって、私のを写しているのだから当然よね…。
「認めるんだね。君には失望したよ。もともと侯爵家が所有する商会の外国へ進出を考えていた折に、外交官を父に持ち、諸外国の情勢に通じ、さらに語学にも秀でた令嬢がいると聞き及んだ両親が、君との婚約を望んだのだ。アヴィーの父であるトンプソン伯爵も外交官だし、同じ条件なら優秀で努力家な優しいアヴィーの方がいい。僕は彼女を愛しているからね。僕の両親の了解は既に得ている。まもなく君の両親から話があるだろう。」
「ローマン様ぁ…。でも、私…親友の婚約者を奪うつもりなんて無かったの…。ごめんなさい、クララ。彼を愛してしまって…。」
そう言ってまるで悲劇のヒロインのように、両手で顔を覆ったアヴィーは嘆き悲しんでいるように見せても、その口元はニヤリと笑っている。
彼女がローマン様に興味を持っていたのは知っていた。
何度も彼が私といる時に乱入してきては
「少しだけローマン様を貸してくれない?相談したいことがあって…。」と上目遣いで見つめるのだ。
アヴィーは甘え方を知っている。
私には出来ない庇護欲をそそる甘え方。
そうやって色んなものを手に入れてきたのだから…。
満更でもない様子のローマン様の態度を見て、いつかこうなる気もしていたから驚きはしない。
アヴィーには両親が勧める縁談の話が来ていると言っていたが、相手は以前店で会った裕福な子爵家の嫡男ダリル様だ。
常に私を下に見ていたアヴィーが、自分より高位貴族に私が嫁ぐのを指を咥えて見ているはずがないと思っていた。
「婚約解消、承りました。ただ一つだけ聞いてもいいですか?」
落ち着いて静かなクララの様子に少し面食らったように、二人は怪訝な顔をこちらに向けた。
中庭のため、周囲にも人が何人かいて、話を聞かれていたことはわかっている。
きっと明日にも私はひどくみじめな立場に立たされるだろう…。
「なんだ。」
憮然としたローマン様に、心底不思議に思って、クララは問う。
「なぜ、アヴィーから相談を受けた時に、先に私に話を聞いて下さらなかったのですか?普通なら婚約者の友人の話よりも婚約者を信じると思います。私だったらそうします。」
その言葉にローマン様はグッと言葉を詰まらせた。
「やめて!!彼を責めないで!!悪いのは私。貴女をこれ以上庇えなくてごめんなさい。」
急に入ってきたアヴィーに、ホッとしたようにローマン様は表情を緩ませた。
その表情が全てを物語っていた。
あぁ…もとより彼にとって私よりもアヴィーが魅力的だったということね。
呆れた顔をしたクララに気付いたローマン様は、キッとこちらを睨みつけた。
「そうそう…、優しいアヴィーはこれ以上君を責めないでくれと言ったが、僕は卑怯な人間を許せない。学園にはしっかり事実を精査して、然るべき罰を与えるように話してある。卒業を迎える前に学園を去る日が来ない事を祈るよ。」
「…え…?待って!ローマン様、私これ以上は望んでないの!親友が学園にいられなくなるのは困るわ!」
「あぁ、なんて優しいんだ…。アヴィー。あんな、卑怯者をまだ友人と呼んでやるのか。彼女とは金輪際関わらなくていい。これ以上君が利用されることを僕は許さない。」
「でも…!私…それでもクララが大切だし…!」
必死で私を庇っているようだけど、バレたら困るのはアヴィーの方だものね…。
おおかた酷似したレポートの内容だけ見てアヴィーの話を鵜呑みにしたのだろうけれど、そもそも授業も体調不良を理由に休憩室へ逃げて参加してない事も多い彼女が、休むことなく授業を一番前で受けて先生に質問したりしている私にノートやレポートを奪われるというのはおかしな話。
きっと調べもしてないのでしょう。
でも、ローマン様との婚約の話が消えるのは良かった。
入学してからのこの1年半、彼が私を婚約者として尊重する事はほとんど無かったし、私が侯爵夫人について勉強するため、侯爵家に赴いた時にも、理由をつけて不在にされることが多かった。
