赤い魔女の店番と転生令嬢
手慰み、第数弾でございます。
ちょっぴり、長めの短編でございますので、暇な時に流し読みしていただければ、幸いでございます。
赤い魔女の休店日に、店番を呼ぶのは久しぶりだった。
長らく扉の鍵の修理が出来ずにいたのを、数か月前に修繕でき、店番を置く必要が無くなったのだ。
前々からの体制に戻し、その後暫く困る事態はなかったのだが、今回は子の店番に押し付けたいと考えての、呼び出しだ。
「……不穏な理由ですね。一体、何事ですか?」
「前に、年子の姉妹の相手をお願いしたことが、あるだろ?」
薄色の金髪の店番と同じく、長身の赤毛の魔女は、困ったように要件を切り出した。
その前置きで思い当たり、店番は頷く。
「確か、地球からの転生者が、意外に出現する世界の、ご令嬢たちでしたね?」
「そう、その子たち」
綺麗に整った顔が、安堵に染まるのを見ながら、店番はその問題の姉妹の事を思い出していた。
まだ、店の扉の鍵が破壊されたままだったあの頃、閉店の札を見つつも扉を開けようとする客の対応を、店番は請け負っていた。
その中の客に、一風変わった姉妹がいたのだ。
客の気配で歩み寄り、店番が扉を開けて言葉を紡いだ途端、悲鳴を上げられた。
驚いての悲鳴ではなく、明らかに自分を見上げた後の反応で、内心驚く店番に、客の一人が震える声で言う。
「う、嘘っっ。赤い魔女の店があるから、もしかしたらとは、思ってたけどっ」
叫んだ客の袖をつかみながら、もう一人の客も叫んだ。
「レアキャラ、赤い魔女の店の、隠れお助けキャラっっ。見つけたあっっ」
扉の前で騒ぐ客たちを見て、店番はつい言ってしまった。
「……ご用件は、以上ですか?」
話について行けないなら、直に追い返すに限ると言う考えでの問いかけだったのだが、それも黄色い悲鳴で答えられた。
「す、すごいっ。本物だあっっ」
「……あの、店の前で泣かれるのは、困るのですが」
出来るだけ困惑を声に出しながら、そう言ってみると、泣き出した客を宥めたもう一人の客が、ようやく要件を言った。
「あ、あの、このお店で、依頼していたことの報告を、頂きにまいりました」
興奮しすぎて、顔が赤く染まった客の言葉で、店番はこの二人の要件を察した。
この赤い魔女の店は、いくつかの世界に同時に存在する店だ。
扱う品は場所それぞれで、この客たちのいる世界でも、様々な品が人気なのだが、この世界で高貴な人間の、後ろ黒い事情を解決する品と同じように、秘かに需要になっているのが、「死因探し」だ。
所謂探偵もどきの依頼なのだが、この世界では分かるはずのない、前の人生での死因を、赤い魔女は調べて本人に報告する。
その報告は、店が開いている時分に、赤い魔女から受けるのが常なのだが、今回は日時が合わなかった模様だ。
店番は、二人の客を招き入れ、カウンター内でその報告の書類を探し出して開き、事務的な報告をしたのだった。
「……その御姉妹が、どうしました?」
「うん、その姉妹のお姉さんのほうが今日くるって、先触れがあったんだよ」
店番は、その答えに含みを感じて、眉を寄せた。
「先触れ? という事はもしかして、前回も、ありました?」
「……あれ、教えてなかった?」
「はい」
慌てて取り繕う赤い魔女を見つめ、何となく意図を察した。
この人は先触れで、あの日報告を聞きに来る客たちを知り、店番にその役を丸投げした、らしい。
そして、今回もそのつもりでいる。
「……店主?」
「……だって、あの死因だよ? うら若き娘さんたちに、平然と教えられる神経を、私は持ってないのっ」
「すみませんね。そういう神経持ちで」
平坦に返すと、魔女は更に慌てた。
「そ、そんな卑屈にならないでっ。私は、適材適所でっ。ほらっ。うちの猫たち、そういう話には、流されやすいだろっ? それに、お前のように、臨機応変で報告するほど、要領もよくないんだよっ」
苦し紛れの言い訳だが、的は射ていた。
確かにあれは、初見での対応は難しい。
店番が報告書を開き、客二人の名前を探して内容を読んだとき、一瞬だけ、店主に毒づいてしまった。
