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19話

「ふーん。なるほど。バーバラって子に足を向けて寝られなくなるね、これは」


 次の日。

 ヒロシは昨日手に入れた腕輪のアーティファクトをモルディオに鑑定してもらっていた。


「どんな効果なんだ?」


 ヒロシがそう尋ねると、モルディオは腕輪を前脚で軽く転がし、表面に走る紋様をじっと眺めた。


「これは《適応の腕輪》だ」


「適応?」


「正確には“生存特化型”って言った方が分かりやすいかな。装着者の身体を、置かれた環境に合わせて最適化する効果を持っている。もちろん限度はあるけどね」


 モルディオは淡々と告げる。


「例えば?」


「疲れにくくなる。怪我をしにくくなる。疲労の回復が早くなる。多少の衝撃なら、身体が無意識に受け流すようになる。動きの精度が上がる。分かりやすく劇的に強くなるわけじゃないけど――」


 そこで一度、言葉を切った。


「“死ににくくなる”」


 その一言に、ヒロシは思わず喉を鳴らした。


「……随分、地味だな。けど強い」


「うん。新人のキミにとってはお似合いなアーティファクトかも知れない。売れば最低でも500コアを超えるだろうね」


「ご、500コア」


 驚きのあまり声が上ずってしまう。


「このアーティファクトは、使い込めば使い込むほど順応し、効果を発揮する。装備して直ぐに効果を発揮する訳じゃないし、分かりやすい効果もないからそんなもんだけど、有用さだけで言えばもっと高くても可笑しくない。大当たりだよ」


「そ、そんなスゴいのか、これ」


 思わず腕輪に目線が釘付けになる。


「はっきり言って1層で入手できる代物じゃないよ。単純に比較出来るものでもないけど、ボクの見立てだと4層より上でようやくって感じのアーティファクトだ」


「……4層より上?」


 ヒロシは思わず聞き返した。

 昨日まで、自分が命懸けでうろついていたのは、まだ“一層”だ。


「冗談じゃないよね?」


「いいや、本当だ。一層でここまでのものは出ない。手に入るのは、せいぜい使い捨ての小物か、癖の強い欠陥品、ちょっとした便利アイテムくらいだ」


 モルディオはそう言って、腕輪をヒロシの方へ押し返した。


「それがこれは、性能が安定していて、しかも成長型。長期的に見れば、生存率に直結する」


「……運が良すぎないか?」


「――どうだろうね。運と切り捨てるには性能が高すぎる。ボクの予想だと、その倒したホブゴブリン、変質の影響を受けていたんじゃない? もし、通常よりも強化された個体だとしたら、このアーティファクトにも多少は納得がいく」