アヴィーを天使だと思うような目の曇った方と生涯を過ごすなんてごめんだわ。
もともと彼に愛情もなく、貴族の令嬢として、親の決めた婚約に頷いただけだもの。
「そうですか…。では、失礼いたします。」
静かに中庭を離れたクララは、近づいてくる生徒に気付いた。
「あら…、エイデン様。」
「…大丈夫かい?」
「フフ…、もちろんです。でもこれを機に彼女から離れられたらいいのですが…。」
「蛭みたいな女だもんね。」
「蛭って…。」
クスッと笑ったクララに、ニッコリとエイデン様が笑い返す。
「まぁ、これで、障害は無くなった。あ、安心して。僕は放課後は図書館にいることが多いから彼女が君から何度もノートを奪うのを見ているし、証言するから。」
「ありがとうございます…。」
それから2週間後----
あの中庭での婚約解消からしばらくは、私が卑怯なことをして婚約者に見限られたとか、親友であるアヴィーにずっと意地悪をしていたとか、利用していたとか。そんな噂が実しやかに囁かれ、居心地の悪い学園生活を送っていた。
令息たちに人気のアヴィーの話だ。彼らの私に対する視線は冷たかった。
そして彼女に縁談を持ち掛けていた例の子爵令息には、かなりお怒りのご様子で突撃された。
「性根の腐ったお前なんかのせいで、僕の縁談が断られた!!どうしてくれる!!シェルトン伯爵家に抗議させてもらうからな!!」
あれからもずっと彼女に散々貢いでいらっしゃったものね…。
まぁ、私のせいで縁談が断られたのではないと思いますが…。
クララはとういうと、特に否定も肯定もせずに日々を過ごしていた。
そして、本日、学園の会議室に呼び出された。
そこには学園長と教師が数名。また、ローマン様とアヴィー。証言者として例の子爵令息ダンテ様とエイデン様、その他数人の生徒がいる。そして兄とセスがいて驚いた。
「来たか、シェルトン伯爵令嬢。こちらへ。」
いつも授業中に親身になって教えてくれる経営学の教師が椅子を引いてくれる。
席についたクララを囲むように人が座っているのが落ち着かない。
「この度は、噂にもなっていたが、シェルトン伯爵令嬢について、エバレット侯爵令息からの進言があり、調査に入った。」
「待ってください!!なぜ関係のない方達がいるのです?」
怪訝なローマン様の声に、スッと兄が立ち上がった。
「ローマン殿、ごきげんよう。私はクララの兄のフェリックスです。妹が侮辱されたうえに婚約解消されたのです。調査結果を聞きに来るのは当然ではないですか?別に口を挟んだりしませんよ。誰かさんと違って卑怯なことは致しませんので、安心してください。」
にっこり笑った兄の黒い笑顔にクララは心臓がキュッとなる。
冷静に見えるが兄のフェリックスは妹である私を溺愛している。
それにセスまでここにいることに驚いていた。
「まず、エバレット侯爵令息からの進言の趣旨だ。クララ・シェルトン伯爵令嬢が友人であるアヴィー・トンプソン伯爵令嬢のノートやレポートを日常的に奪い、自分が書いたとして提出していたというもの。上位の成績も本来ならばアヴィー嬢が点をとるべきで、奪っただけのクララ嬢には与えるべきでないと。」
「はい、そうです。」
頷くローマン様は間違ったことなどしていないと正義感溢れる表情で学園長を見つめた。
最初に手を挙げたのは教師の一人だ。
「それについてお答えします。クララ嬢は、そもそもレポート等提出しなくても良いのです。授業態度は真面目で常にしっかりとノートを書き取りしております。授業が終わった後にも質問に来ることがありますが、内容は理解していないと出来ないような質問ばかりです。家の事情などで授業に参加できない方や、試験を受けられない令嬢令息も多いので、レポート等はあくまで救済措置の一つです。そもそもクララ嬢は実際の試験でも優秀なのに提出の必要もないレポートを、人の物を奪ってまで、ということ自体が不自然です。」