が、客にはおくびにも出さず、曖昧な報告をしたのだ。
依頼内容は、姉妹の前世の死因。
二人共の死因を依頼されていたが、どうやら姉の方のそれは、お試し行為もあったようだ。
姉の方の死因を報告した時、それは分かった。
どの世界でも、その手の詐欺はあるので当然の話だ。
そこで得た信頼を逆手の取り、妹の死因をぼかした。
余りに衝撃的な死因であったためだが、そのせいで、二度手間させる羽目になったので、今回の接客も、自分がやるのがいいのだろうなと、店番は観念した。
今年十五になる伯爵令嬢は、前世の記憶がある。
ごく普通の日本女性で、高校生の時に母を亡くし、父が再婚するまでは家事を請け負いつつも、大学を出、卒業して就職後すぐに病に倒れて、宣告通りの余命を全うした記憶だ。
父の再婚相手だった相手には、自分が母を亡くした年と同じ娘がおり、年が離れていたこともあって、意外にも仲のいい義姉妹だった。
その記憶を取り戻したのは、物心がついた頃、だった。
その時には既に、一年遅れで誕生した妹がおり、前世では血のつながりがなかった妹だと気づいた時は、混乱した。
両親の間に、弟となる子供ができ、妊娠出産育児を手伝う合間に、病に倒れた自分を日にちを開けずに見舞ってくれ、姉の代わりに家族を支えると言ってくれていた妹が、自分とさほど間を置かずに転生している事実が、衝撃だったのだ。
後に前世を思い出した妹も、何故姉と年子になるほどに早く転生する事態になったのか、思い出せなかったようだ。
それを不思議に思いつつも、二人はそれぞれ成長したのだが、その疑問を解決する糸口が、唐突に見つかった。
それが、メイドたちの中で評判の店、だった。
赤い魔女、と自称する赤い髪の女が経営するその店は、平民たちの間では有名な店で、様々な便利な日常雑貨を、安くで販売していると聞いて、興味を抱いたのが始まりだ。
前世の感覚を引きずっていた姉妹は、メイドに頼み込んで服を手に入れ、お忍びでその店にやってきたのだ。
そこに陳列されていた品は、前世では馴染みのある品ばかりで、二人は時間を忘れて物色し、品を厳選してカウンター席の方へと清算しに向かうと、そこに店主がいた。
女にしては長身の、暗い赤毛の美女は、この世界でも珍しい色合いの、赤い瞳を細めて笑った。
「もしかして、転生してきたかな?」
一目でそれを看破され、二人は仰天するとともに、ある記憶が降ってわいた。
どのゲームか分からないが、ここが乙女ゲーム系の作品の、お助けキャラに会える店だと、唐突に思い出したのだ。
乙女ゲームなんか、全く手を出していなかったにもかかわらず、二人ともそうだと思い込み、清算してもらっている間に、姉妹で感激を共有した。
そんな二人に、魔女はおつりと共に一枚の紙を差し出した。
「?」
「時々ね、この世界に転生することになったのか、分からなくなって悩む人が、この世界にはいるんだ。気にならないならば、ただのゴミとして捨ててもいいけど、もし気になるならば、この紙の通りにやってみて。指定日までに、その答えを探し出すから。勿論、それ相応の対価はいただくけど」
何でもないようにそう言われ、屋敷に戻ってきた。
その紙に書かれた方法を試し、日時を指定して店に行き、店番の人に姉妹の死因を報告してもらったのが、数か月前だ。
名前を問われ、その個所にある記述を、店番は淡々と読み上げてくれた。
姉である自分の死因は、病死。
妹は、凶悪な物体に衝突されたことによる、事故死と報告された。
その前に、前世の姉妹の経緯を細かに当てられていたため、それに驚いてしまってその曖昧な報告を聞き流していたが、屋敷に戻って考えてみたら、どう考えても不穏な言葉があった。
だが、改めて深く尋ねに行く余裕が作れずに、数か月過ぎてしまった。
いや、本当ならば、そのままうやむやになりそうだったのだが、そうもいかない事態が起こった。
この間のように、休店日の札のかかった扉の取っ手に手をかけると、すぐに開いた。
今回は、誰も内側から開かない。
恐る恐る扉を大きく開くと、中の方から声がかかった。
