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3、告白

 次の日。朝のチャイムが鳴る中で、猛ダッシュで田村が教室に入ってきた。

「やっべー。セーフ……」

 田村は汗を拭うこともなく、美波の隣の席へと着いた。未だ名前順の席のため、二人は隣同士の席である。

「おはよう」

「おはよう。すごい汗だね」

 声をかけてきた田村に、美波が答える。

「部活帰りだからな。汗臭かったらごめん」

「それはこっちもだよ……」

「あはは。こっちがこんななのに気にしてらんないよ。それに女子は大丈夫でしょ。まあ、お互い部活に燃えてるもんな」

 ニカッと笑って、田村が言う。毎朝繰り返される光景だが、田村の笑顔はカッコ良いというより、可愛い笑顔だった。日焼けした顔に、白い歯が余計に輝いて見える。

「まあね……」

 少し緊張して、美波が答えた。

「あ、いたいた。田村!」

 その時、別のクラスの生徒が、田村に声をかけた。田村と中学校が一緒らしく、よく訪ねてくる生徒だ。

「何?」

「英語の教科書貸して」

「またかよ。いいけど」

 田村はぎっしり詰まった机の中から教科書を出すと、出入口へと歩いていった。田村の机の中は、いつもぎっしりである。

「ホームルーム始めるぞ」

 その時、担任が教室に入って来たので、田村は慌てて席へと戻っていく。

 そんな田村に、美波は思わず笑った。

「え、なんかおかしい?」

 きょとんとして田村が尋ねる。

「うん。だってなんだか、貸本屋さんみたい」

 クスクスと笑っている美波に、田村は少し照れたように顔を掻いた。

「いや、俺だって、教科書持って帰らないわけじゃないよ? たまたまね……」

「ああ、たまたまね……」

 二人はクスリと笑った。

(そう、今日も大丈夫……こうして笑っていれば、なにもかもきっと忘れられる……何も考えなくていい。今は部活に打ち込まなきゃ……)

 美波は目を閉じると、授業へ耳を傾けた。


 夕方の学校に、下校時間を知らせる音楽が響いた。各部活が、一斉に片付けを始める。

 美波のいる女子陸上部も同じだった。片付けを終えると、先輩後輩入り混じって、同じ方向同士で帰る。最後まで一緒の帰り道なのは、同じ短距離ランナーでもある、一人の先輩だった。その先輩は、面倒見が良く、後輩の間でも人気である。

「鈴木。どうかした?」

 二人きりになった時、美波に向かって先輩がそう尋ねた。

「え?」

「昨日から、ちょっと元気がないみたいじゃない。部活のこと? それとも他のこと?」

「あ……すみません。部活のことではないんですけど……身が入ってませんでしたか?」

「そういうわけじゃないけど……でも、心配事があるなら大会にひびくし、浮かない顔してるから」

 心配そうに自分を見つめる先輩の顔が、美波の目に映る。

「ごめんなさい。でも、大丈夫です。今に始まったことじゃないし……すみません。気合入れ直して頑張ります」

「そう。頑張ろうね」

「ハイ」

 二人はしばらく沈黙のまま、帰路を歩いていった。

「あ」

 その時、先輩が前を向いて言った。美波は先輩を見つめる。

「え?」

「いや、ほら、あそこに彼氏いるよ」

 先輩が指差した先には、昨日と同じコンビニの前で、座りながらジュースを飲んでいる、田村の姿があった。同じ部活の仲間か、他にも数人の男子生徒が店から出て来て、田村の隣に座った。