他の教師も同じように頷いている。
「僕もいいですか?エバレット侯爵令息。あ、僕はヴァレンティノ公爵家のエイデンと言います。貴方は学年が一つ上ですから、日頃の様子を知らないとは思いますが、自分のレポートを奪われたと言っているアヴィー嬢はそもそも授業そのものに出ていないことが多いですよ?それに、日常的にノートやレポートを本人の承諾を得ずに強引に奪っているのはクララ嬢ではなく、アヴィー嬢です。僕は何度も、了承を得ないまま無理矢理クララ嬢からノートを貸して、と言いながら取り上げる場面を見ました。」
「あの…私も見ました…。『すぐ返すから貸して』というのは口癖なのかしらと思っていたくらい、しょっちゅうクララ様から色んなものを借りてますよ?返すところを見たことはあまりありませんが…。」
追随する他の生徒の声に、呆然と口を開いたままローマン様は言葉を無くしている。
「ち、違うわ!!私は本当にクララにいつも奪われて…!!皆さんが見ていたのはきっと貸した物を取り返す場面を見られていたんです!!」
慌てた様に声をあげたアヴィーに、エイデン様が呆れたように笑う。
「だったら、その時は『貸して』、ではなく『返して』、と言うと思うけど。」
「待ってください!僕はシェルトン伯爵令嬢がアヴィー嬢に冷たい対応をしているのを見たことがあります!子供の頃からアヴィー嬢は友人のシェルトン伯爵令嬢から意地悪をされて、よく僕に相談してきてました!大切にしていた髪飾りを奪われたとかブローチを取られたり…可哀想で何度も代わりを贈りました。それに実際、彼女のささやかなお願いをすげなく断る冷たい場面を見たことがあります!」
ヒーロー然としたダンテ様の言葉に、アヴィーが涙で潤んだ瞳を縋るように向けた。
「ダンテ様!」
「へぇ…。そのささやかなお願いと言うのはどんな事だ?」
ずっと傍観者でいた兄が口を出す。
「それは!教室では忘れたペンを今日だけ貸して欲しいとか、課題の刺繍を参考にしたいから見せてとか…、確か…そうだ!高価でもないただのリボンを貸してといったアヴィーに、絶対に貸さないと冷たく断って泣かせたこともある!普段散々アヴィーに助けて貰っておいて、ほんの少しの優しさも見せないクララ嬢に憤りを覚えたよ。アヴィーはずっと親友だと慕っているのに!」
「ハハ…!今、君が言った証言は、結局普段からアヴィー嬢がクララから色んなものを搾取していた証言に他ならない。それに君は貸してと言われたら、何でも貸すのかい?貸さないのは悪なのか?それは知らなかった。だから君は祖母から貰った大切なものだから貸せないと断った妹から強引にリボンを奪い、大切なリボンを使えなくしたのか。亡くなった祖母の形見で宝物だと大切にしていた妹のリボンを。」
「え…形…見……?」
ポカンと口を開いてダンテ様が兄を見つめた。
「学園に入学するよりずっと前に、君がトンプソン伯爵令嬢と共にいて、偶然会ったクララの髪から強引に祖母の手作りで形見のリボンを無理矢理奪い、使えなくしたことは知っている。謝りもせず立ち去って、その後妹がほつれたリボンを手に泣いていたことも…。そうか。君は頼めばなんだって貸してくれるんだね。皆に周知しよう。裕福で高価な品を常に身に付けていて、頼めばなんだって貸してくれる君の存在はさぞかし貴重だろう。ちなみにトンプソン伯爵令嬢は借りたものを返す必要性は感じていないようだよ。妹は今まで何度も貸した物が返ってこなくて嘆き悲しんだ過去がある。誕生日に贈られたブローチや髪飾り、記念に父から贈られた万年筆とかね。」
証言のために集まってくれていた生徒たちが息を飲んだ。
形見の品まで貸してと言ったの?
本当に親友…?
そもそも親友の婚約者を奪うなんて…ありえなくない?