「変質……」


 ヒロシは低く呟き、昨日の光景を思い返した。


 異様に統率の取れた動き。ゴブリンや三脚獣を前に出し、間合いと地形を使ってじわじわと追い詰めてくる戦い方。

 そして何より――一層のはずなのに、明らかに“粘り”が違った。


「確かに……素手でもモンスターを殴り殺したバーバラの、あのハンマーの一撃を何度か受け止めていたな。あれ、強化されたホブゴブリンだったのか」


「話に聞いたバーバラって子の実力を考えたら、おそらく、だけどね。ホブゴブリンは一層の中では頭抜けて強いけど、それは一層基準での話だ」


 モルディオは尻尾で床を軽く叩いた。


「ダンジョンは、常に一定じゃない。特に変質が起こった場所では、階層の基準そのものが歪むこともある。敵も、報酬も」


 あっさりと言われたが、内容は笑えない。


「……それ、死んでてもおかしくなかったって話だよな?」


「むしろ、生きて帰ってきたのが不思議なくらいだよ。バーバラって子には本当に感謝した方がいいね」


 即答だった。

 ヒロシは乾いた笑いを漏らす。


「これはバーバラには更に頭が上がらなくなるな。腕輪も貰っちゃったし。もし、今度会うことがあるなら、たらふく飯でも奢んないと……」


「そうだね。そうした方がいい。それで、今日はどうするんだい? 潜るのかい?」


 ヒロシは渡された腕輪をつける。


「今日は流石にやめとくよ。変質の影響がどうなってるかも分からないし……。ギルドだったらある程度事態も把握してるだろうから、ギルドで様子を確認しよう」


モルディオは満足そうに目を細めた。


「賢明だね。生き残る連中は、たいていそういう判断ができる」


「……生き残る、か」


 ヒロシは腕輪の感触を確かめるように、無意識に手首を回した。


 付けたからといって、何かが劇的に変わった実感はない。身体が軽くなったわけでも、力が湧いてくるわけでもない。ただ、違和感がない。それだけだ。


「その腕輪、強力だけど過信は禁物だよ。“死ににくくする”だけで、“死ななくする”わけじゃない」


「肝に銘じとく」


 ヒロシは短く答え、宿を出た。


 ◇


 ギルドに向かっていたヒロシは、宿を出てすぐ町の空気と喧騒に違和感を感じ取った。


(……なんだ? 様子が変だ)


 いつも感じる人々の営み、賑わいでは、ない。

 どちらかと言えば鉄火場のそれ、だ。


 歩きながら、しばらく町の様子を見てみれば、幾つもの建造物が大きく破損していたり、道にも何か大規模な戦闘の余波のようなものが刻まれている。


「なぁ、モルディオ。これ、もしかして町にモンスターが侵入したんじゃないか? 様子が明らかに変だぞ?」


「いや、これは多分、アウトライアーの仕業だね」


「アウトライアー?」


 モルディオは説明する。


 ダンジョンの挑戦者の中には、ごく稀に――例外が存在する。


 知能はある。学習能力もある。状況判断もできる。

 だが、致命的なまでに話が通じない。

 本来、ダンジョンに挑む資格を与えられるのは、最低限の知性と理性を備え、ダンジョンという体系を「理解できる」存在だけだ。


 敵意と協力、危険と報酬、生と死。その区別がつくこと。

 それが、挑戦者として選定されるための大前提だった。

 しかし、ごく稀にその選定から零れ落ちるものがいる。


 彼らは他の挑戦者を仲間とも競争相手とも認識しない。

 会話の対象ではなく、獲物としてしか見ていない。

 案内人も、例外ではない。


 意思疎通を試みれば、返ってくるのは理解ではなく攻撃。

 交渉も、警告も、ルールも意味を成さない。

 彼らにとってダンジョンとは、試練の場ではなく、ただの狩場だ。

 ここでは、こうした存在をまとめて「外れ値(アウトライアー)」と呼ぶという。


「なんだ、それ。それってもうモンスターと変わらないじゃないか!」


「そうだよ。だからそういった存在は安全地帯を侵す異分子として即刻討伐される。挑戦者同士、"基本的"に殺しはなし、というのもそういう事さ。アウトライアーも、一応は挑戦者ではあるからね」


 モルディオは周囲を一瞥し、破壊された壁や抉れた地面を見て、小さく息を吐いた。


「それにしても、こんなもので済んでよかったよ。過去にはこの町にいる人員じゃ対応できないような怪物もいたからね」


 その言葉にヒロシは驚く。

 この程度、というには被害が大きいように見えたからだ。

 例えヒロシがアウトライアーだとして、町で暴れたとしても大して町に被害もなく即刻制圧されるであろう。

 多分バーバラでも、ここまでは無理だ。


「そ、それって、どうなったの? この町の人たちでも無理なら……」


「その時は、一頻り暴れた後に『ここにはいない、もっと先にいる』とか言ってダンジョンに消えていったみたいだから、町も壊滅までしなかったようだけど」


「なんだよそれ、そんなのそいつらのさじ加減次第で――」


 ――その瞬間

 ドガァンッと、一つ、遠くで爆発音のような音が鳴り響いた。

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