「いらっしゃいませ。そのまま奥へどうぞ」
その声と同時に、この間のように店内に明かりが灯った。
恐々と店内に入って扉を閉め、カウンターの方に向かうと、立ち上がった店番がいた。
「どうぞ、この奥へ」
「は、はい」
カウンター内にまで案内され、応接室らしき部屋に通された。
小さなテーブルの傍の、古いソファを勧めながら、店番は短く言う。
「しばらくお待ちください。もう一人、同じ案件でのお客様が、いらっしゃる予定なので」
「えっ?」
思わずぎょっとして振り返った客に、店番は少しだけ微笑んだ。
「女性の方ですが、あなたの妹さんではありません」
「……」
そう、この笑顔にも騙された。
思わず見惚れつつも、伯爵令嬢は必死に睨み返した。
そんな客に少しだけ首を傾げつつ、店番は茶を淹れる。
そうしているうちに、扉が再び開き、店番は同じようにカウンターの方に向かった。
そうして案内されてきたのは、見知った令嬢だ。
「っ」
二人して息を詰めるのをよそに、店番はもう一人の客にも席を勧める。
そして、同じように茶を出すと、二人並んだ客の向かいに座った。
その手には、この間の時と同じように、報告書がある。
「まず、どちらの依頼から、お話しましょうか?」
切り出された客は、顔を見合わせた。
「……伯爵令嬢、あなたから、どうぞ」
「……よろしいのですか? 公爵令嬢」
「ええ。この方がどうして、あなたと合同の面談を推奨したのか、未だに分かりかねているの」
それは、こちらも同じだ。
戸惑いながら頷き、伯爵令嬢は店番を見た。
男にしては小柄で、女にしては長身の、中性的な美貌の店番は、客の無言の促しを受け、話し出した。
「まず、先の時に曖昧に報告いたしました、妹さんの死因について、お話いたします」
一拍おいたのは、客の心を慮ってのことだと、続いた言葉で気づいた。
「妹さんは二十代の、刃物を持った男に体当たりされ、亡くなりました」
緑茶が入っていた湯呑が、伯爵令嬢の手から零れ落ちた。
「はあっ?」
湯呑を一瞥し、中身が入っていなかったのを見て取ると、店番は続けた。
「時期は、お姉さんが亡くなった日の、午後です。場所はその病院内で、葬儀の手配や準備のために、一旦家に戻ろうとしていた、駐車場内です」
「……っ」
「ご両親と弟さんは、直に妹さんを病院内に運び込み、病院の方もすぐに対処をしたのですが……運び込まれたときには、既に心肺停止状態で」
蘇生を試みたが、手遅れだった。
「……っ」
「……犯人の男は、警察によってすぐに発見されましたが、その時には既に、病院の屋上から身を投げて、死亡していました」
やり場のない感情が、応接間を重く静まらせる中、店番は平坦な声で、更なる衝撃を告げた。
「その時に、彼の犯人は、入院患者の見舞客を一人、巻き込んでいます」
もはや呆然とするしかない伯爵令嬢の隣で、公爵令嬢が肩を勢いよく跳ね上げた。
顔を上げると、高位の令嬢は青ざめた顔で、店番を凝視していた。
「……その見舞客が見舞っていた患者は、末期のがん患者で、その後一週間ほどで、この世を去ったようです」
静かに告げた店番の声で、公爵令嬢の肩から力が抜けた。
途方に暮れた感情が、表情に滲む。
「矢張り、あれは……」
そのまま黙り込んだ公爵令嬢から、こちらに目を向けた店番に、伯爵令嬢は真顔で問いかけた。
「その、犯人の男、どんな男だったんですか?」
「あなたの、同窓生です」
矢張り。
怒りで声が震えるのに構わず、客は更に問う。
「どういう理由で、妹を?」
「懸想していた、というのが、世間の見解です。遺書では、妹さんと愛し合っていたことになっていたようですが、一度も接触がなかったと、周囲は証言しています」
平坦な声の答えを、伯爵令嬢は低い声で裏付けた。
「ええ。あの男は、わたくしとも殆ど、面識がありませんでした。確かに、小中高と同じでしたが。周りに埋没するタイプの男で……何処で、あの子を見たんでしょうか? そして、どうして、あの男が、この世界に生まれ変わっているのですかっ?」