コソコソと話す生徒達の声に、慌てたようにアヴィーが声をあげた。
「そんな!!私は無理矢理取ってないわ!!ただ、綺麗だと褒めただけ!勝手に取り上げたのはダンテ様よ!!そんな昔の話をしないでください!!それに、私とクララは親友よ!ずっと幼い時から一緒に育ったもの!ずっと助け合って来たの!!ね、クララ、そうでしょう?」
涙顔でこちらを必死で見つめるアヴィーに無表情で小さく息を吐いた。
「いえ、親友ではありません。私は貴女の事が苦手です。自分の大切にしているものを大切にしてくれない人を、友人だなんて思えません。助け合い?貴女が私を助けた事なんてありました?いつもいつも私を利用する事しか考えていないあなたとは一緒にいたくありません。」
ずっと言いたかった言葉をようやく口に出来た。
ホッとして息を吐いたクララを見てアヴィーが唇を噛みしめると、
「そんな…ひどいわ!ずっと親友だと思って大切にしていたのに…。」
そういって、ローマン様の胸に縋りつくように泣きついた。
だが、ローマン様は呆然としていて、縋りついたアヴィーに触れもしない。
「泣いてる演技でごまかしているけれど、ここに呼び出された根本の問題からいささか外れている。学園長、今回の調査の結果をお願いします。」
ひと際冷静で低く通る穏やかな声に、ハッと皆が顔を上げた。
「兄上…。」
エイデン様がセスを見て苦笑いをする。
「ゴホン…!失礼した。そもそも今回の調査の結果だが、調査する必要性もなかったほど明確に、シェルトン伯爵令嬢の不正は事実無根だ。極めて真面目で優秀な令嬢で、エバレット侯爵子息の訴えの内容ははっきり言ってありえない。今回噂されているような不名誉な事実はないと、学園として正式に発表する。そして、トンプソン伯爵令嬢。君の提出物の内容を精査した。上手く繋ぎ合わせてまとめているようで、実際は粗だらけだった。文章力が無いだけだと、教師たちも易しめに採点していたようだが、シェルトン伯爵令嬢の努力の成果を写しているだけなら、そもそも成績に反映されることはない。直ちに訂正することにする。今後、自身で努力しなければこのまま卒業することも難しいと心得よ。」
「そんな…!!」
さすがに真っ青になって学園長を振り返ったアヴィーに、ようやく胸がすく。
「……アヴィー…君は僕を騙したのか…!僕にこんな恥をかかせて…!!信じられない…!君との婚約の話は無しだ…。僕は当初の予定通り、クララと結婚する。」
「「「は…?」」」
ローマン様の低く怒りのこもった声に反応して声が重なる。
「何を言っている、エバレット侯爵令息殿…。我が妹との婚約は正式に解消されたはずだが…?」
地を這うような怒りのこもった兄の声に重なるようにアヴィーがキャンキャンと声をあげた。
「そうよ!正式にトンプソン伯爵家に婚姻の申し込みをしてくれたじゃないですか!!」
「それは間違いだった!僕は騙されただけだ!!僕は被害者だ!お前のような詐欺師を侯爵家の妻に迎えるわけがないだろう!」
その時、ものすごくいい笑顔でセスが私の横に立った。
「クララは私の婚約者だ。名前で呼ぶのはやめてもらおうか…、エバレット侯爵令息殿…?」
見上げると静かに怒りが籠った目を二人に向けているセスが私の肩を抱き寄せた。
「…こんやくしゃ…?」
ローマン様が目を見開いてセスを見つめた。
「私はバレンティノ公爵家嫡男、セスリオン・バレンティノ。君が婚約解消をした翌日には、ずっと好きだったクララに結婚を申し込んで承諾を得ている。子供のころから可愛くて可愛くて愛おしく思っていたクララと婚約解消してくれて君には感謝しているよ。蛭みたいに奪う事しかしない女に見事に嵌ったと弟から聞いた時はよくやったと褒めたくなった。」
「な…そん…な…。」
バレンティノ公爵家は遡れば王家の血を受け継ぐ歴史ある筆頭公爵家だ。
剣術の師匠が同じという事で、兄とセスは仲良くなり、その友情は未だに続いている。
長年溺愛する妹であるクララの話を聞かされ続けたセスは、会う前から既に私を大切な女の子として認識していたそうだ。
「それってお兄様からの刷り込みじゃないの?」
「まさか。もちろん最初はそんなに妹って可愛いものなんだな。弟しかいないからわからない感覚だなって思っていただけ。ただ、友人が大切にしている妹に会うのは楽しみだった。どんな子かなと。そしたらさ、恥ずかしそうにフェリックスの背中に隠れながら挨拶をしてくれる様子が天使の様に可愛いし、フェリックスが作った花冠を大切に飾っていたりと嫉妬したよ。」
…兄に嫉妬とは…?
