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正義のヒーローはオメガでした。悪の幹部に正体がバレて求愛されています  作者: 水凪しおん


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第1話「硝煙と甘い罠」

【登場人物紹介】

◆焔 カイ(ホムラ カイ)/ブレイズレッド

正義の組織「スターガード」のリーダーであるレッド。二十歳。

本来、身体能力に優れたアルファか、人口の多いベータがなるべきヒーローの座に、性別を隠して就いているオメガの青年。

真っすぐで熱血漢だが、心の奥底では「いつかバレて居場所を失う恐怖」と戦っている。

戦闘センスは抜群だが、ヒート(発情期)への不安から精神的に脆い部分がある。


◆桐生 エイスケ(キリュウ エイスケ)/氷結将軍グラキエス

悪の組織「ネビュラ」の大幹部。二十五歳。

圧倒的なカリスマと絶対零度の力を持つ最強のアルファ。

冷徹かつ残忍と恐れられているが、戦場でカイのフェロモンを感知し、彼が「運命の番」であると気づく。

以来、カイを倒すことよりも、彼を守り、自分のものにすることに執着し始める。

人間態の時は、眼鏡をかけた知的なエリートサラリーマン風の美青年。

 爆発音が鼓膜を揺らし、視界の端でコンクリート片が弾け飛んだ。


 土煙が舞う採石場のような荒れ地で、俺、焔カイは強化スーツの呼吸補助機能が限界に近いことを悟っていた。


 肺が焼けるように熱い。


 呼吸をするたびに、自分の内側から湧き上がる異質な熱が、全身の血液を沸騰させていくような感覚に襲われる。


「レッド! 大丈夫か!?」


 通信機からブルーの焦った声が響く。


 俺は奥歯をかみ締め、無理やり足を動かして敵の戦闘員を回し蹴りで吹き飛ばした。


「……問題ない。一気に片付けるぞ」


 強がってはみたものの、視界がぐらりと歪む。


 これは、まずい。


 戦闘による疲労じゃない。


 もっと根本的な、俺の生物としての欠陥が暴れ出そうとしている。


 ここは戦場だ。


 悪の組織「ネビュラ」が送り込んだ合成怪人と、俺たち「スターガード」が死闘を繰り広げている最前線だ。


 それなのに、俺の体は戦うことよりも、別の行為を求めて悲鳴を上げている。


 オメガバース。


 人類が男女以外に、第二の性を持って久しいこの世界で、俺は最も弱いとされる「オメガ」として生まれた。


 通常、ヒーローになるのは身体能力に優れた「アルファ」か、数の多い「ベータ」だ。


 発情期、すなわちヒートと呼ばれる生理現象によって行動不能になるオメガが、世界の命運を背負うなんて許されるはずがない。


 だから俺は隠してきた。


 強力な抑制剤を飲み、フェロモンを抑え込む特殊なインナースーツを着込み、誰よりも強くあろうと努力してきた。


 なのに、どうして今なんだ。


 薬が効いていないのか、それとも極度の緊張が周期を狂わせたのか。


 甘い匂いが、自分の体から立ち上るのを錯覚する。


 完熟した果実のような、あるいは脳を溶かす蜜のような香り。


 それが、分厚い強化スーツのフィルターさえも通り抜けていくような錯覚に陥る。


『グオオオオッ!』


 目の前で、巨大なカマキリ型の怪人が腕を振り上げた。


 鋭利なカマが、午後の日差しを反射してぎらりと光る。


 避けないといけない。


 分かっているのに、膝に力が入らない。


 体が鉛のように重く、指先がしびれて動かない。


「レッド!」


 仲間の叫び声が遠く聞こえた。


 死ぬのか。


 こんな、無様な姿で。


 カマが振り下ろされた瞬間、俺は目をつぶった。


 だが、衝撃は来なかった。


 代わりに聞こえたのは、金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音と、空気が凍り付くような破砕音。


「……邪魔だ、虫けら」


 低く、底冷えするような声が頭上から降ってきた。


 恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 俺を殺そうとしていた怪人が、巨大な氷の塊に閉じ込められ、一瞬にして粉砕されていたのだ。


 キラキラとダイヤモンドダストのように舞い散る氷の粒。


 その中心に、漆黒のマントをはためかせて立つ男がいた。


 氷結将軍グラキエス。


 ネビュラの大幹部であり、俺たちスターガードにとって最大の宿敵。


 冷徹で、残忍で、これまで何度も俺たちを窮地に追い込んできた最強のアルファ。


 なぜ、敵であるこいつが、味方の怪人を攻撃したんだ?


 混乱する俺の前に、グラキエスがゆっくりと歩み寄ってくる。


 軍服のような意匠の凝らされた黒い戦闘服。


 顔の半分を覆う銀色の仮面の下から覗く瞳が、冷たく、けれどどこか熱っぽく俺を射抜いていた。


「な、ぜ……」


 俺は地面に這いつくばったまま、後ずさろうとした。


 けれど、体が言うことを聞かない。


 グラキエスが近づくにつれて、体内の熱が爆発的に跳ね上がる。


 本能が、彼を求めている。


 強烈なアルファのフェロモンが、俺のオメガとしての本能をこじ開けようとしていた。


 マスク越しだというのに、彼の匂いが分かる。


 冷たく澄んだ、冬の朝のような香り。


 それが俺の甘い匂いと混ざり合い、とてつもない安心感と興奮をもたらす。


「立てないのか、レッド」


 グラキエスが俺の目の前で片膝をつき、ひざまずいた。


 その動作は優雅で、まるで王子が求婚するかのように見えた。


 手袋に包まれた指先が、俺のヘルメットの顎部分に触れる。


「さわ、るな……!」


 精いっぱいの虚勢で手を払いのけようとしたが、俺の手は力なく空を切っただけだった。


 グラキエスは一瞬だけ怪訝な顔をし、それから口元を歪めて笑った。


 嘲笑ではない。


 どこか、楽しげで、それでいて慈しむような笑み。


「いい匂いだ。ここが戦場でなければ、その装甲を引き剥がして食らっていたところだが」


 耳元でつぶやかれた言葉に、背筋が震えた。


 バレている。


 俺がオメガであることが、こいつには完全にバレている。


 絶望で視界が暗くなりかけたその時、彼は自分のマントを外し、俺の体にふわりとかけた。


「隠してやる。今のうちに失せろ」


「……は?」


「次会う時まで、その体を誰にも触らせるなよ。それは俺の獲物だ」


 グラキエスはそう言い残すと、驚愕して固まっているブルーやピンクの方を一瞥し、一瞬で姿を消した。


 残されたのは、氷の冷たさと彼のフェロモンが染み付いたマントに包まれた、無様な俺だけだった。

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