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22話

瓦礫の残る通りを抜け、応援に来た挑戦者たちと別れ、ギルドの建物が見えてくる頃になっても、ヒロシの胸の奥はざわついたままだった。


 ――強かった。


 ただそれだけの言葉で片付けるには、さっき見た光景は重すぎる。


 バーバラの一撃一撃。

 再生を前提にした連携。

 アーティファクトが飛び交い、それを当然のように使いこなす連中。


 どれも、自分の「常識」の外にあった。


「……なあ、モルディオ」


 歩きながら、ヒロシはぽつりと声をかけた。


「さっきの人たち……あれって、相当強いよな?」


 モルディオは即答しなかった。

 しばらく考えるように顎に手を当て、それから淡々と答える。


「強いよ。間違いなくね」


 少し、間が空く。


 ヒロシは、その続きを待った。

 モルディオは、視線を前に向けたまま言った。


「彼らは“一層・始まりの町”の中では、上澄みだ」


「……上澄み?」


「うん。底じゃない。平均でもない。あくまで、この町に留まって活動している連中の中で、だ」


 ヒロシの足が、わずかに止まる。


「じゃあ……」


「十層より上の町で活動してる挑戦者は、もっと強い」


 さらりとした口調だった。


 だが、その言葉は、重く落ちた。


「待て待て……」


 ヒロシは、思わず声を荒げる。


「いや、さっきの戦い、どう考えても化け物同士だったぞ?再生するやつを、あんな方法で押し潰すとか……」


「うん。だからこそ、だ」


 モルディオは、ちらりとヒロシを見る。


「彼らは“対処法を知っている”レベルにいる。

 でもね、十層以上の町にいる連中は――」


 一瞬、言葉を選ぶように間を置いて。


「そもそも、ああいう相手と“まともに戦わない”」


「……は?」


「再生型? 変質個体?出た時点で、想定済みだよ。拘束、無力化、隔離、消滅。手順が最初から組まれてる」


 ヒロシは、息を呑んだ。


 あの場で必死に組み上げられた連携が、

 向こうでは“前提”なのだと。


「一層の町はね」


 モルディオは続ける。


「生き残るために、強くなる場所だ。十層の町は、“効率よく進む”ために、強さを使う場所」


「……別世界じゃねえか」


「その通り」


 乾いた笑み。


「だから、ここで“強い”と思われてる連中も、十層以上じゃ、まだ半人前扱いされることも珍しくない」


 ヒロシの脳裏に、さっきの光景が蘇る。


 ハンマーの一撃。

 赤熱する刀。

 鎖に縫い止められ、削られ、崩れていく異形。


 それでも――。


(あれで、まだ“上澄み程度”……)


「……じゃあ、バーバラは?」


 ヒロシは、思わず聞いていた。


 少し前を歩く、小柄な背中。

 何事もなかったように、欠伸をしながら歩く少女。


「彼女は例外寄りだね」


 モルディオは、即答した。


「基準が少し違う。あの子は“この町、基準”で測る存在じゃない」


「……どういう意味だ?」


「本来なら、もっと先の層で活動しててもおかしくないって事さ」


 ヒロシは、思わず前を歩くバーバラの背中を見る。


 小柄で、気怠げで、戦闘が終わった直後だというのに腹が減っただの眠いだのと呟く少女。

 だが、その姿と、さっきまでの戦闘の記憶が、どうしても噛み合わない。


「彼女は、経験が足りないだけだよ」


 モルディオが続ける。


「加護もない。アーティファクトもない。知識も、戦術も、仲間との連携も未完成。それでも“通用してしまっている”のが問題なくらいだ」


「問題……?」


「強すぎる芽は、環境を選ぶ。一層の町は、彼女にとっては少し――温すぎる」


 ヒロシの胸が、ちくりと痛んだ。


(温い……か)


 自分にとっては、必死に足掻かなければ生き残れない場所だ。

 だが、バーバラにとっては、まだ“準備運動”に過ぎないのかもしれない。


「じゃあ……」


 ヒロシは、言葉を探しながら続ける。


「十層以上に行ったら、ああいう連中が普通になるのか?」


「普通、というより――前提だね」


 モルディオは淡々と言う。


「一人で五層を越えられる。六層以降も、装備と判断次第で対応できる。それくらいが、ようやく“挑戦者”として見られるラインだ」


「……遠いな」


「遠いよ」


 否定はしない。


「でも、絶望的じゃない」


 その一言に、ヒロシは顔を上げた。


「ヒロシ。君は、まだ何も持っていない代わりに――変な癖も、無茶な成功体験もない」


 モルディオは、ヒロシの手首を見る。


 《適応の腕輪》。


「生き残るための土台は、すでにある。あとは、“どう生き残るか”を学ぶだけだ」


 ヒロシは、無意識に腕輪を撫でた。


 派手さはない。

 即効性もない。

 だが、確かに自分を支えてくれている感触がある。


「……俺は」


 喉が、少し渇いていた。


「俺は、どこまで行けると思う?」


 自分でも驚くほど、素直な問いだった。


 モルディオは、少し考える。


 そして、肩をすくめた。


「それは、君次第だよ」


「投げやりだな」


「事実さ」


 モルディオは、柔らかく続ける。


「一層で折れる人間は、十層の話を聞く前に消える。でも、今日の君は――」


 一拍。


「“生き残る判断”をした」


 ヒロシは、あの瞬間を思い出す。


 逃げると決めた、自分。

 情けなくて、悔しくて、それでも足を止めなかった自分。


「それができるなら、先はある」


 ギルドの建物が、目の前に迫っていた。


 重厚な扉。

 ここが、安全圏であり、始まりの場所。


 バーバラが、くるりと振り返る。


「ねえヒロシ」


「なんだ?」


「次は、もうちょっと奥、行くの?」


 軽い口調。

 だが、その目は、真剣だった。


 ヒロシは、一瞬だけ迷い――それから、頷く。


「ああ。……死なない範囲でな」


「それが一番」


 バーバラは、にっと笑った。


 モルディオは、その様子を見て、静かに目を細める。


(……始まりの町、か)


 ヒロシは、胸の奥でそう呟く。


 ここは、確かに“始まり”だ。

 だが同時に――


 この先に、どれほどの地獄と、どれほどの化け物が待っているのか。


 その入口に、ようやく立っただけなのだと。

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