「今迄他人に、興味とか執着とかなかったんだけど、クララに関してだけは、甘えられるのも頼られるのも自分でありたいと思った。この独占欲はなんだろうと確かめるために、それからは暇を見つけてはフェリックスの家に遊びに、正確にはクララに会いに行った。そしたら…あんなに愛されてもっと我儘に育っててもおかしくないのに…周りに気を遣って我慢ばかりしてしまうお人好しで優しい君が心配で…甘やかしたくて仕方なかった。実は一目惚れだったなんて気付いたのはずっと後だった。だからのんびりしてしまって…。クララが入学して虫がつく前に婚姻を申し込むつもりでいたのに、その前に婚約を結ばれて絶望して…。」
その時のことを思い出したのか切ない顔でこちらを見つめるセスにドキッとする。
「それは…すみません…。」
なんで謝っているのかしら…。
でも、セスは帰ってきたエイデン様から話を聞いてすぐにシェルトン伯爵家に婚姻の申込みに来てくれたのだ。
本当に解消の話を聞いてすぐだったから、驚いた。
兄は呆れているし、父は慌てていて、母だけが公爵家からの婚約の打診に大喜びだった。
あれから居心地の悪い学園でも平気でいられたのは、セスが帰る時間には迎えに来てくれて、家まで送ってくれる間沢山甘やかしてくれたからだ。
私にとってもセスは大切な存在だった。
恋をしているのかはまだわからない…けど、ローマン様と交流していた時には感じなかった幸せな気持ちはいつも感じている。
「返事はクララの気持ちが落ち着くまで待つよ。でも、『はい』以外の返事は受け入れられないけどね。」
そう言って少し悪い笑顔で笑ったセスに、
「それは待ってるって言わない!」
と兄に突っ込まれていたけど、私の気持ちは決まっている。
婚約解消されて、慌てて駆けつけてきてくれたセスの顔を見た時に感じた安心感。
思えば我慢ばかりしていた私が家族の前以外で唯一泣けるのはセスの傍だけだった。
「よろしくお願いします。」
背筋を伸ばして答えた私にまん丸の瞳を向けて驚いていた両親と兄の顔。
目を輝かせて喜ぶセスの笑顔に、これからは何も奪われないよう、私ももっと努力していこうと決めた。
「な…公爵家……??ひどい!!クララ、あなたどうして公爵家の嫡男と知り合いって言ってくれなかったの!?親友に隠し事するなんて!!」
必死にローマン様に婚約の継続を訴えていたアヴィーが、セスの登場に目を剥いて怒り始めた。
「だから…親友と思っていませんし、私の交友関係を全て貴女にお伝えする義務もありません。そもそも…親友って困っている時ほど力になるものでしょう?人を陥れるような嘘をついたりする親友ならいりません。」
ため息をつきつつ答えるが、こちらの声など聞こえていないように顔を真っ赤にさせている。
せっかく侯爵家との縁談を手に入れたのに、さらに高位貴族の公爵家に私が嫁いだら奪った意味がないものね。もう既に侯爵夫人としての未来もあやしいけれど。
「嘘でしょ、だってクララって根暗で勉強ばかりのつまらない女の子よ?セスリオン様、彼女は公爵夫人になんて相応しくないですよ!!もっと社交的で美しい目を惹くような私みたいな令嬢じゃないと…!」
「そんなこと!!…失礼しました。そんなこと…ありません…。」
アヴィーの言葉に証言に来てくれていた女生徒の一人が思わず声をあげた。
「私…男爵家の者です。クララ様は、私が困っていたら気付いて声をかけて下さる優しい方です。高位貴族の方って、やっぱり少し緊張してうまく話せないのですが…クララ様はいつだって親切で優しくて…聞いたら勉強だってわかりやすく教えて下さります。男爵家だからってバカにしたりしません。社交的っていうのは誰にでも好かれる事ではないのですか?少なくとも私の周りにクララ様を悪く言う人はいません!」
彼女は…実家がそれほど余裕がなく、持ち物も古く良いものではなかった。
貧しい実家のために勉強して文官として働けたら家計の足しになると必死で学んでいた方。
アヴィーはそれを見ていつも馬鹿にしたように取り巻きの令息達と一緒にクスクス笑っていて、それが私はとても嫌だった。そんな輪に入れられそうになったこともあるが、私は自分の良心に恥じるような生き方はしたくなかった。
「そうです…!クララ様はいつだって真っすぐで努力家で素敵な方です。このような噂が出たと聞いて、何か出来ることはないかと今日、お願いして参加させていただいたのです。」
傍にいた生徒も声をあげてくれて、数人が同意するように頷いてくれている。
あぁ、私、いつもアヴィーから逃げることばかりに必死になっていたけど、そんな私を慕ってくれている方もいたのね…。
