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7、修復

 次の日から、二人は本当にこの半年がなかったかのように、親友同士としての付き合いを手に入れていた。上辺だけでなく、心から信頼しあえる友達は互いしかいないと、二人はこの半年で痛いほど感じていたのだ。

「美波。今日も部活だよね? 今度いつ暇?」

 休み時間、千笑が美波に話しかける。

「今度の土曜は空いてるよ。夏にはまた大会があるけど、それが終わったら三年は引退だし」

「そっか。ねえ、今度ショッピング行かない?」

「いいね。映画も見たいな」

「じゃあそうしよ。あと、カラオケも」

「フルコースだね」

 二人は大声で笑った。そんな二人の目に、教室へ入って来た田村が映る。

「智樹も最後の甲子園か……春の大会も、いいところまでいったけど、駄目だったからな……」

 ぼそっと、千笑が言う。田村とは別れたというが、二人は以前と変わらず、よく話す仲だ。進級と同時に、田村の態度も前と変わらぬものとなったが、やはり三人互いに、以前と同じようで違う気がした。


 土曜日。美波と千笑は、久々に二人で出かけた。ショッピングをしたり、映画を見たり、カラオケに行ったり、半年の溝が完全に埋まったかのように、その日はいつよりも充実しているように感じる。

「ねえ、美波……智樹に告白はしたの?」

 カラオケの途中で、突然千笑がそう言った。雰囲気に酔ったかのように、ハイ状態の時だった。

「え? ううん。まさか……」

「どうして? もう私に遠慮することないじゃん」

「そういうことじゃないけど……そんな勇気ないよ」

 苦笑して、美波が答える。

 田村に恋人がいなくなっても、恋愛経験のない美波にとって、とてもすぐに告白出来るものでもない。

「それより、千笑は? 好きな人とはどうなったのよ。どんな人?」

 美波も負けじと、千笑に尋ねた。

「普通の大学生だよ。ナンパがきっかけだけど、面白い人でね。でも、その人に好きな人が出来て、ふられちゃった……」

「……そうなんだ……」

「美波。智樹は、美波のことを嫌いじゃないと思うよ。私も仲の良い二人に嫉妬したこともあったし……智樹は部活ばっかりだったから、私もちゃんと付き合ってるっぽいことしてなかったけど……応援するよ」

「……ありがとう……」

 美波はそう言うものの、とても告白する勇気はなかった。千笑のように、恋に突っ走るタイプでもなければ、ダメージに強いタイプでもない。千笑の応援を言葉だけ受け取るように、美波は頷いた。

「もう時間だね。帰ろうか」

「うん」

 二人はそのまま、カラオケボックスを出ていった。

「ああ、今日は楽しかったね」

「うん。映画もカラオケも、久しぶりだったし」

 二人はそう言いながら、家路へと歩き始める。

 しばらくして、お互いの家が近付いて来た時、前の方を歩く、見覚えのある後姿が見えた。田村である。

 二人は目を見合わせると、千笑が大きく息を吸った。

「智樹!」

 千笑の声に、すぐに前を歩く人物が振り返る。間違いなく田村であった。田村は二人を見て、静かに微笑む。

「デート?」

 近付いてきた二人に、笑いながら田村が言う。

「うん、そう」

「よかったな。なんか二人が一緒にいるの、やっぱいいな。親友なんだもんな」

 しみじみと田村が言ったので、美波と千笑は照れるようにして笑い、歩き出した。

「智樹は部活?」

 千笑がそう尋ねる。

「うん。今日は試合があったんだ」

「お疲れさま」

「まあ、それは鈴木も一緒だろ。今日は部活、休みなんだ?」

 田村がごく自然に美波に尋ねたので、美波は素直に嬉しかった。田村とは特に突き詰めた話はしていないが、半年間も口を利いていなかった二人とこうして話せることが、思う以上に嬉しく感じる。

