第2話「氷の王の慈悲」
スターガードの秘密基地に戻った俺は、誰とも言葉を交わさずにメディカルルームへ駆け込んだ。
幸い、あの後すぐに抑制剤を追加で打ち込み、なんとか自力で帰投することはできた。
だが、ブルーたちになんと説明すればいいのか分からない。
シャワールームで冷水を頭から浴びながら、俺は壁に拳を叩きつけた。
「クソッ……!」
情けない。
敵に助けられるなんて。
しかも、あろうことか敵の幹部に、オメガであることを悟られた。
もしあいつがその情報を公開すれば、俺はヒーローとしての資格を失い、社会的に抹殺されるだろう。
「なんで……助けたんだ」
グラキエスの言葉が、脳裏から離れない。
『俺の獲物だ』
あれは単なる独占欲なのか。
それとも、もっと質の悪い気まぐれなのか。
シャワーを出て、髪を拭きながら鏡を見る。
そこには、情熱的な赤色を担当するリーダーとは思えないほど、青ざめた顔をした男が映っていた。
自分の体が恨めしい。
ただ、みんなを守るための力が欲しかっただけなのに。
オメガというだけで、守られる側に押し込められる理不尽に抗いたかっただけなのに。
『カイくん、入ってもいいかい?』
ドア越しに、長官の声がした。
俺は慌てて服を着て、姿勢を正す。
「はい、どうぞ」
入ってきた長官は、いつもの穏やかな表情ではなく、少し険しい顔をしていた。
手には、俺があの戦場で持ち帰ってしまった黒いマントが握られている。
「これは、グラキエスのものだね」
「……はい」
「現場の映像を確認した。彼が君をかばい、怪人を倒したように見えたが」
問い詰めるような口調ではないが、その瞳は真実を探ろうとしていた。
俺は嘘をつくわけにはいかず、かといって全てを話すこともできず、唇をかんだ。
「俺にも……分かりません。ただ、気まぐれだったのかも」
「気まぐれで、自軍の戦力を破壊するかな」
長官はマントをテーブルに置き、俺の目を真っすぐに見つめた。
「カイくん。何か、隠していることはないかい?」
心臓が早鐘を打つ。
長官は俺がオメガであることを知らない。
入隊時の検査データは、裏ルートで手に入れたベータの診断書にすり替えてある。
「……体調管理が甘く、隙を見せてしまいました。それを見逃してもらった形になったこと、深く反省しています」
俺は頭を下げた。
これ以上の追及を避けるために、あえて自分のミスを強調する。
長官はしばらく沈黙した後、小さくため息をついた。
「分かった。今日はゆっくり休みなさい。これからの戦いは、さらに激しくなるだろうから」
長官が出て行った後、俺はテーブルに残されたマントに手を伸ばした。
黒く、重厚な生地。
手に取ると、まだ微かにあの冷涼な香りが残っていた。
鼻を近づけると、体の奥が疼くような感覚に襲われる。
これは、本能的な服従のサインだ。
オメガが、強力なアルファに対して抱く、抗い難い帰属欲求。
俺はそれを振り払うように、マントを部屋の隅にあるロッカーに押し込んだ。
あいつは敵だ。
人類を脅かす悪の組織の幹部だ。
どんなに甘い言葉をささやかれても、どんなに俺の本能が彼を求めても、絶対に心を許してはいけない。
そう自分に言い聞かせるけれど、あの時、ひざまずいたグラキエスの瞳に宿っていた奇妙なほどの真摯さが、どうしても忘れられなかった。