思わず嬉しくて涙が浮かぶ。
ギュッと肩に置かれていた手に力が入って隣を見上げると愛おしそうに優しい青い瞳が私を見つめていた。
「な…なによ…!下位貴族ばかり集めて味方につけて…!昔からクララはずるいのよ。いつだって皆にちやほや優しくされて…。私なんて三女で常に後回しにされていたのに。」
ちやほや…?私が?家族は優しかったけど、周囲の人たちにちやほやされて甘やかされていたのはアヴィーの方だと思うのだけど。見方が違えば変わるのかしら…。
「トンプソン伯爵令嬢。私の婚約者の事を悪し様に言うのはやめてもらおうか。クララは昔から可愛くて優しくて一緒にいるととても癒される。君もそうだったからクララにくっついていたんだろう?断るのが下手で、お人好しで真面目で優しい、そんな彼女だから大切にしたいのだ。人の心配よりも自分の心配をした方が良いよ。エバレット侯爵令息殿、君の家、外国語が堪能な娘を希望してクララに話を持ち掛けたと聞いたけど…。クララは入学前には公用語である帝国語を習得している。さらに、同盟国のカッシーナ公国の言葉もね。彼女は今は既に三か国語を流暢に使い分けられるけど、同じ条件だと言っていたそこのトンプソン伯爵令嬢。多分彼女、自国語以外話せないと思うよ。」
「え…?!アヴィー!君、三か国語をマスターしていると言っていただろう!」
顔を覗き込んで声を荒げるが、アヴィーは黙ったままだ。
「そんな…父上に何と言われるか…。僕には弟もいるんだぞ…。廃嫡されたらどうしてくれる!?」
「自業自得だね。手の中にあった本物の宝石に気付こうともせず、まがい物に魅せられた君のね…。」
あれ以来、学園のクララの悪い噂は無くなり、反対にアヴィーが友人を騙り、搾取し、挙句の果てに友人の婚約者を奪った最低な悪女だという話が広がった。
結局、ローマン様は二度目の婚約を解消し、まだ新しい婚約者は決まっていないという。
さすがに二度も立て続けに婚約解消があった男性など、いくら侯爵家の嫡男とはいえ敬遠される。
しばらく様子を見て、婚約者も決まらず本人に資質がないと認められれば侯爵家の後継は次男に引き継がれるそうだ。
そしてアヴィーは、怒り狂ったトンプソン伯爵に謹慎を命じられた。正式にシェルトン伯爵家に謝罪と賠償金の申し出があったが、父は娘であるクララが今は幸せな婚約を結べたから賠償金はいいと、断った。ただ、今まで取り上げた娘の大切な物だけはちゃんと元通りにして返して欲しいと伝えた。
アヴィーは謹慎明けに学園に来たが、あの子爵令息でさえも近付かなかった。
あの時、唯一守ろうとしてくれたダンテ様に、罪を擦り付けたアヴィーは、彼からの長かった愛情も失ったようだ。
遠巻きにされて一人で佇むアヴィーの姿に、少しだけ心が痛んだが、この状況も彼女の自業自得だ。
遠目で目が合った時、彼女は少し期待を込めた目を私に向けた。
一瞬駆け寄る仕草をして、こちらをいつもの庇護欲を掻き立てる上目遣いでもの問いたげに見つめる。
そうすれば私が心配して寄ってくるのをわかっているかのように。
クララはしばらく目を合わせた後、静かに視線を逸らすと、隣で歩いていた友人に話しかける。
あの時、私を守ろうと証言してくれた男爵令嬢だ。
次の授業の話をしながら離れていく背中に視線を感じるが、クララはもう気にしない。
大切にしたい友人は彼女ではないから。
クララは自分がどれだけ中途半端で臆病者だったのかとあの件があってわかった。
大切なものを失ったのは私がちゃんと言葉と態度で言えなかったのも理由なのだ。
嫌なのに曖昧に返事をしたり、濁したり、仕方ないと諦めたり。
でも、嫌なことは嫌だとキッパリと断らないといけなかった。
ダメなことはダメだと言わなければいけなかった。
断ることへの罪悪感や関係性が変わることへの不安。その中途半端な態度が、アヴィーを助長させたのだ。でも本当に大切なものを大切にしたいなら、見誤らない事だ。
彼女は間違いを犯したけど、私もダメなところがあった。
そのことに気付けたことは財産だ。
クララはこの先、セスと結婚して公爵夫人となる未来が待っている。
きっと今まで以上に知識も必要で、責任だってずっとずっと重くなる。
私を愛してくれる人達の思いに恥じない、何よりも自分に恥じない生き方をしたいと思う。
二度と大切なものを奪われないように。
その決意を聞いたセスが、私のクララが健気で真面目で可愛すぎる!と、今まで以上にクララを甘やかし、卒業後すぐに結婚式を迎えることになる未来が待っているのだけれど…。
今はようやく始まった友人との学園生活を楽しむために、クララは一歩踏み出したのだった。