「うん。今の時期は、結構休み……」

「へえ」

 そうこうしているうちに、千笑の家に着いた。

「智樹。もう遅いし、美波のこと、送ってあげてね」

「え? うん……」

「じゃあ、また」

 千笑は美波に、応援しているという仕草を見せると、家へと入っていった。

 美波はそれを見て赤くなりながら、田村と無言のまま歩き始める。

「なんか、久しぶりだよな。二人で帰るのも」

 やがて、田村がそう口を開いた。

「う、うん……」

 そう答える美波は、緊張して胸の鼓動が高鳴って仕方がない。

「……でも、千笑と仲直りしたみたいでよかった。まあ、俺も要因の一つだろうけど……」

「ううん。そんなことないよ……」

「ごめんな……」

 そう言って振り向いた田村の顔は、夕日に照らされて美しく感じる。

「ううん……」

 その後、二人は無言のまま、家路を歩いていった。

 途中、田村の家は脇道に逸れるが、千笑の願い通り、田村は美波の家の前へと送り届けてくれた。

「ごめんね。疲れてるのに送ってもらっちゃって……」

「いいよ。じゃあ、またな」

「うん。ありがとう……」

 すぐに背を向けた田村の背中に、美波の胸は高鳴るばかりであった。


 その日を境に、美波と田村の関係も修復されていっていた。冗談も言い合えば、文房具の貸し借りをする、他愛もない学校生活が、時を戻していた。


 それから数ヵ月後。受験や就職を控えた三年生は、夏までで部活を引退となる。特に田村の所属する野球部は、いつも地区大会まで進むものの、甲子園への切符をあと一歩のところで逃している。そのため、田村を含めた三年生は、例年にも増して力を入れているようだった。

 それは各部活に属する一人一人が同じで、美波もまた高校最後の陸上大会に向けて、練習に明け暮れていた。


「先輩、さようなら」

 家が同じ方向の後輩を見送って、美波は家路を歩いていった。夏に近付き、だいぶ日が長くなってきたものの、部活を終えたこの時間ともなれば、住宅街は静かで薄暗い。そんな中に一軒、コンビニエンスストアが光って見える。用がなくても、なんとなく寄ってしまう日が多い。

 美波は今日も、コンビニエンスストアの中へと入っていった。すると、買ったばかりのアイスをかじりながら、田村が歩いて来た。

「今、帰りなんだ? 陸上部も頑張るなあ」

 田村が言う。

「う、うん。相変わらず、アイスばっかり食べて」

 美波は偶然の出会いに、笑ってそう言った。

「ああ。ちょっと食う?」

「ううん。いいよ……」

 照れながら美波が拒否すると、田村は頷いて外へと出て行った。

 少し寂しさを感じつつ、美波は雑誌コーナーで新刊の雑誌を手に取ると、レジへと急いだ。今出れば、田村に追いつくかもしれない。そう思ってすぐに店を出ると、田村は店の前に座って、アイスを食べ終わるところだった。

「あ、あれ。まだいたの?」

 一瞬、言葉を失って、美波が言う。

 田村は食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に捨てると、美波を見つめて頷いた。

「なんか、ここでアイス食べるの、日課なんだよなあ」

 田村はそう言って歩き出したので、美波も無言のまま、寄り添うように歩き出す。

「あ……もうすぐ地区の決勝だって? 学校も大盛り上がりだよね」

 沈黙に耐え切れず、美波がそう言った。

「まあねえ……今までも、あと一歩ってところで甲子園逃してたから、今年は頑張りたいってみんな思ってるし」

「うん。頑張ってね」

 田村にエールを送るように、美波は笑顔で頷く。

「……鈴木も、大会あるんだろ?」

「うん、もうすぐ。去年は失態見せちゃったから、今年は本当に頑張らないと……」

「失態じゃないよ。転んだだけじゃん」

「駄目だよ。陸上選手で転んだら」

「まあ、野球も一緒だけどね……」

 田村はそう言うと、横目で美波を見つめた。

「また応援しに行くからさ、時間あったら、こっちの決勝戦も見に来てくれよな」

 微笑みながら、田村がそう言ったので、美波は何度も頷く。

「うん。あ、いつ?」

「今度の日曜」

「あ……」

 野球の地区大会決勝戦の日取りを聞いて、途端に美波が俯いた。

「都合悪い?」

 田村が尋ねる。

「うん……っていうか、私もその日、大会なんだ。今年はお互い見れないね……」

「そっか。そっちも一日がかりだもんな。俺は午後一番くらいだと思うけど……」

「うん……まあ、仕方がないよね」

「だな」

 二人は苦笑すると、夕日が落ちていく街を歩き続けた。

 偶然の出会いにもかかわらず、今日も田村は美波を家まで送り届けてくれた。小さな優しさが、美波にとってはとてつもなく嬉しい。

「ありがとう」

「いや……」

 その日の田村はいつもと違い、何かを考えているようだった。いつもなら、礼を言い終わる前に背を向けている時もある。

「……田村? どうかしたの?」

「あ、ぼうっとしてた。じゃあな……」

 田村はそう言って苦笑すると、そのまま去っていった。

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