表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

25話

その日の夜。


 宿の食堂で、ヒロシとバーバラは向かい合って座っていた。


 バーバラは、目の前に並んだ料理を次々と平らげている。肉、パン、スープ。どれも魔結晶から生成された食材だが、味は悪くない。


「……よく食うな」


 ヒロシは、思わず呟いた。


 バーバラは、口いっぱいに肉を頬張りながら頷く。


「ん。美味しい」


「そうか」


 ヒロシは、自分のスープをすすりながら、バーバラを見る。


 圧倒的な戦闘力。


 ホブゴブリンを正面から叩き潰し、アウトライアーすら吹き飛ばす力。


 モルディオの言葉を思い出す。


 ――彼女は、本来なら先の層で活動していてもおかしくない。


 それなのに、何故――


「なあ、バーバラ」


「ん?」


 バーバラが、スープを飲みながら顔を上げる。


「お前、何で俺と一緒に潜ってるんだ?」


 バーバラの手が、止まった。


 きょとん、とした顔でヒロシを見る。


「……どういう意味?」


「いや、その……」


 ヒロシは、言葉を探す。


「お前なら、もっと先の層に行けるだろう。二層、三層。もっと強い奴らと組んで、奥を目指した方がいいんじゃないか?」


 バーバラは、しばらく黙っていた。


 それから、ぽつりと言った。


「ヒロシと一緒でいい」


「……は?」


「ヒロシと一緒に潜る方が、楽しい」


 あっさりとした口調だった。


 ヒロシは、思わず言葉に詰まる。


「楽しい……って」


「ん」


 バーバラは、再び肉を頬張る。


「ヒロシは、ちゃんと考えて戦う。ワタシに指示もくれる。それが、楽しい」


「……それだけ?」


「それだけ」


 即答。


 ヒロシは、頭を抱えた。


「お前、もっと上を目指さなくていいのか?」


「別に」


 バーバラは、首を傾げる。


「ワタシ、急いでない。ご飯食べられれば、それでいい」


「……マジか」


「マジ」


 ヒロシは、深く息を吐いた。


 こいつは、本当に――


「お前、変わってるな」


「ヒロシも」


「……俺が?」


「ん。ヒロシは、弱いのに逃げない。それ、すごい」


 バーバラは、真剣な目でヒロシを見る。


「ワタシの村にいた人たち、強くても逃げる人、いっぱいいた」


「……そうか」


「でも、ヒロシは違う。弱いのに、ちゃんと戦う。それが、カッコいい」


 ヒロシは、思わず顔が熱くなるのを感じた。


「……そんな、大したことじゃない」


「大したこと」


 バーバラは、きっぱりと言った。


「だから、ワタシはヒロシと一緒がいい」


 その言葉に、ヒロシは何も言えなくなった。


 しばらく沈黙が流れる。


 やがて、ヒロシは小さく笑った。


「……ありがとな」


「ん」


 バーバラは、満足そうに頷き、再び食事に戻った。


 ヒロシも、スープを飲み干す。


(……単純だな、こいつ)


 だが、それが悪くない。


 むしろ――


(信頼できる)