「えっ」

「彼氏でしょ?」

「ち、違いますよ!」

 先輩の言葉に、慌てて美波が叫ぶ。

「そうなの? てっきり鈴木の彼氏かと思った。よく話してるよね? 鈴木のクラス通る時も、いつも話してる印象がある」

 確かに田村とは、グラウンドでも何処でも、会えば二言三言は交わす仲だが、先輩にそう思われていたことなど、夢にも思ってもいなかった。

「違います。あれは私の親友の……彼氏で、同じクラスだし、席も隣だから……です」

 しどろもどろになりながら、美波が言った。事実でも、好きな人が親友の彼氏だと自分の口から言ったことで、美波はそれを思い知らされていた。

「そう? ごめん、勘違いか。じゃあ私、こっちだから。また明日ね」

 先輩はそう言うと、別の道へと入っていった。

 美波は赤くなりながらも、コンビニの前を通りかかった。田村以外は知らない人なので、そのまま通り過ぎる。

「鈴木!」

 その時、田村の声が聞こえた。振り向くと、いつもの笑顔で田村が笑っている。

「なにシカトしてんだよ」

「し、してないよ」

「あはは、冗談だよ。ヤローばっかでガラ悪いもんな。お疲れ。気を付けて帰れよな」

「あんたもね!」

 美波はそう言うと、家路を急いだ。なんだか嬉しくてたまらない。偶然にも田村と出会えたこと、田村から話しかけてくれたことが、美波の顔を綻ばせる。

 美波がそのまま家へ帰ろうとすると、前から一人の少女が走って来た。千笑だった。

「千笑?」

「あ、美波……」

 息を切らせながら、千笑は美波の前で立ち止まり、呼吸を整える。

「どうしたの? あ、今、コンビニに……」

 そう言いかけたところで、美波は言葉を濁した。しかし、すぐに千笑が口を開く。

「うん。智樹に呼び出されて……じゃあ、またね!」

 千笑はそう言うと、美波を横切って走っていった。

 突然、現実に引き戻されたように、美波は絶望感を味わっていた。

(そう……何があっても、田村は千笑の彼氏。千笑は私の親友……)

 美波はそのまま家路を歩いていった。その間、千笑と出会った頃が思い出される。

 千笑は小学五年生の時に初めて出会った子だった。人見知りだった美波に、気さくに話しかけてくれた子である。後で聞けば、千笑も人見知りだったようだが、それでも声をかけてくれたことが嬉しかった。

 それからというもの、二人は何処へ行くにも一緒になった。家も近いため、互いの家で遊ぶことはもちろん、何度も泊まりに出かけた。

「ずっと一緒にいようね」

 いつか交わした約束は今でも固く結ばれ、いつでもどこでも一緒である。二人は間違いなく、親友同士だ。

(この友情だけは、絶対に壊したくない……)

 美波は改めてそう決意すると、家へと帰っていった。


 数日後の放課後。部活を終えた美波は、外にある水道で手を洗っていた。しばらくすると、後ろに気配を感じた。振り向くと、一人の小柄な少年が立っている。

「あの……」

「……ハイ?」

 美波は怪訝な顔で少年を見つめた。面識はあった。野球部員の一年生で、田村と家も近いのだろう、よく一緒にいるところを見かける。だが、名前も知らない。

 少年は、近くに人がいないことを確認すると、手を差し出してお辞儀をした。

「僕、野球部の阪井っていいます! 好きです。付き合ってください!」

 あまりに突然の出来事に、美波は驚いてしまった。思えば告白など、人生で一度もされたことがない。

「えっ……えっ?」

 美波が驚いていても、阪井という少年は顔を上げようとしない。手を差し出したまま、微動だにせず返事を待っている。

 そんな真剣な様子を見て、美波は嬉しさを感じつつも、それを受ける気にはなれなかった。

「ごめん、なさい……」

 言いにくそうに美波がそう言うと、阪井はやっと顔を上げた。そして諦めた様子で、残念そうに阪井が口を開く。

「やっぱり……駄目ですか……」

「駄目っていうか、その……私、阪井君のこと、何も知らないし……」

 美波の言葉に、阪井は頷く。

「はい……最初からわかってました……でも、僕はずっと見てたんです」

「……」

「残念ですけど、まだ早かったみたいで……すみません。今度の大会、頑張ってください。ありがとうございました!」

 阪井はそう言うと、そのまま走って去っていった。嬉しいような残念なような、不思議な感覚が美波を包む。

「やっぱり駄目だったか……」

 その時、そんな声が聞こえ、美波は驚いて振り向いた。するとそこには、田村がいる。

「田村!」

「だから時期が早いって言ってんのに、聞かないんだからな、あいつ……」

「聞いてたの? 知ってたの?」

 ムッとするように、美波が田村に詰め寄る。一体、いつからそこにいたというのか。

「最初からいたよ。あいつが告るの知ってたから……あいつ、ずっとおまえのこと気にかけててさ。何度も相談されてたけど、考えてみれば俺も鈴木のこと何も知らなかったから、アドバイスなんて出来なかったけど」

 苦笑して言う田村に、美波は悲しくなった。だが、そんな美波をよそに、田村は話を続ける。

「駄目かな? あいつ、いい奴だよ。将来エースになると思うし、優しいしさ。まずはこれから、友達としてでも付き合ってやってくれれば……」

 その時、田村は美波の様子がおかしいことに気が付いた。俯いている美波の顔は、陰になって見えないが、肩を小刻みに震わせている。

「……鈴木?」

 田村はそこで初めて、美波が泣いていることに気付く。

「す、鈴木。ごめん、俺……」

 田村がそう言いかけたところで、美波は走り去っていった。

 悲しかった。悔しかった。美波はそのまま、学校を飛び出していった。

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