目を丸くした店番に、公爵令嬢がようやく声を出した。
「……わたくしの上に落ちてきた男、わたくしの婚約者の、弟です」
「……」
「そして、この度この方の、婚約者になりました」
店番は、珍しく呆れた顔をした。
今回の客の公爵令嬢と伯爵令嬢のお相手は、王子殿下だ。
公爵家は王太子殿下、伯爵家は第二王子殿下と縁を結ぶことになったのだ。
「侯爵家には、娘がいないがために、伯爵家にお鉢が回ってきたようですね」
「ふうん」
あの令嬢たちの世界は、転生者が多い。
大概、記憶がある転生者は、不遇な死を迎えた者が多く、そして死に関係した者たちが集結する、謎の現象もあった。
だが……。
「犯罪者が、転生してきた事例は、初めてだな……」
「妹さんに、くっついてきたんでしょう」
うわあ。
赤い魔女が、心底嫌そうに顔をしかめた。
「付きまとい? ストーカー?」
「はい。しかも、妹さんは全く、気づいていなかったようですね」
そして今後も、知られたくないのだと客は言った。
もう一人の客の方も頷き、そして懇願してきた。
王太子殿下が、第二王子殿下を見る目が、尋常ではない。
最悪な事態になる前に、止めて欲しいと。
「王太子殿下というのが、男の飛び降りに巻き込まれたOLの、元恋人だったようです」
余命が少ないと悟り、男は恋人に別れを告げた、その日に事件は起こった。
事件の被害者の一人に、自分の元恋人がいたなど、家族は話さないだろうが、男は知ってしまった。
「……どうやら、恋人が病院を去る後姿を、ずっと見送っていて、目撃してしまったようです。落ちてくる男と、恋人が衝突する場を」
また、うわあ、だ。
何でこの子は、そんな話を平然とできるのか。
そんな顔になってしまった後、魔女は不思議に思った。
「? その男の心境を、どうして知ってるんだ、お前は?」
「さっき、聞いてきました」
「っ?」
「どの世界でも、王族にかかわる話は、人任せにしない方がいいと、勉強したので」
話の間中、応接室で何やら作り出していた店番は、ようやく魔女を振り返った。
そして、微笑んだ。
「王太子殿下を、犯罪者にするわけには、いかないですからね」
今回は自分が動くと、店番は言い切った。
第二王子との婚約が決まって、初めてのお茶会の日。
朝から王城より使いがあった。
そして、第二王子が急病で、訪問できなくなった旨を伝えられた。
もし、妹と会ってしまったら、どういう反応をするのかと、不安と緊張で胸を膨らませていた伯爵令嬢は、盛大に安堵したのだが……。
その後、数日と絶たぬうちに、第二王子の病気を理由に、婚約が白紙に戻された。
残念がる家族を見ながら、当の令嬢は飛び跳ねたい気持ちになっていたのだが、矢張り明確な事情が分からない。
真相がわかったのは、それより更に数日後だ。
正式に王太子の婚約者となった公爵令嬢が、お茶会に招待してくれたのだ。
そこで他のご令嬢経由の噂と、公爵令嬢の知る事情を聞いた。
「……第二王子殿下は、目が見えなくなったようなのです」
「はあ……」
「しかも、好いた女性の姿が、軒並み見えなくなってしまったそうで、御乱心して、王城で暴れてしまったそうです」
「まあ……」
事情を聞いても、意味不明だった。
何故突然、そんな症状になったのか。
その後何年経っても、謎のままだったが、結果はすぐに出た。
王太子が無事婚姻する数か月後、第二王子は病死した。
軟禁されていた己の部屋の窓から飛び降りたとか、毒を飲まされたとか、まことしやかに囁かれたが、実際にどういう死を迎えたのかは分からない。
だが今回は、周囲を巻き込むことはなかったようだと、婚姻パーティで王太子は笑っていた。
店番は、不思議だった。
「……この店が出て来るゲームなんて、あるんですか?」
「え? 聞いたことがないけど? もしかしたらこの店、記憶の捏造もするのかも知れないね。ほら、あの例の怪木が、大黒柱に使われてるし」
「……こんな所にも、弊害が」
遊ぶのはいいが、加減してほしいものだと、店番は思うのだった。
転生ものを書いたら、こんなん出ましたけど……(古)