 打算がない。欲もない。


 ただ、一緒にいたいから一緒にいる。


 それだけだ。


「なあ、バーバラ」


「ん?」


「これからも、よろしくな」


 バーバラは、少し驚いた顔をして――それから、にっと笑った。


「ん。よろしく」


 二人は、食事を続けた。


 窓の外では、夜の町が静かに息づいている。


 ◇


 翌日。


 ヒロシは、いつものようにギルドへ向かった。


 依頼を確認し、情報を集めるためだ。


 ギルドの掲示板には、いくつもの依頼が貼り出されている。


 調査依頼、護衛依頼、素材回収依頼――


 その中で、ヒロシの目が一つの依頼に止まった。


 【緊急依頼:二層にて異常確認。調査求む】


 報酬:50コア


 危険度:高


「……二層?」


 ヒロシは、その依頼を凝視する。


 二層での異常。


 それも、緊急依頼。


「気になるかい?」


 背後から、声がした。


 振り返ると、ギルドの受付――角の生えた女性が立っていた。


「ああ……これ、何があったんですか?」


「詳細は不明なの。でも、二層に潜った挑戦者が何人か戻ってこなくて」


「戻ってこない……?」


「うん。死んだのか、迷ってるのか、それとも――」


 受付は、言葉を濁した。


「とにかく、調査が必要なの。でも、危険だから、ある程度実力がある人じゃないと無理ね」


「……俺には、まだ早いか」


「そうね。でも――」


 受付は、ヒロシを見る。


「バーバラって子と組んでるんでしょ? なら、話は別かもしれないわ」


「……それでも、危険すぎる」


「そうね。無理はしないでね」


 受付は、そう言って戻っていった。


 ヒロシは、再び依頼を見る。


 二層。


 異常。


 戻ってこない挑戦者。


(……嫌な予感がする)


 その時。


「ヒロシ!」


 バーバラの声。


 振り返ると、ハンマーを担いだバーバラが走ってくるところだった。


「おはよう」


「おはよ。ヒロシ、何見てるの?」


「ああ、これ」


 ヒロシは、依頼を指差す。


 バーバラは、それを見て――首を傾げた。


「二層、行くの?」


「いや、まだ早い。でも――」


 ヒロシは、言葉を切る。


 何かが、引っかかっている。


 二層での異常。


 それが、ただの変質なら、ギルドもここまで大きく扱わない。


 何か、別の――


「ヒロシ」


 モルディオの声。


 いつの間にか、黒猫が足元にいた。


「その依頼、受けるつもりかい?」


「いや、まだ……」


「賢明だね。二層は、君にはまだ早い」


 モルディオは、尻尾を揺らす。


「でも、気になるんだろう?」


「……ああ」


「なら、情報だけ集めるといい。ギルドには、二層から戻ってきた挑戦者もいる。話を聞いてみるのも悪くない」


 ヒロシは、頷いた。


「……そうだな。そうする」


 ◇


 ギルドの片隅。


 ヒロシは、二層から戻ってきたという挑戦者に話を聞いていた。


 男は、疲れ切った顔をしている。


「……何があったんですか?」


「分からない」


 男は、掠れた声で答える。


「二層に入って、しばらくは普通だった。モンスターも、予想の範囲内」


「それが?」


「突然、通路が変わった」


 男の目が、恐怖に揺れる。


「地形が、ぐにゃりと歪んだんだ。壁が動いて、床が沈んで――」


「変質……?」


「いや、違う」


 男は、首を振る。


「あれは、変質なんて生易しいものじゃない。まるで、ダンジョンそのものが――生きてるみたいだった」


「生きてる……?」


「ああ。俺たちを、飲み込もうとしてた」


 男は、震える手でコップを掴む。


「仲間が二人、飲み込まれた。助けようとしたけど、無理だった」


「……それで?」


「俺は、逃げた。必死に」


 男は、俯く。


「やっとの思いで、一層まで戻ってきた。でも――」


 男の声が、途切れる。


「まだ、中にいる。仲間が」


 ヒロシは、息を呑んだ。


(……ダンジョンが、生きてる?)


 それが、どういう意味なのか。


 想像もつかない。


 だが――


(確かに、異常だ)


 ヒロシは、男に礼を言い、席を立った。


 バーバラが、待っている場所へ戻る。


「どうだった?」


 バーバラが、尋ねる。


「……やばい。二層、おかしくなってる」


「おかしい?」


「ああ。ダンジョンが、変質してる。いや、それ以上かもしれない」


 ヒロシは、腕を組む。


「……まだ、俺たちには早すぎる」


「そっか」


 バーバラは、あっさりと頷いた。


「じゃあ、一層でもっと強くなる?」


「ああ。それがいい」


 二人は、ギルドを後にした。


 だが、ヒロシの胸の奥には――嫌な予感が残っていた。


(二層で、何かが起きてる)


 それが、何なのか。


 まだ、分からない。


 だが――


(いずれ、向き合わなきゃいけない)


 ヒロシは、手首の《適応の腕輪》を見た。


 この腕輪があれば、生き残れる。


 だが、それだけで十分なのか?


(……まだ、足りない)


 力も、知識も、経験も。


 全てが、足りない。


 ヒロシは、拳を握り締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