4話
少し歩いた先に、小さな広場があった。
中央には噴水のようなものがあり、数人の挑戦者が腰を下ろしている。
その中の一人が、ヒロシたちに気づいた。
「お、新人かな?」
軽い口調。
悪意はないが、どこか慣れた響き。
「……新人?」
ヒロシが戸惑っていると、その男は立ち上がり、近づいてきた。
「ダンジョン、初めてでしょ」
「……まあ」
「生きて町にたどり着いたってことは、運がいいね」
男は笑った。
だが、その笑顔はどこか乾いている。
「俺はガルム。加護は一つだけ。君は?」
「……ヒロシ、です」
「ふーん。加護は? まだ無い感じ?」
「……え?」
間が空いた。
「……え?」
ガルムは一瞬、目を瞬かせ、それから小さく「ああ」と頷いた。
「もしかして、案内人からまだ、加護について聞いてない?」
「……そうですね。今知りました」
なんとなく予想はつく。いわゆるスキルとか異能とかそういう類いのものであろう。
ただ、新人であるヒロシに尋ねて来るということは、自分が自覚してないだけでもう加護が宿っているのだろうか。
「加護っていうのはダンジョンで得られる特殊な力?的なヤツだね。詳しい事はオレも知らないけど最初から持ってる奴もいる。大概は何層か潜って、戦って、生き残って始めて手にする物だけど」
そう言って、ガルムは自分の胸を指した。
「ちなみに俺のは“痛覚鈍化”。致命傷じゃなきゃ、動ける」
「……便利、ですね」
漫画やラノベ、ゲームでイメージするような派手なものではない。しかし、痛みが足を引っ張りにくくなる分、戦闘での動き、思考に余裕が生まれる。
なまじ、戦闘の終えた直後の分、その有用さが痛い程に分かる。
思わず出た本音に、ガルムは肩をすくめた。
「まぁね。便利だよ。なかったら、たぶんもう死んでる」
軽い口調だったが、笑みは深まらなかった。
「痛いって感覚が薄れるだけで、判断が遅れなくなる。逃げるか、突っ込むか、迷わなくて済む」
「……迷わなくて、済む」
ヒロシは、第一層の通路を思い出していた。
獣を前にした瞬間、何も考えられなくなった自分。
恐怖で、身体が固まった時間。
(あの一瞬が、致命傷になり得る……ってことか)
「じゃあさ」
恐る恐る、尋ねる。
「加護がないと……やっぱ、キツい?」
ガルムは即答しなかった。
一拍置いてから、噴水の方へ視線を向ける。
「んー、人によるかな」
「……」
「まぁ、でも大概の場合“差”は埋まらない」
淡々とした声だった。
「才能がある奴、加護を引いた奴は同じ階層でも、見てる景色が違う」
ガルムは、指で空をなぞる。
「同じ獣を見ても、あいつらは“倒せる敵”、獲物として見る。俺たちは、“死ぬかもしれない相手”として見る」
ヒロシの喉が、ひくりと鳴った。
「……ガルムさんはどっちですか?」
「ははっ、まぁ一層の三脚獣程度なら倒せる敵だね。でも先に進めばそうもいかない」
ガルムは、少しだけ笑い、ヒロシの肩に手を置く。
「まぁ、精々頑張りたまえよ新人くん。俺だって直ぐに強くなった訳でも、簡単に加護を手に入れた訳でもない。戦い、生き残り続ければ、きっと新人くん、君にも加護が宿るはずさ」
ガルムは続ける。
「仮に加護がずっと宿らないって事があったとしても、他にもやりようは幾らでもある。それに厳しいと感じたならダンジョンへの挑戦をやめればいい。オレの仲間だったヤツも、もう何人かはリタイアしたよ。無理する必要はない」
「ガルム……さんは、何故、ダンジョンへ挑戦を続けるんですか……?」
ヒロシがそう尋ねるとガルムは顎に手を添え、数秒だけ考えて笑みを浮かべた。
「ま、暇潰しかな」
その笑みは、どこか狂った獣のようだった。
「ひ、暇潰しですか」
「まぁ、強いていうならば、だけどね。他の奴らがどういう目的でダンジョンに挑戦してるのかは知らないけど、少なくとも痛みを伴い命を失うリスクと天秤にかけても、元の生活に戻りたくない事情とか理由とかあるんだろう。オレみたいに退屈でダンジョンに刺激を求めてるヤツもいるだろうけど、多分それは少数派だ」
死のリスクがあるダンジョンへ挑戦する理由としては余りにあんまりだが、しかしヒロシも人の事は言えなかった。
元の生活が退屈で、ダンジョンという非現実に挑めば何か変わるかもしれないと考え、期待半分で半ば勢いのまま来たのだ。
暇潰し、となんら変わりはないだろう。
ヒロシは、何と言えばいいのか分からなかった。
ガルムは噴水の縁に腰を下ろす。
「まぁ、あんまり考え込まずに気楽に挑めばいいさ。死にさえしなければいつでも"戻れる"んだ。肩肘張らずに頑張れよ新人くん」
そこへ、別の挑戦者が近づいてきた。
細身の青年で、軽装。
腰には短剣が二本。
「いたかガルム、そろそろ行くぞ」
「……もうか」
ガルムは立ち上がり、ヒロシを見た。
「俺の案内人が待ってる。今日は、第五層の入り口まで行く」
「……ご、五階層ですか……。行くんですね」
「あぁ、行くさ」
一瞬だけ、目が鋭くなった。
「戻って腐るくらいなら、挑んで死ぬ」
ヒロシは、息を呑んだ。
「……」
「じゃあな」
ガルムは、ヒロシの肩を軽く叩いた。
「……君は、まだ選べる。いつ引き返してもいいんだ」
「……」
「でも、生きて挑み続ける限り、ダンジョンは逃げない」
そう言って、彼は背を向けた。
少し離れた場所で、ガルムの案内人――
小さな光の塊のような存在が、静かに待っていた。




